ディストピアゲーに転生したら行政側だった件について 作:我等の優雅なりし様を見るや?
日本という国家とは、巨大な怪物である。
幾千、幾万、幾億の国民を細胞とし、省庁という名の臓腑が蠢動し、もはや誰1人として───人外なる為政者を除いて───その全容を把握する事の叶わぬ怪物。人的、物的を問わずに野放図に資源を浪費し、その巨体を維持……否、この期に及んで更に拡大を加速させるこの国家は真に始末に負えぬ事に、多頭なのである。
かの大英雄ヘラクレスの伝説に謳われる十二の試練、その一つを彩った多頭の毒蛇たるヒュドラ。それと同じようにこの日本という国家には複数の意思決定機関が存在している。
遡ること十数年、大戦の折にこの国家は日本各地に政府機能を分散させる事で、首都陥落という惨事を前にしても尚、その継戦能力を損なう事なく反転攻勢に転ずる事を可能とした。その名残として、日本の各地に散らばった省庁は未だに一つの明確な意思の下に統合されていない。
更に、大戦における継戦能力維持政策の一環として、内閣総理大臣を除く全ての各省庁の国政大臣達が自身等の意識を
故に公務員がその職を剥奪され、解雇される*1事を『大臣秘書室へと人事異動』と言い表すジョークがあるのだが、何はともあれ。
大戦後、各省庁の最高意思たる国政大臣は電脳内において沈黙を保ち続けている。レジスタンスを名乗る
彼等は大臣室という名のサーバールームに鎮座する液晶越しに、ハム音混じりの沈黙と暗く濁る画面だけを湛え、この国の中枢でその地位だけを保ち続けている────まぁもっとも、その実態は何処ぞの金髪魔神の「
故に、地方に散らばり植民地に根を張る各省庁の実質的な最高権力者は必然、局長級の職員という事になる。彼等はこの日本における独裁者であり、既得権益そのものであり、同時に少しでも己の権益を広げようとする野心家であり、この肥大化した国家の中で泥沼の争いを繰り広げている───────
◆
「はぁ!?量産兵士の新コンペ案がまた却下!?ありえない、ありえないわよ!あんの魔女!ガキ!チビ!陰険!今度はどんな手を使ったって言うの?!」
経済産業省 超常資源産業局、局長室。異界由来の素材及び技術の開発、利用に関する利権を一手に握るその場所で甲高い罵声が飛び、それと同時に机の上に乗せられていた書類の束が乱雑に払い除けられる。
絨毯の敷かれた床へと散らばった書類達が赤と白のコントラストを彩る中、荒々しく椅子から立ち上がった声の主が苛立ちを隠そうともせずに
「その……我々も大東亜工業、並びに国防軍に異議申し立てを行ったのですが……法務省からの根回しが既に済んでいたようで。」
「くっそぉぉぉぉ!これでウチの量産兵士のモデル交代案が却下されたの何回目よ!」
「に、24回目になります……正直、この件における向こうの強硬さは常軌を逸しているとしか……。」
その言葉を前に、彼女は─── 超常資源産業局局長、
それ即ち、自らと同じだけの規模と力を持つ機関との面倒ごとである。
「……“官邸”はなんて?連中も
「各省庁間の最終的合意に一任するとだけ……。そのぅ、局長。法務省異能調整局第一課の課長が“官邸”に召喚されたとの情報もあります。内閣府は異能調整局に抱き込まれたのでは……?」
“官邸”、この国の中枢。東京に居を構える漆黒の巨塔、即ち内閣府は主に省庁同士の対立を解決する為の調停者としての役割を持つ法廷であり、絶対的な中立を旨とする最高権力機関。それに対する猜疑を思わずと言った様子で
「此処が局長室で良かったわね。外だったら“官邸”の中立性への異論として、それこそ法務省のお世話になってたわよ、貴方。口には気をつけなさい。」
顔を一気に青白く染め、両手で口を押さえた男から目を逸らし、彼女はゆっくりと椅子から立ち上がれば、地面に散らばった書類───超常資源産業局が提出した、怪異*2由来のDNA、異界技術をより積極的に用いた次世代仕様の量産兵士案を記したそれらを踏みつけながら、局長室の中で円を描くように足を進める。
省庁同士の争いは珍しくない。文部科学省や財“武”省*3、環境省*4の様に、ひたすら己の領分の中で職務を続ける省庁もあるが、其々が野放図に動き回る省庁の権益が衝突し、水面下で諍いが起きるのはよくある事だ。
─────だが、これは明らかに“異常”が過ぎる。
現在、この国において採用されている量産型の人的資源───乙式量産型兵士は正直言って骨董品も良いところである。大戦の末期から採用され始めた“其れ”等は明確な戦線を抱えていない現在においては十分に実用に足るだろうが、最近では中立地帯たるデリー条約機構やアジア平和友好条約機構の加盟国でのレジスタンス活動が活発化している事を鑑みるに、楽観視はできないだろう。
更に自らの領域に閉じこもり、外交チャンネルすら碌に開こうとしない神聖ライヒ=ユーロ同盟の今後の動向とて不透明。早急に……とまでは言わないが、新たな主力となる量産型兵士の開発をとっとと始めておきたいというのが経済産業省の、そして超常資源産業局の偽らざる本音であった。
超常資源産業局の持つ異界技術の髄を注ぎ込んだ量産可能な超常戦力。新たなる“浪費”可能な人的資源の世代交代の時間が訪れようとしていた─────その筈、だったのだ。
次世代型の量産型兵士、その新案の悉くが多種多様な妨害によって阻まれている。これが一度や二度なら省庁同士のちょっとした小競り合い、
方々に手を回し、偏執的なまでに次世代量産型兵士案を頓挫させ続ける下手人の名は、法務省異能調整局。この国家における異能、即ちは人が新たに獲得した能力たる超常、それに纏わる全てを……文字通りの全て、悉くをその一手に握る機関。彼等は異能絡みの犯罪を裁く裁判官であり、異能を以て国防を為す軍人であり、異能という人域を超えた超常を研究する学徒であり……そして、異能による生きた『兵器』を抱える魔窟である。
異能調整局第一課は実質的な法務省の専任部隊であり、戦略級異能行使者、及び
だからこそ、此処数年の異能調整局の動きは余りにも目に余るというものだ。全く異能と関わりのない領分に───即ち、超常資源産業局の権益に露骨に介入し、更には用意周到なる根回しによって此方の動きを悉く妨害してくるとは一体どうした事か。
「これで24回目ともなれば、何らかの明確な意図がある筈……。あの魔女が時代遅れのクローン兵士なんかに意味もなく拘泥する訳が無いわ。今度は何を企んでる……?」
苛立ちと共に床に散らばった書類に靴を擦り付ける
──────そして、その裏はある種明白ですらあった。そしてそれが余計に意図の不明さを際立たせているとも言える。
「裏は分かる。まず間違いなく、第一課に配備されてる乙式量産型兵士の存在がある……だけど、その意図がまるで分からないわ。」
もはや記された内容の判別も叶わぬ程に足蹴にされ、皺の寄った紙屑と成り果てた其れを尚も執拗に靴先で蹂躙する彼女の独り言に応えるように、両手で口を押さえたままの部下はモゴモゴとくぐもった声を上げる。
「連中曰く、『全ての乙式量産型兵士が潜在的に朱羽亜門のような異常性を発露するという可能性は、乙式量産型兵士を引き続き正式採用とする十分な理由になり得る』との事でしたが……。」
「はぁ?貴方、公務員の癖にあんな
「え、は、いや。無論、公表されている戦果の全てが真とは思っておりませんが……火の無いところに煙は立たぬと言いますし。」
部下のその言葉に彼女は呆れたように腰に手を当てながら、出来の悪い生徒へと教鞭を振るう教師のような口調で言葉を紡ぐ。
「馬鹿ね、火が無くてもアンモニアと塩酸混ぜときゃ煙くらい上がるわよ。連中の言ってる“無能無敗”は恐怖の象徴……戦略級異能行使者よりも現実離れした理解不能の存在としての都市伝説。大体、私達が一番知ってるでしょう?─────どれだけ異界技術の髄を凝らした武装を纏ったところで、乙式量産型兵士のスペックは異能行使者に追いつかない。連中がそれっぽいのを抱えてるのは事実だろうけど、功績云々はほぼほぼ欺瞞情報だと思っときなさい。」
「は、はぁ。では初陣でレジスタンスの戦略級異能行使者を相手に生身で食い下がったというのも……」
「嘘に決まってるでしょ〜!?ちょっとは考えなさいな!」
ま、そりゃそうですよね。と言わんばかりに頭を掻く部下に胡乱な視線を向けながら、彼女は自身の紡いだ言葉を反芻するかのように噛み締める。
(そう……だからこそ、分からない。異能調整局には十分な畏怖の象徴が揃ってる筈なのに、聞く奴が聞けば失笑しかねないプロパガンダを流すその意図が。)
いよいよもって、あの魔女……
しかし、その真相を突き止めるよりも先に。まずは何はともあれ、この煩わしい横槍の槍襖とでも言うべき妨害を食い止める事が目下の最優先事項なのだが─────
「局長、少しお耳に入れたい事が。」
「……何?ちょっと大規模な異界の門が開いたくらいだったらそこに報告置いといて──」
再び思案に沈まんとする彼女の思考を引き裂くように、開かれるは局長室の扉。書類を手に入室した部下に視線を向ける事なく、再び思考の海に潜ろうとする彼女の思考を断ち切ったのは、次いで小声で囁かれた言葉であった。
「例の銀杏の乙式量産型兵士が旧新宿駅跡地……えー、神宿駅の深部に突入している模様。後、同地にて
「……なんですって?」
一気に思考が切り替わり、彼女は部下の声に傾注する。
「それ、確かかしら?」
「ええ、間違いなく。数分前から旧新宿駅跡地周辺の観測システムが新宿駅跡地の観察不能領域……深部からの異界法則の流入を捉えております。連中の突入と時間も重なっていますし、既に死滅化しているとは言えどこちらの次元に表出している異界での不用意な活動として弾劾可能かと─────」
………おお、おお!神よ、素晴らしきかな。このような偶然があり得るだろうか?
「だめ、だめよ。弾劾?そんな事をする必要はないわ。これは実に、実に由々しき事態なんだから。」
芦毛の髪を掻き上げ、後ろに撫で付けながら、彼女は芝居がかった口調と共にその唇に笑みを浮かべる。泥臭い戦場とは無縁の高官公務員でありながら、無骨な眼帯を身につける彼女の姿はともすれば
「首都圏での異界案件だなんて、ええ。まさに国家の危機だわ!我々は公務員としてこれに全力で当たり、解決する義務がある。この原因となった存在に対する
経済産業省 超常資源産業局局長、
「テレポートの準備を。深部の未観測地帯に居る?余計に都合が良いわ!」
あの魔女の真意を正確に図る事は叶わぬまでも、その思惑の渦中にいると思しき目の上のたんこぶを、この国の量産型兵士の技術を停滞させ続けている元凶を、合法的に排除する機会に恵まれたという事と同義であり。
「────だってそんな場所、何があってもおかしくないものね?」
新たな闖入者が神宿る駅へと訪れんとしている事を意味していた──────
◆
「ゔぇーーっくしょい!」
「ピィッ!?」
地下数十キロ……ああ、いや。地下空間の筈なのに空が見える時点で恐らく距離の単位で図る事は相応しくはないのだろうが、ともかく。地下の底の底、どん底に位置するであろう廃墟の街に、俺の豪快なくしゃみが気まずい沈黙を引き裂きながら響き渡ると同時、眼前に立つ紫色の人影が甲高い声と共に飛び上がる。
「……噂でもされてるのか?」
『脚部暖房機能、展開。どうぞご自愛ください、朱羽調整官。』
風邪なぞとは無縁の───馬鹿という意味ではない───このクローンボディが珍しく健康面での不調を訴えた事に驚きながら、足元からじんわりと立ち上る温もりに辟易とした物を感じる。さっきまでこちとら鉄も溶かすフェニックスロリ×5とやりあってたんだぞ、寒いわけ無いだろうが。
どうせ地上で合法ロリ魔神が
「それで?俺への責任追及なら、生憎と俺に言われても困る。俺の直属上司に追及の内容を文面に纏めて提出して頂きたい所だが……。」
「────い。」
「何?」
銃口を前にして何かに気づいたように目を見開けば、微かに震えながら何やらぶつぶつと聞き取れないほどの声量で何かを呟く彼女。すわ、何かの攻撃の前兆かと引き金を引き絞ろうとしたその刹那───
「ごべん゛な゛ざい゛ぃぃぃぃぃ!!!殺さないでぇぇぇぇぇ!!!」
響き渡る
高貴!不屈!脳筋!暴力!気高き野生にして、美しき暴君。それこそが彼女のキャラクターとしての魅力であり、作中においても終始一貫した在り方だった筈。それがどうだ、このお手本のような無抵抗のポーズは。銃を向けるのも馬鹿らしくなってくるほどの無力さが全身に満ち満ちているこの有り様、ある種の境地に至って────いや、違う。そうじゃない。
そんな大声あげたら
これまで曲がりなりにも築いてきた仮初の協力関係が崩壊し、『やはり悪の手先!死ねい!』とか言いながら斬りかかられるとマジで洒落にならん。というか、春音の暴走直後の精神状態がどうなっているのかが完全に未知数な以上、余計な面倒ごとは増やしたくない。
「……そちらに敵意がないなら殺す理由もない。だから叫ぶな、うるさい。」
「はい゛ぃ゛ぃ゛!黙りますぅぅぅ!」
「静かにしろって言ってんだろうが。」
「はい゛ぃ゛ぃ゛………」
小声で叫ぶとか器用な奴だな……じゃなくて!くそ、こうもあからさまに無害で無力な相手に出会ったのが久しぶり過ぎて思考が乱れる!普段は俺がそっち側だからな!
落ち着け、まずは……コイツの素性から知らねばならない。俺の知る原作にこんな奴は姿も形もなかった筈だが、少なくとも紫陽花と瓜二つの顔からして、全くの無関係ということもないだろう。イレギュラー続きのこの神宿駅の地下でようやく見つけた、原作知識との繋がりを持つであろう手がかり────貴重な情報源だ。
「いいか、聞かれた事にだけ答えろ。そうすればお互い痛い思いをせずに済む。質問一つ目、お前は何者だ?」
レメゲトンの
「……?え、君ぃ、じゃなかった、貴方はアイツの命令で私を殺しに来たんじゃないの……ないんですか?」
めんどくせぇなぁ!!!!!!!新事実匂わせるのやめろ!アイツって誰だよ!あと言い直してもその謎のフランクさ繕えてねぇよ!
「……アイツとは何だ。何故そう思った?何を知ってる?」
それでも、今はただ全てを問わねばならないのが辛い所だ。もはやこれ以上のイレギュラーは看過できない、少しでも事態の解明を急がねば、原作との乖離がもう取り返しのつかない場所まで─────
「え、だってほら……それ、貴方の持ってる銃って、前にアマイモンの眷属だったピンク髪の男の
───────は?
いや、待て。コイツは何が立っていると言った?俺はその言葉の内容を深く咀嚼する暇もなく、弾かれたように振り返る。嫌な予感がする、もはや感じ慣れた臓腑の底がひっくり返るようなこの感覚は────!
振り返れば、そこに佇むはクソッタレに予想通りの人影だった。茫然自失と言った面持ちで、片手に七色の煌めきを秘めた水晶の
「……なんの、話?ねぇ。何の話を、してるの……?」
───────。
…………………………………。
拝啓、アマイモン様へ。悪巧みが大変お好きなようでなによりです。時にはその悪巧みのとばっちりを被る人達の事も考えてくれると嬉しいです。かしこ。
もう知らんとばかりに天を仰ぎ、俺は今世最大の殺意を遥か地上の魔神へと心中で叫ぶのであった─────。
魔神「クチュンッ!……はて、噂でもされているのかな?」
不死鳥「どうせ悪口でしょ」