「せん・・・ぱい・・・?」
「うん。待たせて悪かったね」
余裕のある表情で安倍は笑う。
しかし、その背中や額から流れる血は、止まる兆しを見せない。
「ということで、後輩ちゃんは返してもらうよ」
呆然としている強盗にそう言い放つ。
誰もがそれに反応するより早く、強盗の前に進み出て、初春をつかんでいる手の肩に、刀を鞘に納めたまま、ぶったたく。
「がっ」
「きゃっ」
強盗は、あまりの衝撃に肩を抱きかかえ、うずくまる。
支えを失って地面に落ちそうになった初春を抱きかかえ、バックステップで白井の前へと戻る。
「んじゃ、白井ちゃんの隣にいてね」
初春を白井の横におろして言う。
「なぜだ!俺のイコールスピードは絶対だ!」
痛みの柔らいだ強盗は、顔を上げると安倍を睨み付け、パチンコ玉をばらまく。
その数、15個。
「答えは君自身が言ってたじゃないか」
安倍は姿勢を低くし、右手で刀の柄を握る。
「
斬!斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!斬!
その場にいる誰にも、その斬撃の正確な軌道はわからなかった。
ただ、金子の右手がほんの少しぼやけ、刃がいくつもの線を描いたような気がした。
次の瞬間には刀が納刀される、チン、という音を聞こえる。
それだけで、パチンコ玉はすべて地面に落ちていた。
「君の能力は、能力を解除するか、物体が破壊されるまで止まらないんだろ。ならば、物体をたたき切れば、問題ない」
唖然とする強盗。
そんな方法で、彼の能力が攻略されるとは思わなかった。
「チェックメイトだよ」
その安倍の発言は、事件の解決を意味していた。
アンチスキルが到着し、事情聴取などで忙しい時。
安倍はけが人ということで、包帯を巻かれていた。
「まったく。なにをやってんじゃん。お前がドジを踏んだのは、久しぶりじゃん」
「あはは。まあね。でも、怪我の分の収穫はありましたよ。黄泉川先生」
「かなりの大怪我じゃん。そんなものあったのか?」
「あそこですよ」
そういって、安倍は奥の方へと目を向ける。
そこには、白井の足首にテーピングをする、初春の姿があった。
「やっぱり白井さんは凄いです」
「何がですの」
「強盗犯に一歩も引かないなんて、格好良かったです」
「でも・・・」
「私、約束します」
「え?」
いきなり立ち上がる初春に、白井は顔を上げる。
「私も、自分の正義は決して曲げません。なにがあってもへこたれません。そして、白井さんのように強い人になります」
初春は決然と言い放つ。それは誓いを立てているような声だった。
「その約束・・・。わたくしにもさせてくださいな」
「へ?」
「今まで、なんでも一人でできると思っていましたけど、それはとんだ思い違い。ですから、これからは2人で、一緒に1人前になってくださいます?」
白井が初春に向かって左手を伸ばす。
「はいっ」
初春も左手を出し、白井と強く、握手をする。
「なるほど。確かに、その甲斐はあったかもしれないじゃん」
「ね」
「それにしては、ずいぶんな怪我じゃん」
「あはは。それは言わないどいてくださいよ」
黄泉川が包帯を巻き終わり、安倍は上を着る。
しばらく、事件の今後について話していた、黄泉川と金子の所に白井と初春がやってくる。
「ん?どうした?」
「せ、先輩・・・」
「うん」
何かを言いよどむ白井を安倍は優しい目で見る。
「ほら、白井さん」
「申し訳ありませんでしたの!」
「・・・はえ?」
思いがけない言葉に安倍はアホみたいな表情で固まる。
安倍は何のことだか考える。
ポクポクポク、チーン。
「ああ、怪我の事ね。別にいいよ」
「どんだけ記憶力ないんですの!?」
「白井さん。怒らない」
「ほら、頭を打ったからさ」
「あ・・・。それで記憶が・・・。すみませ―――」
「意識がないふりをしていた方が白井ちゃんも反省するかなーと」
「・・・はい?」
「いや、ぴんぴんしてたんだけどね。自分の正義は曲げないなんて、かっこいいこと言うじゃん」
「もしかして、全部聞いてましたの・・・?」
「うん。別にあんなの怪我の内に―――」
「先輩っ!」
初春が安倍の言葉を遮る。
不思議そうな顔をする安倍に、初春は白井を指す。
そこには髪の毛が逆立つほど怒っている白井があった。
それに至って、安倍は口を滑らせたことに気づいたらしい。
「心配したというのに・・・」
かなり低い白井の声。
怖くなった安倍は、頭にこぶしを当て、首を傾けて舌を出してみる。
「・・・あはっ」
「もう知りませんわ!」
プイと安倍に背を向けて、銀行から出ていく白井。
白井が出ていったことを確認して、初春はたずねる。
「実際のところはどうなんですか?」
「いや、問題な―――」
「何が問題ないんじゃんよ。ろっ骨5本に、大きな破片が刺さった傷が6か所、額は割れているし、小さな破片の切り傷は30か所以上あるじゃん。実際に気絶はしていたはずじゃんよ」
「そんなに大怪我なんですか!?」
「はぁ。言わないで下さいよ、黄泉川先生。隠しておくつもりだったのに」
「あんたも無茶するじゃん。だから、誰かストッパーが必要じゃんよ。2週間は安静にするじゃん」
「えー」
「えーじゃありませんよ、先輩!私がきちんと見張ってますからね!」
「よかったじゃん。こんなにかわいい子に監視されて」
「よくありませんよ・・・」
面倒なことになったと安倍はうなだれる。
彼にとってはこんな怪我は問題ない範囲内だ。
「あ、初春ちゃん。白井ちゃんには内緒ね。彼女が後悔することはない。僕が奥の手を使っていればよかっただけだしね」
「はい。言いませんけど・・・。先輩はきちんとジャッジメントとしての仕事をしていたと思います」
「うん。ありがと。それじゃあ、帰ろうか」
「はいっ」
初春と安倍は銀行を出る。
銀行の前の木にもたれて二人を待っていた白井が合流する。
相変わらず怒っているのか安倍には話しかけない。
白井と初春は二人で並んで、目を配りながら、ジャッジメントの支部へと帰っていく。
大変だった仕事を終えて。
◆
「それではですの」
「お疲れ様です」
そういって1年生2人は部屋を出ていく。
「お疲れ様」
「お疲れ様、大変だったわね」
ソファーに座る安倍と、椅子に座る固法は、出ていく2人に手を振る。
パタン。とドアが閉まった後、2人の表情は一変する。
「で、どうなの?」
「どうって?」
「怪我の事よ。大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。ただ、初春ちゃんがしばらく監視するらしいですけど」
「あら、それは大変ね」
固法は立ち上がってコーヒーを2杯いれる。
そのうち片方をソファーに座る安倍の前に置き、自分の彼の前の椅子に座る。
「どうもです」
「で、私としては早く復帰をしてほしいんだけど」
「そうですね。僕も休養は嫌いですし」
そういう安倍の手には、どこから出してきたのか辞書のように厚い本があった。
ぺらぺらとページをめくる。
「いつになったら能力のことを説明するの?」
「それですよね。面倒くさいじゃないですか。ばれたときにでもしますよ」
お目当てのページがあったのか、ページを繰る手が止まる。
「私に上条君とかいうお友達、黄泉川先生に小萌先生。4人にしか教えてないなんて、ずいぶんと秘密主義ね」
「まあ、面倒くさいんで」
そんな受け答えをする安倍の額の擦り傷が、どんどんとふさがっていく。
まるでビデオの早送りでも見ているようだ。
ものの10秒。
かなり目立っていた外傷といった外傷は、一つもなくなっていた。
辞書をぱたんと閉じる。
「相変わらず便利ね。
「まあ、すごい傷がかゆくなるんですよね、これ。骨折とかには聞きませんし」
「レベルいくつくらいなの?」
「システムスキャンでは隠しているんで、正確な数字は分かりませんけど、レベル4ぐらいはあるんじゃないですかね」
システムスキャン。
学園都市があらゆる機械などを使って、生徒一人一人の能力を調べるものだ。
要は、身体測定の様なもの。それによってレベル分けされる。
「あれは隠せるような検査じゃないと思うけどね」
「なぜかひっかからないんですよ」
「そう」
そういって固法はコーヒーを飲む。
「で、本題は何ですか?」
「今回の銀行強盗、レベル2らしいのよ」
「レベル2ですか・・・」
レベル2。
まあ、そんなに実戦向きではないレベルだ。
「どう思う?話を聞いてるだけだと意外と手ごわかったみたいだけど?」
「いえ、レベル3でしたよ」
断言する。
「やはりそうよね。そこが腑に落ちないのよ」
黙り込む二人。安倍のカップも固法のカップももう空である。
「ま、レベルが上がってたって可能性もあるのよね」
「そうですね」
そういって、話を終わらせる。
「研修はあとどれくらい必要かしら?」
「白井ちゃんが一番大事なコトに気付きましたしね、もういいですよ」
「分かったわ」
これにて、後輩に秘密の話し合いは終わったのである。