ディストピアゲーに転生したら行政側だった件について 作:我等の優雅なりし様を見るや?
舞い踊るかのように空中で飛沫をあげる鮮血。
くるくると回転する白磁のような物は頭蓋骨だろうか。
脳漿と脳味噌を一緒くたにかき混ぜられ、ピンク色に滲む乳白色の混合物を側頭部から撒き散らしながらゆっくりと倒れていく春音の身体。放物線を描くように弾けた血潮が、鉄錆の芳香と共に空中に投げ出され─────
「…………ぇ?な……え?」
ビチャリと顔に血の飛沫を浴び、目を呆然と見開くソフ子。半拍遅れて地面へと春音の体が倒れ込んだ湿った重低音が響き渡る。ページを数枚飛ばして読み進めた本を眺めているような、脈絡のない惨劇。だがまぁ、現実とはそういうものだ───悲劇はわかりやすい前触れを用意してくれる程、親切じゃない。
目の前で起きた一つの命の断絶を、俺はどこか他人事のように分析していた。他人の死で一々感情を動かせるほど、俺は死と遠い場所にいるわけじゃない。つい先程まで会話していた相手が頭蓋の中身をぶち撒けながら死んでも、俺はそれに対してもう感傷的でいることができない。俺にとって死は身近な物であり、顔を合わせるとちょっと気まずい同僚みたいなものだ。
……それはそれとして、だ。今更取り乱す様な事はしないが、目の前で主人公が無惨に殺されて無感情を貫けるほど、俺の精神は擦り切れちゃいない。クソ、これは俺の責任だ。予感を受けた時点で、俺は周囲の警戒も何もかもをかなぐり捨てて、こいつを守る為に動くべきだった。……連戦を終えた後で、俺も気が抜けていたという事なのだろう。
春音の死は疑いようもなく、この世界の詰みを意味している。彼女抜きで世界が
“次”の生へと向かうべく、片手に携えたレメゲトンを
それは痛みとしてすら感じ取れない、迅速にこちらの命を刈り取る一撃がもたらす感覚。幾度となく感じた事のあるその感覚と同時に、俺の意識はTVの電源を切ったかの様に漆黒に塗りつぶされていく。……どうやらまだ見ぬ敵は徹底的にやるのが主義らしい。此方がコンテニューのコインを入れる手間を省いてくれるとは。
瞬間、俺の意識を覆っていた漆黒の死の帷は、先程まで立っていたどこまでも広がる廃墟の都市の光景に上書きされる。死が立ち去り、意識が生へと巻き戻るその感覚が全身を包み込んだ刹那、俺は目の前でソフ子の頭を撫でている春音へと全力で手を伸ばし、突き飛ばす。
「きゃっ……!?」
「むぎょ……!?」
カエルが踏みつけられたかのような───実際聞いたことがあるわけではないが───間抜けな声を上げるソフ子共々に春音を近くの建物の中へと押し倒し、覆い被さるように身を伏せれば、真っ赤な曳光の残像と共に耳元を掠める風切り音。それと同時、飛来してきた何かが屹立する廃墟のどこかに衝突した甲高い音が響き渡る。
「な、なにっ、何か頭の上……!」
「狙撃だ。顔を上げるな。」
倒れた拍子に頭を打って目を回しているらしいソフ子の胸に顔を埋めながら、声をあげる春音の頭を押さえつけ、俺は淡々と先の死因を告げる。
そう、これは狙撃だ。それも徹甲弾などの極めて貫通力の高い……少なくとも対人用ではない重火器による物。何で分かるかって?舐めないでほしい、俺は間違いなくこの世界で最も殺人被害に遭っている死因ソムリエだ。一度喰らって死ねば大まかな死因はその時の感覚と経験で推理できる。
「狙撃……!?さっきの機械の兵士は倒したはずじゃ……!」
「分からん。別の敵対存在からの攻撃の可能性もある。……ここに居れば射線は通らないはずだ、動くなよ。」
かつてはダイナーか何かだったのであろう廃墟の窓から、俺はそっと外を伺う。周囲に聳え立つビル群のどこかに下手人はいるのだろうが、残念ながら一度死んだだけでは死因の特定まではできても、狙撃ポイントまでは割り出せない。それに敵が狙撃の鉄則に倣っているのであれば、一度目の狙撃が不発に終わった時点で位置を変えているはずだ。
……それに、おそらくは相手は少なくとも二人いる。春音が側頭部を撃ち抜かれて死亡した直後、俺は
どうする?敢えて体を晒すか?あと数十発、数百発撃ち抜かれて死ねば、おおまかな射撃地点は割り出せるとは思うが。
「お、おい!鬼畜サイボーグ!」
「わっ!?」
俺が巡らせていた物騒な思案を断ち切るかのように、ソフ子が素っ頓狂な声をあげ、春音を押し除けてガバリと跳ね起きる。ああ、面倒なやつが起きたな……。
「俺への印象について文句は色々とあるが、今は静かにしろ。多少乱暴だった事は認めるが、さっきのは回避行動───」
「違う!向こう、向こうから何か変な音がするぞ!」
ソフ子が指さしたのは、春音を掠めた銃弾がそのまま飛び去っていった方向。左右に
「今はお前の戯言に付き合ってる暇は……」
そう言って切り捨てようとしたその瞬間。俺の強化された聴覚が微かに金属を打ちつけるような音を捉えた。それは喧騒とは無縁の廃墟群に立ち込める静謐な沈黙の中に紛れ込んだ微かな雑音。
───キィン────キィン────
「なっ!?なっ!?何か聞こえるだろう!?」
「……?何か硬いものを落とした時の音みたいな……?」
あからさまにビビり上がり、あたふたと慌てふためくソフ子と、首を傾げながらもその音への感想を述べる春音。微かに霧の立ち込める通りの向こうへと目を凝らせども、何も見えることはなく。しかしその音は徐々に大きく、そして更にその間隔を早めていく。キン、キン、キン────耳を
「……JDACS、光学観測。」
『光学観測補助デバイスを展開。動体識別完了、及び倍率調整中……』
異音の左腕の義手から展開されるスコープを覗き込み、その異音の正体を探り、俺は驚愕のあまりに目を見開いた。
通りの左右に立ち並ぶ建造物の間を行き来する赤い残光。壁にわずかな凹みをつくり、街灯の表面にわずかな火花を散らして跳ね回り、何度も反射を繰り返しながら此方へと近づいてくるそれは、確かに先程回避したはずの────真っ赤な光を一筋の残像として軌跡に刻む曳光弾。
「バカな、跳弾だと……!?」
障害物との入射角が特定の角度になった際、弾丸が跳ね返る跳弾。確かに実在する現象だが、一度の跳弾で弾速はかなり落ちるはずだ。こんなビリヤードのトリックショットじみた事があり得るはずが無い。
その思考を頓挫させるように、物理法則を嘲笑う異常な角度で廃墟の壁を伝って跳ね返ってきた弾丸が真正面の窓を潜り抜け、俺の頭部へと迫り────
「──── お、おい!鬼畜サイボーグ!」
「分かっている!下がれ!」
瞬間、死の直前へと巻き戻る意識。ソフ子の素っ頓狂な呼びかけと同時、左腕が異能調整局の支給制服の袖を内側から破るように変形し、
全身を覆うほどの大きさはなく、精々が半径数十センチ───だが、あらかじめ何処に攻撃が来るのか分かっていれば何の支障も無い。左腕に出現した黒光りする盾を、俺の頭部を撃ち抜く軌跡で飛来するはずの弾丸を防ぐべく眼前へと構える。
敵の正体も、このふざけた攻撃のカラクリも分からない現状、後手に回らされている感覚は拭えないが、今は訪れる死の瞬間を切り抜けるしかない。微かに歯噛みしながらも両脚部の義足からアンカーを地面に突き立て、大口径弾が接触する衝撃に備え────
「────ぁ」
されど、衝撃の代わりに耳朶を揺らしたのは、絞り出したかの様にか細く響く春音の声。
真正面の窓に向けて構えた俺の盾を尻目に、
「──── お、おい!鬼畜サイボーグ!」
そして、意識は回帰する。記憶通りに繰り返さない世界と、守れなかった命を嘲笑うかのように。
………マジか。
◆
「──── お、おい!鬼畜サイボーグ!」
じゃあ今度は右───いや、ダメか
◆
「──── お、おい!鬼畜サイボーグ!」
なら空に逃げ────
◆
「──── お、おい!鬼畜サイボーグ!」
虎の子のナノマシンで窓を全部塞いで───
◆
◆
◆
◆
◆
・
・
・
・
・
・
………はい。
えー、ただいま4565回目の試走中です。いや、死走って言った方がいいのか。
いやー、こんな事は初めてだわ。うん。ちょっとマジで焦ってる。というか、困惑している。
今は何してるのかって?お手上げ状態なので一旦シンキングタイム。棒立ちで突っ立って、死に続けながら───あ、今死んだ───死に続けながら対策を練ってるわけ。
まぁ時間はいくらでも……それこそ無限にあるわけだし幾つか実験をしてみたんだが、分かった事がいくつかある。
①防御は無駄。
イカれた軌道で飛ぶ弾丸───魔弾って呼ぼうか。防御した場合、あの魔弾は跳弾を繰り返して、俺か春音を射抜くコースをとってくる。それも一度に二人を射抜くワンショット・ツーキルで。何故かソフ子は狙われない。おそらく、1回目の死亡で俺が二人狙撃手がいると思ったのはこれだろう。跳弾を繰り返して、一発で俺と春音を狙ったってわけだ。
そんで、跳弾で迂回できない遮蔽物がある場合は……なんと、魔弾を遮る部分だけ
②回避も無駄。
回避軌道をとっても魔弾はどこまでも追いかけてくる。それも初速を維持して。跳弾すれば減速だなんて物理法則は存じ上げないようだ。魔弾の物理の点数は赤点らしい。
③挙動の変化
これが最も大事な要素。あの魔弾は俺の死に戻りによる対策に合わせて挙動を変えてくる。俺が対策を変えれば挙動も変わる───逆説的に言えば、こっちが挙動を変えなきゃ魔弾もそのまま動く。
実際、直近の数百のループでずっと棒立ちで突っ立ってる俺に対しては、2回目のループ同様に一直線で俺の眉間を撃ち抜いてくる。
そして弾丸の組成を何回かに分けて分析してみたところ、異界由来の不明な物質で構成された徹甲弾らしいが、これそのものに何か特別な能力はないらしい。つまりは狙撃手が異能行使者か、異能行使者が協力してる狙撃手の仕業である可能性が高い。
…………あの、居住条件が厄ネタ持ちみたいな入居者募集をかけてるのか?この地下都市は。俺の義理の姉のそっくりさんが半裸で何人か彷徨いてた時点でやばかったけど、銃弾をぶっ放せる知能がある異能行使者まで居るのかよ。
さて、愚痴はこれまでにして。この死の巡礼の解決策────回避も防御も意味ないなら、消去法で魔弾の破壊しかないだろう。銃弾を魔弾たらしめているのが異能だとするならば、媒介たる銃弾を破壊することで異能の干渉も止まる。
だが問題は、生半可な破壊では意味がないということだ。一度、不壊である
それを可能にするのは───俺の義足、歳殺と歳破に搭載された兵器、
異界へと通じる極小の門を開き、空間に小さな穴を作り出す兵装。空間に穿たれた微細な穴は周囲の物質を引きずり込み、即座に世界の修正によってその穴が修復される事で空間を球状に抉り取る……のだが。おそらく、あの魔弾は副次効果である周囲の物質を巻き込んでの消去は通用しないだろう。範囲が大きくなればなるほど、魔弾はその直前で動きを変える可能性が高くなる。
俺が動かない限り、銃弾は挙動を変える事はない。よって、ほぼ動かないままに───脚部に搭載されている以上、脚部を突き出した状態で───この兵装が作り出す直径数センチの異界への門をタイミング良く銃弾に当て、瞬時に消滅させなければならない。それも目視できない音速で飛来する弾丸に、だ。
銃弾の軌跡とタイミングをミリ単位、コンマ0秒単位で把握する必要がある以上、ただ何度も死に戻りを繰り返すだけでは埒が開かない。……尋常の空間識別能力では何度死に戻ったところで、正確な弾丸の軌跡は覚えられない。
つまり、万事窮す──────
なんて言うと思ったか!
数千回の死に戻り!その間に幾度となく繰り返した戦術の取捨選択とトライ・アンド・エラー!その結果の結論に狂いはない!尋常の空間識別能力がなければ魔弾の正確な軌跡が把握できないと言うならば────
(……JDACS、脳機能補助。ノルアドレナリン、ドーパミン、アセチルコイン分泌開始……!)
『了解。脳機能補助開始、神経伝達物質掌握────』
俺の脳内───前頭前野、前脳基底部、感覚皮質を始めとした部位に埋め込まれたインプラントが活性化し、俺の肉体を意識以上に掌握し始める。
『ドーパミン作動性神経の活動を補正。青斑核からのノルアドレナリン放出を調整、前頭前野におけるカテコールアミン濃度を最適領域へ誘導。前脳基底部のコリン作動性経路を刺激、及び余剰神経活動の抑制を確認。このまま戦闘行動を行った場合、激痛によるショック死が懸念されますが────』
今の俺は数十メートル離れた人間の拍動すら触覚で感知できる。肌に触れる全てどころか、空気の揺らぎすら膨大な情報量となって脳に流れ込んでくる。
行くぞ、保ってくれよ───保たなきゃ次のループに持ち越すだけだけど─── 俺の身体!
感度、3000倍だぁァァァッ!!!