魔法少女さくら☆マギカ-偽書ゲッターロボ ダークネス・ファンタズマ- 作:凡庸
『助け』
「るワケねぇだろボケェ!!」
異形の懇願。
それを粉砕する少年の叫び。
比喩ではなく、声も言葉も粉砕されていた。
組み合わされた鋼の拳が、直立する蟹を彷彿とさせる頭部に直撃。
ロケット砲弾さえも受け付けない甲殻が、紙細工のように粉砕される。
人間の肉と、蟹の繊維質の肉を絡ませたような肉が赤い血と共に飛び散る。
頭部から股間までを抉り抜かれ、それでも即死はせずに数秒間苦しみ抜いてから異形は死んだ。
荒い息を吐きながら、了は肩を上下させていた。
彼の周囲には、異形の死骸が山となって堆積していた。
原型を留めぬまでに破壊されていたが、肉片の類似性を元に数を数えれば総数にして百体は優に超えていた。
最初の三十体に加え、増援として倍以上の数が押し寄せていた。
その全てが、例外なく肉片となった。
対する彼はほぼ無傷。
精々軽い火傷を脇腹に、浅い切り傷を右頬に負った程度である。
彼の最大の武器である鋼の義手はもとより、彼の生身の部分の蛮性が異形達を凌駕していたのだった。
しかしそれでも、疲労は拭えない。
そして彼の前身は異形の体液と肉の破片で斑模様に穢れていた。
そんな彼を、サクラは背後から抱き締めた。
彼が振るう暴虐の嵐は、自分を庇う為のものだった。
異形の注意を引くことで、自分を守ってくれていた。
彼女はそれを理解していた。
「俺…汚いからさ。汚れちまうよ」
荒い呼吸を止めて、彼は言った。
首を振る振動が彼の背中に響いた。
サクラの衣服に異形の体液が染みていく。
彼女はそれを厭わなかった。
異形たるイデアの存在を許容している訳では無い。
死にかけの異形に手を触れて読み取った記憶は、酸鼻で陰惨で、ただただ醜い欲望に満ちていた。
記憶を読み終えると、瀕死の異形の頭部をサクラは握り潰した。
即死はさせず、されど確実な死を与え、それまでの間は存分に苦しみ抜くよう手心を加えた握り方で。
話を戻す。
彼女は異形には侮蔑と不快さしかない。
その体液など、唾棄すべき汚物でしかない。
ただそれでも、彼女は彼に寄り添いたかった。
彼と同じ姿になる事を、彼女は望んでいたのだった。
彼の身体の前に回された彼女の両手。
彼の胸の前で組まれた繊手は、彼の体内の鼓動を感じていた。
暴れ狂う激流の様な鼓動が、ゆっくりと静けさを帯びていく。
やがて緩やかな小川のように落ち着くまで、彼女はその体勢であり続けた。
「戻ろうか。サクラさん」
彼の言葉に、彼女は静かに頷いた。
生活環境を整えた室内へと、二人は戻った。
シャワーを勧めた彼に対し、サクラは先に浴びてと言った。
優しいが、有無を言わせぬ強い眼差しに彼は無言の言葉に従った。
手短にシャワーを浴び、新しい服に着替えた。
手短とは言え、髪も体もしっかりと清めていた。
イデアの虐殺は慣れたものであり、自然と短時間での効率的な洗い方を覚えたのだった。
浴室の扉を開けると、既にサクラが立っていた。
「どう、かな?匂いとか残ってないかい?」
不安げに彼は尋ねた。
微笑みながら、彼女は首を左右に振った。
「 」
待っててね、と彼女は言い、浴室へと消えていった。
言葉に従い、彼は待った。
部屋の中をフラリと彷徨い、寝台を椅子代わりにして座った。
待つ間、今日の事を思い返していた。
怒り狂い、暴虐を振った自分。
相手は悪魔であり、そいつらに対する罪悪感はない。
だが、殺戮の最中に自分は怒りで我を忘れていた時があった。
それは一時間に及ぶ戦闘の中で、トータルして数秒程度の短い時間だった。
それを、彼は恥じていた。
「…情けねぇ」
今の感情を彼は言葉にして呟いた。
意識の消えたその時間、自分は彼女を危険に曝していた。
もしもその間に、イデアが彼女に触れていたら。
そう想っただけで、気が狂いそうになるほどの苦痛が彼の心に押し寄せる。
そして心に去来するのは、それだけではなかった。
敵の首領は斃したが、未だに存在し続けるイデア。
仲間を喪った喪失感。
怒りによって殺戮に狂った自分。
それはイデアと何が違うのかという疑問。
そして。
「俺の……所為で」
彼女自身から否定されたものの、この地獄に彼女を引き摺り込んでしまったという思い。
胸に込み上げるのは、罪悪感。
そして、彼女への愛おしい思い。
言葉を話せない彼女の、優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
体に触れる肌の柔らかさと、火傷によって高くなっている体温の熱さ。
美しい真紅の髪と瞳。
全てが愛おしく、何としても守りたい、彼女には幸せになって欲しいという願いが浮かぶ。
そして自分はもう何も喪いたくない、奪われたくないと、怒りにも似た感情が彼の心に渦巻く。
歴戦の戦士とはいえ、13歳の少年の中には幾つもの災厄と悲劇、そして狂気が溜まっていた。
そのどれ一つをとっても、大抵の人間には背負えない事象ばかりであった。
しかし彼はそれを背負えることを自分の強さとは全く考えておらず、ただ自分の無力さに打ちのめされていた。
カチャリという音が鳴った。
顔を見上げた。
その顔の眼の前に、サクラの顔があった。
驚く間もなく、彼の唇に彼女のそこが重ねられていた。
柔らかく艶やかな唇同士が、静かに重なり合う。
共有し合う互いの体温と肉の感触。
ただ触れているだけなのに、そこには言葉では表現出来ない、とても深い何かが存在していた。
名残惜しむようにゆっくりと離れていく二つの口。
サクラは目を細めて笑っていた。
そして、彼の頬を優しく撫でた。
彼女は彼を抱きしめていた。
先程よりも強く、力強く、彼はサクラの抱擁の中にいた。
自分を抱く彼女の感触に、彼は眼を見開いた。
紅潮する彼の頬。
しかしサクラは、先と同じく先手を打った。
彼を正面から抱きながら、彼女は彼の眼を真っすぐに見ながら口を動かした。
「 」
あなたは、よくやってる。
「 」
そんなに自分を責めないで。
その言葉は、彼から聞いた、彼のこれまでの物語への彼女の感想だった。
無音の言葉を告げられた彼の眼が、潤むのを彼女は見た。
だが、彼は眼を瞑った。一秒後にまた開いた。眼の潤みは消えていた。
ああ。
と彼女は思った。
サクラの胸に込み上げるのは、痛々しい程の愛おしさ。
涙は見せない。
相手を不安にさせるから。
彼の思いが、その行動には表れていた。
その様子に、彼女は英雄という言葉を思い浮かべた。
傷だらけで、自分は今にも倒れそうなのに、牙無きものの未来の為に命を懸けて戦う者。
この小さく幼い少年は、何の打算も思惑も無しに自然とそう言った態度と行動が出来る者なのだと、彼女は改めて思い知らされた。
自分を顧みない態度には、哀切さを感じずにはいられなかった。
そしてそれ以上に、胸に込み上げる熱く燃え盛る様な愛情を。
その想いに従い、彼女はベッドに仰向けに倒れた。
そしてシーツの上をするりと這って、彼に向けて両手を伸ばした。
『来て』
彼女の口の動きは、そう言っていた。
優しい微笑み。恥ずかしさと興奮により赤く染まった頬。
彼を求めて伸ばされた両手。
そして、何も身に着けていない裸体。
右半身に彩られた痛々しい火傷との対比を見せる白い肌。
なだらかな胸と、朱鷺色の突起。
秘め隠すべき性の部分。
身体の全てを曝け出して、彼女は彼を招いた。
そんな彼女を前に、彼は思い留まった。
両肩まで続いた鋼の義手が、重さを増したような気がしていた。
しかし、彼はサクラの眼の中の輝きに気付いた。
拒絶される未来を想像し、抱かれた恐怖の色が見えた。
その色を消してあげたい。
欲望ではなく、純粋な願いを彼は抱いた。
そして彼は頷き、寝台に登って彼女の元へと寄り添った。
近寄られたサクラは、反射的に体の火傷を手で隠そうとした。
それより早く、彼は声を掛けた。
先程のサクラの行為に対する、意趣返しであるかのように。
「綺麗だよ。サクラさん」
彼は本心を口にした。
間髪入れず、サクラは再び彼の唇にキスをした。
今度は深く、長く、お互いの存在を確かめ合うような接吻。
互いの舌を絡め合い、唾液を交換し合った。
了とサクラの口の端から垂れる雫はどちらの物とも分からないもので、二人はそれを気にする事無く、ただ貪るようにキスを続けた。
舌と舌を絡め合いながら、サクラは了の衣服をゆっくりと剥ぎ取っていった。
そして、二人の時間が始まった。