6月の下旬。
佐天がジャッジメントの支部に来るようになって、2週間近くたっていた。
「女子狩り?」
「はい。そうです」
今日は珍しく、固法が来るのが遅く、部屋にいるのは安倍と白井、初春だけだった。
「どういうことだい?」
「はーい。先輩のパソコンに送りまーす」
初春が資料を送る。
「で、なんで白井ちゃんはぶっ倒れてるのかい?」
「あー」
白井は机に伏せた状態で気のない返事をする。
「ああー。白井さんは、寮の寮則を破ったとかで、プール掃除の罰当番をくらったらしーんですよー」
「ああ、プールの掃除か、大変だね」
「いやー、そうじゃなくて、御坂さんと罰当番で、御坂さんに襲い掛かったせいで、返り討ちにあったそうなんですよー」
「あー。御坂ちゃんもやりすぎること多いしね」
手元の資料に目を通しながら、あきれたような顔になる安倍。
「いや、テレポートで、御坂さんの下着を奪ったりしたらしいんでー、自業自得かと」
「そりゃ、自業自得だ」
呆れた顔から、さらに呆れるようになるという器用なことを、安倍はこなす。
しかし、資料を読み進めるに従い、だんだんと顔が真剣なものへと変わっていく。
「これって―――」
「うーいーはーるーっ」
資料から金子が目を上げた時、いつの間にか部屋に入ってきた佐天が、初春のスカートをがばっと持ち上げる。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
安倍は思わず耳に指を突っ込み、目をつむる。
「さ、佐天さん!やめてくださいって、いつも言っているじゃないですか!」
「ごめん、ごめん。習慣でさー」
「そんな習慣いりません!」
初春は顔を真っ赤にして怒る。
しかし、佐天もあまり悪びれた様子がない。
「話を戻すよ」
安倍の声で、ぎゃあぎゃあ言い争っていた2人は止まる。
「現在の被害者は6人か」
「そうです。しかも、全員常盤台中学で、襲われた場所は人通りの少ない裏路地です」
「なるほど。常盤台狩りというところか」
「怖いですよね」
「大丈夫ですよー。佐天さんを襲えるような犯人はいませんよー」
「どういう意味よ、初春」
「それはいいとして」
「よくないです!」
「とりあえず―――」
「おっはよーう!」
大声とともに、固法が入ってくる。
「どうしたんですか?テンション高いですね」
「わかっちゃう?初春さん。実はね」
固法はそこで溜を入れる。
「これをもらったのよ!」
固法はポケットから、チケットの様なものを取り出す。
「なんですか、それ?」
「うふふ。安倍君にはわからないかな?」
「「ああー!それ!マニガーニですよね!」」
「どこそれ?」
「予約じゃないと入れないのに、予約6か月待ちって言われている、ケーキ屋ですよ!」
「本店のあるイタリアから、材料を直輸入して作っているチーズケーキは至高の逸品って噂の!」
「へー」
「「全然ありがたみがわかってませんね!」」
あまり感情のこもっていない安倍の相づちに、佐天と初春は突っ込む。
「あら、白井さんは、テンション低いわね」
「いろいろとありましたの・・・」
「まあ、自業自得だよ。白井ちゃん」
「なるほど」
固法はその一言でだいたいの見当がついたようだ。
「まあそれじゃあ―――」
固法は来たばっかりなのに、出口に向かう。
「皆で行きましょうか」
◆
途中で佐天が転び、水たまりに突っ込み、白井が替えの制服を、寮にテレポートで帰って持ってきたり、着替えたりなどをしたのち、ようやくお店に着いた一行。
「うーん。イチゴのクロスタータってやつか、いやいや、モンテビアンコっていうのもおいしそう。あっ、このチョコラータってやつも捨てがたい・・・」
「そんなに悩むようなことですの?」
白井も復活し、途中で美琴も合流して、遠慮する安倍を無理やり固法がひっぱってきて、現在ケーキ屋の中。
初春はショーウインドウに額をくっつけて悩んでいた。
「意外だね。佐天ちゃんも悩むと思ったのに」
「あたしはもし来ることができたら、チーズケーキって決めてましたから」
「それより意外ね、アンタが無理矢理連れてこられるなんて」
美琴の言葉に安倍は固法の方をジト目で見る。
「どうせ、固法先輩が2種類食べたいからなんだろうね」
「そ、そんなことないわよ。ただ、安倍君の世界を広げてあげようかと・・・」
「本音は何ですの?」
「2種類食べたかったの」
「確信犯ですね・・・」
「後、安倍君は料理ができるからね」
「いや、無理ですよ。こんなお店のコピーなんて」
「でも、前に他のお店でやっていたじゃない」
「勘弁してください・・・」
厄日だ。と安倍が思っていると、ぴりり、と固法の携帯が鳴る。
「はい、はい?え、う、あ、わ、わかりました」
電話に出た固法はあからさまにテンションが下がっている。
「呼び出しですか」
「タイミングの悪いことこの上ないですわね」
「はぁー」
「皆さんの分はテイクアウトしておきますよ」
「ありがとう。佐天ちゃん」
「ほら、行きますわよ。初春」
「えっ?なんでですか。ってやめてください!私のケーキー!」
「聞いてませんでしたの?呼び出しですわ」
肩を落とした固法と、白井に引っ張られる初春、安倍の4人は店を出ていく。
「慌ただしいわねー。じゃあ、アタシたちは―――」
「あのー。あたしちょっとお手洗いに」
◆
「で、案件は何ですか?」
「常盤台狩りよ」
安倍の問いに固法が簡潔に答える。
さすがに4人とも、すでに仕事モードに入っている。
「でも、その案件は一昨日から来てますよねー」
「とうとう、レベル4がやられたのよ」
「本当ですの!?」
「今回の被害者は婚后光子さん。レベル4のエアロハンドよ」
「そりゃ警戒が強まるわけだ」
「彼女ですの・・・」
「あれ、白井ちゃん。知り合いかい?」
「そうですわ。ちょっと能力を自慢するところがありますが、実力者ではありますわね」
「もともとレベル3以上しかいない常盤台ですし、相当な能力者の可能性がありますねー」
「そうね。ただ、能力は不明。被害者は全員、スタンガンで昏倒させられているの」
「つまり、攻撃系の能力ではないですね」
「そうですね。それなら自分の能力を使った方が早いですからねー」
「それで、意識を失った被害者はどうなりますの?」
「被害者は皆、写真提供を拒んでいるわ」
「ふむ」
考え出す安倍。
そんな中、白井の携帯が鳴る。
「はい。ああ、お姉さまですの。で・・・なんですって!」
白井はほかの3人を見る。
「佐天さんが、お店のトイレで被害にあったのですって!」
◆
ジャッジメントの部屋のソファーに、佐天は横にされていた。
「常盤台狩り?」
「はい。今起こっている事件ですの」
「たぶん、常盤台の制服を着ていたので、狙われたんでしょう」
事情を知らない美琴に、白井と初春が説明する。
安倍は何も言わずに、窓枠に座り、外へ顔を向けている。
「具合はどうなんですの?」
「体の方に問題はないわ。しばらく横になっていれば大丈夫だと思う。ただ・・・」
佐天の状態をチェックしていた固法が言う。
「で、ジャッジメントは、犯人の目星をつけれたの?」
「まだですの」
「少々厄介な能力なのよね」
「厄介って?」
「目に見えないんです」
「今までの被害者に聞いたところだと、監視カメラの映像には映っている犯人を、見えなかったって言ってるのよね」
「被害者には見えない犯人ねぇ」
「最初は光学操作系の能力者だと思ってましたの」
「姿を完全に消せる能力者は47人います。でも、今までの6件の中でアリバイが1つもない人が1人もいないんです」
「それ以前に監視カメラには映ってるのよね。光学操作系だったら、監視カメラにも映らないはずなのに」
「なるほどねぇ」
「ダミーチェック・・・」
4人が頭を悩ませていると、不意に外を向いたままの安倍が発言する。
「「「「へ?」」」」
「該当物を見ているという認識を消す能力・・・」
安倍のつぶやきは続く。
不可解な金安倍のつぶやきに、最初に反応したのは固法だった。
「初春さん。調べてみて!」
「分かりました!」
初春が専用の、ディスプレイが9つも付いたパソコンに向かう。
「ありました!該当能力者は1名!関所中学校2年、重福省帆!」
「そいつですわ!」
画面には、髪の毛を頭の左右でお団子にし、前髪で左目を隠している女子中学生の写真が出てくる。
「でも、この人はレベル2。自分の存在を完全に消せるほどの能力はなさそうよ?」
「いい線だけど思ったんだけどね・・・」
美琴のダメ出しに固法が残念そうに頭に手を当てる。
「ん・・・」
声のした方にみんな振り向くと、ちょうど佐天が起き上がるところだった。
「アタシ・・・」
「佐天さん!」
「無理しないほ・・・」
初春が嬉しそうに叫び、美琴も声をかけようとするが、その言葉は途中で止まる。
4人が4人とも、口元を抑える。
「え?」
「はぁぁぁぁ!?」
「「アハハハハ!」」
「「クスクスクス」」
鏡を見た佐天の絶叫と、女子4人分の笑い声でジャッジメントの部屋がつつまれる。
鏡の中には、ゲジゲジ眉毛のいたずら書きをされた、佐天の姿が写っていた。
「な、な、なな、ななななな、な、なな・・・」
「佐天さん。気を確かに。ぐっ、ぷ、ぷぷぷっ」
「な、なんか、む、昔の漫画のおじさんみ、クッ、ククク」
「そ、そりゃあ、ショックだよねえ・・・」
あまりのショックに、正常な言葉を話せない佐天。
それを慰めようと、初春と固法が声をかけるが、二人とも正面から見てしまったからだろう、最後まで言えずに笑い出してしまう。
唯一美琴だけがちゃんと慰めてあげれているのである。
安倍に至っては、佐天が鏡を渡される前、佐天が起きた時から、肩を震わせて声を出さずに笑っているのである。
佐天は初め、そんなに自分に危害を与えた人間に怒ってくれているのかと思ったが、全然そんなことがなかった。
声を出してしまうのを恐れてか、佐天の方を見ない。
「せめて、これくらい前髪があったら、隠せましたのに・・・」
白井は画面に出ている重福の写真を見ながら、笑いそうになりながら言う。
「前髪?」
疑問に思った佐天が、パソコンをのぞき込む。
「こ、こいつだぁ!」
「「「えっ?」」」
「あなた、犯人を見たんですの!?」
「はい。あの時、鏡の中に確かにいました!」
「鏡に監視カメラ。なるほど、認識できなくなるのは、直接肉眼で見ている相手だけなのね」
固法が納得したように言う。
「ふ、ふ、ふ・・・」
「「「「?」」」」
佐天がいきなり壊れたように笑い出し、残りの4人は気でもふれたんじゃないかと佐天を見る。
「この眉毛の恨み、はらさでいるべきかぁ!」
ビシッ、っと画面の写真を指さし、佐天は宣言する。
「やるよっ!初春!」
「・・・はい?」
「学園都市のカメラをすべてハッキングしなさい!絶対につかまえてやるわ!」
「む、無理ですよ!学園都市のカメラ全部って!23学区中、10学区ぐらいまでなら行けますけど」
「十分凄いわよ」
美琴が感心したように言う。
「でも、それだけじゃあ足りないわね」
「「「「うーん・・・」」」」
固法の言葉に、それぞれ思案顔になる。
「仕方ないね」
今まで、われ関せずだった安倍が、ポケットから携帯を取り出す。
それでも、あくまで佐天の方を見ようとしない。
電話はすぐにつながったようだ。
「ああ。僕だよ。お願いがあるんだ。今すぐ学園都市のカメラをすべてハッキングしてくれ。準備ができたらもう一度電話して」
それだけ言うと電話を切る。
「アンタ、誰に電話したの?」
「うーん。知り合い?みたいなもの?」
「なんで疑問形なのよ・・・」
「それに、初春ですら無理なことを、できる方が学園都市にいらして?」
「いないよ」
「それじゃあ、どこに電話したんですかー?」
「僕の実家さ」
「まさか、外部の人に学園都市のコンピューターをハッキングするなんて、不可能だと―――」
ビィー!ビィー!ビィー!
佐天が言い切る前に、部屋の中にけたたましいアラームが響く。