魔法少女さくら☆マギカ-偽書ゲッターロボ ダークネス・ファンタズマ- 作:凡庸
白い天井、白い灯り。
周囲を覆うのもまた白い壁面。
その全てが傷付き、ヒビ割れていた。
そこに安置されたベッドの上で、赤い髪の少女は目覚めた。
顔の右半分を覆う包帯。その下では火傷が今も痛みを訴え、破れた皮膚からは体液が滲んでいる。
顔どころか体の右半分がそんな有様だった。
裸体となった彼女は、負傷個所に包帯を巻かれていた。
細い喉にも包帯は巻かれていた。
但しそこにあるのは、包帯ではなく肉を切り刻まれた痕。
右眼を眼帯で覆った黒い少女が、狂乱のままに彼女に凄惨な暴力を振った結果であった。
「 」
口を開き、息を吐いた。
喉からは呼吸音だけが漏れた。
黒く美しい少女が放った斬撃は、彼女から声を奪っていた。
仕方なし、と彼女は納得した。
傷が治っていないのだから、喉も治っている筈がないと。
気持ちを切り替え、自分の事を考えた。
自分の名前は佐倉杏子。
出身地は風見野市。
父と母、そして自分と妹の四人家族…だった。
父親の為に願いを叶えて魔法少女となった。
しかしその結果、一家の破滅を招き自分だけが生き残った。
以降一人ぼっちで生活している。
交流があった魔法少女とも別れ、今はどうなっているのかも分からない。
というのが、自分の中に情報として存在していた。
記憶ではなく、あくまで情報である。
首を吊った父親、という事になっている男。
首を刃物で切られて横たわる母親、との事な女。
同じく首を切られ、苦悶の表情で息絶えた妹、らしい幼女。
佐倉杏子という存在の、負のアイデンティティとでも呼ぶべき最悪の光景を、彼女もまた容易に思い出せた。
が、それだけだった。
自分ではあるが、自分ではない。
死した者達を気の毒とは思っても、それ以上の感慨が無い。
自分であって、自分で無い存在であるからだ。
佐倉杏子の記憶と外見をした彼女は、『果てなしのミラーズ』と呼ばれる異界で誕生した存在だった。
その場に足を踏み入れた魔法少女、佐倉杏子のコピーである。
それが奇妙な縁を帯びて、彼女だけしかいなくなった鏡の空間から、別の場所へと招かれた。
そうして目を覚ましたのが、ここだったのである。
瞬間、彼女は白い掛けシーツを撥ね飛ばして立ち上がった。
幸いにして、動きに変調はなく足取りはしっかりしていた。
どうやらそれほど時間は経過していないらしいと彼女は踏んだ。
身体の半分を包帯で覆われているとはいえ、胸に性器にと最小限程度の覆い隠ししかされていなかったが、彼女は全く気にしていなかった。
羞恥心が無い訳ではない。
ただそれよりも何よりも、優先するべき事があるのであった。
「 」
声なき声で彼女は呟いた。
それは愛しいものの名前だった。
裸足のまま、彼女は歩いた。
部屋の扉を抜けると、闇が彼女を出迎えた。
問題はなかった。
コピーとはいえ、魔法少女の視力は闇程度では曇らない。
広がった廊下もまた、破壊に満ちていた。
頑丈な金属の枠組みが砕け、強化コンクリが紙細工のように砕けている。
その中を彼女は歩いた。
歩む先は自分の本能に任せた。
鋭利な刃物のような破片を軽やかに飛び越えながら、彼女は進んだ。
ふと、闇に満ちた視線の先に緑色の光が見えた。
掌サイズの火の珠に見える光の奥に、三方向に別れた道の内の一本があった。
疑いも無く、彼女はその道を選んだ。
先にある階段を上ると、また光が見えた。
同じく緑色だったが、大きさが増していた。
次も、また次も光は現れた。
その度に光は大きくなり、形を変化させていった。
それはやがて、人の形となっていた。
燃え上がる炎のように曖昧な輪郭であったが、それは少女の姿をしていた。
光が零れる通路の脇に立ち、歩む先を指さす光は、長いツインテールの髪型をした裸体の少女の形となっていた。
『あの子達の事』
光の少女はそう呟いた。
音は生じていなかったが、その唇がその形を告げていた。
自分自身が言葉を発せないが為に、佐倉杏子のコピーにはそれが分かった。
『よろしくね』
光の少女はそう言った。
直後に微笑み、塵のように形を崩らせて消えた。
泣きながら微笑んでいた。彼女はそう思った。
とても悲しい表情だった。
対してコピーは静かに頷いた。
消えゆく光はそれを見れたのだろうか。
何の返事も無く、光は消えた。
そして闇の奥から漏れる光へと、彼女は足を踏み入れた。
通路の先にあったのは、巨大な部屋だった。
金属で覆われた、四角い篭のような部屋。
その中央に設けられた足場を彼女は進んだ。
半ばまで歩いて、足場に設置された手摺の前まで進み、視線を上げた。
真紅の瞳の先には、巨大質量が聳えていた。
全身を漆黒の装甲で覆った、機械の戦鬼。
猫の耳のような趣にも、鬼の角にも見える二本角。
顔の装甲の中で、剥き出しになった鋭く長い牙の列。
凶悪、獰悪、悪鬼羅刹。
そのどれもが泣き喚いて怯えそうな恐ろしさを、その存在は持っていた。
全長60メートルにも及ぶ戦鬼、『ゲッターロボダークネス』の威容であった。
これに似た存在を、佐倉杏子のコピーは知っていた。
自分のオリジナルである佐倉杏子。
その彼女が精神を暴走させ、発声させた感情の現身…『ドッペル』のマガイモノ。
その姿に、この存在と似た要素があった。
しかしこちらはより洗練された、明確な意思が感じられる存在だった。
悪を赦さず、滅ぼす存在。
奪われたものを奪い返す。
その為に生まれたものだと、彼女は聞いていた。
そう彼女に教えた者の存在を、佐倉杏子のコピーはこの戦鬼の中に見出していた。
ここにいる。
彼が。
この漆黒の姿の中に。
そう思った時、コピーの眼から涙が零れた。
顔の右半分を覆う包帯が涙に濡れ、熱と痛みに満ちた肌に更なる熱を齎した。
「 」
声なき声を彼女は上げた。
産声のような泣き声を、無音のままに上げ続けた。
やがて彼女は、両手を胸の前で組んでいた。
細い指同士を絡ませ、組んだ人差し指の上に小さな顎を乗せて眼を閉じた。
眼を閉じていても、涙は溢れ続けた。
彼女のその姿勢は、神に祈りを捧げる信徒のそれだった。
或いは、祭壇に捧げられた生贄か。
『逢いたい』
その一心で、コピーは祈った。祈り続けた。
やがて、一つの音が鳴った。
物体が砕ける音だった。
それはくぐもった音から、はっきりとした音へと変わっていった。
音の根源へと、コピーは視線を送った。
その時、分厚い装甲の一角が爆ぜ割れた光景が見えた。
ゲッターロボダークネスの胸部装甲の内側から、外へと。
黒い欠片が撒き散らされる。
前ではなく、横へと欠片が吹き飛んでいく。
愛する人を傷付けることが無いように。
その破壊は、そんな想いの元で行われていた。
吹き飛んでいく漆黒の装甲の中、宙に浮かぶ影を見た。
それは直後に、彼女の隣へと降り立っていた。
「よぅ」
気軽な、それでいて少し緊張した様子の声だった。
少女のように可憐な、野性味を帯びた少年の声。
声に相応しく、美少女の美しさを持った美少年がそこにいた。
「待たせたね、サクラさん」
彼がそう言い終わるが早いか、佐倉杏子のコピーは、サクラと称された個体は彼を抱き締めた。
自分よりも10センチ以上は低い身長の彼を抱き締めた。
彼が羽織ったジャケット越しに伝わる彼の存在そのものが、包帯を巻かれただけの、ほぼ裸体となっている彼女には堪らなく愛しく思えた。
黒が主体で、赤が混じった彼の髪を、彼女は愛おし気に撫で廻し、彼の顔に自分の胸を押し付けた。