もうじき死ぬオリ主に稲妻キャラが会いに来る話 作:鍵穴に詰まった埃
「俺様相手に勝ち逃げしようったってそうはいかねぇからな」
いつもと変わらぬ調子で語り掛けてくる一斗。その目を見る限り、今の言葉に嘘偽りはない。
一斗は負けず嫌いだ。負けず嫌いではあるのだが、勝ちに拘っているわけでもない。初めて会ったときからそれは変わっていないし、私はそんな一斗だからこそ神里家での無礼もある程度は許している。
「そんな逃げ方……俺様は……俺様は納得しねえからな」
ぎゅっと拳を握り締めて、一斗は力強い瞳で私を見つめてくる。私だって、こんな形で勝ち逃げなんてしたくない。
全力を出した一斗に正面から立ち向かって、そして正面から負けたい。けれど、そんなことできないのは私が一番よくわかっていた。
虫相撲。虫を捕りに行く力なんて残っていない。
大食い対決。そもそも固形物が喉を通らない。
相撲対決。子供より軽くなった私に勝っても、一斗は納得しない。
かつて当たり前に出来ていた一斗との勝負が、何一つできなくなっている体を見て、悔しさがこみあげてくる。
『かぁ~っ!! また負けちまったっ!! おうおうライバル! 次は負けてやらねぇからな!』
『行けぇっ、爆裂鬼瓦丸!! なああああっ!? なんで逃げてるんだお前えええっ!?』
『ズズズッ!! ゴクゴクゴク……プハァッ! これで三杯目……ってお前もう六杯目っ!?』
感情の起伏の激しい一斗と勝負をするのが、私の楽しみになっていた。勝負を挑んで勝つたびに、一斗はいろんな表情を見せてくれた。
ある時は歯を食いしばりながら悔し涙を流し、ある時は目玉が飛び出るのではないかと言うほどに驚き、ある時は不敵な笑みを浮かべて全力で挑んできた。
その全てが私のかけがえのない思い出であり、もう二度と見ることの叶わないかもしれない泡沫の夢。
だから、
「一斗」
「……なんだ」
ぶっきらぼうに答えた私のライバルへ、
「私と、勝負をしましょう」
「なんだと……?」
最後の勝負を仕掛けることにした。
『ガーッハッハッハッハッハ!!』
『うえええん! また兄ちゃんにボクの取られたぁぁっ!』
公務で花見坂を訪れた際に、私は初めて巷を騒がせる鬼の青年と出会った。
豪快な笑い声をあげて少年から奪い取ったとみられる本を掲げた青年は、「約束通り、借りてくぜ」と言い残してその場から去ろうとする。
『待ちなさい』
見て見ぬふりなどできるわけがなかった。
第三者から見れば、その時の一斗は確実に悪者に見えたし、その振舞からしても今この場で断罪せねばならぬと思ったからだ。
『ああ? なんだ姉ちゃん。この俺様に、なんか文句でもあんのか?』
『その娯楽小説を、今すぐ彼に返しなさい』
『ほほう、いいか姉ちゃん。この娯楽小説は俺様が”正々堂々”と勝負をして勝ったから借りたんだ。姉ちゃんに文句を言われる筋合いはねぇぜ』
その勝負内容は『腕相撲』。明らかに筋肉質な一斗と、まだ年端も行かぬ少年。戦えばどちらが有利かなんて明白な不平等な勝負に、私はため息を吐かずにはいられなかった。
『姉ちゃんが腕相撲で俺様に勝てば、この娯楽小説を返してもいいだろう。ほら、やるぞ』
――――少し、お灸を据えてやる必要があるようね。
まだ一斗の事など何も知らない私は、彼の事を悪人だとしか見ていなかった。指の骨をパキパキと鳴らして腕をまくり、腕相撲などという行為を一奉行の頂点に立つ人物である私にさせまいと制止してくる家臣を押しのけ、私は切り株の上で一斗の手を握った。
――――はっけよーい。
のこった!
『約束通り、こいつはお前に返すぜ』
『わぁ! ありがとうお姉ちゃん!』
意外だ、と思った。
口先だけの人物かと思ったが、どうやら一斗は本当に単純な人物なだけだった。
『綾音様、親分が申し訳ありません』
『あなたは……』
『申し遅れました。荒瀧派二番手、久岐忍と申します』
そして、一斗には彼を信頼して集まってくる人物たちが沢山いた。
『おい姉ちゃん』
『親分! この人は――――』
『今度は負けねぇからな』
『――――ええ。楽しみにしているわ』
一斗の言葉に、私は反射的に本音を答えてしまっていた。こういう無自覚に人を誑かしてしまう真っすぐな人物ほど恐ろしい人はいない、と感じたのはその時だ。
『お嬢様だからって、手加減はしねぇぜ?』
『よろしくお願いいたします』
『……一枚も取れなかった……』
綾華にかるた勝負を挑んでこてんぱんに負かされたときはお腹を抱えて笑ってしまったし、
『おい! 今度から、兄貴って呼ばせてくれ!』
『ええ、構いませんよ』
何故か綾人のほうが尊敬されていたりして少し残念がったり、とにかく楽しかった。
『ぎゃははは! 一斗の兄ちゃん負けてやんの!』
『おぉい! 俺様を笑ってんじゃねぇ! 見てろよ……暗黒大魔王鬼武者丸の実力はこんなもんじゃねぇからな!』
いつしか、子供たちの畏怖の対象だった一斗は、子供たちの笑顔の対象になっていた。
一斗の真っすぐで誠実な人柄は、良くも悪くも人を寄せ付ける。大人たちはあまりいい目で見ていないが、子供たちからすればたまに怖いが面白くて気のいい兄ちゃん、という認識だ。
そんな一斗にしかできない、最期の勝負。
「自惚れじゃなく私は、今までに1000人以上の子供を笑顔にしてきたわ。
そして、間もなく私はその記録を増やせなくなってしまう。それが私の最高記録になるわ。
だから一斗は、私の記録を越えれば勝ちよ。
沢山の子供たちを笑わせて、稲妻を笑顔溢れる幸せな都市にして頂戴。それが、私との勝負内容」
――――直に死ぬ私の後を継いで子供を笑顔に出来るのは、一斗しかいない。
その言葉は、心の中に押しとどめた。
私の言葉を聞いた一斗が、静かに俯く。顔に影が差してしまって、表情が読み取れない。総ての感覚が鈍ってしまった私に、今の一斗の感情を読み取ることはできな――――
「ふざけんじゃねぇぞ!!」
一斗の怒号が、私の耳を劈いた。
……ああ、やっぱり、心優しい一斗なら怒ってしまうと思っていた。けれど、そうでもしないと……
「親分っ!!」
「荒瀧一斗!」
「俺様だって、怒る時はあるんだからなっ!! てめぇ、今何を考えやがった! クソッ! 離せ忍! クソ天狗!!」
私に掴みかかろうとした一斗を取り押さえた忍と裟羅が、一斗を外へ連れ出していく。
叫び声と暴れる音が次第に小さくなっていくのと同時に、私の視界はまたしても涙でぼやけていく。
もっと最善があったかもしれない。一斗を怒らせずに子供たちを託す方法があったかもしれない。
でも、もう思考もぼやけてきた頭ではまともな作戦は考えつかなかった。
「綾音殿」
「裟羅、ちゃん」
静かになった私の部屋に、再び人が入ってくる。沈痛な面持ちをした天領奉行の天才、九条裟羅だった。
「荒瀧一斗は忍殿含め荒瀧派が抑えている。今回は……増援は呼ばないことにした」
「それが正解よ。一斗の激怒は、全て私に責任があるから」
裟羅の逞しい表情が、少しだけ揺らいだ気がした。
NEXT:九条沙羅