ディストピアゲーに転生したら行政側だった件について   作:我等の優雅なりし様を見るや?

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第三十二話 ぱーふぇくとこみにゅけーしょん!

世界には三人くらいはそっくりな人間がいるのだという。

 

それは出会ったら死ぬドッペルゲンガーだったり、生き別れの三つ子だったり、あるいは単なる他人の空似であったりするわけだが、この場合は些か数が多すぎる様に思えてならない。

 

死屍累々と言わんばかりに地面に散らばる無数の破片と、人体の残骸。それは先程まで動き回り、俺達の息の根を止めようとしていた元凶達の残骸であり、クローンの俺も驚きのそっくりさん軍団の成れの果てである。

 

こいつらが全員ドッペルゲンガー同士であったならば、顔を合わせただけで勝手にバタバタ死んでいくお得な仕様だったのだが、生憎とこの世界はそこまで都合が良くはできていないらしい。

 

見慣れた顔に、先程知ったばかりの顔。腰をかがめ、よりどりみどりの顔面を持つ人形の残骸の一つを手に取ってみる。念の為、左手で。突然噛みついてきて唯一無事な腕を噛みちぎられちゃ敵わんのでな!

 

……おお、軽い。拾い上げた腕をクルクルと手の中で回しながら断面を見ようとしたところ、清々しいまでに中身がすっからかんである。これは精巧に作られた中身が空洞のマネキン、とでも形容すれば良いのだろうか。

 

先程までの交戦でも一撃一撃はそこまで重くなかったな、などと思いつつそこら辺に放り投げれば、重力に導かれて軽快な音と共に破片が弾け飛ぶ。

 

おっかなびっくり破片を爪先で突いていた春音がその肩をビクッと竦ませ、恨みがましい顔を浮かべながら此方へと顔を向けた。

 

「ちょ、ちょっと!なんかこう、見てて複雑な気分になるからやめてよ……!うう、友達と同じ顔の敵と戦うのってなんか嫌だなぁ……。」

 

なんか偽物系の敵と戦った時の鉄板ネタ披露してるけど、率先してこいつらを砕きに行ってたのはお前だからな!背中は任せた、とか何とか言いながら走り出したお前のせいでガラ空きになった俺の背中が泣いているぞ。

 

物量に物を言わせて包囲殲滅を試みてくる人形達による背後からの奇襲で落とした命は数知れず。もしかすると背中は任せる、というのは『背中に気をつけな!』的な脅迫だったのかもしれないとすら思ってしまう。

 

だって背中、任されてないし……というか俺の背中も任せられてないし……。背中の傷は恥というが、この戦いで一生分の恥をかいたのではなかろうか。

 

とりあえず殴れるモノは殴っておこうのノリで猪突猛進をかますこの狂犬の手綱を握れる気がしない。だがそれでもやるしか無いのだ。

 

この少女────世界の主人公を何としてでも生還させなければ、間違いなくあの腹黒ロリ魔神の君臨は続く。それは何としてでも避けなければならない……!最低条件は国家転覆!がんばれテロリスト!法務省職員は(個人的に)この活動を応援しています───。でも参加する気はないからね。だってどっちもブラックだもん。

 

くふふ、と嘲弄の笑みを浮かべるあの魔神を脳内で思い切り何処かに蹴り飛ばしながら、俺は脳の奥に眠った原作知識を掘り返す。

 

偽棄人(シェイプシフター)。神宿駅ダンジョン最下層、低レベルエリアに出現(ポップ)する経験値用モンスター。

 

その時点で神宿駅ダンジョンに居る主人公以外の人間、即ちパーティーに組み込んでいるメンバーの外見を模して現れる敵モブ。

 

『味方と同じ外見』という意味深な要素を持つこいつらだが、それには制作段階では偽棄人(シェイプシフター)の外見のグラフィックまで手が回らず、他のキャラクターの外観データを流用したという悲しい大人の事情が存在している。

 

だが、意味深な見た目とは裏腹にこいつらの分類は雑魚である。最下層のエリアに4〜5体纏めて出現する偽棄人(シェイプシフター)は体力、攻撃力ともに其処まで高くはない。

 

初心者にとっても手頃な経験値の獲得手段である彼らは、専用のグラフィックが無い上にゲーム序盤から乱獲の憂き目に遭う可哀想といえば可哀想な連中なのだ。至急レッドリストへの追加が待たれるが、放置していれば幾らでも湧く(ポップする)ので絶滅危惧種としての扱いすらして貰えない哀れさには俺も涙を禁じ得ない。

 

しかしそんな雑魚でも数百も同時に現れればそんな悠長なことは言っていられない。一体一体が弱くとも数を揃えれば立派な脅威である。スイミーの話の教訓も確かそんな感じだったと思う。

 

……こいつらが居るという事は、ここは最下層なのだろう。俺が知る『最下層の景色』は広大なこの駅のほんの一区角でしか無い。だが、それにしても!そうだとしたら!クソすぎやしないだろうかと、俺は声を大にして言いたい。

 

初心者向けのダンジョンで雑魚キャラの大量発生(スタンピード)は普通にクソゲー認定される代物である。いや、この世界は元からクソゲーだったと言われればその通りなので、難易度調整をミスっていると言った方が正しいのかもしれない。

 

間違いなくこの世界の難易度は激ムズ(ハード)を超えて狂気(ルナティック)に突入している。というか、難易度選択をさせてくれない時点で十分クソゲーだったわ。おお、神よ!難易度調整画面は何処(いずこ)なりや?

 

……ああ、神がそもそもクソなのであった。

 

何処かに蹴り飛ばしたはずの魔神が脳内でケラケラと笑っているのを再び何処ぞへと放逐し、俺は世界への抗議と不条理への怒りを込めて視線を向ける事なく足元の残骸を踏み躙る。

 

これからどうするべきか。最優先目標として、逸脱しつつある原作の流れを取り戻さなくてはならない。つまりは後ろで何やらパキパキとやっている春音を無事に上層まで連れて行き、香織と合流させる必要がある。

 

最初の偽棄人(シェイプシフター)が現れた前方の闇へと視線を向ける。ならば、俺の見知った最下層はこの先にあるのかもしれない。どうにか其処まで辿り着ければ、最低限の安全は確保できるだろう。

 

パキパキと小気味良い音を立てて足の下で砕けていく偽棄人(シェイプシフター)の残骸を更に義足の底で踏み締め、霜を踏みしめたかのような感触を楽しみながら俺は背後に居るはずの春音へと声をかける。

 

「進むぞ。どちらにせよ、此処から脱出するには……。」

 

ふと気づく。背後で聞こえていた音が止んでいる。

先程まで喧しいほどに響いていた何かを折るようなその音は今や、静かさに呑まれて何処かへと消えていた。

 

まさかあの狂犬、『残りもいるかもしれないから殲滅しに行く!』的なノリで何処ぞに行ったんじゃないだろうな!

 

「おい、何を────────」

 

勢いよく振り返った瞬間、俺の視界に入っていたのは呆然と立ち尽くす春音だった。信じられない物を見たかのように目を見開く彼女は震える手で俺の足元を指差す。

 

「そ、れ………。」

 

俺、またなんかやっちゃいました?

 

一度は言ってみたかった台詞は置いておいて、足元へと視線を向ける。なに?ゴキブリかなんか踏んじゃってた?結構踏み躙ってたから義足に汁が付いてたら手入れが面倒だから勘弁願いたいのだが。

 

俺の足元。そこには先程まで無造作に踏み躙っていた残骸の残骸が広がっていた。鋼と機械仕掛けの義足により、完膚なきまでにすり潰されて原形をもはや留めていないそれは、何処の部位の物であったかの判別すら難しい。

 

…………?

 

いや本当に分からん。これが何だと言うのか。悲痛な顔でこちらを見つめる春音の浮かべた表情が、『いいなー!私もやりたかったー!』的な表情ではない事は流石の俺でもわかる。

 

春音の蜂蜜色の瞳が揺れ、居た堪れない居心地の悪い雰囲気が流れる中。春音が此方へと伸ばしていた腕をゆっくり降ろし、決心したかのように目を瞑る。

 

「……分かった、誰にも言わない。約束する。」

 

え、なに?待て、待って欲しい!何かこう、すごく嫌な予感がする!

 

「何か勘違いしているようだが、俺は───」

「大丈夫、私も忘れる。絶対……誰にも言わないから。」

 

えぇ……(困惑)

 

もう俺にはコイツが何を考えているのか分からん。氷チワワと言い、この狂犬と言い、やはりディストピア産の犬と人間には埋められない言語とか理解の差があるんだろうか。

 

「………付いてこい。」

 

ダメみたいですね(諦観)。思い込みが激しいのは主人公の特権といったところだろうか。

 

まぁ、コイツが何を考えているのかは全くもって知ったことでは無いし、知れたところでどうこうする事もない。今はただ、コイツ────物語の主人公を物語の中に戻さねばならない。

 

全ては、俺の平穏のために。四肢のうち三つを失い、ナノマシンが回遊するこの肉体で手に入れられる幸福を求める為に。強大な国家の下の繁栄も、戦う事で得られる自由にも俺は興味がない。ただ、俺は─────

 

網膜の中に仕込まれた暗視機能を備えた機構が動き出す熱っぽい感覚と共に、背後から響く春音の足音を聴きながら、無言のまま俺は闇の中へと一歩を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

闇の中、前方を歩む青年の背中は等身大だった。

 

一定の歩幅、躊躇いのない足取り。機械仕掛けのその足は一切の感情的な動きを見せず、無機質にその繰り手たる法務省のエージェントの身体を前方へと進めていく。

 

鉄の男────無能無敗。その名はレジスタンス内でのブリーフィングで幾度となく教えられた。いや、教えられたというよりも慰めとしての側面が大きいだろう。

 

お父さんの遺した水晶の指輪。エリザさん曰く魔神の亡骸(セフィラ・ツリー)である此れを、そして失踪したお父さんを探す為に文部科学省のデータバンクに(物理的に)侵入した私を追うために差し向けられた文部科学省の実力部隊。

 

初めて香織と一緒に戦った、灰色の鳥籠の中で無力に囀るしかなかった私が初めて立ち上がったあの戦い───私の初陣。

 

意気揚々と挑んだあれはまぁ、散々なものだった。途中で乱入してきた法務省のエージェントに一方的に追い詰められた結果、初陣を黒星に終えて落ち込む私に彼等は語ってくれた。

 

曰く、大量生産における外れ値(イレギュラー)

曰く、法務省の切り札。

曰く、異能による異能の管理を謳う法務省の攻性組織において唯一の無能力者。

 

曰く────感情のない忠実なる政府の道具、無能無敗。

 

犬ですらなく道具。人権のない備品。無数に作り上げられた生体兵器であるクローン兵の中から、突如として現れた自律思考する戦闘兵器。

 

それが朱羽亜門という個人名を、無能無敗というコードネームを与えられたエージェントであるのだと。

 

“アレ”と対峙して命が助かっただけでも勝ったようなものだ───そう私は教えられ、そして私もそう思った。冷徹な戦闘機械、鋼鉄のキリングマシーンこそが彼なのだと。

 

だけど────。

 

小さく拳を握りしめると共に、私は心の奥底に仕舞い込まれたさっきの光景を思い起こす。

 

表情筋に鉄板を仕込んでいるのでないか、と思えるほどの文字通りの鉄面皮の顔に僅かに浮かべられた感情の色。

 

希薄な感情の兆しのようなものと共に、彼は私達を襲った、この駅で出会った人達と香織の偽物であるそいつらの残骸……その一つの頭部を、彼は執拗に踏み躙っていた。

 

関節の可動域を無視した不気味で効率的な踵落とし。先程の戦いの終結を告げるように放たれたその一撃により破壊されていた、彼の同僚(多分)の女の子の偽物。

 

もう半分しか原型を留めていないその頭を、彼は視線すら向ける事なく踏み躙っていた。怒り、苛立ち、形容できない程にごちゃ混ぜの何か。

 

視線を真っ直ぐ闇の中へと向け、無心に頭部を踏み躙っていたその姿は感情を持たない兵器と括るには余りにも人間性に満ちていた。

 

(多分、仲間……というよりも上司に近いのかな。エリザさんも職員というよりは備品として扱われてる、って言ってたし。)

 

その少女の頭を踏み躙る。とてもではないが、政府に忠実な人間……じゃない、クローンの取る行動とは思えない。

 

(本当は政府から離れたがってるって事、なのかな。いやでも……もしかしたら何か弱味みたいな物を握られてるとか……?)

 

誰もが忘れてしまったお父さんの存在を唯一認識していた存在。一応、共闘みたいなのもしたし、もし彼が政府を快く思っていないのならば。彼は味方に────

 

「わぷっ!」

 

前も見ずに考え込んでいたツケは鼻に走った衝撃と鈍痛で支払う事となった。

 

突然立ち止まった彼の硬い背中(背骨にも何かを仕込んでいるらしい)へと鼻先をぶつけ、その痛みに思わず思考を中断しながら声を漏らす。

 

「いたた……どうしたの?またさっきの偽物?」

「………いや、違う。見てみろ。」

 

鼻を摩り、彼の背中から顔を出す。突き出した顔の先に広がる視界。そしてその先にあるものに私は息を呑んだ。

 

「街!?」

「そのようだな。」

 

一本道だった闇が開け、夜明け前のように仄かに薄暗い空間が左右に広がる中、目の前には立ち塞がるように巨大なビルが立ち尽くしていた。

 

一つや二つではない。荒廃した大通りの左右に、これまた老朽化してガラスのない巨大なビルがまるで文明の墓標のように立ち並ぶ。

 

かつての繁栄の証でありながら、今やただの無機質な塊と化していたその鉄筋コンクリートの残骸は、静かに何処までも続く空虚な闇が広がる空を仰ぎ、過去の栄光を物語る役目を果たしているその光景はまるで、ある日突然世界から忘れ去られた都市を思わせる。

 

「何でこんなに大きいのが遠くから見えなかったんだろ……?」

「恐らく、何か視覚的な防御機構が張り巡らされている。だが巨大で旧式過ぎる余りに今の今まで感知できなかった……何処のものだ、このシステムは。いや、そもそも何時のものだ?」

 

腕時計型のデバイスを彼が起動させ、空中に投影されたディスプレイで何がしかを読み取っている間に私は手にした大剣を構える。

 

何か、嫌な予感がする。誰かから見られているような……そんなまさか。こんな地下深くの、それも全身で『数十年間は誰も住んでません!』と言い張っているようなこの都市で一体誰が此方を見ているというのか。

 

でも、それじゃあこの背筋をチリチリと焦がす根拠のない焦燥感は何なのだろう。

 

「南米……デリー条約機構に該当なし。神聖ライヒ=ユーロ同盟にも当然なし。まぁこんな骨董品を現役で使っている所なんて────。」

 

ブツブツと呟く彼の声がピタリと止む。ふと視線を送れば、彼の手元のディスプレイに浮かぶ何処かの国旗。それを見ながら、彼は驚愕を滲ませた声で呟いた。

 

「………合衆国(ステイツ)、だと?」

 

その瞬間、爆炎が立ち昇る。聳え立っていたビルの基礎部分が爆破され、文明の墓標は純粋な質量兵器として瓦礫を振り撒きながら此方へと轟音と共に倒壊を開始する。

 

『侵入者、発見。』

 

何処かから響いたその無機質な声が、新たな戦いを告げるのだった。




自由の国は何度でも甦るのだ。
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