ウマ娘三部作Secondシーズン 鮮血の女王 ~メディアの覚醒~【完結】 作:DX鶏がらスープ
本当は先のライスの宝塚記念と一緒に出す予定だったのですが、間に合わなかったのと、すぐにこれを一緒に出すと宝塚記念のイメージが薄くなるかなと思い、分割しました。
それではどうぞ
リターンエース
(「そう言えば、スカーレット。君は何か好きな星座とかってあるかい?」)
そんなことを突然トレーナーが聞いてきたのは、果たしていつの事だったか
ともあれ、突然すぎて質問の意図が分からず、過去のアタシは怪訝そうな顔でトレーナーに聞き返す
(「なによ藪から棒に...どうしてそんなこと聞くわけ?」)
(「いや、別に他意はないよ。でもほら、そろそろ七夕でしょ?だから久しぶりに実家の押し入れから天体望遠鏡でも引きずりだそうかなって考えてたらなんとなく、ね」)
そう言って少し照れ臭そうに微笑むトレーナーに、過去のアタシはちょっと驚いた顔をする
と言うのもこの男、普段はかなり控え目な性格で、滅多に自分の趣味や嗜好、生い立ちなどといったパーソナルな情報を口にしないからだ
(「スカーレットの好きなもので良いよ」)
(「スカーレットに合わせるよ」)
トレーナーとしては優秀で、そこに関して文句はないけれど...それでも一緒にお出かけや買い物に行っても基本的にはいつもこんな感じ
そりゃ、変に振り回されるよりは良いのかもしれないけど、それでも時々ちょっと退屈な人だな、なんて思ってしまうのも仕方がないと思う
だからこそ、担当ウマ娘という立場でありながらも、アタシは自身のトレーナーについて意外と知らない。勿論たった数年とはいえ過酷なレースの世界を二人で支えあって駆け抜けてきたのだ。その過程で培った絆は本物だし、それは多分トレーナーも同じことを思っていると確信できる。
だけど、それはそれでこれはこれ
そこそこの時間を一緒に過ごしているけど、それでも未だにアタシのトレーナーには謎に包まれているところがまだまだある
そんな彼が本当に珍しく自分のことを口にしたのだ。多分無意識なんだろうけど、だからと言って出してしまった尻尾を見なかったことにできるほど、アタシは大人じゃない
それに個人的にも普段中々聞けない情報だから、是非とも聞いておきたいところである
と言うわけで、アタシは内心興味津々で、だけどもトレーナーにそれを知られるのは何だかモヤモヤするから、態度はそっけなく、何気ない感じで彼に聞いた
(「へぇ...アンタ天体望遠鏡なんて持ってるんだ。もしかして趣味?」)
(「まぁね。子供の頃からの唯一の趣味だよ」)
(「ふ~ん...前から思ってたけど、アンタ結構ロマンチストよね」)
(「はは、そうかもしれないね。それでスカーレット、さっきの質問なんだけど...」)
そう言われた過去のアタシは少し考える
とは言え、別にそこまで星に興味があるわけでもないから、パッとは出てこない
それで結局悩んだ末に出した答えは...
(「う~ん、そうね...ヘラクレス座?」)
(「ふむ...珍しい星座だね。どうして?」)
(「ふふん!そんなの決まってるわ!!ヘラクレスはギリシャ神話において一番の英雄よ!アタシにぴったりじゃない!!」)
(「なるほど。それは確かに」)
そう言って胸を張る過去のアタシの姿を、トレーナーは微笑ましそうに見ている。とは言え、聞かれたからにはトレーナーの答えも気になるわけで...
(「...で?そんなことを聞くトレーナーの好きな星座は何なの?」)
(「うっ...やっぱりそれ聞いちゃう?」)
(「当たり前じゃない!そもそもアンタが聞いてきたのよ?」)
弱ったな、と言いながら頭をかくトレーナー
そんなトレーナーに、ほらほらさっさと言いなさいよ、と急かす過去のアタシ
何気ない、それでも今思えば掛け替えのない時間はしかし、しばらくしてトレーナーが両手を上げて降参のポーズを取ることで終わる
(「わかった...話すよ」)
(「ふん!最初から素直にそうすれば良いのよ。別に恥ずかしがるようなことでもないでしょうに」)
そう言ってご満悦といった表情で胸を張る過去のアタシを、トレーナーが若干恨めしそうな顔で見る
とは言え、こんなもの日常会話の延長線上だ。だから別にアタシに罪悪感なんてないし、そもそも別に星座の好みなんて本来恥ずかしがるようなものではないはずだ。
だからこそ
(「それでそれで?結局アンタの好きな星座ってのは何なの?」)
(「はぁ...笑わないって約束できる?」)
(「当然よ!」)
そう言いながらも好奇心を押さえられず、過去のアタシはワクワクした顔で続きを待つ
そしてそれを見て苦笑しながらトレーナーが口を開く
かくして、トレーナーが出した星座の名前は...
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ふと気が付くと、アタシはトレセン学園の中庭にいた
あたりはすっかり日が暮れていて、周囲の景色も夜の闇の中に飲み込まれてしまっている
それはこの中庭とて例外ではなく、佇む木の枝のシルエットが、どことなく不気味な様相を醸し出している
とは言え、多少趣が違うといってもそこがアタシの知っているトレセン学園の中庭であることに変わりはない
だから、アタシはいつぞやの切り株の横に腰を下ろす
そんなアタシの姿を、空からたっぷりと満ちた月が静かに見下ろしていて...
「...」
見上げた空に、星はない
いや、正確にはあるんだろうけど、月が明るすぎて今日は星が見えない
そんな退屈な夜空を見ていると、そう言えば今は蟹座の季節だな、という思考が浮かんでくる
とは言え、それはあくまでも誕生月の話
本来の蟹座の季節はもっと先、それこそ季節をあともう一周回るレベルで先の話だ
だからこそ、見上げた夜空に件の星座はない
例え今日星が見えたとしても、この季節の夜空にそれを観測することは流石にできない
そんなことは分かってる
分かっているからこそ
「...どうして見れる季節と誕生月がずれているのかしらね?」
そうぼやいてしまうのも、仕方がないことだろう
最も、これはアタシと言うよりは蟹座が好きな誰かさんのぼやきなんだけど
ただ、そんなことを考えていると芋づる式に記憶の扉が開いていくのはある意味当然のことだろう
だから、何とはなしに空を見つめていたアタシの脳裏に、あの時のトレーナーの言葉が浮かぶのもまた当然のことで...
(死を前にしても、自身の覚悟を貫き通した姿に感銘を受けたから...か)
アタシは口の中で、トレーナーが語った理由を呟く
それは、彼が蟹座という星座が好きな理由。ギリシャ神話において友人のヒュドラを助けるべく、勝ち目のない戦いに、それでも友のために挑み、戦い抜いた健気な蟹の話で...
「...」
だからだろうか?
また一つ、記憶の扉が開く
星のない夜空にぽっかりと浮かぶ満月、それを見つめるアタシの目には、月ではなく先の昼間の出来事がありありと浮かんできて...
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(「考えてみれば、これは当然の結果なのです」)
電話ごしに聞くブルボンさんの声は、淡々としていて...だけど
(「世論というものは、常に声が大きな者が作るもの。そして、いつの時代もそんな人間の絶対数はそこまで多くありません。
それは歴史が証明しています。確かに歴史上戦国時代といわれた時代はいくつかあります。しかし、それでも積極的に成り上がろうとした人間は、社会の総人口から考えると割合としては僅かなものであり、多くの人間はかつての王政の時代から現在の民主主義の時代に至るまで、誰かに支配されることを選んできました。
それを考えると、いつの時代においても社会において広く意見を主張する人間というのは僅かな数であり、大多数の人間はその僅かな人間達の僅かな意見の中のどれかに従っているだけだと言えます。
しかし...」)
そこで一旦口を閉じたブルボンさんは、しかしどこか嬉しそうに続ける
(「...ねぇ、スカーレットさん。それでは社会というものは、本当にそんな限られた者だけが動かすものなのでしょうか?大衆は何も考えていないと?何もできないと?
...そうでないことは、これもまた王政から民主主義への移行の歴史が証明しています。そして、今私達が見ているものもまた...」)
その言葉に、下げていた顔をアタシは上げる。
するとそこにはテレビがあって、そこに映っていたのは...
(「ご存じの通り、宝塚記念はファン投票によって優先出走権が与えられます。そして、ライスさんは今回それで一位を獲得したそうです
その意味が、意義が...これなんです」)
そんなブルボンさんの言葉を証明するように、アタシの目の前に映るテレビの画像には、青いウェディングドレスを身に纏い、共に走ったウマ娘達に支えられながら、それでも暖かな声援に見送られてターフから去るライスさんの姿が映っていて...
(「ライス...さん...」)
その姿に、アタシは改めて目元をぬぐう
生きて帰ってきてくれたという安心と、そのひたむきな走りに対する感動から、アタシはこぼれ落ちる涙を止めることができない
それは周囲もまた同じようで、アタシと一緒にテレビを囲んでいたウマ娘達も、みんな目に涙を浮かべて喜んでいる
そんなアタシにブルボンさんは...
(「...それでスカーレットさん
貴方はこの光景を、無様だとは思わないのですか?」)
(「.........え?」)
言われた言葉の意味が理解できず、アタシは一瞬だけフリーズする
テレビの中も、そしてそれを見ていた食堂も大騒ぎだ。皆がライスさんのことを祝福している
そんな中、アタシだけが時間が止まったかのようにスマホを手にしたまま固まっていて...
だけど
(「...ふ、ふざけないで下さい!!」)
気が付いた時に、真っ先に感じたのは怒りだった
だってそうでしょ?あんな凄惨な事故に遭いながらも、それでもあの人は、ライスさんは最後まで誰の手も借りずに走りきったのだ!
そんな彼女の鮮烈な走りを、生きざまを、称賛こそすれ貶めることなんたするはずがないし、出来るはずがない!!
だからこそアタシは本気で激怒する
この人は一体何ってことを言うんだろうと
そんなこと、思うはずがないと
身体の内から溢れ出てくる怒りに任せて、アタシはそれを電話口のブルボンさんに言おうとして...ーー
(「...一番じゃないのに、ですか?」)
ーー...その言葉に、再びアタシはフリーズする
そしてその間にもブルボンさんは
続ける
(「スカーレットさん、貴方も知っているはずです。
一位以外は、一番以外はみんな負け。どんなに頑張ったとしても、一番でなければそれは惨めな敗者...それが私達の走る世界だと、他ならぬ貴方は、一番のウマ娘を目指しているというあなたはよく知っているはずです」)
そう語る彼女の言葉はどこまでも正しくて...
(「そしてそれを踏まえて今回のライスさんのレースを考えると...大負けも良いところです。とてもではないですが、あなたのような一番に拘るウマ娘にとって、参考になるようなレースでは無かったはずです」)
そして、悔しいけどアタシはそれに反論することができなくて...
(「...だからこそ、スカーレットさん。もう一度だけ聞きます」)
その質問に
(「あなたは、今回のライスさんのレースを見て何を考えましたか?」)
アタシは...ーー
「よぅ、こんなところにいやがったのか」
...え?
........................
.................
.........
運命っていう言葉が嫌いだ
「だ、誰!?」
声をかけられ、慌てて振り返るとそこには一人のウマ娘がいて...
だってそれは、物事が全部最初から決まってるってことだから
こうなることが最初から決まっているっていうことだから
「おいおい、誰とはご挨拶だな。
ルームメイトだろ?」
そんなことを言いながら、寄りかかっていた近くの木から立ち上がる彼女の左耳には金色のリング
そして何より、その声は、その姿は、ある意味アタシが誰よりも知っている人物のものであることを、アタシの理性は否定できなかったから...
だからアタシは運命っていう言葉が嫌いだ。そんなもの、ろくなものじゃない。だけどそれでも
「あ、アンタは...」
どうしてここにいるのか
なぜ今なのか
言いたいことは山ほどあって、だけどあまりにも突然すぎて言葉に詰まって何も言えない。だけど、そいつはそんなアタシの事情なんてお構いなしで...
それでも、大して長いこと生きている訳じゃないけどそれでも、これは運命なのかもしれない、そう思わざるを得ない出来事に出くわすことはどうしてもあって...
「...まっ、お前の言いたいことはなんとなく分かるよ。そしてオレもお前に言いたいことは山ほどある。
とは言えだ、とりあえずまずはこう言っておくのが礼儀ってやつだろうな。一応ルームメイトだし」
そう言って、混乱するアタシにコイツはニカッと微笑んで言う
だから、そう
アタシはこの時思ったんだ
「ただいま、スカーレット」
何かが、始まるって
「お前のライバル」
止まっていた時計の針が、ついに動き出すって
「ウオッカ様の...お帰りだぜ?」
運命が、今動き出す...
はい、と言うわけで皆さんお待たせしました
これまでダスカが主人公にも関わらず、不自然な程に出てこなかったウオッカの登場です。
まぁ、ダスカがいるのにウオッカがいないなんてことあるはずないですよね?どうして今までいなかったのかは...まぁ、大方予想はついてると思いますが、また次回ということで