明日の光 探しに二人   作:王者スライム

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第一話 明日の光 探しに二人

 その日もいつもの日常だった。親代わりの叔父さんに紹介された力仕事をこなして日銭を稼ぐ。正直言って、女の子にさせるような仕事ではなかったけど仕方ない。ちゃんとしないと生きられないし、叔父さんの機嫌が良くても殴られてしまう。

 そんな理由もあって休まずちゃんと仕事をこなす私は帰る頃にはくたくたで、一応毎日洗ってるはずの服は一週間着続けた服のように汚れてしまう。もしも着ている服がオシャレな服ならかなり悲惨なことになってたんだろうな……まあ、叔父さんがそんな服買ってくれるわけないんだけど。

 そんなことを思いながら家へと帰っていたその時……その日から私の日常は変わった。

 

「ねえ、ついてきて」

 

 そう話しかけてきたのは私と同じぐらいの背の女の子。紫色の綺麗な髪に、綺麗な赤い目。でも、私にはその女の子と会話した記憶もなければ見た記憶もない。

 知らない人に話しかけられたという状況が怖くなった私は彼女を無視して逃げようとした。けれど、その行動は呆気なく腕を掴まれ止められる。疲れている私は抵抗することもできず、そのまま彼女に為されるが連れていかれ──気づけば、どこかの家のお風呂に入っていた。

 自分でも今の状況は良く分からなかったので、湯船に浸かりながら一旦状況を確認することにした。仕事の帰り道、見知らぬ女の子に誘拐されて、お風呂に入れられている……うん、分かんない。

 結局、思考は放棄して今はお風呂を楽しむことにした。ここのお風呂は家の三日に一回しか入れないお風呂と違って心地がいい。湯加減が良いというのもあるかもしれないし、謎に良い匂いがするのでそれが原因かもしれない。

 そのまま数十分ぐらいお風呂を満喫してお風呂場から出ると、タオルと服が用意されている。使って良いのか分からなかったけど、濡れたまま裸でいるわけにもいかなかったので普通に使わせてもらった。

 服は無地で普段私が着ているものと変わらなかったけど、タオルはふわふわで素材が違うのだろうかと考えながらまた扉を跨ぐと、何かどこからか良い匂いが私の元にやってくる。

 そのままその匂いのする方へ歩いて行くと──そこには、あの女の子が台所に立っていた。彼女の目の前にはお鍋があって、どうやら匂いはあそこからするらしい。私がそうやって見ていると、彼女は私に気づいたようで少し微笑んだ。

 

「湯加減はどうだった?」

「……とても良かったかな」

「それはなにより。もう少しでスープができるから、机の側で待ってて」

「あっ、うん」

 

 言われた通り机の横に座り、キョロキョロと周りを見渡す。普通の家ってこれぐらい綺麗なものなのだろうか。汚れ一つない綺麗な白い壁、傷一つない机や触り心地の良い絨毯。どれも私の家には無いものだと思いながら見ていると、良い匂いが近づいてくる。そして、その匂いは私の目の前までやってきた。

 

「どうぞ」

「ありがとう……?」

 

 スプーンを手に取り、白いスープを掬い上げる。溢れないように口に含んで呑み込むとスープは熱を持ったまま喉を通り抜けた。

 

「……美味しい」

 

 スープなのに滑らかな舌触りでしっかりと味がある。勝手に手が動くほどじゃないけれど、一掬い一掬いを味わって食べたくなる……そんな感じだった。

 

「そう言ってくれると作った甲斐があるかな」

「……えーっと、なんでこんなことをしてくれるの?」

「こんなことって?」

「いや、分かるでしょ?お風呂に入れたり、スープを御馳走したり……普通、そんなこと見知らぬ人にはしないと思うけど」

「……確かに」

 

 そう言って、悩みだした彼女はどうしてそうしたのかを考えているよりは言葉を捻り出そうとしているように見える。

 そこから数分、ようやく言葉が出てきたのか彼女は口を開いた。

 

「友だちになりたかったからとか……?」

「友だちに?」

「そう、なんと言うか貴女とは仲良くなれそうな気がしたから」

 

 正直言って、良く分からなかった。見かけた程度の相手に仲良くなれそうと思うことも、その相手を無理矢理風呂に入れてスープを御馳走することも。

 けれど、私はそんな分からない彼女のことを知りたいと思ったのだ。

 

「私はクレマチス。貴女は?」

「……イキシア。好きに呼んでいいよ」

「じゃあ、イキシアって呼ぶ。私もクレマチスって呼び捨てで良いから」

「うん、分かった。よろしくクレマチス」

「こちらこそよろしく、イキシア」

 

 お互いにそう言って握手をする。良く分からない、私と同じぐらいの女の子。仲良くなれるかは分からないけれど……きっと、この子のことは忘れられない。そう思った。 

 


 

「大丈夫?体に問題はないかしら?」

「体が少し重いくらい。念のため学校は休むけど、ちゃんと勉強はちゃんとするから安心して」

「……体調が悪化したらしっかり休むように」

「うん、分かった」

 

 そう言って私を心配するお母さんとお父さんが仕事に出かける所を見送る。そんなどこの家庭にでもたまにありそうな日常の風景。私の風邪が嘘じゃなければ完璧なんだろうなと少し思った。

 立ち尽くす理由もないのですぐに玄関を離れ、教科書を部屋からリビングへと持ってくる。勉強をするというのは風邪と違って嘘じゃない、正確には私が勉強を教える側に回るのだが……まあ、教えるから学ぶこともある。それを考えれば嘘とは言えないだろう。

 あとは紅茶を入れて、約束の時間を待った。今からそうは遠くない時間。だけど、その時間を今か今かと待ちわびる私にとってはとても長くて、そわそわして何度も周りを歩いたり、座っても足をバタバタしたりしてしまう。マナーに厳しいお父様が見ていたなら間違いなく叱られるだろうなと自覚できるぐらいには、今の私には落ち着きがなかった。

 

──コンコンッ

 

 ただ、そんな動きもその音一つでピタリと止まる。すぐに音が聞こえた裏口へと向かい、扉の前で止まって一度深呼吸をした。 

 気持ちを切り替えたあと、扉に手をかけて開く、そこには私の友達のイキシアが立っていた。

 

「どうぞ、自由に入って」

「うん、お邪魔するね」

 

 言葉とは裏腹に恐る恐る入っていくイキシアに「紅茶はいかがですか?」と聞くと「ええっと……お願いしようかな」と聞こえてきたので、カップを持ってリビングへと向かった。

 先にリビングについたイキシアは机の横に座りながらも、キョロキョロと周りを見渡していて、あの日と同じだなと少し笑ってしまった。幸い、彼女にはバレていないようなので何食わぬ顔で彼女の隣へと座り、持ってきたカップに紅茶を注いで手渡す。

 

「良い匂いだね」

「紅茶の入れ方には自信があるから」

「……ねえねえ、クレマチス。もしかして使用人とかっていないの?」

「いないけど……なんで?」

「だってクレマチス、なんというか気品があるし……貴族なんじゃないかなって思ってたから」

「周りより少し裕福なだけだよ。マナーとかは役に立つからって教えられたけど」

 

 私がそう言うと、イキシアは意外そうな顔をして私を見つめる。そういえば、家の話はあんまりしてなかったなと今さら思った。だいたいは私の学校の話だとか、イキシアの仕事場での話であとは勉強。

 だから、私はイキシアの家族のことを知らないのだ……イキシアが無料でいける筈の学校に行かず働いている時点でロクな家族じゃないんだろうけど。

 

「じゃあ、勉強を始めよう。今日は数字だから」

「えぇ、数学かぁ……文学にならない?」

「ならないよ」

「うぅ……酷い」

 

 ちょっと暗いことを考えてしまったのでさっさと勉強を始めて思考を切り替えることにした。幸いにも今日の予定は数学。頭を使うし、気持ちを切り替えるには十分だ。

 教科書を開き、嫌がるイキシアに内容を教えていく。公式や考え方、果てには応用問題まで。

 けれど、イキシアは嫌がっているだけでちゃんと話は聞いてくれるし、基礎さえ学べば応用問題を間違えることもない。私の教えが良いと言いたいところだけど、こればかりはイキシアの才能だ。

 

 一時間半ぐらい勉強しただろうか、イキシアが「そろそろ休憩しようよ」と言うので、一度勉強を止め、新しく紅茶を入れようとしたその時──

 

──強烈な爆発音が耳に突き刺さった。

 

 何年も暮らしてきたこのチェルノボーグで初めて聞くようなその音。そんな音に私の思考は止まって、動くことができない。

 

「ねっ、ねえ、クレマチス。今の音って何……?」

 

 そんなイキシアの声で我に返る。イキシアの顔を見ると、先程の音に不安がっているらしい。でも、それは私もそうだ。何が起こったのか分からず、手に持ったティーポットを離すことすらできない。

 だが、間髪を容れずにもう一度爆音が鳴り響くと、私の体は自然と動き出した。

 

「えっ、どこ行くのクレマチス!?」

 

 イキシアの声を無視して、玄関まで走る。そして扉を開いて──空へと立ち昇る二つの煙を見た。そしてそれと同時にその煙のある方向から悲鳴が聞こえてくる。

 軍の訓練というわけではないだろう。訓練ならば悲鳴が聞こえる筈ないし、そもそも先に連絡が入ってくる筈だ。ならば──

 

「もしかしてテロ?」

「……多分、そうだね」

 

 いつの間にか後ろにいたイキシアにそう返答して外を見る。悲鳴は聞こえるが、家の周りはあまり変わってはいない。私たちと同じように扉から、または窓から外を窺う人は何人かいるみたいだが、それだけだ。まだここ当たりは安全……と見て良いかもしれない。

 

「ねっ、ねぇ……クレマチス。テロが起きた時ってどうするの……?」

「多分、家で大人しくするべきだね」

 

 二つの煙が上がる方向には避難所に指定されている図書館と区役所がある。もしも、テロを起こした人たちがそちらにいるのならそこはとっくに占拠されている筈だ。だから、逃げるなら別の区に行かなければならない。ただ、移動手段が足に限られる私たちではいくら周りにテロの人たちが見えないとは言え、別の区に逃げるというのは不安だ。

 だったら、家に籠ればいい。テロが起きたと知って、街が黙って指を加えるわけがない。軍によるテロの鎮圧が行われる筈だ。私たちは余計なことをせずそれを待てばいい。

 

「一応、いつでも逃げれるような準備をしながら家に籠ろう。数日もしないうちに軍の助けが来てくれる筈だから」

「うん、わかった」

 

 周りの家の人たちも同じことを考えているのか、慌てて逃げ出すような人たちはいない。多分、これが最善なんだ──そう自分に言い聞かせて、玄関の扉を閉めて鍵をかける。

 


 

──あれから五日間が経過した。テロリストは区の住民である私たちを一ヶ所に集めて管理するわけではなく、この地区の見回りをし、それぞれの家に閉じ込める策を取っているみたいだ。

 人質として管理しないのを不思議に思ったが、住民の数の多さから食料の配給、トイレ事情なども考えればこういう策を取るのは案外普通なのかもしれない。

 ともかく、不幸中の幸いと言うべきか私たちが家から出ない限りは安全であるらしい。油断はできないとは言え、いつもの慣れた場所に居られるのは安心ができる。ただ、問題は──

 

「助け、まだこないね」

「……そうだね」

 

 五日間という期間が経ったというのに、軍の助けはまだこない。テレビを見る限り、テロは他の地区でも行われているらしく、軍はその鎮圧に動いているらしい。

 そして恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ニュースで報道されたテロが行われている地区の数から考えれば、軍が私たちの地区にくるのは最速でも更にあと五日。最悪、一週間──いや、二週間だってかかるかもしれない。

 報道では軍がテロリストを制圧するまで一週間とかからないと言っていたが、この地区が一瞬で占拠され、その状態が五日間も続いている現状に置かれている身からすれば、ハッキリ言って信じがたい。劣勢とは言わずとも、テロリストの制圧に時間がかかっているのは間違いない筈だ。

 

「食料はあとどれぐらい残ってる?」

「ええっと、私たち二人で二日分。いこうと思えば、あと二日は伸ばせるかも」

「食料が尽きる前にテロリストは動くと思う?」

「それは……分かんないや」

「……そうだよね」

 

 この地区のテロリストはまだ大きくは動いていない。ただ、軍の助けが来るまで動かないという保証はないし、むしろそれまでに動く可能性の方が高い。そうなればこの家は安全圏ではなくなり、私たちは人質として捕らえられるし、最悪殺されるかもしれない。

 軍の助けは恐らく遅く、間違いなく軍が来るまでにテロリストたちは動き、当然逃げ出すのはリスクが高い。考えれば考える程詰んでいる状況だ。

 

「……父さん、母さんは大丈夫かな」

 

 ふと、そんな言葉が口から漏れた。私たちと同じように、どこかにとどまり続けるをえない状況かもしれないし、ここよりも酷い状況に取り残されているかもしれない。連絡手段もない私にできることは、両親の安全を祈ることだけ。

 そして、しばらく無言の時間が続く。どうしようもない現状。少しずつ、でも確実に増えていく不安感。閉じ込められている場所が家で、イキシアも一緒にいるとはいえ私の精神は参ってしまいそうだった。

 このまま、現状の思考を続けるのは駄目だ。勉強でもして現実から目を逸らそう──そう、思った時、イキシアが沈黙を破った。

 

「このままだも不味いんだよね……なんとかしてここから逃げ出せないかな」

「……無理だよ。見回りが居るし、避けようと思っても私達は見回りが何人居て、どんなルートを通ってるのかも分からない」

「見つかっても抵抗すれば……」

「でも、私達には戦闘経験もまともな武器もない。見回りに見つかったらおしまいだよ」

「じゃあ、まともな武器があればいいの?」

「まあ、ないよりはマシってぐらいだけど──」

「──じゃあ、私をアーツユニットとして使って?」

「……は?」

 

 その言葉に私の思考が止まる。けれど、そんな私を意に介さずイキシアは更に続けた。

 

「クレマチスはアーツを使うのが得意なんだよね?でも、アーツユニットがないからアーツを使えない。そして、感染者だけど私はアーツを使うのが下手。なら、クレマチスが私をアーツユニットとして使えば──」

「──自分で何を言ってるか分かってる!?」

「分かってるよ」

「分かってないよ!!今、イキシアは自分を道具として使えって言ってるんだよ!?」

 

 アーツを使うには基本的に源石が必要となる。そして鉱石病にかかった患者は体に源石ができる。それを考えれば、確かに感染者であるイキシアをアーツユニットとして使うことはできるのかもしれない。

 だが、アーツユニットは道具でイキシアは人間だ。そんなことして良い筈がないし、イキシアを使ってアーツを使用した結果、イキシアにどんな影響がでるかも分からない。

 だから、そんな簡単に自分を道具として使えと言ったイキシアに少し怒りを含めてそう言ったが、イキシアの表情は変わらなかった。

 

「それでいいんじゃない?」

「イキシア、あのねぇ──」

「クレマチスに道具として使われるのなら、これまでよりマシだと思うから」

「──っ!!」

「もう想像はついてるでしょ、クレマチスは賢いから。無料でいける学校にも行かずに働いている私がこれまでどんな暮らしをしてきたぐらいなら、簡単に分かっちゃうよね」

 

 イキシアはどこか思いつめた表情でそう言った。なんで突然そんな表情で──と思ったがその答えはすぐにでた。私の精神が参りかけている様に、イキシアもこの現状に精神を追い詰められているのだ。

 

「だから、きっとそっちの方がマシなんだよ。それにここに居続けたってロクなことにはならないでしょ?」

「それは……」

「だからこれはお願い。私をアーツユニットとして使って?」

「……分かった」

 

 その言葉にイキシアは少し嬉しそうだった。それは自分の案に私が乗ってくれたという喜びからなのか、それとも──いや、これ以上はやめておこう。それに私は完全にイキシアの案に乗るつもりはないのだから。

 

「けど、イキシアを道具として使う気はないよ」

「……?」

「この現状から抜け出すために、明日の光を見つける為に──共に協力し合う。私がイキシアを道具として使ってアーツを使うんじゃあなくて、イキシアが力を貸してくれるから私がアーツを使える。私達は道具と人の関係じゃなくて、人と人の関係なんだから当然だよね?」

「──ふふ」

「なっ、何が面白いの?」

 

 真面目な発言が笑われ、何か変なことを言ってしまったかと不安になってしまう。そんな私を横目にイキシアは笑いだした理由を話し出した。

 

「いやぁ、明日の光なんてクサイことを言うなって思って」

「……ちょっとイキシア!!」

「ふふふ、ごめんごめん。じゃあ、準備をしようか。明日の光とやらを探すためのね」

「全然、反省してないよね!!コラー!!」

 

 私がそう言うと、イキシアは彼女は笑いながら逃げ出す。やっぱり、貴女にはこういう形で嬉しそうにして欲しいな、そう思いながらその後を追いかけた。

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