魔法少女さくら☆マギカ-偽書ゲッターロボ ダークネス・ファンタズマ- 作:凡庸
『殺してやる』
その音は例えて言うならば、粘ついた泥から湧き出した気泡が弾けたような音だった。
その音で以て、しかし正確な発音でその言葉は述べられた。
声を発したのは鰐の大顎。首から下は甲虫を思わせる光沢を持った、二足歩行の人間のような姿。
そんな連中がざっと見て30体にも及ぶ群れを成して、少年と少女の前に広がっていた。
大きさは二メートルから五メートルほど。
哺乳類、両生類、爬虫類、昆虫、鳥類、魚類…または不定形のスライム状、得体の知れない集積回路のような姿であったり。
狂った悪夢の世界に住まうような、多種多様な異形達。
元は人間だったとは思ないその存在達の名は、『イデア』。
この世界に於いて、『悪魔』と呼ばれる存在だった。
『喰ってやる』
『手足を捥いでやる』
『頭の天辺から爪先迄皮を剥いでやる』
『全身の肉を削いで、生きたまま骨にしてやる』
そこにいるだけで見るものの正気を穢す、醜い姿の者達が口々に暴虐の言葉を投げる。
口調から滴るのは憎悪の響き。
悪夢以外の何物でもない光景に、憎悪の矛先である了は平然としていた。
ただ冷徹な視線を、異形達に向けている。
「相変わらず、どいつもこいつも言う事は同じだなぁ…クソイデア野郎」
了はそう言った。
呟きと言っても差し支えない声量であったが、イデア達は一斉に身を退いた。
怯えたのである。
恐怖に竦む異形達。
その眼に、一つの存在が見えた。
真紅の髪の美しい少女。
無数の眼が見開かれ、恐怖とは異なる感情が、欲望が湧き上がる。
『その女…』
滴る様な欲情に満ちた声が出た。
異形ながら、声色は中年の男のような声。
『犯してやる』
『喰いながら犯してやる』
『あの首を絞めながら肉を味わってやる』
『全ての肉穴を貫いてやる』
『穴を抉りながら殺してやる』
『擦り切れるまで輪姦してやる』
語られるのは欲情に満ちた言葉。
自分の欲を満たしたい、ただそれだけの下劣な意思。
異形達の妄想の中では、サクラがそのように辱められ、無惨に殺害される様子が鮮明に想い描かれていた。
『その様子を、貴様に見せ』
そこで言葉が途切れた。
言葉を発する器官が、根こそぎ抉られたからだ。
噴き上がる異形の鮮血。
迸る絶叫。
呼応して、巨大な爪と牙が躍った。
それは肉を抉られて悲鳴を上げる異形の身体を貫き、更なる悲鳴を上げさせた。
交差する牙と爪の間を、銀色の光が駆けた。
鋼の義手、と認識したその意識を激烈な苦痛が塗り潰した。
悲鳴を上げる異形。その体は馬の頭に蚊の胴体、尾は鯨を思わせる鰭付きの巨体。
それが弾けた肉の隙間から覗く骨と臓物を掴まれ、横殴りに投擲された。
十数トンもある質量が、まるで小石のように投げられ飛燕の速度を付与されて飛翔させられる。
終点にいた異形の群れに着弾し、激突の衝撃はそいつらを挽肉に変えた。
破壊を為した少年、了はその様子に冷たい視線を送り、義手に付着した血糊と脂を拭った。
ふと、その体がオレンジ色に輝いた。
イデアの一体が、蝶を思わせる口吻から吐き出した炎。
着弾より遥かに速く、彼は上空へと飛翔した。
見上げる異形の一体の首に着地し、両脚を犀の様な太い首に絡める。
次の瞬間に後転の要領で背後に下がると、大の大人が両腕で作った輪よりも太い首は呆気なく折れて千切れ、断末魔の叫びと共に鮮血を噴き上げた。
傾斜して崩れ落ちる、人型の犀に似た異形。
その前に、そいつよりも遥かに小柄な少年が立っている。
冷徹な光を帯びた眼は、今は瞳の中の赤と黒の二重螺旋に描かれた怒りに燃えていた。
「お前らが」
地面を蹴って前へ進む彼。
弾丸さえも見切る異形が、反応すら出来なかった。
数十メートル先にいた、直立する虎に骨を組み合わせたような白い異形の長大な爪が映えた手の指を鋼の指が握り込む。
「お前らが」
直後に激烈な力で引かれ、手の甲ごと肉が引き千切られる。
悲鳴を上げる前に、その頭部に抉り取られた爪が振り下ろされて顎まで抜けた。
直後に頭部自体が圧壊。
傷や口、眼窩に耳孔や鼻から脳漿や挽肉が鮮血と共に噴き出す。
「お前らが」
次いで彼は、カメレオンを彷彿とさせる異形の顔半分を抉り取った。
握り潰された巨大な眼は、最後まで何が起こったか分からなかったに違いない。
「お前らが」
次に標的にされたのは、人間の上半身を額から生やした紫色の大蛇。
人間部分の腹を掴まれ、蛇の部分と強制的に剥離させられる。
零れた臓物を、持ち主の悲鳴も意に介さずに引き摺り出し、背後から迫っていた異形に投擲した。
飛翔する赤いエイに似たそいつに腸が絡まり、隙が出来た瞬間に彼は蛇を蹴って跳び、エイの背中に着地。
背骨を圧し折りながら墜落し、落下の衝撃で異形の海洋生物を汚らしい破片に変えた。
「お前らが…お前らが!!」
了は激情を吐き出した。
炎の様な叫びだった。
その勢いのまま、今度は隣にいた鮫に似た異形の首を蹴りでへし折る。
即死したそいつの体を足場にして、宙返りしながら後方の異形の群れへと蹴り込んだ。
数体の異形を巻き込みながら吹っ飛ぶ異形達。
その中で、一際大きな異形が二体、了に向かって突進してきた。
一つは翼を広げた蝙蝠、もう一つは空中で蛇行する巨影…まるで龍を思わせる異形だった。
先程まではいなかったところを見るに、身体を変異させたか潜んでいた個体だろう。
「お前らがああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
全く怯まずに、彼は異形達へと襲い掛かった。
翼が巻き起こした突風もものともせずに跳躍し、蝙蝠の背中に着地し闇色の翼を両方とも付け根からもぎ取った。
赤黒い、腐った臓物のような色の龍が放った火炎に対し、奪った翼を盾にして前進。
危険を悟った龍が首を引くよりも早く、側面から回り込んでいた彼の両拳が広い額に炸裂した。
衝撃は顎まで抜け、脳と頭蓋と舌と牙が混ぜ合わされた肉片が散乱した。
その衝撃が、炎を発生するために体内に蓄積された燃料にでも引火したのか、龍の全身が発光。
直後に大爆発を起こした。
飛び散る肉片と、機械の端末のような部品。
赤黒い装甲が降り注ぐ中、銀の光を帯びた孤影が奔る。
悲鳴を上げる異形達。
意にも介さずに、義手と蹴りが、少年が身に帯びさせた暴力が炸裂し醜い異形達を更に醜い肉片へと変えていく。
「死ね」
憎悪の呟き。
ゴキブリとコオロギを合わせたような姿の胴体を拳が貫き、心臓を抉り出す。
「死ね!」
複数の鳥類を合わせたような、金属質の翼を持つ異形が上と下の嘴を掴まれた。
そして金属片を撒き散らしながら、真横一文字に身体を裂かれた。
「死ね!!死ね!!死ね!!」
少年の怒りは収まらず、異形達の反撃を上から叩き潰しながら殺戮の限りを尽くしていく。
その様子を、サクラはじっと見ていた。
暴力への楽しさも、敵を屠る快感も、彼からは感じられなかった。
ただ、血深泥になって戦う彼の様子には、痛々しい程の悲痛さが感じられた。