私には見えてはいけない何かが見える。
突然こんなことを言ってもわからないと思うが言わせて欲しい。
季節外れの土砂降りが起こった今日この頃、私は濡れた制服を絞りながらバスを待っていた。
天気予報を見ていなかったと言うのももちろんだが、午前中は晴天であったこともあり傘を持ってこなかったことが災いし下校途中で突如起こった災難に苛まれていた。
「雨やば・・・」
絞った制服からは雑巾の如く雨水が流れバス停の乾いた地面を濡らす。
ここまで見ればどうと言うことはない。突然の不幸にあっただけだろう。
ただ、私にとっての不幸とはこの事ではない。
「結構濡れたなぁ・・・スカートもびしょびしょ」
ある程度絞り落としたのを確認すると意識を正面へと向ける。いずれ来るであろうバスを意識しての行動だった。
みえる?
それが視界に入った瞬間、私は表には出さずに心の中で悲鳴を上げた。
視界に入ったそれは人型ではあるものの、決して人と呼べる存在ではなかった。
その人型は大きく歪んだシルエットをしており全身をぼろぼろの布に覆っている。瞳と両腕が異様に膨らみ、口から覗く歯は明らかに不釣り合いな大きさのものが生える。そこから発せられる声は壊れかけたスピーカーを歪に重ね合わせたかのような声音。そして肩には、同じく人とは呼べない存在が2人ほど詰め込まれた袋を下げている。
それは、見る者を狂わせるかのような化物だった。
(・・・まただっ・・・・っ!)
私にとっての不幸、それはごく最近からこのような人には見えない何かが視界に映るようになった事だ。
最初は視界の端に妙な違和感や影が見える程度でしかなかった。しかしそれがだんだん目線を逸らしても映るようになり、ここ最近になっては完全にくっきりと見えるまでになっていた。
それらがなんなのかはわからない。わかるのは決して関わってはいけないと言うことだけだった。
私には見えてはいけないものが見えている。
だけど―――
ねえ みえる?
みえる?
みえる? みえる?
みえる?
(ううぅ・・・・・!)
無言の私を前に化物は同じ言動を繰り返す。
そしてそれが身体に触れそうになったその瞬間――――――
ポン
突如化物の肩を黒い手が叩いた。
(きた・・・!)
その瞬間私の心に安堵感が湧いてくる。目の前の化物は私に視線を向けていたため後ろから近づいてくる存在に気づかなかったのだ。
てをおいた
てをおいた
気づいた 気づいた
気づいt
『■■■■■■!■■!■■■■■■■!』
そして次の瞬間
背後から突き出された炎を纏ったなにかが化物へと直撃した。
柔らかいものを叩きつけるかのような音と共に目の前の化物が吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ化物はその勢いのまま近くの建物の壁へと衝突し、あたりに肉片をばら撒きながら破裂した。
(ひぇ・・・)
その勢いと衝撃は私にまで届き思わずその存在に対して反応してしまう。
閉じた視界をゆっくりと開ける。そしてその目に最初に映ったのは、まるで焚き火を目の前で焚いているかの様な暖かいオレンジ色の光だった。
(もう!いつも遅い!)
ぼやけた視界で私は光る何かに思わず心の中でそう呟く。
私は見えてはいけないものが見えるようになった。そして怖い気持ちは未だ変わらない。
だけど今は前ほど怯えてはない。何故なら――――
開けた視界に映るその存在、
オレンジのパーカーを羽織った異形の戦士。
燭台を片手に持ちパーカーの裾からは黒い霧の如く何かが漏れ出ている。腰には半透明のバックルを着けその中央にはパーカーと同じくオレンジの瞳を覗かせる目玉が周りを見渡す。
そしてそのパーカーの下にのぞかせる顔、人魂のように揺れ動く炎の中に浮かぶ二つの複眼をのぞかせる『仮面』。
鎧のようで、それでいて生物を思わせる体表の身体。
雲間から降りてきた光に照らされる中、彼はこちらに振り返りそっと頷いた。
何故なら私を守ってくれる、守護霊がいるのだから。
自分が生まれてから300日目。
気がつけば自分は彼女の後ろに憑いていた。この文だけを抜粋するとストーカーか何かかと勘違いするかもしれない。
『うわぁ・・・今日もすごいな』
蝋台にエーテルを流し目の前の異形に振りかぶる。すると次の瞬間薄紫の炎がゆらめき蝋台を核とした両刃の妖剣『ガンガンセイバー』へと変質し少女の周りに纏わりつく異形の身体を切り裂いた。
『 ■■■■■■■■■!?』
聞くものを狂わせる呪いの叫びをあげながら異形はその身体を弾けさせる。それを確認することなく自分は妖剣を稼働させ妖銃形態にし周りの異形に狙いを定め魔弾を放ってゆく。
『■■!?』
『■■■■■■■■■!』
『■■・・・■■■■■■』
最初に説明しておこう。俺は幽霊、名前は武命(たける)という。
生きていた頃の記憶は何故かなく、今はこの少女――――四谷みこの守護霊をしている。
彼女との出会いは今から3ヶ月前、みこが異形に食われそうになっていたことから始まる。深海魚のフクロウナギのような異形が大口を開けてみこを飲み込もうとしていたところを見つけた俺は持っていた目玉の力を解放して吹き飛ばした。
この目玉がなんなのか、どこで生まれた存在なのかはいまだにわかっていない。バックルにしても同じだ。わかるのはその使い方と、かつ周りに存在する異形に対抗するためにはこれを使わなければいけないと言うことだ。
『■■■■■■■■■■■■■!』
『こいつで最後か』
ダイカイガン!オレ!オメガドライブ!
バックルの横に付いているレバーを押し込む。その瞬間自分の背後に陣が現れそこから漏れ出たエーテルが眩い光となって右足へと吸い込まれる。
ゆっくりと浮遊し目の前のまるでロマネスティカリフラワーのように沢山の顔を持つ異形に対して『飛び蹴り』と言う形でエーテルを解放する。
爆発音が鳴り響く。
黒い煙があたりに四散し景色を黒く染め上げる。やがてその煙も風によって流され辺りには最初と同じ静寂のみが残された。
周りから異形が居なくなったのを確認すると同時に蝋台を消してバックルから目玉を取り出す。それと同時に自分の体に纏われていた鎧は消え去り自身の存在もより薄いものへと変わってゆく。
『彼女に見えないんだよなぁ・・・まぁある意味都合がいいけど』
そう言って彼女を後方5mほどから見守りながら思う。
俺やこいつら化け物にはそれぞれルールが存在する。それは悪徳を行わなければ存在できない、信仰がなければ消え去ってしまう、特定の行いをしなければ行動できないと様々だ。
自分の場合は最初に彼女を助けた時点でその存在は守護霊と固定されてしまったらしく、常に彼女の半径20m以内でしか活動出来ないと言うルールがある。
かつてこのルールを無視してみようと20mより後方へ下がってみようと試したものの、結局自分の身体はそれ以上下がろうとするとみこの動きに合わせて引きずられるという結果となった。
『ホントなんでこうもあの子の周りにばかり怪物が・・・・』
壁をすり抜けてみこの元へ向かう。ふわふわと中を浮遊してみこの気配をたどって着いたのは洗面所。
『あー、歯磨き中かな』
風呂に入ってるなら表で待とうと思い一瞬引き返そうとする。しかし水道が流れる音とカシュカシュと言う音を聞いてただ歯磨きをしているだけと気づき洗面所を覗いた。
首の折れたスーツ姿の異形がみこの真後ろに立っていた。
『またかよ?!』
それを確認したと同時に目玉の横のスイッチを押してバックルの中に埋め込む。すると次の瞬間自分の身体から精神が抜け落ちそれがパーカーという形となって飛び出す。
身体の肉が装甲へと変わり胸骨と顔が骨だけの状態になると同時に骨にもエーテルが流れ銀色の輝きを放つ。
飛び出したパーカーはスーツの異形を跳ね飛ばすと同時に俺の元へと戻り羽織るという形で再び一つとなった。
顔の骨と胸骨に炎が纏わりやがてそれは装甲へと変わってゆく。
変身を完了した自分は異形の裾を握って壁をすり抜けて空へと飛び上がる。バックルの横のレバーを引き今度は拳に力を溜め込み左手に持った異形の顔面に叩き込んだ。
『■■■ーーーーーー!!』
捻れていた首は殴られたと同時に高速回転しながら地面に凄い勢いで吹き飛んでゆく。パァンという破裂音と共に道路のシミとなった異形はやがて黒い煙へと変わり消えて行った。
『はぁ・・・!はぁ・・・!早すぎる!マジでどうなってんだあの子・・・いくらなんでも憑き過ぎだろ・・・!』
屋根に着地すると同時に息を切らしながら再度周りを見渡す。
まさか自分が戦っている最中に侵入したのだろうか?異形の群れを相手に奮闘してる横をスルーして普通に家の中に入ってゆく姿を想像してイラッとしながらも再び屋根をすり抜けて家の中へと入る。
屋根の下にあったのはみこの私室でドアの向こうから聞こえる音から察するにこちらに上がってきているのだろう。
『もういないな・・・!もういないよな・・・!』
部屋を見渡し蝋台を片手に呟く。見たところ辺りには異形は見えず問題はないように見える。
ガチャリという音と共にみこがパジャマ姿で部屋へと入ってくる。みこは少し伸びをすると同時にストレッチをするとベッドへと近づいて行く。それを見て今度こそ大丈夫と思いバックルから目玉を取り出そうとし――――
ママ
ママ ママぁ・・・
布団の中で呟く異形を見つけた。
ぶちり
何かが切れたような音と同時に自分は布団へと手を突っ込む。手は布団をすり抜け異形の身を掴むと窓へと向かって投げつけた。
ギャアアアアア
エコーを伸ばしながら飛んでゆく異形。そんな異形に怒りを込めて可変させた妖銃で狙いを定める。バックルのレバーを引くとエーテルが銃身に吸い込まれやがてそれは一筋の閃光という形で解き放たれた。
『吹き飛べこの野郎・・・!』
異形は破裂音と共に夜空の星となるのだった。
ドアを開けると同時に彼はベッドの中に潜んでいた何かを窓に放り投げて持っていた銃でやっつけた。
私はそれに気づかないふりをしながらベッドに入って身体を横にする。
彼が私に憑いてからどのくらい経っただろうか。
彼が手に持った銃を消してゆっくりと振り返る。
かつて怯えることしかできなかった私のそばに気がつけば憑いていた彼。最初は他の化物と同じような理解の及ばない存在だと思っていた。だけど四六時中、それこそ私が寝ている間もずっと私に群がる化物から守ってくれる姿を見て、気がつけば私は彼を受け入れていた。
やがて彼はバックルの中から何かを取り出すと同時にその姿をゆっくりと消してゆく。
彼は自分の姿が私に見えていることをまだ知らない。
最初は話しかけようとも思った。しかし化物たちは私が気づいたそぶりを見せる度にその動きを激しくして私を守る彼への攻撃を強めた。それ以来私は彼に話しかけようとするのをやめた。
消えてゆくその一瞬見えたその姿。
まるで灰色と黒の剣道着のような服の上から茶色の羽織を纏い左手には赤と白の縄によって作られた腕輪。ベージュや藍色のグラデーションで彩られた唐草模様の風呂敷を背負い足には足袋。
そして――――――
心から安心したかのような穏やかな笑顔。
(・・・)
頭から布団を被り私は今見た光景を思い返す。
まるで特撮のヒーローみたいに化物を倒してすぐに姿を消す彼。
決して私に手を出させないと前に立つ彼の背中。
ありがとう・・・
頬が染まったのを自覚しながらも私は目を瞑り心の中で彼に感謝の言葉をつぶやいた。
いつの日か、彼に話しかけることが出来るようになったら、直接この言葉を伝えたい。
私はそんな思いを抱きながらゆっくりと夢の中へと沈んでゆく。その心にはもはや一筋の不安すらもなかった。