ビィー!ビィー!ビィー!
部屋の中にアラームが響く。
「どうしたの!?」
「まさかっ」
固法の慌てた声に初春がキーボードをたたき出す。
「どうしたんですの?」
「何があったの?」
あまりの警告音に、白井や美琴も何が起きたのかと初春を見る。
「っ!ハッキングです!」
「嘘でしょ!?初春のガードシステムを入れてるんでしょ!?」
信じられない言葉に、佐天は驚く。
しかし、次の瞬間9つの画面がすべて水色に染まる。
『あひゃひゃひゃひゃ!』
そんな下品な笑い声とともに、青い画面が黒くなり、そこに文字が浮かび上がる。
小さな小さなゼロの文字がいくつも。何行にもわたり、大きな零の形を作る。
『どーもー!ゼロでぇえっす!』
「まさか・・・!」
「何?心当たりがあるの?初春!」
「聞いたことがあります。世界ナンバー1のハッカーの噂。確かその名前がゼロだったような・・・」
『あっらー!俺のこぉとぉをぉ、知っている人がいるぅ!』
スピーカーから出てくる声は、まるでふざけて脅迫状を警察に送る犯人の様なテンションだ。
『なぁかぁなぁかぁ、いいガードォだったぁねぇ。だぁーれが作ったのかぁなぁ?』
「私です」
『やぁっぱりぃ、じぃさーくーかぁ!いい腕してんねぇ!おれぇとくまぁねぇ?』
「遊んでねえで、とっとと本題を話せ」
唐突に今まで黙っていた安倍が、荒い言葉遣いで言う。
『だぁってぇ、いきなりぃなんかぁ、依頼をしてぇきたのあー。そぉっちだろぉー』
「ハッキングはやりすぎだ、バカ」
『ちょぉっとぁ、遊ばないとぉねぇ?』
「親父に言いつけんぞ」
『OK。それだけは勘弁』
いきなり、話し方が普通になる。
「どういうことですか?安倍先輩?」
「んー。要はさ、初春ちゃん。僕がさっき電話していた相手がコイツだってことなんだけど」
『僕!?あひゃひゃ!あのきぃみぃがぁ!?あひゃひゃひゃひゃ!僕なんてたまでぇすぅかぁ?』
「うるせぇ」
「でも、なんでこんな人とアンタは知り合いなのよ?」
額に青筋を浮かべている安倍に、美琴はこの場の全員が疑問に思っているだろうことを聞く。
「いやぁ、親父は何かを助けるのが趣味でね。居候させてるんだ」
『そー。おやっさんはいい人だぁからねぇ。怖いけど』
「で、依頼は済んだのか?」
『ばぁっちりぃ!』
その言葉が部屋に響いた瞬間、固法、安倍、白井、初春、4人の個人的なノートパソコンもいきなりスイッチが入る。
9つのパソコンのモニターだけではなく、それらにも学園都市のカメラ、すべての映像が映っていた。
『あ、わすれぇてたぁ』
モニターの一つだけ、元の書庫(バンク)のものへと戻る。
『でぇ、この人を探したいのかぁ?』
「そうだ」
『OK』
しばらくゼロが沈黙する。安倍とゼロの会話に口を挟まなかった人たちが、ようやく話しはじめる。
「なんで、学園都市にハッキングなんてできる人間が、偶然居候なんてしてるのよ!」
「お姉さまの言う通りですわ。安倍先輩って、なかなかにきな臭いのですわね」
「そうですよ!初春にすらできないのに」
「それに、なんでダミーチェックなんてマイナーな能力を知ってたんですかー?」
「う、あ、う」
4人の言い分はもっともだと思っているのか、安倍は言葉に詰まる。
固法は助け船を出そうとしない。
「あー。それは、あれだよ。あれ」
「「「「答えになってない(ですわ)(です)!」」」」
「いろいろ事情があるんです!」
「「「「答えになってない(ですわ)(です)!!」」」」
ふざけて軍隊式の敬礼などをしながら答える安倍だったが、それが火に油を注ぐ。
「まあ、人にはいろいろ事情があるんでしょう」
「「「「でも・・・」」」」
固法のフォローに、それでも何か言いたそうな4人。
しかし、4人が何か言い出す前に、ゼロが遮る。
『はぁーっけーん!』
1つの液晶に、ある1つのカメラの映像が出る。
「う、うし。んじゃ、捕まえに行きますか!」
安倍はこれ以上何か言われる前に、ジャッジメントの支部を出ていく。
「それじゃあ、初春さんはここでモニタリング。御坂さんと佐天さんは、これをつけて」
固法は美琴と佐天にインカムを渡す。
「それじゃあ、行きましょう」
「待ってろよ!前髪女!」
佐天は意気込みを新たにする。
『それじゃあぁ、犯人がうつっている監視カメラはぁ、勝手に追跡されるぅからぁ』
「ありがとうございます」
ゼロに感謝を言って、固法も出ていく。
「それでは、安倍先輩も逃げてしまいましたし、先輩はあとで事情聴取するとして、常盤台狩りの犯人捕獲作戦開始ですわ!」
「「「おおー!」」」
◆
重福は、また新たな標的を見つけ、あとをつけていた。
標的は人通りの少ない裏路地に入る。
右手に持ったスタンガンの調子を確かめる。問題なく作動をすることを確かめ、思わず笑みがこぼれる。
意を決して、路地裏に入った、その時。
「みぃーつけた」
ビクリ。思わず驚いてしまう。
声の主を見ると、黒髪にロングストレートの帽子をかぶった女。
今日、すでに標的にした人間だった。
「アタシの可愛い眉毛の敵、きっちり取らせてもらうからね」
「くっ」
その瞬間、能力を発動させる。
「えっ」
追手は、驚いたような声を上げる。
(大丈夫!能力はばれてない!これならつかまらない!)
駆け出した重福は、追手のその後の言葉を聞いていなかった。
「ほんとに消えた・・・」
『感心している場合じゃありません!追ってください!』
「おっとそうだった」
安心していた重福だが、思いもがけないことが起きた。
追手が正確に自分のことを追ってくる。
裏路地を出、大通りで逃げ始める。
途中、仲良く友達と歩く3人組とぶつかるが、重福の見えない3人には、何が起きたのかわからない。
後を追う佐天がかき分けた時に、文句を言っただけだ。
(見えているわけじゃないのに)
再び裏路地へと走りこむ。
ジャッジメントの腕章をつけた女が、前方には壁に寄りかかっていた。
重福が近づくと、なぜか女が壁から離れる。
それでもその横を通り過ぎようとしたとき。
ジャッジメントの女が出した右足に、引っかかる。
思わずこけてしまい、能力が解除された重複を女は見下ろす。
「なっ」
(まさか、こいつも・・・!?)
焦る重福に、女は腕の腕章を見せる。
「ジャッジメントですの!おとなしくお縄に―――」
「くっ」
その言葉を全部聞かないうちに、重福は能力を発動させながら立ち上がり、逃げ出す。
「って、つくわけないですわね。初春!」
『はいはーい』
「ナビをお願いしますわ」
『それじゃあ、路地を出て左、三番街に入ってください』
「了解ですの」
『初春!』
『はーい』
「はぁ、っはぁ、っはぁ」
重福は必死で街を走る。
そんな中、彼女の目に留まったのは、ショッピングセンター。
ここなら、人が多いからつかまえられないだろう。
そう思い逃げ込もうとする彼女の目の端に、黒い塊が落ちてくるのが見える。
思わず足を止めると、2階の窓から飛び降りてきただろう、学ランの男子高校生が目の前に立ちふさがる。
「君に恨みはないんだけどね」
そんな言葉が聞こえた瞬間、重福は身をひるがえす。
「あら、まだ何も言ってないのに」
『安倍先輩!のんびりしすぎです』
「はいはい」
次に目に留まったのは、地下鉄の駅。
この学区から逃げよう。
そう思った重福の目に、地下へ下りる階段の途中に立っている、眼鏡をかけたジャッジメントの姿が目に入る。
ジャッジメントが見えないはずのこちらを見る。
(あいつも!?)
重福は進路を変更する。
「あら、私まだ、何も言ってないのに」
『まあ、階段での戦闘は、危ないですしね』
「そうね。結果オーライということで」
固法は次の場所へと向かう。
重福は必死で街を駆け回る。
それでも、いつでも追手だと思われる4人の誰かに鉢合わせる。
(なんで?)
路地から出ようとして顔を上げると白井がいる。
(なんで!?)
いつの間にか後ろを振り返ると、佐天が走ってくるのが見える。
(なんでなの!?)
どこか建物の中に逃げようとすると、安倍が上から降ってくる。
(どうなってるの!?)
交通機関を使おうとすると、固法がそこにいる。
そろそろ能力を維持できなくなりそうだ。
そうしようもなくなった重福は、近くの児童公園へと転がり込む。
「ふう、ふう、ふう」
膝に手をつき、荒い息を繰り返す。
いくら頑張っても追手の誰かと会ってしまうため、能力を切るわけにもいかず、走り続けたため、頭も体も酷使していたのだ。
そのために、音が鳴るまで気が付かなかった。
キィ、キィ、キィ。
錆びた金属がこすりあうような音が耳に入る。
そちらの方へと顔を向けると、そこにはブランコがあった。
常盤台の制服を着た、茶髪の女を乗せた。
ジャリ。という音がして、重福の右手に佐天と固法が、左手に白井が、後方に安倍が現れる。
それとともに、ブランコに乗っていた美琴も立ち上がる。
「鬼ごっこは、終わりよ」
美琴のその言葉は、重福にとって、絶体絶命になったことを告げていた。
「どうして?なんでダミーチェックが効かないの?」
「さあね」
「いっ」
目の前の美琴の、その上からな態度が気にくわない。
「これだから、常盤台の連中は!」
重福は、スタンガンの電源を入れ、美琴に突進する。
「うあぁぁぁぁ!」
ビリビリビリ!
重福の絶叫とともに、突き出されたスタンガンは確実に美琴の体に当たる。
(やった!)
しかし、思わず出た重福の笑みは、すぐに固まる。
美琴が倒れない。
思わず美琴の顔を見る。
美琴は笑みを浮かべる。
「残念。あたし、こーいうの、効かないんだよねー」
その言葉とともに、重福の目の前に出された美琴の左右の人差し指の間を、電撃が走る。
(エレクトロマスター!?)
「チッ」
身をひるがえし、重福は走り出す。
目の前に立っているのは、この場でたった一人の男。
「邪魔するなぁ!」
スタンガンを突き出し、道を作ろうとする。
フッ、っと、男の両手が動くのが見えた。
それとともに、重福の胸に、ばちっ、っという音が走る。
(な、に、が・・・?)
考える間もなく、重福は気を失った。
気を失った重福が地面に着く前に、安倍は重福の体を受け止め、近くのベンチに眠らせる。
「初春さん。容疑者を拘束したって、アンチスキルに連絡してもらえる?」
『りょーかいでーす』
「お疲れ様、ありがとね初春」
『後でなんかお返ししてくださいよー。佐天さん』
「はいはい」
『ゼロさんもお疲れ様でした。ってあれ?ゼロさん?』
「どうかしたの?初春さん?」
『いや、ゼロさんから応答がなくて』
「ああ、帰ったんだと思うよ。ゼロは興味がなくなるとすぐに放り出すから」
『残念です。もっとお話ししたかったです』
「あんな人格破綻者との会話なんて、無駄なことこの上ない。ともかくお疲れ様」
『はーい』
「それにしても、流石ですわね、安倍先輩」
「ん?何が?」
「相変わらずの早業だということですわ」
「今、何が起きたんですか?あたしにはわからなかったんですけど」
「相手のスタンガンを、カウンターで返したのよね?安倍君」
「まあ、そう言うことです」
重福が突撃してきた時、安倍が動かしたのは、両手だけだ。
突き出された右腕の、ひじの内側を左手の人差し指と中指で押し、右手の掌底で重福の右手の甲を押すことにより、重福のスタンガンを、重福の体に当てたのである。
「さぁーてと、それじゃあ―――」
佐天が服のポケットから、油性ペンを取り出す。
「ふっふっふっふっふっ。どんな眉毛を書いてやろうかしらねっ」
重福の前髪をどける。
そこにあったのは見事なゲジゲジ眉毛だった。
ちょうどタイミングよく、重福が起き上がる。
重福は佐天が髪の毛を上げていることに気が付くと、慌てたように手で隠し、体を反転させる。
「えっと・・・」
佐天もあまりのことに、悪戯する気も失せたようだ。
「おかしいでしょ・・・」
「はい?・・・、あの」
「笑いなさいよっ!笑えばいいわ!あの人みたいに・・・」
「「「「「あの人?」」」」」
「私の元カレよ!私と別れて、常盤台の女と付き合い始めた!あいつは言ったわ!私の眉毛が変だって!だから別れたいって!」
「「「「「・・・・・・」」」」」
「彼が憎い!私から彼を奪った常盤台の女が憎い!何より、この世の眉毛がすべて憎い!!」だから私は!みんな面白い眉毛にしてやろうと思ったのよ!!!」
「えーっと」
「ごめん。途中から話が見えないよ」
「要は逆恨みかい?」
「安倍君、そんなに笑いだしそうな顔しないの。あなったってそんなに笑い上戸だったっけ?」
佐天以外の4人が思い思いの反応を返す。
当の重複と向かい合っている佐天は、ぽけーっとしている。
「なによ」
「へ?」
「どうしたの?笑いなさいよ!」
佐天が何の反応もしないことに、重福は逆切れしたようだ。
前髪をかき上げ、面白眉毛で佐天ににじり寄る。
「えー・・・えっとー」
佐天は言いよどんだ後、言うことが整理できたというように、重福の目を見る。
「変じゃないよ」
「ふっ?」
「そのくらい。そのー・・・。そう!ちょうどいいチャームポイントだって!アタシはそれ好きだなー!」
「へっ?」
重福の頬が赤く染まる。
「罪な女ですの」
「へ?」
「ごめん。僕ちょっとそういうのは無理だわ」
「えっ?」
「私は別に気にしないわよ」
「固法先輩。横を向いていますけど?」
「ちょっ、皆さん!?」
佐天が驚くのとは別に、皆は顔をそむける。
佐天はもう一度前を向くと、そこにはもじもじした重福がいた。
「ええぇぇぇぇぇぇぇー!!!」
アンチスキルが到着し、護送車へと重福を連れていく。
護送車に乗り込むため、タラップに乗った重福が振り向く。
「あの・・・。手紙、書いてもいいですか」
「・・・はい」
重福に見つめられ、思わず佐天はうなずく。
その言葉を聞いた重福は、嬉しそうに護送車へと乗った。
アンチスキルの護送車を見送った後、美琴が呟く。
「彼女、完璧に姿を消してたわよねぇ?」
「そういえば、レベル2だという話でしたのに、変ですわね」
「まさか、バンクのデータが間違ってるとか?」
「ま、まさかぁ」
そんな白井と美琴の会話を聞き、一人、固法だけが険しい顔をしていた。
「そう言えば、安倍さんの件・・・。って、あれ?」
「そうよ!そう言えば、事情を・・・。って」
「安倍先輩はどこ行きましたの?」
思い出したような佐天の言葉に、白井と美琴が反応するも、金子の姿が見つからない。
固法は険しい顔をやめ、3人に向かってほほ笑む。
「逃げたわよ」
後日談だが、佐天に落書きしたインクは、学園都市の発明品であり、1週間も消えなかったのである。