魔法少女さくら☆マギカ-偽書ゲッターロボ ダークネス・ファンタズマ- 作:凡庸
「悪いね、サクラさん。こんなのしかなくってよ…」
「 」
彼の、了の言葉に佐倉杏子のコピーであるサクラは首を振った。
破壊され尽くされた部屋の中に二人はいた。
堆積された瓦礫は部屋の入り口どころか、通路を埋め尽くしていた。
その全てを破壊ないし横に退けて、二人は此処に来た。
彼が手渡したのは、彼が持っていた予備の私服だった。
彼が今着ている青いジーンズジャケットに赤や黒のシャツ、白い長ズボンや青いジーンズなど。
棚も崩れ落ち、なんとか使えるものを見繕って折り畳み、彼女に渡していた。
今の彼女の姿は、必要最低限の場所に包帯を巻いただけのあられもない姿である。
了の態度も、その姿を必要以上にみないようにしたものになっていた。
恥ずかしいというより、彼女への配慮が強い。
そして、衣類を束ねた両手は極力手前に引かれていた。
彼女に、自分のそこを触れさせたくなかったから。
しかしサクラは、そこに自分の両手を重ねた。
「…ごめんな。俺の手……こんなんだからさ」
鋼の義手。それが彼の腕だった。
銀色の光沢を放つ、磨き上げられた剣のような輝きは指先から肩にまで及んでいた。
当然ながら、生身の指が触れた感触は固く、そして冷たい。
血の通わない機械の腕を、サクラは生身の肉で撫でた。
繊細な指先で、その形を確かめる。
細く、きめ細やかな造詣。関節の一つ一つが、類稀なる才能を持った芸術家の手による天上の工芸品のように思える形をしている。
サクラの中にある美意識は、彼の指をそう評した。
手の甲、手首、掌も同様であり、続く腕と肩にも同じ思いを抱いた。
全てを美しく、また愛おしいと感じた。
洗脳でも刷り込みでもなく、自分の意思で彼女はそう思った。
「 」
彼女は小さく唇を動かした。
その言葉に彼は、少しだけ困ったような表情を見せたが直ぐに微笑んだ。
「ありがとう」
微笑みながらそう返した。
『綺麗だよ』と、サクラは告げたのだった。
衣服を受け取ると、彼女はそれを着始めた。
了は背を向け、着替え終わるのを待った。
下着はしばらく包帯で代用する事としたので脱ぐものはなく、ただ着るだけなのにとサクラは少し不思議に思った。
しかしそれが彼の優しさだと気付き、小さくクスリと微笑んだ。
いくつかの着衣を、彼女は好きなように、心の赴くままに着た。
着終えると、彼女は了の鋼の肩を人差し指で軽く触れた。
鋼でありながら感度は生身と変わらないのか、それを察知するのに支障は無かった。
そして彼は振り返った。当然、着衣に身を包んだサクラがいた。
その姿を前に、彼はしばし硬直した。
緑色のパーカー、黒いシャツ、そして足の付け根近くまで切り込まれた、破れたジーンズを即席で改造してのホットパンツ。
野性味を帯びた姿であり、しとやかな雰囲気を醸し出している彼女とは相反する趣の服装が、堪らなく似合っていた。
その様子に、彼は心奪われたのだった。
「…綺麗だ」
陶然とした響きを帯びて彼は呟いた。
長く垂れさがる赤い髪、顔の右半分を覆った包帯。
そこから僅かに覗く、赤桃色の火傷。
全てが美しく見えた。
「 」
サクラは微笑み、無音の声で呟いた。
『ありがとう』と言っていた。
先程と真逆の様子だった。
彼女は歩き、彼の左手を右手で握った。
右手にも包帯が巻かれている。
鋼の指を介し、彼は包帯の下で熱く疼く肉の感触を感じた。
「 」
気持ち良いとサクラは言った。
熱い火傷に、彼の腕が宿す冷気が心地よいのだろう。
「役に立てて、嬉しいよ」
ほんの少しだけ、重ねる程度に銀色の指を彼女の手に添えた。
行こうか、と彼は言った。
彼女はこくりと頷いた。
そして二人は手を繋いだまま部屋を出た。
やる事はまだ多い。
幾つもの回廊を抜けて、二人は進んだ。
全長500メートルにも及ぶ万能戦艦『ゲットボマー』の中は広く、さらに破壊によって歪み、通路は瓦礫に塞がれていた。
「よっと」
それを事も無げに、了は片手で退けた。
一辺が二メートルにも達する瓦礫の中央を掴み、綿菓子でも持ち上げるような気軽さで腕を上げると巨大な瓦礫は浮き上がり、彼の歩みに沿って前へと進んだ。
進んだ先にあった隙間に瓦礫を退け、道を作って二人は進んだ。
複製ではあるが、魔法少女であるサクラからしても彼の腕力には驚いていた。
二人の履いた安全靴の、瓦礫や樹脂の破片を踏みしめる音が続いた。
どのくらい歩いたか、破壊の痕が激しさを増していった。
歩く速さは変わらない。
しかし、彼の横顔に痛切の影が映えているのを彼女は見た。
それに気付かれると、彼は笑った。
泣いているように、彼女には見えた。
瓦礫を退けた先には、広い空間があった。
外壁が破壊されており、漆黒の空間が見えた。無限に広がる大宇宙。
その下に見えるのは、無数の肉塊で出来た大地。
有機物と無機物が蕩け合い、異形となった世界。
ここは月面であったが、呼吸や重力に不便はない。
「ごめん、サクラさん。少しだけ、ここで待っててくれるかな」
彼の願いは哀願であった。
彼女は静かに頷いた。
ずっと繋いでいた手を、彼女は離した。
心地よい冷たさが消え失せ、火傷の熱さが蘇った。
彼もまた、冷たい義手に宿る冷気が戻る感覚を覚えていた。
互いに喪失感に身を焦がされて凍えさせられる。
そんな気分を味わっていた。
喪失感を伴いながら彼は歩いた。
その歩みは力強かった。
何かに挑むかのように。
破壊された電子機器や座席が、無惨な有様で広がっている。
割れた地面には血滴の痕跡も見えた。
血の跡を避けて彼は歩いた。
歩いた先で、彼は足を止めた。
そのまましばらく、それを見た。
肩が震えた。
心に無数の刃が刺さり、燃え上がる様な苦痛が奔った。
震える奥歯を、強引に噛み締めて黙らせた。
熱くなる目頭を、顔に力を込めて鎮める。
腰に巻いたケースから、彼は一枚の布を取り出した。
新品の、純白のシーツだった。
美しい色彩の布で、彼はそれらを包んだ。
破壊された機械の上に置かれていた、少女と青年の腕をそれで包んだ。
肉の断面は炭となり、腕の背後の空間には巨大な破壊孔が抜けている。
丁寧に、慎重に。
互いを慈しんで重なり合ったそれらを二つに分けないように。
まるで花嫁衣装で包むかのように、白い輝きで巻いていく、
押し寄せる激情の津波の中で、彼は為すべき事を丁寧にやり終えた。
死者の一部に巻かれた白布は、新しい命を保護するお包みにも見えた。
それを大切に抱えながら、彼はサクラの元へと戻った。
「お待たせ、サクラさん」
微笑む彼を、彼女は無言で抱き締めた。