ディストピアゲーに転生したら行政側だった件について 作:我等の優雅なりし様を見るや?
捨てられた物はただその背を見るばかり
肉が焼ける香り────脂肪が弾ける音。
本来ならば食欲を誘われて然るべき其れ等が聴覚と嗅覚を刺激する中、私はその惨状の只中にいた。
色褪せたコンクリートのざらついた屋上で、四つん這いになって少女の上にのしかかる少女。同じ顔、同じ体格、同じ外見。鏡写しの彼女等はしかし、ある一点において純然たる違いを抱えていた。
捕食者と被食者。食う側と食われる側。奪う側と奪われる側。
横たわる少女の赤い瞳が虚に空を見つめ、そしてそれにのしかかる少女の赤い瞳が虚ろな目で燃え盛る肉へと歯を立てる。溢れる血は片端から蒸発し、少女の腹から食いちぎられた肉は炎を纏い、喰らい付いた少女の口を焦がしていた。
立ち上る異臭と白煙を気に止めることなく、口の端から唾液と血の混ざり合った液体を垂らすその様は、日光不足と栄養失調によって白磁のような色を浮かべる顔にこびりつく血と肉と火傷の跡は、ある種の背徳的な美と退廃すら感じ取ることができる。
腹に空いた空洞の中に顔を埋め、互いに炎に包まれながら行われる歪な食物連鎖。それは喉の渇きも癒やせず、腹も満たせない意味のない摂食行為。
地面に倒れていた少女の手がピクリと動く。それが痛みによるものでも、防衛反応でもなく、たった今彼女が絶命した故の───消えゆく命が吹きこぼした残滓である事を、私は知っている。
次の瞬間、その死をトリガーに少女の肉体が燃え上がることも。もう一人の少女がその炎から逃げることなく、灰へと消えていく肉を舐めとるように舌を這わせ、同じように死んでいくことも。
「…………!」
その余りに無責任な既知に頭の中が蹂躙される。何をすることも出来ない、何を言うこともできない。過去を見る傍観者に過ぎない私は……私?
私、◼️って、何だっけ。
何かを喋ろうとして、口が存在しない事に気づく。目を閉じようとして、そもそも瞼がないことに気づく。私が、ないことに気づく。
目の前でナニカが燃えている。茜色の炎に包まれた黒焦げの─────ああ、違う。そうじゃない。
あれも、◼️だ。
その瞬間、◼️はあの子の腹に顔を埋めて何かを咀嚼していた。同時に◼️はあの子によって設けられた自分の腹の中の空洞から流れ落ちる血潮の温かさを感じていた。
◼️が偏在していた。あそこに、そこに、ここに、凡ゆる死と再生の記憶の中に◼️は居た。全ての記憶において◼️は加害者で、被害者で、あるいは傍観者で、無限に続く死の螺旋の中で◼️は揺蕩っていた。
何処かの誰かが生きた17年なんて、微温湯のような灰色の鳥籠の中で生きていた◼️の人生なんて、あの子達の生きた……いや、死に続けた数百年に押し流されて、消えていく。
溶けて、蕩けて、混ざり合って。◼️とあの子と彼方と此方と、過去と今が混ざって混ざって混ざって混じって歪んで痛くて痛くて痛い痛い痛い痛いお腹が減ったの助けて───────
『────────お前の本質を見つけろ。』
◼️の17年の年月を塗り潰す数百年の記憶の迷宮の中で誰かの声が響く。
『お前が何をしたいのか、お前は何なのか。』
単調で鮮烈で色褪せた、痛みと飢えだけの螺旋の中で◼️はそれを見上げる。ドロドロに溶けた記憶の中で、誰かが誰かに話しかけているのが聞こえる。
『何の為に戦うのか。』
戦う?誰が?何の為に?
戦う事なんて無意味で、世界を作っているのは痛みと飢えと炎だけで。これまで続いていた地獄がこれからも続く、ただそれだけが人生である筈で。
そんな中で、目的なんてあるわけ無い。あってはいけない。そんな物を持っていたら、その重みに耐えられずに崩れてしまうから。目的なんて捨てて、全てを諦めて、生も死もない苦痛だけの世界を受け入れて。それだけがきっと、この世界の全てだから。
『お前ならできると俺は“知って”いる。』
諦めろ、受け入れろ。積み重なって押し潰そうとしてくる全ての苦痛を突き抜けて、誰かが◼️に話しかけてくる。幾百の年月の混ざり合った混沌の中で、疑う事を知らないまっすぐな瞳が◼️を──────私を見ていた。
痛い/違う
お腹が減った/違う
熱い/違う
違う、違う、違う。
胡乱に私を包み込む澱を、澱みを振り払う。未知と無知と偽りに満ちたこの世界で、誰も
───────戦う。
生きる為ではなく、食べる為でもなく、身を守る為でもなく。どうしようもない自分の
───────何の為に。
知りたい。何かを暴くのではなく、ただ知りたい。
剥き出しの私に、数多の記憶の海の中で暴力的に揺さぶられるだけだった私の存在に心という肉体がついていく。
過去を知りたい。どうして、いつから世界はこんなに歪で、無知と偽りに溢れているのか。過去、これまでの事。この世界が“こう”なるまでにあった筈のナニカ。
理由を知りたい。どうして、私のお父さんは変えなきゃならなかったのか。この世界のその先には何があるのか。誰もが明日の命しか考えられないこの世界で、私は明日のその先を知りたい。
あの人は過去を知っていた。あの人は今じゃないどこかを見ている。あの人は多分、未来を知っている。
あの人はきっと─────この世界の中で、どうしようもなく孤独に一人で生きている。
「………行かなくちゃ。」
苦痛の坩堝の中で“私”が作られていく。見慣れた金と桃色のバトルドレス、そしてそれを纏う四肢と、背から伸びる翼。
『行かないで』『行かないで』『行かないで』
私の身体に6人分の手が纏わりつく。傷ひとつない、少女らしい腕。だけれどそれがいつかの焼けこげた手で、いつかの歯形のついた手であることを私は知っている。
『置いていかないで』『何処にも行かないで』
死と生が混ざり合って、全てが等価で無価値の廃都で捩れた時間を監獄で過ごしたあの子達が、私に縋り付く。私の中に取り込まれた六人分の記憶が、私をその監獄に引き摺り込もうと叫ぶ。
身体に絡みつき、縋りつき、握りしめるその腕を、私は──────
「大丈夫、置いて行かない。」
『────────。』
「貴女達も連れて行くから、この先へ。」
知らなきゃならない、解き明かさなくちゃならない。数百年の苦痛の堆積の底にあの子達が置いてきた全ての始まり。
だから、行こう。この先へ、この苦痛の記憶の旅の更なる底へ。
さぁ、先ずは最初の問いだ。
「
どうして、あの子達はこんな目に遭わなければならなかったのか。全ての始まりの記憶へ、私の血肉となったあの子達の心の底へ。身体にまとわりつく束縛に従う様に、私は思い切り苦痛の記憶の深層へと身体を潜らせて───────
そして、私は過去に立っていた。
真白い壁に真白い天井。遠近感覚を失わせるその部屋は今、燃え盛る紅蓮の中で朽ち果てようとしていた。
そしてこの空間の全てを燃やし尽くさんと貪欲に吠える炎をものともせず、愉快そうな笑みすら浮かべながら、黄金の化身が如き少女が行きつけのカフェにでも入るような気軽さで地獄へと踏み入る。
『へぇ、これは……。まさかまさか、と言ったところだね。』
紅蓮の中で渦巻く熱波にその金髪を巻き上げ、後光のようにその残光を散らす姿は神聖さすら漂わせていて。しかし、全てを焼き尽くさんと吠え立てる炎の中で尚、最も眩い赤を収めたその瞳に浮かぶ妖しい光からは邪悪の香りが匂い立つ。
『やーあ、初めまして。姉妹は元気にしてるかな?ほとんど死んだ?うんうん、それは何より。まぁ、何せ不死なのだから、いつまでも退屈なまでに元気だろうとさっきまでは思っていたんだがね。』
黒衣に身を包み、鮮血よりも鮮やかな赤のネクタイを締めたその姿は大人に近づこうと背伸びした少女のようで。されどその言葉の節々から見て取れる嘲弄の気配は幼き外見にはあまりにも不釣り合いな老獪さを彼女に与えていた。
『……前に一度、此処にきたでしょ。初めましてじゃないわ。』
それに応えるのは煤で汚れた拘束服に身を包んだ幼女。炎の中に溶け込む紅蓮を思わせる赤い髪を地面に擦り付けるほどに伸ばし、その体には微かに火の粉を散らす無数の火傷が刻まれている。
痩せ衰え、触れれば壊れてしまいそうな幼女へと少女は────黄金の魔神は膝を突き、その目線を合わせながら、興味深そうに互いに鏡写しの様に輝く真紅の瞳を覗き込んだ。
『その通り。一度だけ、私はここに来たことがある。私の血から産まれた物の成果を見に、ね。予想通りに期待外れだったのだが。』
傷一つない白魚の様な指先が傷んだ赤い髪を手漉き、その指先で弄ぶ。
それはまるで店先に並んだ商品の目利きをする様な、人が人と接する上では余りにも無機質で、無関心な手つきだった。
『何せ、死なないだけだったからねぇ。私の予想の範疇をちっとも超えない少しばかり炎が使える肉の木偶が量産されただけだった。まぁ、適当にユーラシア戦線辺りに放り込もうかと思っていたのだが。』
焼け焦げ、手足を縮めた黒焦げの死体と微かに蠢く死にかけの命に満ちた部屋。殺風景な真っ白の壁を染めあげる炎の中で、魔神は幼女の目を見つめながら言葉を紡ぐ。
『──────
無垢なまでに、その身体に見合った無邪気さと好奇心と期待に満ち溢れたその瞳を、幼女は見上げて、見据える。
『………この部屋には外があるんでしょう?』
『────何故そう思ったのかな?』
『思ったんじゃないの。そうあって欲しいと願ったのよ。この日常に、永遠に続く日々に、外側があって欲しいと願っただけ。』
だから、壊した。日常を形作る全てを、自分を取り囲む全てを、己と同じ顔をした不死の姉妹の全てを。
『その外側があったとして、この部屋に居た方がマシかもしれないとは考えないのかね?この部屋の外にお前が見たいものがあるとは限らないよ。』
『それでも良いの。私は、此処じゃない何処かを知りたい。』
ニヤリ、と魔神が嗤う。彼女の口の端が吊り上がり、瞳の中の瞳孔がパックリと細長く割れる。人ならざる美貌に愉悦と喜悦を浮かべ、両手で優しく幼女の顔を包み込みながら、魔神は言祝ぐようにささやいた。
『────その一心で、不死殺しにすら至ったと?くふっ、くふふふふふっ!成程、成程。それは、予想外。』
『良いだろう、良いだろうさ、良いとも。我が娘、我が愛しの未知の嬰児よ。お前を外に連れて行こう。私のチェスボードに──────』
その瞬間、私の見ていた“過去”にノイズが走る。
何かが割り込んでくるかの様に、記憶の映像が乱れていく。
あの子達の心の映像が、過去の記憶が、魂の景色が真っ赤な何かに包まれる様に消えていく。唐突に現れたソレに、私は必死に手を伸ばす。
「待って、まだ──────」
────────愛してる。
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。
未知、知らない世界、既知の裡から生まれた未知。
これを愛というのでしょう?これを恋というのでしょう?
全知すらも見通せないその結果を、未知の全てを愛してる。
─────愛しているんだ、私の可愛い亜門。
◆
「………ほう、こりゃあ混線だ。まぁ完全に馴染みきってない状態での魔神を記録した媒体への完全没入を行えば逆探知されてもおかしくは無いだろうよ。」
「あのー……ボク、何をすれば?」
「黙りゃれ!儂が浸ってる最中に水を差すな!仕事は見て覚えろ、見て!」
「さっきここに来たばっかりで何も見せてもらってないんですけど!」
怪人が逆さまに着けた能の面をカタカタと揺らしながら手を振りかざせば、ギャイギャイと小柄な少女が負けじと吼えたてる。
「じゃあ心の目で覚えるのだ!出来ないのならば濁っておる、貴様は心眼が濁っておる!」
「嘘だろ、見て覚えろよりも強い根性論を出すの!?」
その言葉に逆さの面の怪人は、ゲラゲラと笑いながら手を叩く。
「良いかぁ、良いですか、良いですな?十回くらいしか言わないから耳垢溜めつつ悠長に聞け。」
「汚な……。」
「この部署は法務省のみならず、政府全ての異能戦略や超常戦略の要となる部署だべ。そして先日、儂以外の職員が全員おっ死んだので貴様には頑張ってもらわにゃならねーワケ。」
「え?は、え?し、死ん……え?」
「外務省が保護国のデモ集会を鎮圧する為に制作してた、遠隔で発症と無症状を個別に切り替えられるウイルスがあったんだがな。それがプチバイオハザード起こしてな。まさかの致死率100%だったっちゅー事。」
ギャハハ!と笑いながら手を打ち鳴らす怪人に対し、少女は顔を真っ青にしながらその目に涙を浮かべる。
「えっ、えっ、えっと、ボク文系だから難しい事わかんないしお役に立てそうにないなぁ!1と1を足したら3なので帰って良いですか!」
「馬鹿たれが、誰も貴様の頭脳に期待しとらんわ。その様子だと部分培養した猿の脳味噌の方がなんぼかマシじゃろ。」
ピキピキと額に青筋を浮かべる少女を尻目に、怪人は詰まらなさそうに手元の紙を捲る。このご時世に文章をデバイスではなくてわざわざ紙に印刷するのは、機密保持のためか。それとも─────
「いいか、貴様がするのは殺人ウイルスの開発でも、異界に蔓延る化物を解析して更なる化物を作り出す事でもない。」
「──────お前には、新しい神を作ってもらう。」
欺瞞と改竄と無明に溢れたこの世界でただ一人、”
【Tips】外務省
【挿絵表示】
本来ならば外国政府との交渉や条約の締結が主な職務である筈だが、大戦後は非常に侵略的な側面が強くなっている。占領地域での弾圧、中立地域での非合法的な諜報活動など全体的に侵略的。尚、現状において彼らの対等な交渉は神聖ライヒ=ユーロ同盟のみである。