魔法少女さくら☆マギカ-偽書ゲッターロボ ダークネス・ファンタズマ- 作:凡庸
「おやすみ、サクラさん」
「 」
照明を落とした部屋の中、一つのベッドの上で了とサクラは身を横たえていた。
一枚のシーツを共有し、適当に余り物の衣服を重ねて作った簡易枕を使い、背中合わせにして眠る。
この状況に、サクラは更なる行動を起こしたい欲望を抱いた。
抱きたい。抱かれたい。肌を重ねたい。一つになりたい。受け入れたい。
つまりは……。
しかし今は、背中越しに感じる彼の鼓動と体温に触れることとした。
互いにジャケットととパーカーを脱ぎ、赤と黒のシャツで上半身を覆った今は、それらがより鮮明に感じられた。
身長差は約15センチ。サクラが160程度に対して彼は145センチほどの身長。
姉か弟か、或いは母と子のような身長差だった。
ぴたりと背中を合わせた部分で、サクラは彼の体内で脈打つ心臓と、それによって体中に送り出される血液の流れを想った。
命がそこにある。愛おしいものが生きている。
そんな当たり前の事に、彼女は涙を流すほどの感動を覚えていた。
自分が複製である事は、彼女自身も知っている。
自分が造られた存在であり、或いは仮初の命であるかもしれないという思いがあった。
だからこそ、確かな存在としてそこにいる彼が愛おしかった。
睡魔は来ず、彼女はずっとこの鼓動を味わおうと思っていた。
その愛おしいせいの息吹にふと、別のものが混じった。
金属が軋む音と、小さな歯軋り。
そして、彼の小さな声。
「……ちくしょう……ちくしょう……」
少しだけ、肩が震えているのが分かった。
それは直ぐに止み、金属の軋みも歯軋りも、彼の言葉も途切れた。
彼の背を、今すぐにでも抱きたかった。
だが、サクラは動かなかった。
そうすると、彼に気を遣わせてしまうと思ったからだ。
自分に聞かれたく無いからこそ、彼は小さな声で悔恨の言葉を呟いた。
僅かな時間だけ、その感情に沿った行動を行った。
今はもう鎮めている。
本当ならば、もっと言いたいに違いない。
暴れ狂いながら、叫びたい筈だった。
自分がいるから、それが出来ない。
自分がここに来てしまったから。
込み上がる無力感。
それから逃げるように、彼女は眼を閉じた。
少し前までは皆無だった眠気が急速に湧き上がり、サクラはその中へと沈んでいった。
翌日。
そう表現するに値する時間が過ぎた後、二人は活動を再開した。
破壊された戦艦の中を歩き回り、必要な物資を確保していく。
艦内は照明が明滅を繰り返してはいたが、二人が生活スペースと決めた室内には十分に電気が通い、水も潤沢に供給されていた。
風呂とトイレも室内にあり、缶詰や真空パック入りの食品なども十分に集められた。
少なくとも数か月は寝食には困らなそうだった。
やる事を終えると、食事を摂った。
缶詰ではあるが、赤飯にハンバーグ、そして沢庵が食卓に並んだ。
食事の場所はベッドの上だった。
彼は殆ど食事に手を伸ばさず、サクラに食べることを勧めた。
彼女はそれに従った。
従い、少し残ったそれを了へと渡した。
ありがとうと言って、彼は残りを食べた。
互いに互いを慈しみ合う。
サクラの故郷である鏡の世界で幾度か会ってはいたが、実際に逢ってからまだ一日と経っていない。
にも関わらず、二人の関係は親密になっていた。
共に、他者に対する慈愛の心を持っているから。
そうするのが自然な事だからと、迷わず行使できる素直さがぴったりと重なり合っていた。
出会う世界が異なっていても、こうなるのが正しいとでも言うべき二人の姿であった。
殺し合う事はおろか、傷つけあうなど有り得ないとでも云うような。
「 」
食事を終えた後、サクラは口を動かした。
無音で告げられた言葉に彼は、
「そうだね。調べてみよっか」
と応えた。
身支度を整えると、二人は手を繋いで部屋の外へと歩いていった。
廊下に出ると、やはり照明が不規則に点滅していた。
時折、強い光が走り、火花が散る事もあった。全くとして二人は怯まなかった。
目的地に辿り着くまで、繋いだ手を決して離さなかった。
目指した場所は艦底部分。昨日の探索ではまだ見ていない場所だった。
瓦礫を退けて物資を漁っていると、壁に開いた穴から外の光景が見えた。
そこから覗く景色を、サクラはじっと見ていた。
その様子に気付き、彼は彼女の傍に寄った。そんな彼の顔を彼女はじっと見た。
それだけで、サクラが何を言いたいのかが彼には分かった。
外が見たい。彼女はそう言っていたのだった。
頷いて手を繋ぎ、穴の外へと出た。
異形の大地が何処までも広がっていた。
生物と非生物を混ぜ合わせたような、グロテスクで奇怪な世界。
それでもそういった異形の隙間には、月本来の灰色の地面が見えた。
サクラはそこに足を踏み入れ、尋常な地面に手を伸ばして土を掬った。
手を少し傾けると、サラサラと滑っていく。
星屑が流れるような、美しい光景だった。
月面に身を屈めて、砂を弄ぶ様子は、世界を生み出す女神の姿に見えた。彼はそう思った。
そしてその光景が美しいだけに、背後に広がる世界は醜さを際立たせていた。
「…ごめんな」
彼の謝罪に、サクラは首を傾げた。
「こんなトコに…連れてきちまって」
地獄。
彼女の周囲の光景は、まさにそれだった。
鼻先を腐臭が掠め、得体の知れない造形物が並び、異形の死体が地面と蕩け合っている。
この世に地獄があるとするなら、それも業罰に次ぐ業罰を重ねた罪人が送られる場所があるとするならここだろう。
そう評されてもおかしくない世界が続いている。
しかもそれは、この月だけではない。
この世界に彼女を連れてきてしまった事に、了は罪悪感を感じていた。
胸に複数の刃を突き立てられ、掻き混ぜられるような苦痛。
そんな彼の両頬に、サクラは優しく両手を添えた。
そして彼の眼を正面からジッと見て、小さく首を左右に振った。
「 」
あなたのせいじゃない。
「 」
あたしはここに来たくて、来たの。
「 」
あなたと一緒にいたいから。
彼女は唇の動きで彼にそう伝えた。
そして顔を更に近付けた。
向かう先は、彼の唇。
まるで少女のように繊細な、愛おしい彼の唇。
触れ合う瞬間、二人は宙を舞っていた。
サクラの腰を抱き、低空を跳んだ。
二人の背後で、地面に何かが突き立つ音。
十数回地を蹴ってジグザクに移動し、彼はサクラを庇いながら背後を振り返った。
灰色の尋常な地面に、それを赦さないとでもいうかのごとく、異形の柱が突き刺さっていた。
長さ二メートルに達する柱の形状は、生き物の牙に似ていた。
硬質の表面には、紫色の毒々しい粘膜が這っている。
先端が突き刺さった地面からは、同色の汚濁が広がっていった。
毒の類、というコトだろうか。
「テメェら……」
呪詛に満ちた声で彼は呟いた。
柱の奥に、立ち並ぶ複数の異形が見えた。
四肢を備えたもの、下半身が車輪となっているもの、昆虫を思わせる甲殻で覆われたもの。
二つ或いは複数、ないしは全身に散らばった無数の眼で、異形達は了とサクラを見ていた。
有機物と無機物、多種多様な生命体。
それらと融合した、人外の怪物。
臓物が剥き出しになったような体表面では、溢れる粘液が生臭い汚臭を振り撒いていた。
醜いという一言では表せない、醜悪極まりない姿。
そいつらが了とサクラに向ける視線の成分は、憎悪に好奇に恐怖。そして…欲情。
『許せない…』
異形の一体が言葉を発した。
暴力の雰囲気に満ち溢れた、男の声だった。
『我らから、光の創造主様を貴様が』
『憎い…憎い…』
『殺してやる…』
『皮を剥いでやる』
『生きたまま喰ってやる』
声が次々と唱和する。
異形な外見ながら、発声器官は人間と類似しているらしい。
当然と言うべきだろう。
こいつらの前身は、どれも人間であるのだから。
殺意に満ちた言葉を前に、了は平然としていた。
冷ややか、というにも憚られる視線で異形達を睨んでいる。
異形達の大きさは大きいもので五メートルにも及び、小さくても二メートルは超えている。
その数は見えているだけで三十体にも及んでいた。
強靭な外皮と生命力、身体能力は人間を遥かに超え、遊び半分の単なる蹴りや拳であってもその衝撃は十数トンを軽く超える。
表皮は重火器でも難なく弾き、爪先どころか舌先で舐めるだけで人間は簡単に破壊される。
強靭な肉体そのものが武器であり、先の例のように肉体の一部を武器化させることも容易に行う。
先程の槍のような柱は、肉体の一部を飛ばしたものに違いなかった。
口から1200度の炎を吐き、人体を一瞬で溶かす超高濃度の酸を吐き散らすなど、生物の枠を超えた存在。
それがイデア。
この世界を好き勝手に蹂躙し、夥しい生命を奪った元人間の悪魔ども。
前方に群れ為す醜悪な者達を前に、彼は前へ一歩進んだ。
その背後にサクラを残して。
醜いものから彼女を遠ざけ、愛しきものを守る為に。