ディストピアゲーに転生したら行政側だった件について   作:我等の優雅なりし様を見るや?

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「わたしは飢えた者を満たし、渇いた者に水を与える。」 - イザヤ書 44:3


第三十六話 飢えを満たすは

─────その都市には飢えが満ちていた。

 

原初の記憶。余りにも長く続く飢えと渇きに流されて、摩耗して消え去った彼方の記憶。そこでは黄金の美しさと(ごう)を同時にその身に宿した少女が、此方へと詰まらなそうな視線を向けていた。

 

今や、彼女等は獣であった。

 

かつては人であったのやもしれぬ。喜怒哀楽があり、明確な思考に基づく理性の行いがあったのやもしれぬ。されど、今の彼女等にそれはない。

 

時間と空間が歪み切ったこの廃墟で、過去に満ちたこの都市で、五匹の獣が幾年を過ごしたのかは定かではない。それは数年であったのかもしれないし、数十年であったのかもしれないし、あるいは数百年を過ごしたのかもしれない。

 

それがどれ程の年月であれ、其れは彼女等から知性と理性を奪うに充分な時間だった事は確かである。

 

出口のないこの都市で、彼女等は幾度も死に続けた。その身に流れる赤き血潮は尋常ならざるものであり、そこに含まれた全能の欠片たる魔神の力が彼女等を彼岸に渡る事を許さなかったのだ。

 

世界から忘れ去られた廃棄物の集まるどん底、行き止まりのこの都市で彼女等はまず、互いに喰みあった。食う物もなく、喉を潤す物もなく、さりとて死ねもしないのならば、そこにある肉を喰らい、血を啜るしかないのだから。

 

そこに涙があったのか、食われまいとする少女同士の如何なる攻防があったのか、それは誰の知るところでもない。

 

そして、無情な事に。彼女等の肉は互いの腹を満たさず、血は喉を潤さなかった。

 

死なずの鳥。滅べばその血肉は燃え上がり、命は業火の中より舞い戻る幻想の鳥。その要素(エッセンス)を組み込まれた彼女等の肉は喰らう端から燃え上がり、血は喉を焼き焦がすのみであった。

 

故に、彼女等は互いの血肉を喰らう事ですら腹を満たす事は叶わなかったのである。

 

やがて涙は枯れ果てて、飢えて死んだ端から炎と共に蘇るにつれて感情は磨耗する。理性は枯れ果て、不死鳥は────否、死なずの獣達は心を失った。

 

もはや空腹の苦痛が日常と化し、変わり映えのない滅んだ景色の中で揺蕩う日々。

 

時折に全てを忘れて己と同じ見た目の少女を喰らい、空腹を満たせぬ事に気づいて目を開けたまま微睡み、そして今度は己が喰われる感覚で目を覚ます。

 

飢えと、渇きと、痛みで染まった日常だけが、彼女等の全てであった。

 

 

─────獲物を見つけた。

 

二匹、黒いのとピンクの。久方ぶり、いや。初めて見たかもしれない“自分達とは違う生き物”。地獄で微睡んでいた彼女等の世界に踏み込んだ異物に、久方ぶりに目を覚ます。

 

本能が、欲求が、忘れていた痛みが、諦観とすら言えない物の奥に押し込んでいた願いが、首をもたげる。

 

食べなくては。この腹を満たさなくては。灰にならぬ肉を、喉を焼かぬ血を、この腹に収めなくては。

 

人間の思考反応を察知するセンサーですら捉えられぬ程に退化し、摩耗し、獣の物へと練り上げられた思考────否、獣の本能と反射で五匹の獣は獲物へと襲いかかる。

 

痛い/刺激

 

痺れる/刺激

 

眩しい/刺激

 

刺激、刺激、刺激。久しく感じなかった全て。自分達以外から与えられる何か!機械人形では味わえぬ“感触”。だが、それは歓喜にはなり得ない。

 

飢えを、渇きを満たさせて欲しい。たとえそれが文字通りに喉元を過ぎ去れば、すぐに消え去る充足感だとしても。

 

だが、それは一向に叶わない。いつの間にやらピンク色の方はどこかへと消え、黒い方が今や彼女等の追跡を一身に受けているというのに、どうしても捉えられない。

 

左腕から伸ばした金属の糸(ワイヤー)によって縦横無尽に都市を駆け巡り、霞でも追いかけているかのように悉くが指先からすり抜けてしまう。

 

背に構築した炎の翼が羽ばたき、ビルとビルの間を縫うようにしながら獲物を追う。赤い軌跡をその場に残し、空気は焦げるような熱気で満たされ、彼女たちが通り過ぎるたびに廃墟の一部が再び炎に包まれた。

 

地獄を引き連れながら獲物へと追い縋り、後もう少しでその身体へと炎を纏った指先が触れ─────

 

その瞬間、ガクンと獲物が直角に軌道を変える。ワイヤーを巻き取り、空中で急停止したその動きに高速で飛翔する身体が間に合わず、身体はビルの側面へと激突しながら炎と鮮血を撒き散らす。

 

だが、獲物を追うのは一匹だけではない。同じ顔、同じ力、同じ飢え。鏡写しの悪魔が急停止した獲物に四方から襲い掛かり、そして。

 

その身体は空を揺蕩う紙切れのように、死を泳ぐように、炎の吹き荒れる中を容易くすり抜ける。

 

この、これだ。彼女等は言語すら忘れた脳内に不定形の感情と感覚、いわゆる“苛立ち”を浮かべながら再び翻弄するかのようにビルの隙間へと消えていく獲物へと殺意を向ける。

 

 

【挿絵表示】

 

 

こちらの方が速いはずなのに。

 

こちらの方が数で勝っているはずなのに。

 

こちらは空を自由に駆けられるというのに。

 

力も、速さも、異能も、この都市の構造の理解も、何もかもこちらが相手を上回っているはずなのに、何故か後一歩で追いつけない。

 

伸ばした手はすり抜け、強襲は知っていたかのように避けられ、思いもよらぬ場所から浴びせられるビリビリ(暴徒鎮圧用電気ショック)によって身体を硬直させられる。

 

これを繰り返す事、十数分。炎が渦巻く都市を駆け抜ける漆黒は捕食者から逃げる哀れな被食者ではなく、容易く全ての囲いをすり抜ける流水の如くであった。

 

埒があかない。これならば、ピンクの方を探した方が早い。そんな理知的な思考があるはずも無く、そして何よりも────

 

『君達の全てが私の頭の範疇から出てこない。ならもう、居なくても良いんじゃないかなぁ。だってほら、もう私の頭の中にいるような物だしね。』

 

“私達”を捨てた、ナニカの気配が。

 

『────全員、私が殺したわ。これは貴女の予想にあった?』

 

“私達”を置いていった、誰かの気配が。

 

染み付くように、こびりつくように、この獲物からは咽せ返る程に香って、臭う。

 

思考の域にすら至る事のない感情。未発達の幼児の全ての感情が興奮に集約するように、彼女等の感情も全てが入り混じった興奮に満ちていた。

 

食べたい(どうして)食べたい(たすけて)食べたい(おかあさん)

 

数秒ごとに己の命を燃やし尽くしながら、燃え盛る翼が天を覆う火力を振り撒く。手からすり抜けるならば、逃げ場を残さない。その煩わしい糸も、溶かして仕舞えば良い。

 

100メートルにも及ぶであろう両翼を広げ、巨大な壁を思わせる炎の翼がビルを切り裂く轟音が響き渡り、『燃やして仕舞えば肉も血も残らない』という理すら分からぬ餓狼達がその炎を撒き散らし────

 

そして、極光が全てを塗り潰す。

 

此処から少しばかり離れたビル。火の手が及んでいないそのビルの一室を満たした光が七色に煌めき、されど木漏れ日のような優しさすら伴ってさんざめく。

 

光は、過去を浄化していた。光に満たされたビルが解けるように、雪の結晶が溶けていくかのように、光に触れた端からほつれて消えていた。

 

暗闇と、炎と、飢えと、過去に満ちたこの都市に光が差し込む。夜明けの極光、黎明の光。止まり続けていた時間に先を促すように満ちた柔らかな光の中心で少女が立つ。

 

彼女を隠していたビルの外壁が光の粒子に変換され、消えていくその中で、光の奔流の中心に立つ彼女の桃色の髪が後光のように広がる中、その手に掲げられるは無骨に削り取られたかのような水晶の大剣。

 

無窮の煌めきを持つ水晶はしかし、今や表面を無数の罅で彩っていた。雷光のような軌跡にて走る亀裂はその剣を覆い、ピシリとひび割れる音が軋む。

 

されど、それは滅びの予兆にあらず。

 

雛鳥が卵の殻を破るかの如き、新たな何かの誕生を予期させる“未来ある崩壊”。ひび割れたその中から極光が瞬き、そして────孵化は果たされる。

 

内側から弾けるように無数の破片を散らしながら砕けた水晶の大剣。その煌めきが柔らかな天気雨のように少女の上から降り注ぐ中、掲げた手の中に握られるは光の具現。

 

それは透き通る様な刃。光を掴み取り、固め、鍛え上げたかの様な清らかな透明感を湛えた刃を持つ両刃の長剣(スパタ)が少女の手の中で輝きを放っていた。

 

命を傷つける武器ではなく、心を示す形としてたまさかに剣の形を取っている────そんな印象すら抱かせる剣を掲げる少女の背から伸びていた檸檬色の翼が裏返るように、無数の煌めきを内包する水晶の羽を有した両翼へと変貌していく。

 

瞳を閉じ、輝きを手に変化を為す少女の姿は余りにも神々しく、光に満ちていて。人を捨てた五匹が獲物を前にして見惚れる程に、その姿は美しかった。

 

「────地に満ち、海を平らげ。」

 

剣を掲げ、少女は静かに言葉を紡ぐ。

 

「果てに至りて、極天を穿つは我等が原罪(つみ)。」

 

囁くような声だというのに、まるでその声は少女が真横に立っているかのように朗々と響き渡る。

 

「殉ずる根源は“意志(will)”────。」

 

天使の詩吟のように響く声。瞬間、炎の狩人達は我に帰る。背を薄寒く撫でる予感。死への予感、危機への警告……そのどれでも無い未知の感覚。

 

アレを、終わらせてはならない。あの宣言を、心を形にする為の祝詞を、天使の羽化を、完遂させてはならない。幸いにも少女は不動にて隙を晒している、早く、早く、早く殺さねば!

 

意識を共有しているわけでもない五匹の猟犬達が、示し合わせたかのようにその翼を羽ばたかせ、音の壁すら超えて飛翔しようとしたその刹那。

 

周囲の全てを焼き尽くす加速の余波が放たれるその寸前に、彼女等は全身を無数の激痛と異物感に貫かれる事となる。

 

第0空想領域接続デバイス起動。レメゲトン、開張。偽典、七十二柱の悪魔を開始───

 

「そして、その隙を埋める為に俺が居る。」

 

No.2、アガレス。対象を執行します。

 

体内から全身を貫く無数の武具。剣、槍、軍旗、短剣、斧、そして武器ですらない盾や鎧の数々。

 

肉体に収まらぬ其れ等は、“軍備を提供する”悪魔の力を再現した事により贋作の不死鳥達の肉体を異物により千々に乱し、そして致命的な硬直を生み出した。

 

「阻むなかれ、人は羽ばたくのだから。故に此処に原罪の宣告を為さん!」

 

ビルを容易く凌駕する巨大な矛が肉体の内部に発生し、百舌鳥の早贄の如くに五つの墓標が大地に打ち立てられる。

 

そうか、と。遅ればせながら彼女等は気づく。狩っていたのではない、()()()()()()()()()()()なのだと。

 

 

「第0空想領域、開闢────」

 

此、神をも暴く叡智也(トリスメギストス)ッッッッ!!!!!」

 

 

刹那、世界が歪む。

 

この星に非ざる法則、異界より吹き荒れる理外の法則。この世界の法則を否定する極光は世界を遍く照らし、全てを暴き立てる叡智の光。

 

その光に触れる物の全てを分解し、そして理解する“簒奪の光”。それは最も罪深く、最も純粋な祈りにして、人の根幹を為す欲求の具現。

 

楽園に実った果実を食したその時から、人から離れぬ原罪にして文明の炎。真実を求める知恵、どれだけ阻まれようとも火に誘われる蛾のように進み続ける叡智の探求。

 

それこそが、この少女が持つ“法則”。知り、学び、そして行使する。魔神すら討ち取る事が可能とされる鬼札(ジョーカー)にして、余りにも早すぎた覚醒の証は万物を塗り潰す極光を解き放ち────。

 

そして、その光は沈黙を齎す。

 

永遠に続く沈黙。死なずの地獄に安息を、己の肉と血を糧に燃え続ける獣達に静寂を齎す、不死殺しの極光。余りにも呆気なく、この都市に巣食っていた“飢餓”は解けて消え去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うえぇぇ……さっきもこの廊下通ったよぉ……誰か助けて……。」

 

しょぼしょぼと顔を歪め、彼女は半泣きになりながら灰色の廊下を彷徨っていた。

 

花夜柳(はなよいやなぎ)、史上初めて屋内で遭難した文部科学省の職員である彼女はかれこれ数時間、同じ場所を歩き回っている。

 

冬眠明けの熊のように、というわけでもなく。至極単純に永遠に続く廊下というループ構造の中に叩き込まれているという不条理に直面していたのだった。

 

「助けてぇ!誰かぁ!ボクが此処で餓死なんてしたら国家の損失だぞ!もうヤダ!法務省が迷宮なんて聞いてない!」

 

ついに無人の廊下に大の字に横たわり、恥も外聞もなく───というか聞く人間がいないので外聞と言って良いのかは定かではないが───とにかく、非常にみっともなくのたうち回る。

 

ジタバタともがくその様はひっくり返されたダンゴムシの如く。哀れである。

 

そも、この理不尽は彼女の落ち度ではない。母と娘の距離感を全く理解する兆しのないとある魔神が法務省を異界へと作り変え、たまたまその瞬間に法務省へと踏み入った彼女がその空間の歪みに巻き込まれたというわけである。

 

完全に被害者……いや、この世界の住人全てが魔神の引き起こした世界大戦の余波が残る大地に暮らしているのだから、それは今更のことではあるのだが。

 

「うぅ……出向に来ただけなのにどうして……朱羽調整官……タスケテ……。」

 

法務省神学部門。秘密主義に満ちたこの国においてとびきりの秘密のベールに包まれたその部署への派遣職員として、彼女は満面の笑みを浮かべた上司から送り出されてきたのがこのザマだ。

 

読書友達(と少なくとも彼女は思っている。相手がどう思っているかは怖くて聞けていない。)の名を呼んでみるも、気配なし。天は我を見放した!Eli, Eli, Lema Sabachthani(神よ、神よ、何故我を見捨てたのか)

 

「このまま法務省の床敷きマットとして死んでいくのか……せめて絨毯とかが良かったな。」

 

遠い目をしながら廊下に横たわり、汚れ一つない天井を見つめる花夜。その瞬間────。

 

「特殊な性癖は否定しないけども、隠した方が良いんじゃねぇのって儂は思う。」

「はい?」

 

聞こえた声に目を見開き、ガバリと起き上がったその先に立っていたのは、控えめに言って変人奇人の類であった。

 

白い面……確か、戦前の文化の能───お面をつけた人がゆっくり動き回る催眠の類と思われる儀式において、女性を表す能面を逆さまに装着し、白衣を纏うその人物は顎……面の額部分に手を当て、頷く。

 

「まぁ儂としては踏まれるより踏む方が好きだな!よってやっぱり儂はお前を認めん!」

「見覚えのない人間が出てくる走馬灯ってあるんだ……。」

 

死の間際の幻覚としか思えない其れに乾いた笑みを浮かべながら、彼女は再び廊下へと横になり───

 

「ん!?」

 

その白衣の胸ポケットに付けられていた名札に踊っていた奇天烈な文字列に目を見張る。

 

「……なんて読むんですかこれ。」

楽々亭楽朕(らくらくていらくちん)だ。儂の事は様をつけて呼ぶか、らくちーと呼べ。敬意と親しみを込めて、な!」

 

怪人は胸を張りながら、仮面ごしにくぐもった声で笑う。

 

「そして貴様のこともよーく志乃咲から聞いている。文部科学省のなんだっけ、理科……理科実験教室?から来たらしいな!」

「理外技術研究室ね。……え、課長から?」

 

女性とも男性ともつかぬくぐもった声、そして得体の知れぬ風貌。控えめに見て不審者の口から己の上司の名が出てきたことに嫌な汗を背中に覚えながら、花夜は恐る恐る問いかける。

 

「あのぅ……つかぬ事を伺いますが、所属をお聞かせ願えますでしょうか……?」

「うむ、この儂が法務省神学部門の部門長である。今日からは儂が貴様の仮の上司だ!ダハハハ!」

 

晴れやかなピースサインと共に告げられたその真実に彼女はあんぐりと口を開ける。それを何と勘違いしたのか、部門長を名乗った怪人は仁王立ちになりながら逆さの仮面をカタカタと鳴らして笑う。

 

「おうおうおう、今のうちに喜べ!じきに泣いたり笑ったりできなくなるからな!」

 

────拝啓、朱羽亜門どの。ぼくはもうダメかもしれません。

 

「やだーーーーーーーーー!」

「矢だァ!?不意打ちとは不届な!だが新人は儂の命に代えても守ってみせる!何処からでもかかってこい!」

 

空間から隔離された無人にして無限に続く廊下に、悲鳴が木霊するのだった。




亜門 貧血になりながら頑張って春音の攻撃から逃げてた
春音 めちゃくちゃ早倒しの覚醒を遂げる
花夜 久しぶりの登場。友達と同じ職場になれると思ってウキウキしてたらこれである
楽々亭楽朕 魔神が異界化させて切り離した空間に何故か平然と居座っていた怪人。亜門の装備を作ってる変態1号。
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