ディストピアゲーに転生したら行政側だった件について   作:我等の優雅なりし様を見るや?

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第二十話 氷姫と魔人

『左腕【金神】の接続完了。疑似神経を接続……接続しました。』

 

空白だった感覚に突如として流れ込む情報達。ある筈のない部位に痛みを感じる事を幻肢痛と言うらしいが、俺が今感じている此れは人為的に起こされている現象だ。空気の触れる感覚、先程まで義手の最終メンテナンスを行なっていた整備用のアームが俺の腕から離れていく感覚。

 

その全てが先程まで存在していなかった情報として俺の脳へと押し寄せてくる奇妙な感覚に僅かに身を震わせる俺を見た整備士が、手元のタブレット端末を弄りながら俺へと話しかけた。

 

「自然な感覚があるか?何か不具合があるなら……」

「いえ、大丈夫です。全ての感覚に異常ありません。」

 

整備士の言葉を遮り、無表情のまま首を振る。一刻も早く俺は整備を終えたいんだ。……何故かって?ふむ、良い質問だ。

俺の肉体はサイバネティクス化とナノマシンの投与、骨や筋肉を人工のものへと取り替える事により人体にあるまじき出力や隠し武装を仕込んでおくことが可能な訳だが、この措置は全身に及んでいる。肉体の65%が機械は伊達じゃないのだ。

 

つまり何が言いたいかって言うと、全身を整備しなきゃいけない訳だから整備中は、その……全裸なんだよね。

 

いやまぁ、これ何百回もやってる事だから全裸の状態で天井からケーブルやらアームやらでぶら下げられてるのも今やどうとも思わんけどさぁ……。幾ら慣れてるからってフルチ○でずっとこのままなのは気が滅入る訳よ。

という訳でこれ以上の拘束はごめん被りたい。実際特に不具合がある訳でもないので、この俺への尊厳破壊を続ける意味も無い!

 

『いいから早よ下ろせ』という念を込めた目で整備士を見ながら凍りついた表情筋で精一杯微笑もうとすれば、側から見ていたらしい整備士達が微かに青ざめた顔で思わずといった様相で呟く。

 

「あの顔を見ろよ……ブチギレてやがる。」

「戦場にそんなに行きたいってか?生き急ぐ野郎だ……。」

 

また何か余計な勘違いを産んでしまった気もせんが、どうせもうすぐ此奴等ともおさらばなのだから知った事では無い。吹っ切れた俺は強いぞ。

 

俺の精一杯の笑み(無表情)により顔面蒼白となった整備士のタブレット操作によって俺の身体を固定していたロックが解除され、既に装着されていた義足が地面へと触れる硬質な音と共に降り立つ。微かな駆動音と共に俺の脳が発する信号に対し、僅かな狂いもなく重厚感を感じさせる黒い光沢を放ちながら手を握る動作を繰り返す。良し。今回も大東亜工業は良い仕事をしてくれているらしいな。

 

俺の欠損した両脚と左腕を補う義手であり、俺の主武装でもある【歳殺】【歳破】【金神】の忌むべき方位を司る方位神の名を冠した此れ等は重みすら感じさせる事なく、いつも通りに俺の動きを完全に補助していた。良きかな良きかな、先程までの義体が貧弱過ぎて一層の頼り甲斐を感じる己の愛機……いや、愛腕?をガチャガチャと動かしながら、壁に掛けられた異能調整局の制服を手に取った。

 

防弾、防刃の素材で作られたこの異能調整局の制服のデザインを俺はかなり気に入っている。スーツを基調にした黒をメインに所々に青いラインの入った如何にも『SF』な感じのこの服には俺の内なる中学2年生もニッコリだ。下着を身に付けた後にズボンを引き裂いてしまわないように慎重に義足を通し、シャツへと腕を通そうとしたその時、カシュッ!という音と共に整備室のドアがスライドして開く。

 

「朱羽調整官、任務からの帰投直後ですが局長より……」

 

左腕の腕時計型端末から投影したホログラムに目を通しながらドアを潜り抜けてきたのは、俺の同僚の一人であった。

 

鼻筋の通った顔立ちの凛々しい少女。俺の着ている制服の女性タイプを遊びなくかっちりと着こなした、俺の前世で言うところの委員長の様な雰囲気を纏う彼女の銀髪が整備室の白い照明を反射し、天使の後光のように輝くその様に、整備室にいた連中が感嘆の息を漏らすが、冷めた顔で俺は其れを横目で眺める。

 

此奴等も二、三回殺されたらそんな反応もできなくなるだろうよ。いやまぁ、美人だよ?俺も殺された事なかったらお近づきになりたいくらいには顔面偏差値は高いからね。そんな取り止めのない思考を巡らせながらシャツを羽織る俺へと、夏の海のように澄んだ水色の瞳がホログラムから向けられたその瞬間、雪の妖精を思わせる色白の顔が真っ赤に染まる。

 

「ふ、ふ……!服をキチンと着てください!破廉恥ですよ!」

 

何だこいつ。下なら兎も角上じゃろがい。しかも下着はもう着てるし。耳まで赤くした彼女が俺から目を逸らし、あわあわと何やら口走りながらチラチラと此方を伺っているのを無視してボタンを留めながら俺はボソリと呟く。

 

「突然入ってきたのは其方でしょうに……。」

 

なんか俺が変態みたいな扱いされてるのは非常に不満である。まだ顔を赤く染めているむっつりスケベである事が本件で確定した彼女──氷峰裁歌(ひょうみねさいか)は原作でも非常に数奇な運命を辿るキャラクターであったと記憶している。彼女の一族は強力な異能行使者を一族から輩出し、国防軍へと送り込んだ功績で戦時中に名家へとのし上がったが、当時の当主でもあった長女、氷峰憐歌(ひょうみねれんか)の大規模なテロ行為によりその地位を追われたのだ。

 

まぁその後に局長に一族ごと拾われて今に至る訳なのだが、彼女の姉への感情は鬱屈している。妹として姉を深く愛していた過去と、愛国者としてこの国へと反旗を翻した姉を憎悪する現在。原作の終盤でレジスタンスの援護に駆けつけた戦艦を全て破壊する為に大海を凍らせ、己を捨てた愛憎入り混じる姉へと決闘を挑むシーンの血を吐くような独白は今でも記憶に残っている名シーンだ。

 

え?姉の働いたテロ行為は何か?新開発されていた重力崩壊兵器を本国から簒奪し、北米大陸を消し去ったらしい。まぁ日本側の仕込みなんだけどね。アメリカが戦後のパワーバランスに食い込んでくる事を危惧しての措置らしいけど、わざわざ当時味方だった彼女を巻き込む必要性はあったんですかね……?結果としてレジスタンスが生まれてるし。

 

そんな事を考えながらスーツを着終え、ネクタイを締めながら彼女が先程話そうとしていたことの続きを促す。

 

「それで?局長が私に何か?」

「あ、えっと、嗚呼、そうでした。局長から貴方へのビデオメッセージです。」

 

端末から展開したホログラムを指で弾き、此方へと滑らせてくるのを指で止め、再生する。どうにも嫌な予感がする。あのパワハラが日課みたいな魔神が俺にビデオメッセージ……?見たら死ぬ視覚兵器とかの実験とかだったらどうしよう。

 

もはや被害妄想の域に達している嫌な予感が迅速な逃亡を指示してくるのを理性でねじ伏せ、再生ボタンを押せば虚空に映し出されるニヤニヤとした笑みを浮かべた少女。嗜虐的な笑みを隠そうともせず、その小さな身体に不釣り合いな大人用の皮椅子に腰掛けるさまは背伸びしたい年頃の少女にしか見えないが、そのワインレッドの瞳に浮かぶ隠しきれぬ魔神としての気配がその可愛らしい印象を塗りつぶす。日本を牛耳る魔神である彼女の数多持つ表の顔の一つである天威喪音が映像の中で口を開いた。

 

『さて、任務ご苦労だった。まぁ何やら諸々の不確定要素があったが、敵性難民のレジスタンスへの参入が阻止できたようで嬉しいよ。』

 

レジスタンスの幹部襲撃を諸々の不確定要素の一言で終わらせる辺り本当に性根が腐ってると思う。主人公ちゃん達各位におかれては早くこいつを次元の彼方へとぶっ飛ばしてくれるように一層の奮戦を期待する。あ、俺がトンズラこいた後でね。現実逃避めいた思考が巡る俺をよそに局長の発言は続く。

 

『その高い問題解決能力、及び対異能行使者への卓越した抹殺及び無力化技能を見込み、私は異能調整局を統括する権限をもって朱羽調整官へ指令を下す。法務省第二百八十五号辞令。貴官は氷峰調整官の指揮下に入り、新宿駅地区においての秘匿任務につくべし。任務はこのメッセージが再生された現時刻より開始される物とする。』

 

……は?

 

 

 

 

その瞬間、空気は凍りついた。背筋を悪寒が走り、幾千万もの氷の如き冷たさを込めた刃が突きつけられているかのような錯覚すら感じる。氷点下の冷気を操り、万物を凍結させるという自負がある私にすらその錯覚を齎す威圧感の主を私は畏敬と微かな頼もしさが入り混じった奇妙な感情を胸に抱きながら見つめる。

 

『任務の内容は氷峰調整官より聞き給え。ではさらばだ、朱羽調整官。Good luck!』

 

その言葉と共にホログラムが消え去ると同時にゆっくりと此方へと向けられた彼の顔に居並ぶ整備士達から微かな悲鳴が漏れた。だがそれを責める事はできまい。かく言う私も悲鳴をあげかけたのだから。

 

笑っていた。無表情を崩す事なく、冷たい鋼鉄の機械を思わせる彼の表情は壮絶な笑みに染まっていた。口角を上げ、半月のように吊り上がった笑みと共に駆動音と共にギチギチと唸る義手。彼のスーツで覆われた背中は微かに震え、彼の心中を荒れ狂っているであろう感情を示していた。

 

それは間違い無く新たなる戦場を与えられた喜びだろう。彼の任務への並々ならぬ執着心と過激な迄の国家への忠誠は法務省の中では周知の事実。殺戮に飢えた忠実なる戦闘機械が武者震いにその身を戦慄かせる中、私は斬りつけるような空気を垂れ流す彼へと歩みを進めながら部屋に居並ぶ整備士達へと人払いする様に手で合図する。

 

脱兎の如く部屋から退出した彼等を横目に、手元の端末を操作すればホログラムに映し出される今回の追跡対象者の姿。可憐な紫を基調にした古めかしい服に身を包む少女の写真を彼へと見せながら、未だその笑みを崩そうとしない彼へと告げる。

 

「聞いての通りです、調整官。私と貴方でこの人物を追わねばなりません。彼女は現在新宿駅廃棄地区に潜伏している未登録の異能行使者であり───」

「氷峰調整官。私は余り頭が良くないので、簡潔に願います。彼女を見つけて殺せば良いのですか?」

 

いつの間にかその顔からは笑みが消え、いつも通りの無表情が浮かべられていた。首を傾げ、死を煮詰めた様な真っ黒な目で私を見つめる。これだ。この冷たい銃口の様な威圧感。任務に臨む彼の放つ気配を感じる度に、勝てないと思わせられる。あの時の模擬戦から、私と彼の力は縮まった気がしないのだ。いや、それどころか彼はさらに強く───

 

「調整官?」

「あ、いえ。殺害は最終的な解決手段です。まずは身柄を確保。国家登録下に置くことに抵抗すれば……殺害も解決手段として許可されています。」

「成る程、了解です。……今から向かうのですか?」

 

『まさかそれ以外の返答は有り得ないだろう?』とでも言いたいのだろう。彼の無表情の中に浮かぶ微かな期待の色に私は思わず笑ってしまった。全く、かつては目の敵にしていた彼だが本当に仲間ともなれば心強い事この上ない。

 

連戦を気にも留めず、国家の為に新たなる戦場へと赴かんとするその鋼の様な在り方は異能の強さでも、技術の優越などで語られる様な物ではなく、存在としての強さという概念が適切に思える。私は己の同僚である無敗の魔人に対し、背伸びして肩へと手を置いた。

 

「ええ、無論です!頼りにしていますよ、朱羽調整官……!」

 

その瞬間、真っ黒な目が絶望に染まっていた様な気もしたが、気のせいであったことは言うまでもないだろう。

 




【秘匿専務部隊】
各政府組織が持つ威力部隊。『官邸』の“あ”から始まる五十音が其々の部隊に割り振られており、その全てが極めて秘密性の高い任務に従事する。法務省に割り振られた五十音は“た”。最終指揮権は大臣にある。


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