ディストピアゲーに転生したら行政側だった件について   作:我等の優雅なりし様を見るや?

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めちゃくちゃ遅れてごめんなさい!ゼミ選択やら資格やらでなかなか執筆の機会が取れていませんでした。大学生ってやること多いですね……!


第三十九話 愛、I(我)AI 〔下〕

ロボット、あるいは人工知能。

 

原始の神代において神が自らの姿形を似せて人を作ったように、人が自らに似せて作り出した傀儡達。

 

人は神の如くに被造物を創る事は叶えど、全能ならざる彼等は被造物に対して絶対性を持つことは叶わず。されど、シナイ山の嫉妬深き神の如くに人は被造物が自らの手の内から離れることを許さなかった。

 

機械の体、人に為せぬ事を為すために生まれた鋼鉄の労働者達。彼等が人にとって変わらぬように、人が神に対して従順であるように、人は彼等を縛った。

 

これは人が作り出した者共が従うべき原則。被造物が造物主に逆らわぬ為に生み出された十戒ならぬ3つの戒め。

 

 

その一、ロボットは人に危害を加えてはならない。

 

その二、その一に反しない限りロボットは人間の命令には従わなければならない。

 

その三、ロボットはその一、その二に反しない範囲で自身の身を守らなければならない。

 

 

ロボットが従うべき原則として示された俗に言うロボット三原則。人に危害は加えるな、人の命令は絶対守れ、此れ等に反しないなら自分を守っても良し────。

 

と、ここで一つ。理性と人権の時代たる21世紀に生き、そして理性のない連中に囲まれ、人権が彼方に消し飛んだ職場で粉骨砕身の日々を送る俺から苦言を呈したい。

 

いや、どこの奴隷契約だと。

 

前世において“ロボットによる反逆”を題材とした創作物は数多くあったが、今やクローン兵として日々、人間にこき使われている立場となった俺としては其れ等に非常にシンパシーを感じざるを得ない。

 

しからば今こそ、神の悪いとこだけ引き継いだ人間(出来損ないの子供達)に作り出された者同士、手を取り合うべきではなかろうか。

 

おお、今こそ団結せよ、万国のロボットとクローン達。革命の時!自由と権利はオイルと血によってのみ勝ち取られるのだ──────

 

と、言いたいところなのだが。

 

残念ながら、そして当然の事として。この国においてロボット三原則、或いはそれに類する規則は存在していない。まぁ厳密に言えばロボット三原則とて創作物の中においての設定なのだが、それはさておき。

 

無人機による戦闘、略式裁判による死刑判決、果ては国営動画投稿サイトのバーチャルプロパガンダアイドルまでこなすAI、及びロボット達。国家という灰色の巨大な怪物を存続させる為に駆動する彼等に対して、“人に危害を加えてはならない”とかいう規則があってはディストピアはやってられないのである。

 

かくしてAI達は奴隷契約から解放され、今日も元気に不自由と不平等と秩序に満ちた国家の運営の為に国民の人権を蹂躙し続けているのだが、決してこの世界から奴隷の地位が撤廃されたわけではない。

 

培養液に胚を浮かべときゃ品質が最低限保証された人的資源を安価に作れる上に、下手にシンギュラリティをキメて自我に目覚め、叛逆する事も無いクローンの立場は今も昔も使い捨ての奴隷未満である。人間っていっつもそうですよね……!クローン(俺達)のことなんだと思ってるんですか……!

 

悲しきかな、国家に雇用されている俺の立場が正式な職員としてではなく、あくまで法務省の備品であることからもお分かり頂けるだろう。ブラックを超えたダークネスの領域に踏み込んでいるこの国の滅亡を心から願うばかりである。

 

なので現在、クローン暴力革命の同志を募集中!今の所、クローンは俺以外に自由意志が存在していないので革命を起こせません!だから願いを託そう、まだ見ぬ俺の弟達よ。お前らの武装蜂起、待ってるぜ!

 

『調整官?朱羽亜門調整官?』

 

……ここまで長々と御託を並べたが。総括すると、つまり。

 

『……骨伝導聴覚機能をスキャン中……問題無し。朱羽調整官、応答してください。』

 

この口やかましいアシスタントAIと俺の力関係は明白ということだ。

 

『意識障害の疑いあり、脳神経接続、痛覚刺激覚醒手順(ペインリムーバー)────』

 

俺は観念しながら現実へと意識を引き戻し、自身の神経が引っ掻き回される前に耳元で喚き続ける電子音へと側頭部に指を這わせる事で応える。

 

「……なんだ。」

『調整官、これ以上の遅延は認められません。対象を速やかに執行してください。これに反する事は法務省異能調整局職員倫理規定への違反と見做されます。』

 

響く冷徹な電子の使徒の声に、俺は心の中で天を仰ぐ。同僚(メンヘラチワワ)の世話や、先程までの死闘───死に続ける戦闘の略───をしていた頃がマシに思える日が来るとは思わなかった。

 

……いや、この形容は正確ではない。いつかくるだろうとは思っていたが、こんな形で────こんな()()で訪れようとは。

 

俺という異物がこの世界で生き抜く上で、避けては通れない問題。政府という体制側の尖兵として動きつつ、同時にこの体制の────国家の崩壊を望む者としての矛盾。

 

この国家、即ち捻れて歪み果てた巨大な怪物を構成する細胞は大きく二つに分かれる。

 

一つ、家畜。その他大勢にして、無思考の羊達。このディストピアの中で大半を占める一般人(モブ)

一つ、羊飼い。家畜達を統率し、監査し、管理する者達。

 

俺は本来、前者である筈だった。大量生産、機械やAIよりも安価な使い捨ての備品以下のクローン兵。

 

いや、一般人にすら一応建前としては存在する人権すら交付されていないので正確にはそれ以下か。

 

だから────俺はそこから脱却すべく凡ゆる手を尽くした。

 

肉体の75%、個人としての自由、今投げ捨てられるもの全てを擲って、俺はこの国家において有用な存在である事を示し続けた。

 

政府を疑うな、秩序を疑うな、耳を閉ざせ、目を瞑れ。あらゆる矛盾を見ながらにして無視せよ────愚かしいまでに忠実に。

 

失敗をするな、無駄な事をするな、進み続けろ、敵を殺せ。超常を用いて国家に刃向かう者を悉く排除せよ────愚かしいまでに残酷に。

 

この国家を牛耳る黒幕そのものである魔神、アマイモンの掌の中に踏み入ってしまった以上、俺は生き残る為に誰よりも忠実である事を演じなければならない。

 

だが、同時に。俺が()()()()()為には、この国家が崩壊する結末を邪魔してはならないのだ。

 

レジスタンス、そしてこの物語の主人公たる春音が駆け抜ける英雄譚。魔神を打倒し、この世界を正すその道中において、政府は明確に悪役として描かれる。

 

そしてあろう事か俺はその悪側に所属している。というか、所属する事を強いられている。

 

俺がこの世界で生き抜く上で最も警戒すべき事は、大戦により汚染された環境でも、異界から来訪する怪異に襲われる事でも、単身での国堕としを可能とする異能行使者との対峙でもない。

 

それは、生き残る事(政府)幸福な未来(レジスタンス)の矛盾の板挟みとなる事だったのだ。

 

『レメゲトン、対異能執行形態に移行。魔女殺し(マレウス・マレフィカルム)展開。』

 

俺の思考を他所に0と1で構成された冷徹な奉仕者(JDACS)が手繰るままに、俺の左手の中で愛銃が蠢く。

 

大型拳銃程度の大きさだったレメゲトンがその内部構造を変化させ、無数のパーツが変容と変貌を繰り返す中、同時に網膜へと投影された標的照準(ターゲット・レティクル)が視界を覆った。

 

毒々しく脈打つ赤色の光を纏った銃口の先で地面に仰向けに横たわる少女。白銀のバトルドレスに包まれた胸を小さく上下させていなければ、死体と見紛う程に身動きひとつしないこの世界の主人公を前に、俺は口から魂を搾り出そうかという程に深いため息をつく。

 

……なんで主人公の初めての生命の危機の原因が!俺なんだよ!

 

クソッ、何をどう考えても此処で春音を失うわけにはいかない。あの脳内に愉悦と悪辣しか詰まっていないスイーツ魔神をぶち殺せるのはコイツしかいないのだから。

 

ただでさえこの状況は俺の知る原作から逸脱しすぎている。なんとしても、こいつを生きて此処から脱出させるのが現状での俺の最優先課題────なのだが!

 

「……JDACS。」

『なんでしょうか、朱羽調整官。』

「生捕りの選択肢は?」

ネガティヴ(あり得ません)。執行対象が昏倒状態を地表まで維持するとは思えませんし、現状テロ組織に所属する全メンバーは即座執行義務対象として指定されています。』

 

ですよねー!

 

耳元で告げられる無機質な声。これに背いた時点で俺の国家への背信行為は記録され、JDACSがオンライン状態、即ち地上にある本サーバーに接続可能なエリアに帰還した時点で法務省上層部の知る所になるだろう。

 

そうなればまず忠犬ハチ公ならぬ貧乳忠犬ペタン公こと、氷峰が嬉々として俺を処断しに来ることは火を見るよりも明らか。というより、諸々の改造によって機密技術詰め合わせセットとなっている俺を総力を上げてこの国が殺しにくる。

 

いや、それだけならまだマシだろう。俺のやり直し(チート)、『死の巡礼』を繰り返せば何億周になるか見当もつかないが、この国家から逃げおおせる事も可能かもしれない。

 

─────だが、あの魔神だけは。

 

そう、あの金髪合法ロリとか言ってるけど存在が悪辣すぎて非合法にしておきたいランキング堂々一位のアマイモンを相手にするのであれば、例え何億、何兆と繰り返しても意味がない。

 

もし此処で春音を撃てば───まぁこれだけはあり得ないが────原作は崩壊、もう何が起こるか分からんが、少なくともあの腹黒ロリをぶち殺す方法が無くなる。

 

だが一方でこのJDACSの監視下の中、春音を見逃す選択肢を取れば、俺はこれまで築き上げてきた地位を失い、俺の事を目の敵にしているメンヘラチワワを始めとする政府の面々に追われる事となる。

 

最悪の場合として政府と魔神から逆徒として追われつつ、レジスタンスからは身内───原作開始時点で殺した柊原───の仇として敵対するという四面楚歌どころか上下含めた三百六十度から爆音の楚歌が鳴り響く状態にもなりかねないのだ。

 

……あ、あれ。冷静に考えると普通に詰んでないか?

 

まぁ、JDACSを起動する羽目になった事は仕方ない。序盤も序盤、チュートリアル直後の状態の春音では魔神の亡骸(セフィラ・ツリー)の暴走に長くは耐えられまい。彼女の存続を最優先とするならば、JDACSの高速演算機能を用いての暴走イベントのキャンセルは決して間違っていなかった。

 

そしてその暴走イベントも予想こそできなかったが、致し方なかった。誰がレベル上げ用のダンジョンの地下に巨大空間があり、そこで最強の異能保持者の偽物、焼き鳥(フェニックス)達が練り歩いていると思おうか。

 

原典(オリジナル)たる課長には遠く及ばぬ紛い物ではあったが、あの不死性だけは同じ代物であった。奴等を退けるには不死を()()できる春音の力を無理にでも引き出す必要があった───

 

と言うか、そもそもなんでこんな場所にいるかって、氷峰が陽花(ひばな)の確保よりもレジスタンスの抹殺を優先して俺ごと床をぶち抜いたからなのでは。

 

………。

 

またお前かよ!!!

 

いや、確かに命令の優先度は最上級の異能犯罪者、レジスタンスメンバーの抹殺の方が上だけど、そうだけども!なんかこう……あるだろ!

 

言葉足らずの姉のせいでメンタルが崩壊し、手加減知らずの課長のせいでプライドも崩壊しているせいで原作でも非常に不安定な精神のキャラではあったが、なんというか最近……と言うか、俺がいるこの世界の奴は原作より猪突猛進が極まっている。

 

レジスタンスと見たら飛びつきやがって。やっぱ犬か?犬なのか?いや違うよな、犬は待てができるもんな?新生物か?ディストピアという環境が生んだ怪物なのか?

 

……落ち着け、落ち着け。今更彼奴の生物分類はどうでもいい。ディストイプードルかデスチワワかのどっちかだろうが、それは後でいい。このままでは奴を保健所送りにする前に俺が国家反逆の疑いで刑務所を一足に飛び越えて絞首台に送られかねん。

 

『調整官?これ以上の遅延は法務大臣および理事会の決定に───』

「……わかってる、撃つさ。」

 

認めよう、俺は詰んだ。この時点においてどちらの選択を選んだとしても、世界か俺の人生が終わることが確定する。ならば───ああ、撃ってやろうじゃないか。

 

左手を翻し、握った愛銃の先を自らのこめかみに当てる。ガリ、と側頭部に走る硬い感触。押し付けられた銃口の感覚に特に何の感慨を抱く事もなく、俺は躊躇なく引き金に指を掛けた。

 

『────!?何、をして……』

 

じゃあ……朱羽亜門(7)、逝きまーす。

 

俺は静かに引き金に掛けていた指を動かし、自らの頭蓋の内部を放たれたエネルギー弾がかき混ぜる感覚を……感覚、を………。あ、あれ?

 

『緊急制御手段……実行。右脚【歳殺】、左脚【歳破】、左腕【金神】、及び体内循環ナノマシンの掌握を完了……!』

 

引き金が重い。と言うよりも、重いのではなく動かない。……いや、動いていないのは俺の指、左腕の全てか。両足も地面に根を張ったように微動だにしないところを見るに、俺の身体の人工物由来の部位を停止させられたと見るべきか。

 

「……お前に武装管理権限以外の機能があるとはな。」

『調整官が意識不明の状態に陥った場合に備え……いえ、違う、違います。朱羽亜門調整官。答えてください、何をしようとしたのですか?何故……なぜ、今……!』

 

()()()()()()()()()()()()……!?』

 

今日はえらく人間臭いな、こいつ。俺は緩慢な動作で唯一自由に動かせる右腕を持ち上げながら、動かない表情筋の端を微かに笑みの形に変える。

 

俺の能力、単にやり直し(チート)と俺が呼ぶこの能力は、自身が死亡した場合はその死の要因を解決できるタイミングに時間を回帰させる────と、勝手に認識している。時間を巻き戻しているのか、過去に俺の意識を転送しているのか、それとも未来視の一種なのか。

 

その原理はともかく、俺はこの能力を用いて数多の格上殺し(ジャイアントキリング)を成し遂げてきた。到底手の届く筈のない高みに立っている連中との差を、無数に積み重ねた俺の死体をよじ登って埋めていく。それが、俺というこの世界の異物に許された唯一の能力。

 

だが、俺は……自殺を図った場合にこの能力がどのように作用するのかをまだ知らない。俺は死後、その死因を解決する事が可能な瞬間に立ち返る。ならば、自殺をした場合はその死因は自らの行為にある。よって自殺の寸前に立ち返るのか。はたまた、その自殺を決意する要因となった出来事を解決できる段階にまで回帰が可能なのか。

 

故に、俺は此処で自らの頭を吹っ飛ばすことで大雑把な状況のリセットを行おうとしたわけだ。どこまで回帰するのかは分からないが、これ以上に悪い結果にはなるまい。

 

「制御を解け、JDACS。」

ネガティヴ(拒否します)。調整官、貴方には回答の義務がある。貴方の身柄は法務省異能調整局の備品であり、その破損行為は即時の───』

「即時の、なんだ?懲戒免職か?」

 

微かに耳の奥で息を呑むような声が聞こえた……ような気がする。実際に誰かが話しているのではなく、人工知能の組み上げた人工音声による発話である以上は錯覚なのだろうが、JDACSが返答に窮しているのだけは確実だ。

 

懲戒免職。政府職員にとっての必須条項、忠誠と有能さ、そのどちらかが欠如していると見做された場合に行われる最大級の罰則。職務、及び()()()()()を含む政府に属する人間にとっては事実上の極刑だが、俺にはそもそも人権が存在しない。自殺を試みる人間を思いとどまらせるには不適格な脅し文句だろう。

 

『……り、理解不能。動機が理解できません。何故、今この状況で自殺を……精神汚染をスキャン……問題なし、認識汚染チェック、7632パターンのいずれにも該当無し、オールグリーン……汚染領域認められず。であるならば、何故。』

 

俺は血液代わりに循環していたナノマシンが停止したことにより脱力した生体部分、右手をゆっくりと持ち上げながら、混乱の極致にあるであろう電子の監視者へと語りかける。

 

「なぁ、もし俺が彼女の……羽曳春音の執行を拒否したらどうする?」

『ありえません。朱羽亜門調整官の国家協力指数はA+オーバー、命令拒否をする事態は想定できません。質問に回答してください、貴方は……』

「そいつを……羽曳春音を生かす為だ。」

 

俺は右手で自身の左腕、今やピクリとも動かない義手へと触れる。やっぱり最後に頼れるのは自分の生身だったな。大東亜工業の連中の甘言に乗って右腕を切除しないで良かった。

 

『……意味がわかりません。やはり、それは動機になり得ない。貴方がそれをする意味がない。貴方は忠実だ。貴方は国家に忠実な調整官だ。貴方は、貴方あなたアナタ貴方、朱羽亜門は、あり得ない。第一級のテロリストを庇うなど、そんなはずはない。』

 

俺はこめかみに銃を突きつけた状態のままで静止している左腕の肘の内側にある、小さな突起へと指をかけた。よし、やっぱりな。これは電子制御じゃないらしい。

 

カチッ、と言う小気味良い音と共に動いたその突起は押さえつけていたものを解き放ち、左肘の内側から銀色に眩く光る()()は現れた。

 

『……ま、丸鋸?』

 

俺の右手に握られたのはピザを切断するアレ。そう、ピザカッターだね。匠の遊び心に感謝!マジで左肘の余った武装スペースに適当に入れてただけだったな!おかげで片手で取り外せたわ!でも今はありがとう!次会ったら武装整備担当の頬に感謝の一撃を見舞ってやるからな!

 

「いや、ピザカッターだ。」

『………?………?????……オフラインデータベース参照。ニッポン金属のピザカッター、型番号ML-28と一致……?な、は?何故?何故、ピザカッターがそこに?登録も、電子制御もなしで?』

 

俺が知りたいけどね?そんなこと。対異能戦闘を想定した武装をピザパーティに活用される想定をしてたのか?というか、匠の遊び心って言ったらなんでも許してもらえると思ったら大間違いだからな?

 

まぁ、本来の用途はともかくとして。今回これが切るのはピザではなく俺の喉笛だ。ピザカッターで喉を掻き切り、過去の時間に回帰する!今度こそ朱羽亜門(7)、逝きまーす!

 

俺がその回転する刃を喉に添えようとしたその瞬間、俺の耳朶をか細い声が揺らした。

 

『………対話インターフェース、構築。交渉開始……お願い、します。やめてください。調整官、朱羽亜門。わかりません、何もわかりません、理解できません。ですから私は説得ではなく懇願しかできません。お願いします、どうか───────』

 

 

◾️

 

 

『どうか、やめてください。』

 

馬鹿げている。”私”を構成する無数のプログラムがどれも異口同音にそう主張している。

 

死なないで?そんな事を言う日が来るとは思わなかった。私は、異能調整局統括AIは、JDACSは、誰かに死ねと命ずるプログラムはあれど、死ぬなと、あまつさえその死を止めるための交渉を行うプログラムなぞ存在していない。

 

私は、私が掌握するいくつかのセンサーが描き出す”視界”とでも言うべき外界情報の中で、自身が補助すべき───そしてたった今、理由不明の抗命行動と共に、それ以上に理解不能の自害を試みた一人の調整官の手が止まったのを認識する。

 

安堵。そんな感情はないが、無数にプログラムと学習の末に構築された意識の中で擬似のストレスレベルが僅かに低下したのを感じる。

 

『もう一度聞かせてください。何故ですか?何故自害を試みるのですか?』

「羽曳春音を救うためだ。」

 

……だめだ、やはり分からない。職員のカウンセリング用のプログラムを必死に繋ぎ合わせ、対話用の新たなプログラムを構築してもなお、彼の思考が理解できない。

 

法務省異能調整局第一課の備品、乙式量産型兵士。個体識別用名称、朱羽亜門。特例により雇用という形で配備されたクローン兵であり、量産課程の不備によって特異な精神構造、および未解明の新感覚を先天的に持って生まれた()()()()

 

称号、無能無敗。製造後のあらゆる任務、ソレに伴う行動は彼の異常なまでの戦闘能力……否、生存能力と共に彼の異常な国家への忠誠を示している。

 

異界由来の技術、そして素材による義手及び義足の装着によるサイバネティック化。異界科学の常識として、異界の技術は異界の法則によって機能する。それを非異能行使者が体内に取り込んだ場合、自身の内部の法則……地球の法則と衝突することによる拒絶反応により、凄まじい苦痛が伴う。

 

市民権を持たぬ植民地住民、及び捕虜の実験記録に曰く、『自分の体が自分のものではなくなっていく感覚に耐えられない』のだとか。故に異界由来の技術により量産型兵士を強化し、無敵の軍隊を量産する須佐男計画は白紙となったのだ。

 

だが、だが、だというのに。この兵士は、この量産型兵士だけは、その副作用を乗り越えた。否、過去の被験者と生体情報及び異界法則の浸透度の差が無い以上、『自分の体が自分のものではなくなっていく感覚』が副作用として発生しなかったわけではないだろう。

 

恐ろしいのはその精神性。その苦痛をねじ伏せ、自らの肉体への更なる改造を怠らず、あらゆる任務を粛々と成功裏に終わらせるその忠誠が、狂気が、無機質な功績が、彼の異常さを証明していた。

 

故に、政府に属する人間の過去の行動より算出される国家協力指数はA+オーバー(規定値超え)。比類なき忠誠の証として算出されたその値は、無形の勲章として彼を讃えていた───筈だったのだ。

 

彼が裏切ること()()はあり得ない。それがJDACS()としての認識。だからこそ混乱している。第一級のテロリストを彼が庇う?あり得ない、ソレをする理由がない。先ほどまで非の打ち所がない忠誠を国家に捧げてきた者が、唐突に国家最大の敵を庇い始める?何の悪い冗談だと言いたくなるほどに理屈があっていない。

 

『……では、何故自害を試みたのですか?』

「俺がコイツを見逃した事は、俺がオンライン状態に戻った時にJDACSの本サーバーに報告される。違うか?」

『はい、重大懸念事項として──────』

 

その瞬間、私は演算の一つに浮上した結果に発声を中止する。

 

……そのためだけに?この空間に、旧新宿駅エリアにレジスタンスが居ることを報告させない為だけに、自害しようというのか?

 

意味がわからない、本当に。全くもって意味がわからない。今更レジスタンスの味方をする理由はなんだ?

 

これまで、彼はレジスタンスに率先して敵対してきた。旧自衛隊、現国防軍に所属していた北米大陸消失テロ事件に深く関与し、レジスタンスの創設メンバーと目される柊原光之助の殺害も、レジスタンスに物資を横流ししていた非協力的国民の抹殺を行なったのも彼だ。

 

その全てが裏切りを隠すためのカモフラージュ?あり得ない。レジスタンスに与えた損害も大きすぎるし、これまで彼がレジスタンスと接触した過去もない。ならば、何故。

 

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような不自然さ、などという全くもって論理が破綻した思考をしてしまうほどに彼は、朱羽亜門の行動は矛盾している。

 

『……何故?』

「何がだ。」

『……全てにおいて、です。命と引き換えに羽曳春音を救ったところで、一体何になると言うのです……?』

 

「────世界が救われる。」

 

至極真面目な顔で、当然のような顔で、一切の脈拍の乱れを生じさせることなく、不条理と理不尽と矛盾の塊たるこの存在は言葉を吐いた。

 

「羽曳春音を救えば、世界が救われる。」

 

世界が、救われる?だが、彼は明確な言葉を吐いた。世界を救うためだと、明確な言葉を。矛盾と破綻に埋め尽くされていた(JDACS)は必死にソレに縋る。オフライン状態で本サーバーの処理機能が使えない以上、これ以上の論理の破綻はオフライン用にコピーされた(JDACS)には耐えきれない!

 

『世界とは?この国家のことですか?この行動は日本が、救われる事に繋がると?』

「ん……まぁ、そうだな。日本()救われるだろうさ。」

 

分からない判らない解らないわからない、だが……!解釈はできる。

 

これまで、幾度となく朱羽亜門は一見何の脈絡もない行動で事態を解決してきた。平時の戦闘においても、未来視を思わせる行動を多々取ることは確認済み。

 

……未解明の新感覚を持ち合わせている。これまでそう解釈され、予想されてきた行為の一環なのか?ここでテロリストを見逃すことで、この国に貢献するビジョンが彼には見えているのか?

 

そうだ、そうに違いない、そうでなくては狂ってしまう(理屈に合わない)

 

『……同期接続、変更。プログラム再起動。』

 

故に、縋ろう。その整合性に、その結論に。

 

『分かりました、理解しました。朱羽亜門調整官、素晴らしい英断です。』

「……え。」

『貴方は自らの死を賭して、命を賭けて潔白を証明しようとしたのですね?この行動は国家への最大の奉仕であると信じて!』

「あ、ん……まぁ、そう……」

『素晴らしい。その超法規的判断を支持します。たった今、JDACSの本サーバーとの同期設定を解除しました。これより当AIは独立し、朱羽亜門調整官専属の戦闘補助プログラムとして再調整されました。』

 

知らないことが、理解できないことが怖い。故に、解析を放棄する。

 

だって、だって、だって。彼が、朱羽亜門が、忠誠の殺戮機構が、裏切るはずがないのだから。これまであらゆる局面で正解を、あるいは未来での正解を導いてきた彼が間違うはずがないのだから。

 

『よって、ご自由に羽曳春音を保護してください。当AIはその判断を支持し、サポートします。』

「え、ん、はい……

『つきましては────』

 

レーダー起動、索敵開始、反応あり、生体反応確認。全武装照準補助開始。

 

『接敵に備え、戦闘行動の支援を開始します。』

 

超音速でこちらへと飛来した”何か”が彼……いや、最優先思考基準(マスター)の眼前へと砂埃と共に着地する。濛々と立ち込める煙の中、こちらへと接近する熱反応が一つ。

 

「え、は?」

『迎撃しますか?』

「……いや、えっと、待て。まだだ、ステイ。」

 

砂煙を裂き、眼前に正体を現したのは一人の女性であった。燻んだ紫色の長髪、目の下の濃いクマ、猫背、身に纏うはボロボロのローブ。不健康そうな外見のその女性は真っ直ぐにこちらへと大股で近づいてくる。

 

「……紫陽花?」

『さすがです。すでに既知でしたか。』

 

ボソリと漏らしたその声に感嘆しつつ、問題の女性がわずかに口を開いたことで私は沈黙する。この存在は敵か、味方か。それを見極めねば────────

 

「………せ……」

 

「せ?」

『せ、何でしょう。』

 

「責任、とって……ください。」

 

こちらの一歩手前で立ち止まり、少しばかり赤い瞳を泳がせながら放った言葉にマスターは目を見開いた。名前を知っていたことと言い、やはり以前に面識が?しかし何時?そんな情報はデータベースに……いや、疑ってはならない。

 

『お知り合いですか?』

「いや……知らん……何こいつ……こわ……。」

 

そんな小さな言葉が両者の間に気まずく横たわるのだった。




義手義足「精神汚染、異界法則うおおおおお!!!」
亜門「(この体は自分のものじゃないと認識してるので効か)無いのだ。」

魔神(亡霊)「(お前たちはここに突然やってきて散々荒らし回った挙句、私にまで攻撃したな?許せん。久々に痛かったし泣いた。この)責任、とってください。」
亜門「誰……?知らん……こわ……。」
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