『最終コーナーを抜けて最初に飛び出してきたのはシンフォニアリリー!後ろもすぐに追ってくるが、このウマ娘はこれからだ!弾けるようにグングン加速して後ろを2.3.4バ身と突き放します!とまらないとまらない!全てを置き去りにして今ゴールイン!勝ったのはシンフォニアリリー、これで破竹の三連勝!』
初勝利から私はさらに2回レースに出て2回とも勝利を収め、連勝数を3に伸ばした。トレーニングも上手くいっていて、それがレースで発揮できているとわかる結果に大満足だ。
獲得賞金額もかなりの額になったので重賞にも挑戦できるようになった。正直OP戦では相手にならなくなってきたし、次辺り挑戦してみるのもいいかもしれない。油断しているわけではないが、そう考えるくらい今の私は絶好調だった。
「今日のタイムもいい感じです、調子は良いみたいですね」
「絶好調だね!早く次のレース走りたいよ」
走れば走るほど強くなっている実感がある。走りのキレも悪くないし、末脚はさらに磨き掛かってる。重賞レースにだって勝てる自信があるほどに成長しているはずだ。
「絶好調の所申し訳ないですが、明日はオフになります」
「え、なんで?別に疲労が溜まってるわけでもないけど」
トレーニングでの全力とレースでの全力では、後者の方が圧倒的に疲れる。精神的に張り詰めると筋肉が固まり良いパフォーマンスを披露できない。そんな状態でのレースはとても疲れるのだ。とても1日やそこらで回復できるものではない。
しかし前のレースは1週間も前、レース後は1日のオフをもらったし疲労は完全に抜けている。せっかく調子が良いのだから今のうちにトレーニングをして少しでも走りの精度を上げておいた方がいいと思う。上手くはいってるけど、まだまだ甘い所はあるし、ちょっと時間が勿体ないような気がする。
「実は明日、シンボリルドルフさんのデビュー戦があります」
「……へぇ」
「彼女の様子を見るのもトレーニングの内、謂わば敵情視察です。いかがですか?」
「なるほどね。それなら仕方ないかな」
まぁシンボリルドルフならデビュー戦で負けることはないだろうけど、それ以上にもう一度あの走りを見ることは勉強になる。トレーナーが持ってきた動画もいいけど、生であの完成された走りを見ることには敵わないだろう。選抜レースでの私では見抜けなかった細かい技術なんかもあるだろうし、それをじっくり見せてもらおうじゃない。
翌日、シンボリルドルフのデビュー戦、私とトレーナーはコースの出入り口近くの観客席に座っていた。ここからなら出てきたシンボリルドルフを一番近くで見ることができ、あちらからは視認することのできない、絶好の位置だ。
次々とウマ娘が出てくる中、ついにシンボリルドルフが出てきた。
「これは……」
「仕上がってるのは当然だけど、また一段と磨きが掛かったね」
一目見て他とは圧倒的に違うと感じる身体、毛艶も良く調子が良いことがわかるし、尻尾が規則正しく左右に揺れている、緊張もないようだ。レースを見るまでもなく、勝つのはシンボリルドルフだ。
『芝2000mのデビュー戦、押しも押されぬ1番人気はシンボリルドルフ、バ体の調子も良さそうに見えます。周りのウマ娘はそのオーラに当てられたか落ち着かない様子』
『掛かってしまわないか心配な所です、冷静なレース運びが出来ると良いのですが』
『各ウマ娘ゲートに収まりました……スタートしました、ハナを取ったのは1番リボンマーチ、その後7番レターピグレット、1バ身離れて5番ミルモユカイと6番クインテット、さらに1バ身離れて1番人気シンボリルドルフこの位置につけています』
『先頭ちょっとペースが早いですね、このままスタミナは保つでしょうか』
明らかにオーバーペースで進んでいく先頭に合わせて他のウマ娘も続いていく。シンボリルドルフだけが冷静に有利なポジションを確保していた。
『第1コーナーを抜けて第2コーナーへと入っていきます。ここでシンボリルドルフ少し前へ出た。まさか彼女もこのハイペースに当てられたか』
『いえ、今度は下がって後続集団の中に入っていきました。これは一体どういうことでしょう』
その後もシンボリルドルフは上がったり下がったりを繰り返して忙しなく動き回っていた。意味不明な行動に、実況のみならず観客席からも困惑の声が漏れ出した。
けと本当に何をやってるんだろう、あれじゃ無駄にスタミナを削るだけなんじゃ。
「まさか……いや、彼女ならあり得るのでしょうか」
「トレーナー?」
「リリーさん良いですか、レースが半分を過ぎた時、あの不可解な行動に大きな意味を生み出します」
トレーナーはそれだけ言うとまたレースへと視線を戻していった。半分、つまり1000mでその答えがわかるようだ。
『さぁレースは半分を迎えました。シンボリルドルフの進退を嫌ってか縦に長ーい展開となっていく。中断にポツンと1人シンボリルドルフ、漸く落ち着いたか』
「リリーさん、これを見てください」
そう言ってトレーナーが見せてくれたのはストップウォッチ、示された時間は58.2と1:00.3。これがどうかしたのだろうか。
「先のタイムが先頭が1000mを通過した時間、そして後のタイムがシンボリルドルフさんが通過した時間です」
「え!?58.2ってめちゃくちゃ早くない?」
「それも作戦の内だったのでしょう、前に出てプレッシャーを与えることでペースを上げさせる、後ろにも下がって後続集団を上げすぎない。しかし本当に恐ろしいのは、あれだけ動き回ったにも関わらず、シンボリルドルフさんのタイムは理想的なことです」
一般的にジュニア級の2000mのレースで、1000m地点での理想的なタイムは1:00前後である。それよりも早いペースはスタミナを失っていると考えて良い。逆に遅いペースなら前のウマ娘が理想的に脚を残していることになり終盤に差しきれない。基本的にどの脚質のウマ娘も、このタイムで通過することがレースを有利に運んでいると言っていい。
もし逃げの脚質が1:00なら、十分な脚が残っており、最後のスパートでも下がらずに駆け抜けることができるだろう。追込の脚質で1:00なら、前方のウマ娘達はスタミナを多く消費しており、スパートで思うように脚が伸びないため、一気に差し切れるだろう。
シンボリルドルフはその理想的なタイムを、前と後ろにそれぞれプレッシャーを掛けながら、自身の体内時計を狂わせることなく合わせることができたのだ。
「このレースを見て、この凄さを分かる人がどれだけいるか……分かってはいましたが、このレースはもう決まりましたね」
トレーナーの言う通り、最終コーナーを抜ける頃には先頭のウマ娘はバテバテだった。それを見逃さずシンボリルドルフが一気に駆け上がっていく。それを見て後続集団も上がるが、彼女の脚は余力を残したままだ、自力が違うのに追いつけるわけがない。
『さぁ先頭にたったシンボリルドルフ、微塵も衰えを感じさせないその走り、後続集団も追い掛けるが差は縮まるどころか開いていくばかり!』
『強い強い!圧倒的な強さだシンボリルドルフ!大差をつけて今ゴール!勝ったのはシンボリルドルフ!』
ゴールを走り抜けたシンボリルドルフは少しだけ息を整えると、観客に向かって手を振った。瞬間観客席が大きく湧く。次いで記者達がインタビューのために詰め寄っていた。やはり期待のウマ娘は違うのか、私の時はこんなことなかったぞ。
それにしても強かった。タイムをキチンと理想へ持っていくこともそうだが、やはりあの走りの無駄の無さ、息を入れるタイミングでさえ参考になってしまう。細かい目線だけのフェイントも入れていたし、どこまで引き出しがあるのだろうか。
インタビューに答えたシンボリルドルフが、控室に戻るためにコースの出入り口に向かっている時、その近くにいた私たちに目が合った。彼女は口を緩ませると近づいてきて話しかけてきた。
「やぁ、私の走りはどうだったかなシンフォニアリリー」
まるで私たちが見に来ていることなんて当然知っていたかのような発言だった。コースに入る時には見える位置にはいなかったと思うけど、いつ気づいたんだ。
敵情視察でバツが悪いので、それを気取られないように答える。
「まさかあのシンボリルドルフに知ってもらえているとは、光栄だね」
「当然だとも。デビュー戦含めて3連勝、中々他にはできないことだ」
「それだとまるで自分は出来るって言ってるように聞こえるけど?」
「それもまた当然の話さ。私には目標があるからね、ここで躓いている暇なんてないのだから。それで、最初の質問には答えてはくれないのかい?」
「……違うね、他とはやっぱり。全ての技術において、レベルが1つ2つ上だって思わされたよ」
シンボリルドルフを見ながら思う、こいつはやっぱり他とは格が違うと。他の皆は汗を大量に描いているのに、彼女は薄らと汗ばんでるだけだ。息もすぐに整えてインタビューに答えていたし、スタミナは間違いなくジュニア級でトップクラス。纏っている雰囲気というか、オーラというか、強さが滲み出ている気がする。
しかしここで圧倒されてしまっては、勝負の土俵にすら立たなくなる。ここで言い返さないと、勝てる勝負も勝てなくなる。
「でも、末脚なら私が圧勝してるね」
「ふっ……あははは、いや失敬、まさかそう言い返されるとは思ってもみなかったよ。確かに君の脚は素晴らしい」
皮肉のつもりだったんだけど、笑って流された。こういうので熱くなって言い返したりしてくれたら、少しは付け入る隙があるんだけど、そう甘くはないか。
これ以上話していても逆にこちらが煽られそうなので、さっさと帰ってしまおう。
「ライブの準備があるでしょ、早く行ったら?」
「君と今度は皐月賞で会いたいな。次はレースで、走りで語り合おう」
「私まだ皐月賞に出れるって決まったわけじゃないんだけど」
「なら先に決めて待っているよ。だから上がってこい」
そう笑いながら去っていくシンボリルドルフの目は、全く笑っていなくて、寧ろ敵意に満ちた目で私を見つめていた。
あのシンボリルドルフが、私を敵として認め、勝負を挑んできたのだ。そのことがとても嬉しかった。
「トレーナー、実は私、ちょっと物足りないって思ってたんだよね」
トレーニングではない。レースで私は物足りなさを感じていた。
空気の重さを感じた、ウマ娘の熱意を感じた、競り合う楽しさを感じた、しかし足りない。確かにレースで走るウマ娘達は強い。けど私に勝てない強さなのだ。どうしてもそこで、自分の中から熱が逃げていく。私に勝てるだけの強さを持って、もっとギリギリの勝負じゃなきゃ満たされない。
それなのにシンボリルドルフは、私よりも強いのに、私をしっかりと見た。
これが興奮せずにいられるか。
「ははっ、滾ってくるなぁもぉ!」
「あの走りを見てそれだけ言えるなら大丈夫そうですね」
「確かに凄かったけど、それより私たちが強くなれば問題なし!」
「その意気です」
興奮冷めやらぬまま、私たちはトレーニングを続け、重賞レースGⅢ京都ジュニアステークスへ出走し、5バ身差を着けて勝利した。
そして2ヶ月後、レースの最高峰、GⅠホープフルステークスへと出走を決めた。