トレーナーの設定に関していろいろとオリジナルですが、ユルシテクダサイ。
※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください
「そう言えばトレーナーさん、聞きましたか?」
「ん? 何を?」
それは昼休み、担当ウマ娘とのトレーニングについての打ち合わせが終わってからの他愛もない会話から始まった。
「前から話していたサトノダイヤモンドさん。彼女が今日の模擬レースに出走するそうですわ」
「ああ、あの子ね。それならもちろん知ってるよ。俺たちトレーナーの間でも結構注目されてるからね」
「やはりそうでしたか。まあ、あのサトノグループ期待の星とあっては無理もありませんわね」
「やっぱり先輩としては気になるんだ」
「もちろんですわ。ましてや彼女はトレセン学園入学前からファンとして応援してくれていましたから。憧れているとまで言われてしまえば、気にするなというほうが無理な話ですわ」
「確かにね」
先輩としていろいろと思うところがあるのだろう、そんな会話が続いていく。
そしてここまで話していれば、彼女が何を言いたいのかも大体わかる。なにせそれなりに付き合いが長い。
「てことは、俺に話題を出したのもそういうこと?」
「ええ。あなたなら信頼できますから」
「そっか、それはありがたいね」
「どう……なのですか? 興味がないなんてことはないと思いますが……」
「もちろん、俺も見に行くつもりだよ。できることならスカウトしたいとも思ってる」
「本当ですか?」
「まあね。だけど倍率高そうなんだよなぁ、流石に」
「それは……仕方ないですわね」
「それにサトノグループの期待を背負ってるって言っても、才能の有無はまた別の話だ。聞く限りじゃ優秀みたいだけど、それだけじゃあレースには勝てないしね。サトノグループの悲願なんて俺には知ったこっちゃないし、レースを見てなにも感じなかったらそれまでだよ」
「相変わらずですわね。レースに対してバカ真面目というか、なんというか」
「でもそのバカ真面目なトレーナーを信頼してくれてるんだろ?」
「ええ、まあ」
「だったらあの子が俺のお眼鏡にかなうようなレースをできるように祈ることだね」
「その軽口も変わりませんわね」
「ははは、まあなんにせよスカウトするかどうかはレース次第だ。もし光ってたら全力でスカウトするよ。君を本気で勝たせるってね」
「ええ、是非とも」
いつだったか俺は目の前の彼女にも同じことを言った気がする。
彼女もそれを覚えていたのだろう、俺の言葉にクスりと笑ったのだった。
そして放課後。いよいよ件のサトノダイヤモンドが出走するレースとなった。
「お、なんだよお前も来たのか」
「まあな」
「お前もあの子狙ってんのか? サトノダイヤモンド」
「うちの担当が気にかけてくれってさ」
「え? マジ? あの子が?」
「マジマジ。けどまあ、最終的に決めるのは俺だからな。後はレース次第だよ」
「それもそうか。いいレースしてくれるといいなぁ」
「そうだな」
同僚とそんな会話を交わしている間にスタートが近付いてきた。
今回の模擬レースにはデビューを済ませている子も出走する。そのうちの何人かは既に活躍の兆しを見せている。
ハードルも高いがその分未デビューの子たちにとっては実力を示すチャンス。が、逆にその状況のせいで変に緊張している子も多い。遠目からでもわかる。
(ん? あの子か?)
しかし、その中でも妙に落ち着いている子がいた。
額の辺りにあるひし形の模様。彼女がサトノダイヤモンドだろう。
(何回か廊下ですれ違ったことあったな。やけに上品だと思ってたけど、やっぱり育ちは良いみたいだな)
サトノグループは巨大コンツェルンだ。となればサトノダイヤモンドはいわば良家のお嬢様。環境が良い分それだけ様々なトレーニングや経験を積んできているのだろう。あるいは元から勝負強いのだろうか。
トレセン学園は非常にレベルが高いことで有名だが、それでもデビュー前の子たちはまだまだ粗削りな部分が多い。ましてやレースの緊張というものはなかなか厄介で、現役の選手でも克服しづらい。にもかかわらず、サトノダイヤモンドは非常に落ち着いて集中できている様子。
(どっちにしても見どころありだな)
僅かに期待し始めた時、スタートの合図がなった。
ガシャコン!
ゲートが開き、一斉にスタートするウマ娘たち。
事故もなくどの子も順調に走り加速していく。
(さーてこっからだが……)
トレーナーの仕事はウマ娘を育て、勝たせること。
しかし残酷ではあるが勝負の世界である以上、全員を勝たせて幸せにすることはできない。だが、そのチャンスは平等にあるべきだと考えている。
(先頭の子は……デビュー済みだっけか。逃げに近い先行型で上手くやってるんだったかな。まだトレーナーいないんだったら面白そうだったけど、残念だな)
確か名前はキタサンブラック。経験もあるためか先陣を切って今回のレースのペースを作っている。
(その次の子はスタミナに対してペースが速すぎるな。逃げって程の脚質でもないし、このままだと後半でバテる。三番目の子も飛ばしすぎだな。まだ自分の得意なペースをつかみきれてない)
俺は全員を漏れなく見る。トレーナーの中には才能だったり話題だったりしか考えないような奴もいるし、レースがエンタメである以上それも100%間違っているわけではない。しかしトレセン学園に来たからには、しっかりと実力と可能性を見て判断する。それが俺のモットーだ。
前から順番に一人一人の走りを見ていき、素質を見る。その結果賭けてみたいと思える子がいれば、俺はその子をスカウトする。うちのチームはその方式でやっている。
(駄目だな。この子もいろいろと足りてない。次は————————ん?)
レースは長いようで短い。その短時間で全員を見ないといけないので素早く視線を動かしていたが、それが急に止まる。いや、止まるというよりも止められたと言ったほうが正しいか。
それも例のサトノダイヤモンドのところで。
(まだ、抑えてるのか? いや、これはどっちかというと、我慢してるな)
彼女がいるのはバ郡の中団より後方。位置的には差しのポジショニングだった。
そんな彼女の走りは何かを耐えるかのような雰囲気で、見る者が見れば一目で全力でないことが分かる。後半に体力を温存しているのだ。
(上手いな……想像以上だ)
非常に上手いレースプランニング。流石に素人には細かい部分は分からないだろうが、周囲との位置関係やコーナーと直線の距離などを総合して考えると、ほぼベストポジションと言ってもいい位置を走っている。
自分の脚質とスタミナを正確に把握して、なおかつ走りながら冷静に思考を巡らせないと行えない。そして何よりも余力を残しているというのが印象的だ。
レースとは実は窮屈なもので、特にウマ娘のそれはヒトよりも体力があり距離も長いため単なるスピードやスタミナだけではなく戦略の介入する余地がある。故に時として全力を出さず脚を貯めるという選択をしなければならないこともあるのだ。
しかし走ることが好きなウマ娘の多くにとって、全力を出せないのはストレスとなる。慣れやトレーニングで改善はするが、最初はなかなか上手くいかないものだ。
(デビュー前にここまでか………流石にやるね)
これができるウマ娘は限られる。ましてやデビュー前のこの時期で既に体得しているとなると、可能性を感じずにはいられない。
(おっと、まずいな。他の子もちゃんと見ないと)
そう思い直し残りの子たちにも目を向けるが、明らかにサトノダイヤモンドが頭一つ抜けている印象だ。
(流石にデビュー済みの子たちはしっかりしてるが……多分勝つだろこれ)
後は仕掛け所さえ間違えなければ。そう思いながらレースを見守る。
そして迎えた最終コーナー。位置的にそろそろというところだ。
(!!)
その瞬間、一気にサトノダイヤモンドはスパートに入った。
後方からぐいぐいと追い上げ、切れのある末脚で先頭のキタサンブラックに迫る。キタサンブラックもそのまま逃げ切ろうと必死に走ってはいるものの、最終的にはサトノダイヤモンドに追い付かれてしまった。
両者一騎打ち。しかしサトノダイヤモンドはがわずかに上回り、そのまま差し切って一着でゴールした。
「おお!」
「凄いなサトノダイヤモンド!」
「やっぱり噂通りの実力じゃないか」
「こりゃあ期待できそうだな!」
周りの同僚たちも好意的な印象を持ったようだ。無理もない。
見れば走り終わった後も落ち着いて息を整えられているようだ。レースでは全力を出したのだろうが、まだまだ伸びしろを感じられる。
そうでなくともサトノグループのお嬢様だ。担当にするだけでもいいことづくめだろう。
だが、俺はあることが気になっていた。
(さーて、どうするかな)
とはいえサトノダイヤモンドの周りには既に人だかりができていた。
皆彼女をスカウトしようと躍起になっていろいろと声をかけているようだ。これではまともに話もできないだろう。本人も驚いて困惑しているようだ。
「凄かったなサトノダイヤモンド! お前は行かないのか?」
先程レース前に話した同僚が再び話しかけてきた。
「あの人込みじゃあ近付けないからな。お前は?」
「俺は今から行ってくるぜ。先にスカウト成功しちゃっても恨むなよ!」
「はいはい」
そう言い残すと同僚は突撃していった。
残された俺はどうしたものかと少し悩む。同僚の言う通り、行く前にトレーナーが決まってしまう可能性も考えられるからだ。
しばらく考えを巡らせながら眺めていたが、一向に人の波が引く気配はない。
「どうしたもんかなぁ……」
思わずそんな言葉が零れる。これは予想以上にスカウトが大変かもしれない。
「行かないんですか?」
すると意識外から声を掛けられた。
「えっと、君は確かキタサンブラック?」
「わあ、私のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も、さっきの模擬レース走ってたじゃない。先頭で」
「い、いえ、確かに走ってましたけど、どうして名前を知ってるんですか?」
「いや、レース前に全員公表されてるじゃん。もうデビューしてるでしょ君?」
「そ、そうですけど。トレーナーさんはスカウト目的ですよね? それなら普通はデビュー済みのウマ娘の名前とかわざわざ覚えないんじゃないですか?」
「ああ、そういうことか。別に覚えるよ普通に。他の奴は覚えないかもしれないけど、俺は全員見るから」
「へぇ……そうなんですか」
なんだか困惑されてしまったようだが、気になるのは何故話しかけてきたのかだ。
「えっと、行かないかっていうのは?」
「あ、いえ、ダイヤちゃん……サトノダイヤモンドは私の幼馴染なんです。気になってるならスカウト行かないのかなぁって思っちゃって。トレーナーさん凄く興味がある感じで見てたので」
「なるほどね」
幼馴染で先にデビューしたとあっては、気になるのも当然だろう。
サトノダイヤモンドを見るキタサンブラックの瞳はとても真っすぐで綺麗だ。
「俺も後で行くつもりだよ、この人混みがはけたらね。今日中に決まらなかったら明日でもいいんだろうけど、それだと他の人に決まっちゃいそうだから」
「そうですよね! 昔から一緒にいるんですけど、ここ最近のダイヤちゃん特に頑張ってて! さっきも行けると思ったんですけど最後抜かれちゃったんですよ!」
「みたいだね。是非ともスカウトしたいところだけど……トレーナーはみんな同じこと考えてるみたいだからどうだろうなぁ」
「あれ? もしかしてそこまで積極的じゃない感じですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、少し心配してることがあってね」
「心配してること?」
キョトンとした顔でこちらを見てくるキタサンブラック。
この子になら別に話してもいいか。そう思って口を開きかけた時、やや予想外の出来事が起きた。
「はい、ここまで! ここまでですよ、トレーナーのみなさん」
突然サトノダイヤモンドの練習の面倒を見ている教官の声が辺りに響いたのだ。
「サトノダイヤモンドさんの担当トレーナーについては、改めて選抜レースの後、サトノグループでトレーナートライアルを行うそうです。有志の方はそちらにご参加願います」
トレーナーたちの間にざわめきが広がる。それも当然、こんなことは稀だからだ。
どうやって本人を説得しようかと考えていたところだったのだが、今回は少しばかり事情が違うようだ。
「マジかよ……」
「そ、そっかー……。ダイヤちゃんの家は、担当する人を選抜するんだ。トレーナーさんも応募してくれますよね?」
「ああ、そうだね。トライアルで公平に担当の機会があるなら、応募しない手はないね」
「頑張ってくださいね!」
「うん、ありがとう」
(まあ、行けば何とかなるかな)
色々と思うところがあったが、俺はその後すぐにトライアルに応募した。
そして迎えたトライアル当日。幸か不幸か俺の番は最後だった。
「それではエントリーNo.29番、最後の方、お願いします。」
「はい」
審査官に呼ばれ、返事を返す。
部屋には数人の役員らしき人物、レースの専門家らしき審査官、それからサトノダイヤモンド本人がいた。
真面目な空間ではあるが、臆していても仕方がない。俺はいつも通り、そして目的を果たすために意識を集中する。
「ではまず、簡単な自己紹介の方をお願いします。その後、いくつかの質問に答えていただきます」
やはり俺への質問から入るらしい。当たり前と言えば当たり前なのだが、こちらとしてはそれでは困る。
「その前にちょっと良いですか?」
「は、はい? なんでしょうか?」
「いえ、少しダイヤさんと話をさせていただきたくてですね」
「は、話ですか?」
「はい」
俺がそう言うと審査官は少し困惑した様子だった。少し視線を動かしてみると、サトノダイヤモンド本人は少し驚いたように目を見開いていた。
恐らく、他にこんな事を提案してきた奴はいなかったのだろう。
「ええと、どういう理由でしょうか?」
「この前の模擬レース後、すぐに今回のトライアルについての告知がされてスカウト自体が規制されてしまいまして。本来であればスカウトの際にいろいろと話し合ってウマ娘側と意見をすり合わせていくのですが、それがまだできていないのです」
「なるほど……しかしこちらとしてはあなたが担当するかどうかというのを先に決めたいという考えがありまして」
「勿論、そのことも重々承知しています。だからこそこのような場を設けられたのだと思いますしね。しかしながら、本来であれば我々トレーナーとウマ娘たちのコミュニケーションは重要なものです。特にスカウトというのはその中でもファーストコンタクトの場なのです。選手生命を左右する大切なものであるということもご理解いただきたいです」
「ええ、まあ……」
「言い方が悪くなってしまいますが、我々としてはそのスカウトのタイミングを奪われたことになってしまいます。そうなると、いくらレースで素質を見ることができても、レースで勝たせる保証は出来かねます」
「そ、それは……」
明らかに動揺する審査官。それに他の役員たちも表情が曇る。
無論かなり攻めた言い分だというのは重々承知している。だがここで強気に行かなければ、彼女の、サトノダイヤモンドのためにはならない。
「私もトレーナーとしてはプロですから。ダイヤさんの走りを見て、彼女の脚質だったり得意なレース展開なんかは大体わかったつもりです。しかしそれだけではどうしようもありません。何故トレセン学園に入学してきたのか。何故レースで高みを目指すのか。そういった部分の共有は必須ですし、トレーナーという立場としてそこは譲れません」
恐らくサトノグループ側としてはトレーナーを『選ぶ』つもりだったのだろう。しかしそれでは上手くは行かない可能性が高い。
トレセン学園には優秀なトレーナーが大勢いる。このトライアルに参加している中には俺以上の実績を持っている人もいるだろう。
だがその中から実績のある人を、あるいは能力は優秀な人をただ普通に選んだとして成功できるだろうか。俺はできないと思っている。
一部からはオカルトだと批判されることもあるが、俺はウマ娘とトレーナーの絆というのはとても大切な要素だと考えている。だから本人ではなくサトノグループとしての意向でトレーナーを決めようものなら、中途半端な関係性で終わってしまうかもしれない、そんな危惧がある。
レースに出場するウマ娘たちは皆強敵だ。そんな中で一着を取ろうとすれば、ただトレーニングをこなせばいいというものではない。ウマ娘とトレーナーと認識の共有はもちろんのこと、お互いに強い覚悟と信念をもって挑戦を続けなければならない。
だから俺は自分のスタイルを崩さない。無礼だと思われようが何だろうが一人のトレーナーとして言うべきことは言うつもりだ。
「今日私はトレーナーとしてこのトライアルに参加させていただきましたが、サトノグループさんに選んでもらうつもりで来たわけではありません。あくまでダイヤさん本人のため、『サトノダイヤモンドというウマ娘をレースで勝たせるため』に来たのです。サトノグループさんとしてもいろいろと考えがあるのでしょうが、はっきり言ってそれは二の次です」
だから口にする、はっきりとした決意のもとに。
「私はダイヤさんと話をして、何を想ってレースに挑んでいるのかを知りたいのです」
目標だけでは走れない。
「恐らくは専属のコーチやインストラクターの方がいらっしゃるのですよね? デビュー前の時点であれほどの走りを独学でやりきるとは考えづらいです。であればトレーニングも決して楽なことばかりではなかったはずです。しかしそれを乗り越え、トレセン学園に入学してレースを目指している。それはダイヤさん本人にレースに対する何かしらの想いがあるからだと思います」
ただ走るだけではなく、勝つのならばそれ相応の決意がいる。
「何故走るのか、何を想って走るのか。頂点を目指すならそこが一番重要になってきます。そこの認識が我々トレーナーと少しでもズレていると、大変なことになりかねません。特に私は、レースを走るウマ娘本人の想いを大切にしています」
そこを譲ることは、絶対にできない。
「だからどうか、会話の機会を頂きたい。もしそれを認められないというのなら、私は不採用で構いません」
「採用!」
「へ…………?」
それはあまりにも予想外の方向からだった。
声の主はなんとサトノダイヤモンド本人だったのだ。
「え……なんて?」
「採用です採用! 私はあなたにトレーナーとして共に夢を目指して欲しいと思いました! だから採用です!」
「???????」
言葉の意味が理解できずにフリーズする。思わず審査官の顔を見るが、審査官も審査官で困惑しているようだ。
「だ、ダイヤ様! そんなすぐに即決されては……」
「いえ、私は決めました! 私のトレーナーはこの方を置いて他にはいません!」
「しかし……せめて旦那様などに相談してからでも……」
俺含め完全に置いて行かれているようだ。
というか採用の決定権はサトノダイヤモンド本人が握っているのだろうか。俺はてっきり審査官や役員が最終的な判断を下すのかと思っていた。
流れ的には俺のウマ娘とレースに対する価値観を聞いて感激して……ということなのだろうが、いくら何でもいきなり採用というのは話が飛びすぎなのではないか。
ともかくに確認が必要なので、審査官といろいろと言い合っているところに割って入る形で俺は声をかけた。
「え、えっとちょっと確認したいんだけど、採用の決定権はダイヤさんが持っているわけですか?」
「はい、そうですよ? あ、あと私に対してはそこまでかしこまらなくて大丈夫ですよトレーナーさん」
「え、あ、うん」
「この方たちは、私の補助と言いますか……選考に際して私が判断しづらい部分を担当してもらうような形なので、最終的に決めるのは私自身です」
「で、でもいきなり採用っていうのは?」
「それは私があなたにトレーナーになってもらいたいと思ったので、採用です!」
「具体的な理由とかは聞いても……?」
「それは簡単です。まず第一に先程おっしゃっていた考え方が非常に素晴らしかったこと。次に私の意思を尊重する姿勢を見せてくださったからです」
「な、なるほど?」
それほどなら他のトレーナーでもやりそうだと思ったが、すぐにサトノダイヤモンド本人から補足が入る。
「ああ、誤解しないでくださいね。他の皆さんが私のことをないがしろにしていたというわけではないのです」
「ああなんだ。まあ、それはそうだろうね」
「だだ、皆さんおっしゃっていたことが少しピンと来なくて。多かったのはどのように私を育てるとか、勝てるように全力を尽くすとか、レースとかトレーニングのプランはどうだとか、そういったことでした。要するに私を育てる力がどのぐらいあるのかという話ばかりだったんです」
「あー、そうなのか……」
「当たり前だというのはわかっているんです。私のことを勝たせたいと、強くしたいと思ってくださっているからこそトレーナーとしての能力を最大限にアピールする。理にかなっています。けど、それだけでは選ぶ決め手にはなりませんでした。何かが違う、この人じゃない。そんな印象だったんです」
「でも俺は違ったと?」
「はい。あなたはちゃんと私を見てくれている。私をどう育てるかだけじゃなく、今の私がどうしたいのかをしっかりと気にかけてくれていると感じたんです」
「でも、本当にそれだけで決めちゃっていいの? 自分で言っておいてあれだけど」
ちらりと審査官の方を見ながらそう言葉を返す。当の本人が良くとも、はい決定とはいかないだろう。
「そうですダイヤ様! 流石にいきなり採用というのはあまりにも……」
それはそうだろう。何せ採用を言い渡された俺本人が困惑しているのだ。トライアルの審査を任されている立場ならば比にならないはずだ。
「わかりました。でしたら、選抜レースでの私の評価をお願いします。良かった点、悪かった点をそれぞれ教えてください」
「ああ……そうか、それならもちろん。本題はそっちだしね」
それこそまさにトレーナーの本領だ。レースのことなら鮮明に覚えている。
本の数秒だけ話す内容を頭の中でまとめ、口にする。
「まずスタートから序盤のポジショニングはとても良かったよ。走り始めてからスピードに乗るまでの力の入れ方とか、周囲の状況を把握して前に出すぎないように少しずつ後方に下がっていく動きもしっかりできてたね」
「ふむふむ」
「次に中盤、ここが少し気になったかな。ラストスパートで差すつもりで脚を貯めていたんだろうけど、気持ちが急いてるというか、負けず嫌いというか。頭ではわかっているけど身体が前に出たがってるのが見てて分かったよ」
「わかったんですか?! 自分ではしっかりと我慢したつもりだったんですが…………」
「確かに一瞬だったから我慢はできていたと思うし、レース全体を見ても支障はなかったね。けど、これからもっと上を目指すなら、課題になってくると思うな」
実際にGⅠレースなどではその一瞬で勝負が決まってしまうこともある。それに今の内から把握して直しておかないとトレーニングによって悪化してしまう可能性もあるのだ。
「それから競り合いになった時厳しそうにしてたから、もう少し体幹とか当たりの強さを鍛え得たほうがいいかな。パワー負けってほどじゃないけど、きつそうになってた場面があったから」
「!! 本当ですか……?」
「うん。上を目指すなら尚更ね。レースである以上明確にぶつかったりってことはないけど、ここぞって時の競り合いはどうしても発生するから、そこの経験を積んだ方がいいかも。終盤のスパートのかけ方とか末脚とかは凄くいい強みだと思うから、そこを活かすためにはやっぱり必要になってくるかな」
「たった1レースでそこまで……」
「他にも細かいところはいろいろあるんだけど、長くなっちゃうからとりあえず大まかにね。どうかな?」
これ以上はもう少し時間をかけてゆっくりと話し合う必要がある。癖なのか、意図的なのか、距離によってなのか、偶然なのか。様々な要素を多角的に見て検証していかなければならない。
「どうしてですか?」
「ん?」
ふと、急にサトノダイヤモンドが疑問を投げかけてきた。
「どうしてたった1レースでそこまでわかったんですか? 他にも細かいところはあるとおっしゃいましたが、今の内容だけでも十分すぎるぐらいに細かいと思います。それを性格も脚質も知らない状態でたった1回見ただけでどうして……」
「それがプロのトレーナーだからだよ」
「!!」
「っていうのは流石にかっこつけすぎだけどさ。まあ、トレーナーとしてそれだけ注意深く君のことを見てたから、いろいろと分かったって感じかな」
「私に注目してくれていたということですか?」
「いいや違うよ。確かに君のことは話題になってたけど、俺は初めから君をマークしてたわけじゃなくて全員をくまなく見るつもりだった。平等にっていうのが俺のモットーだからね。けどあの中で1番惹かれたのは君の走りだ。だからこそ気になったし、勝つなとも思った。そして実際に君は勝ってその素質を充分すぎるぐらいに証明してくれた。だから俺は君に賭けてみたいと思ったから、トレーナーとしてこのトライアルに参加したんだ」
「そう……なのですね」
「正直デビュー前にしては出来すぎてるぐらいだと思ったよ。さっきはいろいろ言ったし改善点もあるけど、それでもデビュー前の実力としては破格だった。だからこそ気になったんだ。どうやってあれほどまでの走りを身に着けたのか、どんな思いで走るのか、何を目指しているのかがね」
「………………」
サトノダイヤモンドは何かを思案するように口をつぐんだ。
俺も、審査官も、その他の役員たちもその様子を静かに見守った。
「あなたは……」
「ん?」
「私の夢が知りたいのですか?」
「ああ。そうだね」
ここで返答を間違えるわけにはいかない。
「俺もそれなりにいろいろなウマ娘を見てきたんだ。それこそトレーナーになる前からね。みんなそれぞれの目標だったり夢だったりを目指していたし、それが叶った姿は何よりも美しいと思っている」
俺は度々、この話を担当しているウマ娘にする。
これは言わば、俺のトレーナーとしてのオリジンだ。
「だからトレーナーになって、ウマ娘たちの夢を叶える手伝いをしたいと思ったんだ。そして今、俺はトレーナーとして少しはその手伝いが出来てると思ってるし、これから先もそれを続けていくつもりだ」
ウマ娘の夢はそれぞれ違う。ダービーを目指す子もいれば、勝つことよりも皆に希望を与えようと走る子もいる。俺はそんな彼女たちを応援している。
そして今目の前にいる一人のウマ娘の夢を、俺は知りたがっている。ならば当然、俺の夢も語るべきだろう。
「俺の夢は、ウマ娘の夢を叶え、それをできるだけ多く、長く続けることだ。だからサトノダイヤモンド、君の夢が知りたい。君が何をしたいのか、何を願っているのか、俺は知りたいんだ」
それが俺の本心。俺の想い。
対してサトノダイヤモンドは……
「私の夢は、サトノ一族の者として名ウマ娘になること。GⅠレースを制覇し、一族悲願であるウマ娘界最大の貢献を成すことです」
自信の夢をしっかりと語ってくれた。
「それが君の夢なんだね」
「はい」
「確認するようで申し訳ないけど、間違いはないね? 一族の期待を背負っていても、君の目指す道は自由だと思う。疑うわけじゃないけど、他にいくらでも道はあったと思う。けどそれでも君はレースを目指し、GⅠを制覇して一族とウマ娘界に貢献することが自分自身の心からの夢なんだね?」
俺の中に合った懸念。それを俺は率直に尋ねた。
サトノグループの規模を知っている者は、皆様々な噂をする。とりわけサトノダイヤモンドはトレセン学園に入学してきてからトレーナーたちの噂の種だった。
憶測や噂なんかに惑わされるつもりはない。しかしこれだけは、自らの意思でレースに勝つことを望んでいるか否かだけは、どうしても確認しておきたかったのだ。
「はい、間違いありません。これは、私自身の夢です」
サトノダイヤモンドは力強く、そしてまっすぐな瞳でそう答えた。
疑いようもない、彼女自身の本心だろう。
「よし、答えてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ、私と私の夢に向き合ってくださってありがとうございます」
これで不安要素もなくなった。少々急展開ではあったが、これで決定か。
と、思ったが、もう少し待たなければいけないようだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そこで声を上げたのは審査官だった。
「なんでしょうか?」
「ダイヤ様が最終的な判断を下すことに異論はありません。しかしそれでも我々サトノグループとしてはトレーナーを選考するべくこのトライアルを開催しています。それを多少のやりとりだけで決定してしまうというのはあまりにも……」
どうやらやはり俺のことが心配らしい。
逆の立場になって考えてみれば、こんな素性の知れないトレーナーに預けるのも気が引けるというのは分からなくもない。なにせ本来やるはずだったトライアルの内容をすっ飛ばしているのだから。
いくら言葉で語ったところで、それが現実になるわけではない。行動で示さなければ、実績が伴わなければ、ただの耳触りのいいだけの言葉に価値なんかない。
「私の実力がわからなければ不安ということですか?」
「ちょっと! トレーナーさんに失礼です! トレセン学園に所属している時点で十分すぎるぐらいの能力があるということはわかるではありませんか!」
意外にもサトノダイヤモンドは俺を庇うような発言をする。そんなに俺のことを気に入ってくれたのだろうか。
しかしまあここで説得しないわけにもいかないだろう。
「要するにダイヤさんを育て上げるだけの能力のある証拠が欲しいと」
「まあ……そういうことになります」
「けど困りましたね。トレーナーとしての能力と言いましても、この場で一朝一夕に示せるものでもないですから」
「し、しかしですね。それをある程度判断できなければ、我々も……」
「ああ、そうだ。ならわかりやすく実績でも出しましょうか?」
「実績ですか?」
「例えばうちのチームには春の天皇賞を初連覇したとても強いステイヤーがいたりします」
「は、春の天皇賞連覇? ま、まさか……」
「育てたっていうのはおこがましいかもしれないですけど、彼女の担当トレーナーは私ですよ。トレーニングメニューからメンタルケアまで、いろいろやってますから」
「!!」
俺のこの発言にその場の全員が驚愕する。
俺としては自慢の愛バの実力がしっかりと認められているのを実感できて何とも嬉しい限りだ。
「わかりました」
「ん?」
「それだけの実績があればなんの問題もないでしょう」
「そうですか? 疑わないんですね」
「ええ。調べれば裏は取れることですし、トレセン学園はチーム制でしたよね? ということは他の方も担当してらっしゃるということになります」
「よくご存知ですね」
とりあえずこれで正式に決定か。そう思った時、サトノダイヤモンドが声を上げた。
「あ、あの!」
「ん? どうしたの?」
「さ、さっきの話! あなたのチームには春の天皇賞を連覇したウマ娘がいという話は! ほんとに本当ですか?!」
先程までとは明らかに様子が違う。頬は紅潮し、興奮を隠しきれないと言った感じだ。
まあ無理もないだろう。
「ああ本当だよ。本人からもできれば面倒見て欲しいって言われててね」
「ッ~~~~!」
声にならない喜びが溢れるサトノダイヤモンド。話には聞いていたが、この子の憧れは本物なのだろう。何とも可愛らしい。
「まあそれはいいとして。先に一つだけ約束しておくよ」
「約束……ですか?」
「うん。これだけはトレーナーとしてね」
改めてしっかりとサトノダイヤモンドの正面に立ち、しっかりと目を合わせる。
「俺が君を全力で勝たせる。そのために俺ができることはなんでもするつもりだ。だからこれから、よろしくね」
そう言いながら手を差し出す。
するとその手はわずかな間もなくしっかりと握り返された。
「はい! こちらこそよろしくお願い致します!」
その手は誰よりも力強く、その顔は誰よりも明るい笑顔だった。