6月にも入り、梅雨時。
ジャッジメント177支部には、例のごとく、安倍と固法の2人がいた。
「はあ、久しぶりに晴れましたね」
「そうね。ここのところずっと雨で、洗濯できなくて困ってたもの。助かるわ」
「そうですよね」
そんな世間話をしていると、扉があく。
「こんにちわー♪」
所属のジャッジメント、初春が鼻歌を歌いながら入ってくる。
「あら、今日は機嫌がいいのね、初春さん」
「なんかいいことでもあったのかい?」
「うふふふふ。実はですねー・・・」
にやにや笑いを止めることなく、初春は自分の回転いすに座り、くるくると回転し始める。
「今までずっと会いたかった人に会えるんですよ!白井さんの紹介で!」
「ほう。それは良かったね」
「はいっ」
鼻歌をやめずに、初春はパソコンに向かう。
「あ、それで、ここに来てもらうことになるんですけど、いいですか?あと、私の知り合いも来るんですけど」
「んー。いいんじゃない?いいですよね、固法先輩?」
「私も別に構わないわ。急ぎの案件があるわけじゃないし」
「わーい!」
「本当に子供みたいにはしゃいでいるね」
あまりのはしゃぎように、安倍は孫を見るおじいさんの様な、固法はちょっとあきれたような表情を浮かべている。
コンコン
そんなとき、ドアがノックされる。
「あ、私の知り合いです!どうぞー!」
「失礼しまーす・・・」
恐る恐るというようにドアを開けて入ってきたのは、随分と長い黒髪ストレートの女の子だった。
ドアを開け、入ろうとしたところで固まっている。
「どうぞどうぞ、佐天さん!先輩たちの許可もおりましたし!」
「ほら、そこのソファーでもどうぞ」
「あ、失礼します」
安倍が勧めたソファーに、おっかなびっくり少女が腰かける。
「あたし、佐天涙子って言います。初春のクラスメイトです。よろしくお願いします!」
「あら、礼儀正しいわね」
「こちらこそよろしく。佐天ちゃん」
2人の先輩が自然体だったからだろう、佐天の肩の力が抜けたようだ。
「いやー。初春もいい先輩に恵まれたみたいじゃないの。怖い人だったらどうしようって思ってたのに」
「いやだなー、佐天さん。優しい先輩たちだって言ったじゃないですか」
「この後に会う御坂さんも、このくらい気さくだといいんだけどね」
「絶対大丈夫ですって!なんたってお嬢様ですよ!常盤台の!」
「だといいけどねー」
「・・・ちょっと待って。初春ちゃんの会いたかった人って、『
気のせいか、ほんのちょっと安倍の顔色が悪い。
いつもの安倍から感じる余裕の様なものはなく、ちょっとせっぱつまったような感じがする。
「そうですよ!学園都市に7人しかいないレベル5の第3位!『レールガン』の異名を持つ、御坂美琴さんです!」
「絶対高飛車な人に決まってますよね。なのに、お嬢様ってだけで初春は―――」
「絶対いい人ですって!」
安倍の余裕のなさにも気づかない2人。
まあ、佐天は今日初めて金子と会ったのだ。
いつもの様子がわからないのはしょうがないだろう。
安倍は椅子から立ち上がり、荷物をまとめてドアに向かう。
「固法先輩。僕、早退させ―――」
がちゃり。
安倍の言葉の途中でドアが開く。
「もう。アンタの先輩とかもいるんでしょ。恥ずかしいじゃない」
「大丈夫ですわ。ささ、お姉さま、お入りになって」
嫌がる美琴を、白井が無理矢理、部屋にいれる。
美琴が顔を上げ、安倍と目があう。
「あっ」
驚きの声を出す美琴に対し、あちゃーという顔をする安倍。
しかし、美琴が呆けた顔をしていたのは1瞬だった。
「アンタねぇ・・・」
美琴の額から、青白い電気が出始める。
「ここであったが100年目よぉ!!」
美琴から出された雷が、槍の形を作って、彼女の手に収まる。
「やめろ」
低く、威圧するような声。
この部屋をよく使う、白井も初春も、誰の声だかわからなかった。
しかし、その言葉とともに、体にたたきつけられるプレッシャー。座っていなかった白井と美琴は、たじろいて一歩後ろに下がる。
美琴の手の中にあった雷の槍も、その動きで消えた。
雷の槍が消えた瞬間に、フッ、という擬音語が似合うくらいに、体にかかっていたプレッシャーが取り除かれる。
「はぁー。まったく」
安倍はため息をつき、机にもたれかかる。
固法以外の人間は、いまだに固まったままだ。固法は慣れてでもいるのだろうか、すでにお客さん用のコップを出して、お茶を入れ始める。
「ここにはパソコンとかもあるし、室内なんだから。そんな大出力の電撃を使ったらどうなるのか、考えてほしいな。一般人だっているんだよ」
「うっ」
安倍の言葉に美琴も言葉が詰まる。逆上してやってしまったが、確かに危ないところだった。
「そんなこと言っているけれど、安倍君もやりすぎよ。全員を巻き込むことなかったじゃない」
固法がお茶を佐天の前に置きながら言う。
ようやくほかの人たちも動き始める。
「やはり今の、安倍先輩ですの・・・?」
「あー。そういや、僕が戦闘するときに、近くによったことなかったよな」
「安倍君は、ちょっと本気モードになるとあんな感じなのよ」
「びっくりしましたー」
初春は胸をなでおろす。
いままで、どんな時でも安倍は優しい先輩だ。
命令なども、される側の同意をとるような先輩だ。
さっきの姿とは、ものすごいギャップがある。
「そう言えばお姉さま、安倍先輩と知り合いでしたの?」
「そうよ!コイツとコイツの知り合いは、アタシが倒せなかった奴なのよ!」
「お姉さまが!?」
白井とともに、初春や佐天も驚く。
『レールガン』といわれる美琴は、学園都市の第3位。
立った7人しかいないレベル5の上位なのだ。
レベル0の人間がどうあがいたところで敵うはずがないのである。
「まさか安倍君・・・」
固法ですらいぶかしげな声を出す。
「女の子を殴ったの?」
「そっちですか!?」
ちょっと思っていたのと違う質問に、初春は大きな声を出してしまう。
「ちがいますよ。負けてもないし、勝ってもいない。避けてばっかりです」
「そうよ!戦おうともしないのよ!」
「しかし君も元気だねえ。当麻にもかなりの回数挑んでいるでしょう?」
「そうよ!ともかく勝負しなさい!」
「全戦全敗だけど」
「負けてないわよ!あっちも逃げるのよ!」
「いえ、そんなことよりお姉さま・・・。本当にかなわないのですか・・・?」
「ぐっ・・・」
白井の言葉に御坂は不承不承という形でうなづいた。
「えっ。安倍さんって第1位かなんかなんですか?」
金子がレベル0だということを知らない佐天は、別の解釈をしたようだ。
「違うよ。僕はバンクのデータ上は、レベル0―――」
「ならば勝負しなさいよ!」
「嫌だ」
「アタシに勝てるって証明しなさい!」
「証明する気もないんだって」
美琴は今にも安倍の胸ぐらをつかみそうな勢いで近づく。
「ああ、もうっ!勝負ったら勝負なのっ!」
もはや第3位とは思えないほど子供っぽい。
まあ、中学生なのだから子供なのだが。
「仕方がないわ。相手をしてあげなさい。安倍君」
「固法先輩。この状況楽しんでませんか?」
「そんなことないわよ」
安倍にジト目で見られ、口元を隠す固法。正直楽しんでいることがばればれである。
「はぁ。ついてないな。仕方ないか・・・」
「よしっ!そんじゃ―――」
「ここじゃなくて河原でやるよ」
安倍は美琴の方を見もせずに部屋を出ていく。
「ちょっと!待ちなさいよっ!」
美琴も安倍を追いかけて出ていく。
残された4人は顔を見合わせ、笑みを浮かべると、2人の後を追って河原へと出ていった。
◆
河原で、御坂と安倍は向かい合って立っていた。
「勝負はどっちかが負けを認めるまで!能力の仕様はありよ!」
ビシィッ。と安倍を指す美琴。
「はいはい。ただ、この刀の使用も許可してくれないと困るね」
今回の安倍は、腰に一本の刀を差しているだけだ。
「いいわよ」
「助かるよ。これが商売道具なものでね」
安倍は左腰の刀の位置を微調整する。
「それでは両者、準備はいい?」
この試合の審判をする、固法が二人に声をかける。
「いいわよ」
「OK」
美琴は臨戦態勢に入りながら、安倍は自然体を取りながら答える。
「それでは、用意―――」
美琴の額から雷があふれ出る。そのまま、雷の槍を右手に作り出す。
それを見た安倍は体を前傾姿勢とする。その右手は刀の柄へと伸ばされる。
「はじめっ」
その掛け声と共に美琴が雷の槍を打ち出す。バリバリと雷をまき散らしながら、槍は安倍のもとへと飛んでいく。
(確実に当たる!さあ、どうする?)
槍から出る放電により、安倍の逃げ場がなくなったことに、美琴は必中を予感する。
次の瞬間、安倍の右腕がぶれる。当たるはずだった雷の槍は、安倍の体を迂回して、後ろの地面を弾けさせる。
チンッ。刀を納刀する音が響く。
(絶対に狙ったのに!)
必中だったはずの雷撃が外れた、ということに美琴は慌てる。
「どういうことですの?」
「さー、何が起こったのでしょう?」
「ふふ。さすが安倍君」
「え、御坂さんが外したんじゃないんですか?」
見ている4人はそれぞれの感想をもらす。
「どう言うことよ!今のは確実に―――」
「この世に確実なことなんざないよ」
慌てる美琴の言葉は、余裕のある安倍の言葉に打ち消される。
「・・・そうね。ならっ」
美琴にまとわりつく雷の量が増える。
「これならどうよっ」
美琴の周りの空流に雷が棒状になったものが10個ほど浮かぶ。10個がそれぞれ別の軌道を描いて安倍の方へと飛んでいく。
しかし、さっきの攻撃と同じように、安倍の腕がぶれた瞬間に、雷はまとまり、安倍を迂回するように後ろの地面に落ちる。
「無駄だよ」
安倍の言葉は、余裕たっぷりというような雰囲気がある。
「・・・そうね。どういう理屈か知らないけど、雷はすべてダメのようね。ならばこれはっ」
美琴の額から出る電撃が、彼女の周りの地面へと放電される。その電撃に誘われ、黒い粉が地面から舞い上がり、美琴の周りに浮き始める。
「ふーん。砂鉄かい?」
「それだけじゃないわっ」
黒い粉は美琴の手で剣のような形をとる。剣はブーンというような低い音を響かせる。
安倍の頬を冷汗がつたう。
「・・・振動かい?」
「そうよ!ちょっと切れ味がチェーンソーみたいかもねっ」
美琴はその剣を持って、安倍へと切りかかる。
「いやいや、それはちょっとどころじゃないって!」
安倍はバックステップで美琴の攻撃をかわす。その他にものけ反りやしゃがみなどの、最小限の動きだけですべての攻撃をかわす。
「それならば、これでどうよ!」
砂鉄は一回剣の形を崩し、美琴の右手で球体になる。
(やばい!)
なんか危険を察知した安倍は、一気に後ろへと回避を図る。
球体になった砂鉄は、球体から大きな針を何本も発生させて、前方を穿つ。
回避先もギリギリと射程に入りそうになった安倍は、回避後の体勢からの無理な回避を試みる。
前傾になりすぎて、右手を地面についている安倍の回避先は、後方ではなく、上空へ。
(来たっ!)
美琴は球状から剣状へと戻す。
美琴が狙っていたのはこの状況。
安倍が上空へと移動し、逃げ場のなくなったこの状況。体勢も崩れ、日本刀も機能しない。
「これで終わりよっ」
美琴が安倍の方向へと剣をつくと、剣が伸びる。
(やばいね。伸びるのか、これ)
空中ではろくな回避ができない。
刀を振り回すにしても足場がない限り、あまり安定はしない。
美琴の攻撃は避けられないものだった。
(ならばっ)
空中で体を回転させる。美琴の剣の切っ先が迫る。
切っ先が刺さるかのように思えた時、安倍の右足はその腹を蹴る。
空中にはないはずの足場。
美琴の攻撃こそがその足場となる。
(マジ!?どんな運動神経してんのよ!?)
美琴の剣の腹を蹴った安倍の体は、地面に向かって加速する。
その着地際をたたこうと、美琴の剣は、着地予想点へと伸びていく。
「さてと」
安倍は真面目な顔をして、刀に手を当てる。
「悪いけど、ゲームセットにしよう」
美琴の剣が追いつくより早く、地面に着いた安倍は一気にダッシュをする。
美琴の剣の横を進み、美琴へと接近する。
「そう簡単に、やられないわっ」
刀はまた、球状へと変化する。
ニヤリ。安倍の口の端が上がる。安倍はさらにスピードを上げ、美琴に刀が届く距離まで近づく。
(やば、これじゃ、間に合わな―――)
「終わりだね」
安倍の刀が鞘に入れられたままで、後ろへと大きくひかれる。
まるで、斬るためにスイングするかのように。
思わず反射的に美琴は目を閉じる。集められた砂鉄が、能力が切られたのか地面に落ちる。
それでも、美琴の体には何の衝撃も来なかった。
トン
目をつぶる美琴の頭の上に手が置かれる。
「はい。僕の勝ち」
安倍はそれだけ言うと、美琴から離れ、見ているギャラリーの中の4人のもとへと歩いていく。
「ちょっと待ちなさいよ!」
戦闘の終了を告げる安倍に美琴はくってかかる。
「なんだい?」
「アタシは負けてないっ!」
「でも、打つ手がなくなったよね」
「それでもアタシは倒れてないっ!」
叫ぶ美琴を見て、安倍はやれやれというように首を振る。
「それじゃあ、審判さん。今の判定はどうですか?」
「うーん。テクニカルノックアウトってところかしらね」
「さすがに今のは、お姉さまの負けですわね」
「黒子まで!?」
納得いかないというように叫ぶ美琴。
しかし、美琴にしても、負けたと思っていた。
雷は外され、砂鉄の剣では、もともと剣術が得意な安倍に有効打を与えられない。
あるとしたら、鉄の塊を銃弾のように打つか、レールガンだろう。
しかし、あの実力では、鉄塊は斬られるだろうし、レールガンは避けられるだろう。
打つ手がないのである。
「それじゃあ、まあ、行こうか」
そんな安倍の発言にみんなクエスチョンマークだ。
「仲直りのしるしにどっかの喫茶店にでもさ」