もうじき死ぬオリ主に稲妻キャラが会いに来る話 作:鍵穴に詰まった埃
そこまで重い話にはしないつもりだけど、一応注意。
読みやすいように一話の長さはそこまで長くはしない。
暖かな陽光が部屋を照らし、私は目を覚ます。
神櫻から舞い降りた桜の花びらが私の枕元にひとひら舞い込み、私はそれを手に取る。
淡い桃色をしたそれは、まるで私に残された時間のように薄かった。
日の光は既に海よりも空の天辺に近い方から差していて、屋敷の中からは既に家臣たちが動き回っているために少なからず音が聞こえてくる。
……少し前まで、私もその足音の中に入っていたのだけれど。
ほんの数日での私の弱り様に、思わず笑ってしまう。嘲笑、と表現するのが一番正しいものだろうか。
弟や妹とは髪の色こそ同系統だが、私の髪の毛は色素がすっぽりと抜け落ちてしまった白色。肌の色もそれに呼応するかのように白くなっている。
「姉上、入ります」
「ええ」
私が寝ている部屋へと入ってきたのは、本来なら私と共にやるはずだった神里家の仕事をほぼ一人で行っている、自慢の弟であり、私の後悔の対象である人物、綾人。
いつも通り柔和な笑みを浮かべて、綾人は私の部屋の戸を閉めていく。
体から色素が抜け落ちた私は、太陽光を浴びることができない。だからこうして、この時間になると綾人がやってきて部屋の戸を閉めてくれる。
「体調はどうですか」
「昨日と左程変わらないわ。ただ……足先がだんだん動かせなくなってきたわね」
「そう……ですか」
やはり、言わない方が良かっただろうか。弟にこんな顔をさせてしまうなんて、姉失格だろう。
私の容姿は、まるで母と鏡写しにしたかのようにそっくりだ。それ故、数年前に病に倒れ亡くなった母と、今の私を重ねてしまっているのだろう。
何せ、私自身がその時の光景を重ねてしまっているのだ。
今の私を母、綾人を自分に置き換えて。
母は昔から病弱だったけれど、私たち姉弟を生むくらいには強い人だった。けれど私は、神里家の血族を後世に残す義務すらも果たせないらしい。
「私は……諦めたくありません」
「……?」
「これ以上、身内が私の手の届く場所で静かに死ぬのを見たくはありません」
綾人の大きくなった手が、私の小さくなった手を包み込んだ。
昔は私が綾人の手を引っ張っていたのに、いつの間にか綾人はとても大きくなっていた。尤も、今綾人が私の腕を引っ張れば、とても簡単に私の腕が千切れてしまうけれど。
「……しかし、私が持てる全ての権力を駆使しても、姉上は良くなりませんでした」
綾人は本当に色々尽くしてくれた。
稲妻一の医者を手配してくれたり、海外産の最新鋭の薬を取り寄せてくれたり、神々の加護が宿ったものを取り寄せてくれたり。
でも、私の体調は良くなることはなく、綾人の思いを踏みにじるように悪化していった。
「私は、まだ姉上に何も返せていないというのに……!」
感情的になることが少ない綾人の瞳が、部屋の明かりに照らされて煌めいている。
あぁ、私のせいで綾人が悲しんでしまっている。
昔だったら両手で綾人を抱きしめて頭を撫でていたけれど、今の私にそんな力は残っていなくて。握られていた右手を、ほんの少し強く握るくらいしかできなくて。
「綾人」
それでも、考えつく言葉だけは前と変わりなくて。
「何かを返そうだなんて、考えなくても大丈夫よ。
私はもう、綾人に沢山のものを与えてもらったわ。私の初めての姉弟。突然泣き出して慌てたり、笑った顔が可愛らしかったり、私に抱かれたまま眠ってしまったり。
私に、かけがえのない思い出を沢山くれたわ。
綾人と、それから綾華と一緒に過ごした日々だけで、私は十分に幸せよ。ありきたりな言葉かもしれないけれどね」
もう自分の手で読むことすらできなくなってしまった娯楽小説にも、似たような言葉が出てくるシーンは幾つもあった。
毎度毎度同じ言葉を使っていて「またこれか」などと当時は感じていたが、こうして自分自身がその立場に立ってみると、本心からその言葉が出てくる。
あれらの娯楽小説を書いた人は、実際にこのような体験があったのだろうか。今となっては調べることすらも儘ならない。
「姉上、しかしそれでは……」
「綾人。いいの。貴方はよくやっているわ。本当だったら私がやるはずだった仕事が、綾人一人に全て行ってしまっている。
だから、こんな不甲斐ない姉でごめんね。そして、この先神里家を頼むわね」
そして、納得できない綾人が首を横に振って私の言葉を否定しようとするのも予定調和。
さらに、それを遮って最早遺言ともとれる言葉を私が投げかけるのも、予定調和。
でも、予定調和だけでは私と綾人の絆は語れない。
「私たちは姉弟よ。
もし綾人が無理をして綾華が心配するようだったら、書斎にいる綾人のところへ化けて出るから安心なさい」
「……はぁ、縁起でもないことを。ですが、姉上らしいですね」
「ふふっ」
綾人は呆れ半分、安心半分といった表情で私の手を離し、作った笑みではなく自然体の笑みを浮かべた。
「さて、早く仕事に戻りなさい。私と話しているだけでは、社奉行の仕事は回らないわ」
「ええ。分かっています。姉上、ではまた夕方に伺います」
「……えぇ。待っているわ」
ごめんね、綾人。今の問いに、私は即答できる自信がなかった。
足先の感覚の麻痺は、今の短時間で足首にまで及んできている。
「……今日が、最期かしら」
自身の死期は、やはり娯楽小説の登場人物のように悟れるらしい。
「――――聞いちゃったかしら。早柚ちゃん?」
「……
今日は、来客が多くなりそうな予感がした。
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