私はその場から逃げるように家を出た。
玄関から勢いよく出走し、時速55km程で暗い宵闇を裸足で駆けていく。夜も深くなり、道には一人も立っては居ない。間違えてでも誰かにぶつかるような事がなくて良かったと思う。
そのまま私は、虫のように灯りにつられ、
ほのかに明るい公園にやってきた。
流石に普段走ってなどおらずあまり慣れては居なかった為、身体はかなり疲れていた。
休むためベンチに腰を掛けると、また同じような感情が押し寄せてくる。無意識に流れた涙は青白い電灯の灯りが照らされ、キラキラと光っていた。
「どうしたんだ?」
真夜中の静けさに心を投げて項垂れていると
若い青年に優しく声をかけられた。
そりゃあそうだ、傍から見たら大分不審なウマ娘に見えるだろう。その上、私は咄嗟のあまり言葉に詰まってしまい何も返せなかった。
…青年は少しの間に返事を待って居たようだが、私がいささか答えられる状況にないと見て、問答無用と手を握り、街交番の方向へと駆け出した。
その手はとても温かかった。
混乱したが、手を振り払う気力すらも私には無く、そのまま身を任せ、結局大人しく補導されてしまった。
家に帰った私は気持ちが少し軽くなったように感じた。
残存する温さのお陰か、知り尽くしている筈の自宅でさえも混乱し空間を探る私の手には、どこか非現実的な感触があったが。
…やがてその手は携帯電話に行き着いて、温さも、その冷たさで冷めてしまった。
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問題なく静かに起きることができた。
しかし、2度も目を覚ますとは、なんとも不思議な感覚だ。
シラオキ様は何を伝えたかったのだろうか。
というか何かを伝えたかったのかどうかもわからないが。
おマチさんはまだ寝ている。
今冷静になってよく考えたらあの青年も、大概変な人だったように思う。おマチさんが起きるまで、窓を開けて朝日を眺めながら、私は夢についてぼーっと考えることにした。
◇ ◇ ◇
朝食を済ませ、丁度片付けをしていると、今日はタイキシャトルさんが話しかけてきた。
「ハウディ!フクキタル!」
「おはようございますタイキさん」
「いつものような元気が無い気がしマース、何かあったんデスカ?」
「あはは…ちょっと悪い夢を見てしまいましてね…」
「オウ、それはゴシュウショウ様デース。選抜レースも近いというのに大変、いやフクキタルらしく言えば、不吉、デスネ」
「いやいや、タイキさんとは違って私は走りがなかなかに苦手なので、調子が良かろうが悪かろうがどちらにせよドベになるのが関の山でしょう」
「そんなコトないデース!」
選抜レース…走るのは好きだけれど、私はそんな速い訳でもない。かけっこで一着になった時みたいに、シラオキ様からお告げをもらえたりすれば多少走れなくは無いのかも知れないけれども。
なにはともあれ、あまり楽しみでは無いのだ。
あぁ…こんなことを考えていると、お姉ちゃんの事を思い出して”しまう”。
脚も速くて、勉強もできて、そして何より優しくて、周りの人に神童と言われていたお姉ちゃん。
…の代わりに生きている私は、果たしてお姉ちゃんに釣り合うウマ娘なのであろうか。
追い付こうとして頑張っても、脚は遅いし、勉強はそこそこ頭が良いくらいで止まってしまう。そしてなにより空気が読めない。
今ここに居るべきなのは私ではない、なんて言ったらきっとお姉ちゃんに怒られるだろうけど。少なくとも私は間違っては居ないと思うし、きっと周りの人だってそう思っていただろう。
無駄なことを考えれば考えるほど会話を続けるための言葉は重くなっていく。
もう喉の奥まで沈んでしまい何も話せなくなった。
私は苦く笑っているタイキシャトルさんにペコリと礼をして、先に教室へと向かって行った。
とても、気持ちは晴れないままである。
次はトレーナー視点になる予定です!何卒