ディストピアゲーに転生したら行政側だった件について   作:我等の優雅なりし様を見るや?

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第三十五話 悪法もまた法なり

 

燃え盛る紅蓮。全てが朽ち果てた廃都の中で陽炎(かげろう)と共に揺らめくその姿は、過ぎ去った歴史を荼毘に伏しているかの様な雰囲気すら漂わせている。

 

荘厳、神聖、そして────畏れ。

 

二足で歩き、地に立ちながら空を見つめる事を選んだ猿が手に取った文明の根幹。触れる全てを焼き尽くす苛烈さと、命を紡ぐ助けとなる救いを兼ね備えた炎は人の歴史に常に寄り添ってきた。

 

その炎が今、人の形をとって眼前で羽ばたいている。ただそこにある天然自然の炎としてではなく、確かな殺意を持って此方を焼き尽くす厄災としての炎として。

 

こちらを見据えるは五対の紅玉。生気のないその瞳は明らかに尋常の精神状態ではなく、爛々と光る殺意だけが満ちていた。

 

先程まで俺達が居た廃ビルは轟々という音と共に、燃え盛る炎を窓からチラつかせる巨大なオーブンと化している。

 

そこで調理されるはずだったのは紛れもなく俺達であり、その調理を行うシェフ達はどうやら強火のフランベしか調理方法を知らないらしい。

 

メシマズツインテロリか……萌え要素をここで盛り込んでくるとは、百合ゲーらしくなってきたじゃねぇか……!(現実逃避)

 

彼女達の翼からパチパチと弾ける火の粉、そしてビルの内部で燃え盛る炎。その音だけが支配する奇妙な静寂の中、俺達と彼女達は睨み合う。

 

「……もしかして知り合いだったりする?紹介してよ、五つ子だなんて初めて見たからさ。」

「千つ子の俺たちクローン兵で我慢しろ。ゆっくりだ、背中を見せるなよ……。」

 

張り詰めた空気の中、彼女等は空中で背中の翼を羽ばたかせたままに沈黙と静止を保っている。彼女達から感じるのは理性というよりはむしろ、本能のままに動くものを食い荒らす餓狼のような(かつ)え。ならば明確な敵対行動を示さない限りは大丈夫……だと信じたいけど多分無理だろうな〜!

 

音を立てないようにゆっくりと、山道で獣に出会った時のように───いや、獣というかディストピアチワワというか、狂犬には割と会ってるから分かるが、刺激しなくても向こうから割と襲いかかってくる事の方が多いような─────

 

ふと彼女達の視線がこちらから外れ、互いに顔を見合わせる。何かを語ることも、表情を変えることもなく互いに互いを見つめているその姿はこの絶体絶命の状況の中で、余りにも静寂に満ちていて。

 

「ああやってこっち無視してるの、なんか内輪ネタからハブられてるみたいで嫌だよね。」

「言ってる場合か!走れ!」

 

妙に実感のこもった耳打ちをしてくる春音に活を入れながら俺が全力でその場から走り出した瞬間、互いにこくりと頷き合った彼女達がその翼を折りたたみ、業火を振り撒きながら急降下でこちらへと突進して来たではないか。

 

間一髪でそれ等を回避し、俺と春音は青い顔をしながら(俺の表情筋は動かないので心の中だけで)ビルとビルの隙間へと転がり込む。

 

刹那、大通りの地面へと衝突して爆散する紅蓮の閃光。それは明けの明星を思わせる極光と共に地面へと斜めに突き刺さり、天に突き刺さらんとするほどの巨大な火柱を大地を揺らす衝撃と共にこの廃都へと屹立させた。

 

老朽化の具合から見て恐らくは数十年ぶりの衝突事故を迎えたこの大通りだが、被害者が不死鳥なのか地面なのかは意見の分かれる所である。

 

音速すら凌駕せんとする脅威の速度で地面に衝突してぐちゃぐちゃになった身体。散らばった肉片と臓物、そして奇妙な方向へと折れ曲がった首に、光を失った瞳達。死屍累々の有様はしかし、刹那の後に少女達の骸を包み込んだ業火によってかき消される事となる。

 

撒き散らされた臓物は紅蓮の中で灰となり、ねじくれた体は見えざる糸で操られた木偶(でく)のような動きで跳ね上がり、少女達の体は原形を取り戻していく。とびきりの悪趣味なスナッフビデオを早回しで逆再生しているかの様なその光景は、背徳的な舞踏のような一種の美しさすら兼ね備えながら死した少女達を再びこの世界へと縛り付けていた。

 

地面に咲いた鮮血の徒花はアスファルトを舐め回す炎に焼き尽くされ、鼻を突く血鯖の匂い以外は惨劇を証言するものは何もない。全盛の肉体を取り戻した彼女達は咲き誇るように踊る紅蓮の舌先を体に纏い、四つ足を地面につけた前屈姿勢で獣のような唸り声を上げる。

 

「Grrrrrrrrrrrlaaaaaa……!」

 

その有り様は不死鳥と呼ぶにはあまりに醜悪で、されど獣と呼ぶには余りにも雄大な炎の化身。見る者に畏敬と恐怖を呼び起こさせる燃え盛る厄災の象徴の如き五匹の猟犬が、ビルの隙間に退避した俺達をその瞳に捉え────

 

刹那、瞬きの瞬間に完全なる肉体を取り戻した彼女達は前屈姿勢のまま、つまりは二足で歩く事もなく、足裏から噴射した炎の勢いを推進力にして獰猛な猟犬の如くに地面を、壁を蹴り付ける。

 

この星がかくあれと定めた摂理、万物をこの大地に縛り付ける重力の衡すら跳ね除けて、縦横無尽に命を刈り取るべく駆け抜ける少女達は左右に聳え立つビルにより形成された一本道を駆け抜けながら、その指先に猛虎の爪の如くに炎を纏わせた。

 

「はぁッ!」

 

その瞬間、先頭を駆ける少女の業火を纏った指先を、裂帛の気迫と共に無数の光を内包する水晶の刃が切断する。

 

路地という閉塞空間でありながらも真っ直ぐに振るわれた大剣は、暗闇を塗り替える炎よりもなお輝かしく光を振り撒きながら夜空に煌めく星屑の様な輝きを解き放った。

 

上段に振り払われた刃の煌めき、そして宙を舞う鮮血と炎を宿した指先。そして────爆発。

 

放出されるはずだった指先を失い、行き場のない炎は少女の手の中で暴発を開始する。再び熱と炎を振り撒きながら血肉が散乱し、それを左右から伸びた檸檬色の翼が俺達を包み込むようにして受け止める。

 

「野生児か焼き鳥だか知らないけど、飛んだり跳ねたり爆発したり!揃いも揃って同じ顔してないで、ちょっとは個性出しなさいよ!」

 

的外れな怒りの声と共に春音が剣を持たない手を掲げれば、その先に集まる七色の光。光が集約し、収束し、そして管弦の音色の様な美しい旋律を奏でながら放たれる光の奔流。

 

それは路地を挟むビルの壁を抉りながら一直線に駆け抜け、無表情の中に溢れんばかりの殺意を内包した同じ顔の少女達を飲み込んでいく。

 

舞い散る檸檬色の羽に、煌めく水晶の欠片。熱に上気した頬と、極光を解き放った大剣を片手に前を向くその姿は、まるで一枚の絵画のようで。

 

ああ、そういえばコイツ。この世界(ものがたり)の主人公だったんだなぁ、と真っ直ぐに前方を見抜くその顔を見ながら、今更ながらの納得と実感を抱いてしまった。

 

「どうよ!私だってやれば出来るんだからね!」

「それは知っている。お前の伸び代には俺も期待しているからな。」

 

腰に手を当て、鼻高々とドヤ顔をかました事により主人公ポイントを示すゲージが一気に目減りしている様子を幻視しながら、俺は適当に手を振りながらそれに応える。

 

こいつには救世主として魔神を討ち倒して貰う必要があるからな。この調子で頑張って頂きたいものである。

 

そんな風に笑顔で花道を駆け抜けながら腹黒ロリの横面に思い切りドロップキックを放つ春音を想像していれば、綺麗な円柱状に抉り抜かれた路地の煤や粉塵が晴れ始めたのを見て、俺はずしりと重い拳銃をその先に向ける。

 

「……え、え?何その過大評価……ちょっと怖くなってきたんだけど。」

「いいから前を向いていろ。」

「痛っ、痛い痛い痛い!そっち機械の方!いっ、痛いし硬い!」

 

何故か明後日の方向に視線を逸らしている春音の頭を、がっしりと銃を持たない方の手で鷲掴(わしづか)めば、響くギャンギャンと吠える声を無視しながら俺は、立ち込める煙のその先を見据える。

 

姿、そして(おおよ)その能力。唐突の事で深く考える暇がなかったが、あれは確かに俺の上司であるツインテロリフェニックスこと、赫羽焔(あかはねほむら)のものであった。

 

原作においては中盤付近で己を作り出した天威喪音(あまいもね)────即ち、法務省異能調整局の局長にしてこの国の真の支配者、魔神アマイモンにより能力を奪われた上で捨てられてしまう悲劇的な末路を辿った末に主人公の一行に加わる事になるのだが、そこら辺の詳細を此処で語ると長くなるのでやめておく。

 

重要なのは彼女が魔神により捨てられるまでは、名実共に最強の異能行使者であったという事だ。

 

燃え盛る炎の射程距離は一つの都市を包み込んで余りある程であり、背部に構築された炎の翼による飛翔は音速を凌駕するばかりか、航空機には行えない小回りな動作すらも可能とする。

 

速く、強く、そして死なず。その能力の本質が【炎】ではなく、更に概念的な物である事もあってか彼女は圧倒的な強者であり、周辺諸国に『狂乱の不死鳥』として恐れられる異能国防の要。

 

その彼女が、果たして発展途上……それも序盤の主人公に一撃を許すなどという事があるだろうか。

 

直線的、直情的、野生的。本能の赴くままに力を振り撒き、こちらを攻撃してくる彼女達には課長の戦闘スタイルの欠片も見出す事はできなかった。

 

あれでは不死鳥ではなく、ただの燃え盛る飢えた獣。不死鳥の優美さも、雄大さも、あの課長が操る炎の精密さも、彼女達からは感じられない。

 

その証拠に───────

 

【動体検知】

『ナノマシン充填、簡易構築完了。暴徒鎮圧用兵装、装填します。』

 

「発射。」

 

こうして、俺の一撃を喰らう。

 

俺の腕から解き放たれたのは、青白いスパークを纏った無数の球体。ショットガンから放たれる散弾の様に広範囲に放たれたそれらは電撃を浴びせ、体の硬直を招く非致死の武装である。

 

次の瞬間、電撃によって作り出された四方1mほどの檻へと突っ込む赤き炎を纏った少女達。肉体を蝕む電撃を前に涎を撒き散らし、白目を剥くその様はとてもでは無いが不死鳥などと呼んではやれない代物だ。

 

「うわっ、えっ!?なんで、確かにやっつけた筈じゃ……!」

「行くぞ、暫くの足止めにはなる。“贋作”……このなり損ないは火力も、知能もお粗末だが、不死性だけはあの人そのものだ。今のお前じゃ殺しきれない。」

 

5人という数を活かすわけでもなく、常に集団で一塊になって行う愚直な突貫。路地に追い込んだ相手を挟み撃ちにすることもなく、放たれた攻撃にやられたふりをしての強襲もない。

 

春音の放った巨大な光線によって作られた回廊を再び、真っ直ぐに駆け抜けるという愚。これだけ広く作られた一本道ならば、例え音速を超えていようとも俺の体に搭載された各種センサーで捕捉可能だというのに。

 

だが、その不死は本物だ。

 

体を細切れにされても、光線で焼き切られても、何度でも復活し襲いかかるその様子は不死鳥というよりも不死人(リビングデッド)と呼ぶに相応しい。

 

此奴等を放っておいても良いが、この先に見えたホワイトハウスにぶっ刺さるビッグベンに、滅んだはずの赤い思想の国の機械兵士とかいう厄ネタの煮凝りのようなこの空間でこいつらを野放しにするのは余り得策とは言えないだろう。

 

「……とりあえず、此処から離れる。春音、お前には──────」

「今、名前……。」

 

何やら目を見開く春音をガン無視し。

 

「やってもらわなくてはならない事がある。」

 

さて、主人公。此処らで不死殺し、一丁やってみようぜ!

 

 

 

 

 

 

「うーん……。」

 

腕組みをしたまま、私は暗い部屋の中でも微かな輝きを放つ、壁に立てかけられた水晶の大剣と向かい合っていた。

 

「あんまり考えた事無かったけど、これどうやって切ってるんだろ。」

 

巨大な水晶からそのまま削り出したかの様な、無骨な大剣。透き通る清純な美しさとは対象的な、一種の荒々しさすら感じさせる荒削りなエッジと不規則な形は剣というよりも鈍器と呼ぶ方が相応しいようにも感じられる。

 

だがその実、この大剣────マルクト(Malchut)はコンクリートや鉄塊は言うまでもなく、戦車などに用いられる特殊硬化プラスチックすらもバターにナイフを差し込むような抵抗の無さで切り裂くのだ。

 

「よく切れて、あと何か光とか出す剣……って感じだよね。真の力って言われてもピンとこないなぁ。」

 

部屋の外から響く重低音と何かが弾けるような爆音に、私はつい先程交わした会話を想起する。

 

 

 

『此処から暫くは俺が相手するって……無茶じゃん!だって不死身なんでしょ、アイツ等!』

『どうもそうらしい、悩みの種だな。』

『悩みの種どころじゃないよ!もうしっかり根を張って、なんなら巨木になってるよその悩み!』

 

突如として襲いかかってきた大炎上野生児(私命名)達から逃れ、打ち捨てられたビルの一室でガチャガチャと左腕を弄る彼へと私は詰め寄った。

 

私の今の時点での最高火力。この剣から引き出せる全てを真っ直ぐに解き放つあの光線は物、命の区別なくこの世から滅却する浄化の光。たとえ、リーダーや中禅寺さんだって正面から喰らえばタダでは済まないと太鼓判を押された代物だ。

 

………死ぬって言い切らないのが怖い所なんだよね。

 

それはさておき、その攻撃でさえ彼女達を倒すには足りなかった。いや、倒せたのは倒せたんだろうけど、何度でも炎と一緒に復活して来られては意味がない。

 

私が居た所であんまり変わらないかもしれないけれど、それでもそんな相手に────倒しきるのが不可能な相手に挑むなんて、自殺行為と同じ事だ。

 

『そんな、そんな不可能に挑んで死ぬなんて真似許さない。私と約束したでしょ!お父さんの事を話すって。それより前に死ぬなんて許さない!』

『不可能……なるほど、不可能か。』

 

指を突きつけ、責め立てる私に彼は……そう、彼は笑ったのだ。注意して見ないと分からない程に微かに口角を上げ、彼は確かに私に向けて笑みを浮かべていた。

 

『俺は多くの不可能に直面してきた。望む、望まざるに関わらず、この世界で生きていくならばそれは避けられない。』

 

『俺も何度も不可能に直面して、何度も死ん……死にかけた。撤退も、失敗も、数え切れない程にある。』

 

『だが──────────』

 

パチン、と左腕の留め金が嵌る音が響くと共に、彼は窓へとその足をかけた。

 

『俺は敗北した事は一度たりとて無い。』

 

無能無敗。治安維持、異能国防の最前線である異能調整局の超攻性部隊である第一課において唯一の無能力者。されど、無敗。その職歴に一切の黒星なし。

 

今更ながらにその事を思い出す。

 

私の目の前にいるのは、私と共に何故か戦っているこの人は、私の知らない多くを知るこの人は、紛れもなく最強の一角なのだと。

 

『じゃあ……じゃあ、どうするつもりなの?』

『ああ、勘違いするなよ。今回、不可能を越えなくちゃならないのは俺じゃない。』

 

幾つもの火柱が立ち昇る外から差し込んだ茜色の光を受けながら、彼は振り返って私に告げた。

 

『お前がやるんだ。お前の力で奴等を殺す。不可能を成し遂げるのはお前だ。』

『え……?いや、何の根拠があって───』

『お前ならできると俺は“知って”いる。お前はお前の力をまだ見つけられていないだけだ、とな。』

 

空を舞う五つの光へと彼は目を向け、こちらを振り返らずに言葉を紡ぐ。

 

『時間を稼ぐ。それまでにその“剣”の本当の使い方を探せ。』

『ちょ、ちょっと!そんな急に言われても困るし、大体一人で時間を稼ぐったって!』

『元より市街地戦が俺の得手だ。何方にせよ、とっととやらないと俺もお前もローストチキンだからな。』

 

『お前の本質を見つけろ。お前が何をしたいのか、お前は何なのか。─────何の為に戦うのか。』

 

何かを読み上げるように、既に決まっていた路線をなぞるように。彼はこちらを見る事なく言葉を紡ぎ、そしてそのまま左手から射出したアンカーを使って空中を駆け抜けていってしまった。

 

 

 

「全く、簡単に言ってくれるんだから……!そんな都合よく秘めた力とか無いって絶対!」

 

腕を組みながらブツブツと愚痴る間にも、時間は刻一刻とすぎて行く。剣と見つめあって数分。分かった事はこれを使っての食事はやりにくいだろうな、という事くらい。

 

「本当の使い方、本当の使い方……切るよりも殴る方が早いとか?」

 

うんうんと唸りながら彼の言葉を思い出す。

 

本質を見つけろ。私は何がしたいのか、私は何なのか、私は────何者なのか。

 

そっと剣へと指先を触れさせてみる。とくん、とくんと脈打つ光は仄かに温かく、目を閉じればこんな状況だというのに自室のベッドの中にいるかのような安心感に包まれてしまう。

 

心を空っぽにして自分に問いかける。心の中の真っ暗な空間に自分だけが浮かんでいる、そんなイメージの中にとっぷりと沈んでいく。

 

私の欲求、何がしたいのか。

 

それは自明の事だ。私はお父さんの居場所を突き止めたい。お父さんが何処にいるのか、どうなっているのか、何故全ての記録から消えてしまったのかを知りたい。

 

私はお父さんのために──────

 

本当に?

 

真っ暗な心の中で声が響く。

 

本当に?いやいや、本当に決まっている。だって私はお父さんを探してここまでやって来たのだから。

 

ならば何故、父に会いたいと願わない?

 

………。

それは、違う。それは言葉の綾でしかない。私はお父さんに会いたい、会って聞きたい。チェス盤って何だったの?何で私の前から消えたの?なんで、なんで───

 

そう、それだ。お前は問いかけてばかり。お前にとって父に会う事は手段でしかないのだろう?

 

そんな、事は。

 

無いと言い切れるか?お前は既に父親を諦めている。お前は言ったな、この剣、この指輪は“遺品”なのだと。

 

違う。違う。それはただ……!

 

これは追求ではない。これは審判ではない。故に取り繕うな。善く見せようとするな。お前のそれは本質をより覆い隠すだけだ。

 

どくん、と指先から伝わる鼓動が一際大きく跳ね上がる。私の本質。私は何がしたいのか。

 

私は……私はこの国全てを敵に回して何がしたかった?それに嘘はない。正しく、私は父のことが知りたかった。厳重に管理されたデータベースのサーバーがある政府の建物に侵入する事も厭わない程に、私は父の事が知りたかった。

 

そこに虚飾はない。だが、同時に本質の全てではない。

 

……飢えがある。

 

緩やかに、優しく心の底に広がる飢えがある。真っ暗に広がる暖かな泥のような心の底に積もった黒い何か。知りたい、知りたい、知りたい─────明らかにしたい。

 

お父さんはどこに行ったの?  知りたい

お父さんはなにをしていたの? 知りたい

この国は何故、こうなったの? 知りたい

 

それは思えば、彼と出会ってから募り続けているような気がする。

 

何故、お父さんを知っているの?何故、私を殺さないの?何故、この神宿駅の事を知っているの?何故、何故、何故。

 

滅んだ筈の国。過去なんて無いこの国で何故、貴方は歴史の授業なんて口走ったの?

 

知りたい。明らかにしたい。手に届く範囲から、手の届かない範囲まで。見える全てを理解したい。

 

どくん、どくん、どくん。刃が脈打ち、私の指先はそこからくっついたように離れようとはしない。

 

過去のないこの世界で、全てが過ぎた片端から仄暗い闇の中に沈んでいくこの世界で、私は過去を知りたい。

 

今を生きるのに必死で、手の届く範囲の外を見れないこの世界で、あらゆるものを取りこぼしてしまうこの世界で、私は今起きている事を知りたい。

 

先のない世界で、明日のその先を考えることもできないこの世界で。私は未来を知りたい。

 

灰色の世界で、鳥籠のようなこの世界(ディストピア)で、私は隠された全てを知りたい。

 

お父さんの事、彼の事、この国の事、昔あった事。その全てを、私は解き明かしたい─────。

 

ぴしりと亀裂が走る。巨大な水晶の刀身に稲妻のようなヒビが走り、そして。

 

それがお前という王国(Malkuth)が敷く法ならば、良いだろう。

 

──────────かくあれかし。

 

全てを包み込む光が、極光が、虹色の閃光が全てを塗り潰すのだった。




唐突な覚醒は主人公の特権


亜門「俺の覚醒はどこ……?ここ?」
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