ウマ娘三部作Secondシーズン 鮮血の女王 ~メディアの覚醒~【完結】 作:DX鶏がらスープ
さぁ、ここまで続いてきたダスカの物語も一つの区切りが近づいてきました。
今回は取り敢えずそこまで更新します
それではどうぞ
少しだけ時間は遡る...
(「変わってないな、ここも
まぁ、たった数ヶ月程度だから当たり前なんだろうが」)
そう言いながら軽く体を伸ばすウオッカがアタシを連れてきたのは、グラウンド。誰もいない夜のターフで...
(「...どういうつもり?」)
意図が分からずそう問いかけるアタシに、事も無げにウオッカは答える
(「決まってんだろ?今からレースをすんだよ
つってもまぁ、正式なものじゃねぇから模擬レースなんだが...」)
(「だから!なんでいきなりそんなことをするのかって...――」)
(「最初に言ったよな?オレはお前に話があるって」)
そう言ってウオッカはアタシの言葉を遮る
(「だが...どうにもお前を見ている限り、まだ言葉が通じる段階じゃねぇ。多分今ここでお前に何言っても聞きやしねぇだろ
じゃあどうするか」)
そう言って屈伸運動を終えたウオッカはターフを見つめる
(「走るしかねぇだろ
それがオレ達ウマ娘にとっては一番手っ取り早い
それに何より...」)
そしてアタシの方に向き直ったその顔には、まるで肉食獣のような獰猛な笑みが浮かんでいて...
(「...前々から思ってたんだよ
一度お前のその綺麗な横っ面をぶん殴ってやりたいって
イチバンになる、文字通りそれしか見えていない高慢ちきな高飛車娘。そんなお前をレースでぶち抜いて、ターフの土を舐めさせたいって
だから...」)
ウオッカは続ける
暴力的な言葉とは裏腹に、その目の奥に真摯な何かを称えたコイツはまっすぐに、それこそ射抜くようにアタシの目を見つめる
そんな真っ直ぐな目をしたウオッカから、アタシは何故か目が離せなくて...
(「走るぞ、スカーレット
...ちょうど良い機会だ。今のお前に必要なのは、多分優しい言葉でも慰めてくれる奴でもない
安心しな。俺の走りで責任持ってスッキリさせてやるからさ!」)
......................
.................
.........
ーーイチバンになりたかった
ドゥッ、と
誰もいないグラウンドに、ターフを蹴り砕く音が響く
普通の人間の数倍の脚力を持って踏み抜かれる強靭なウマ娘の足は、たったの一踏みで容易く地面を抉る
だからこそそれは当然の結果であり、アタシの足もまた、その例に漏れずターフを抉る
ーーそのために生きてきた
一踏み毎に風を切る
一踏み毎に陰鬱な夜が後ろへと流れていく
しっかりとターフを踏みしめ、それを力の限り蹴る
そうやって得られる推進力を利用して前に出た体を支えるために、また一歩足を出してターフを踏みしめ、また力の限り蹴る
それを繰り返すことによってアタシは走る
ーーだけど、気付いてしまった
それが、あまりにも血塗られたものだということに
それが、あまりにも残酷な願いだということに
底知れぬ闇の中を、月の光を頼りに進む
目の前には誰もいない
それは今のところはアタシが先頭を走っているということであり、目的地まで先についた方が勝ちだというレースの本質を考えるなら、それは決して悪いことではない
むしろ優位に立っているとまで言えて...
(『...スカーレットちゃんは、いつも自分のことばっかりだよね』)
「!?」
突然聞こえてきたその声にビクッと肩が跳ねる
一気に血の気が引くと同時に、大量の脂汗がドッと体から滲み出る
心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚に、思わず足を止めてしまいそうになって...
(...ダメ!!)
しかしアタシは強引に足を動かす
立ち止まりそうになる足を、それでも無理矢理動かして前へと出る
何故なら今はレースのまっ最中
途中で足を止めるなんてことが許されるはずがないし、何よりそんなことをした瞬間に、アイツは即座にアタシを抜いていくに違いない
その証拠にアタシ達しか走る者のいないこのレースが始まって以来、背中の悪寒が収まらない
後ろから絶えず放たれる強烈なプレッシャーは、スタートから今に至るまで、アイツが虎視眈々とレースをひっくり返す機会を狙っているからに違いなくて...
「っ」
だからこそアタシは止まらない
ボロボロの心と体で、それでも止まらないし、止まれない
それが例え虚勢でしかなかったとしても、やるからには全力で取り組む
それしかアタシは知らないから
辛くても、悲しくても、そうやって全力で走り抜ける以外の生き方を、アタシは知らないから
でも、それでも
「...」
考えてしまうのは...
「.........」
最終コーナーが見えてくる。それはとりもなおさずレースの終わりを暗示している。
このまま進めばアタシの勝ちは揺るがない。確かにアイツの放つプレッシャーは強大だが、それでも逃げ切ってしまえば関係ない
だからこそ、アタシはそのまま最後のスパートをかけて...だけど
ーーターフに座り込み慟哭するウマ娘
「!」
突如として視界に映る幻覚は...
ーー大雨の中で一人泣きじゃくるウマ娘
「...っ!!」
あまりにも...あまりにも鮮烈で...
ーー悔しげに俯くウマ娘
ーー目を真っ赤にしてこちらを睨むウマ娘
ーー涙を流しながら誰かに謝り続けるウマ娘
ーー声もなくただ空を眺めるウマ娘
ーー狂ったように笑いながら泣き続けるウマ娘
他にも、他にも他にも他にも―――
気が付かなかった...ううん、今まで見なかったふりをしていた無数の光景が脳裏を過る
それは絶望の記憶
それは怨嗟の記憶
それは憤怒の記憶
それは哀傷の記憶
そしてそれは...罪過の記憶
今までアタシが踏み潰してきたウマ娘達の記憶が、まるでアタシを責めるように沸き上がる
そして...
(「うん...そうだねスカーレット」)
無数のウマ娘達の顔の後、最後に浮かんだ記憶は
(「今まで、ありがとう」)
世界の終わり
アタシにとって、この世の終わりを象徴するような光景だったから...
(.........ねぇ、トレーナー...)
目の前の光景が滲んでいく
それは月の光が照らし出す夜のターフの光景だけではない
その現実の光景と重なりあうように目の前に浮かび上がる幻覚
あの日の...あの夕焼けに染まった真っ赤な病室、その中心のベッドの上で微笑むトレーナーの顔で...
(アタシのやって来たことが、全部エゴでしかなかったって言うのなら...
誰かを傷付けることでしかなかったって言うのなら...)
あの日伸ばした手は、届かなかった
そして、今もまた...
いつものように困ったような笑顔を浮かべるトレーナーの幻に、アタシは触れることすらできない
それなら...
(アタシは...間違ってたのかな?)
歪む視界の中で、それでもアタシは手を伸ばす
だけど届かない
走る先に、だけどアタシの手が届くことは決してない
それが悲しくて悲しくて...辛くて辛くて...
(アタシは...最初からアンタを救うことは、出来なかったのかな?)
一番大切な人の心に寄り添うことすらできないのなら...。「死なないで」、そんな単純な言葉すらアンタに届けることができないのなら...
せめてアタシはアンタとの約束を守りたいって
イチバンであり続ける
そうすればきっと、いつかアンタは立ち直ってくれるって
いつもみたいな困ったような笑顔で
「本当に仕方ないな、スカーレットは」
そう言ってもう一度だけ立ち上がってくれるって
例え迫る運命を変えられなくても、それでも最後まで一緒にいてくれるって、そんなアンタと最後まで一緒にいたいって
そう思ってたのに...
結局...アタシには何も出来なかった
走って走って走って
何人ものウマ娘達の夢を踏み潰し、何人もの人達の思いを砕き、血塗れになりながら進んだ先にあったものは、何もなかった
アタシは、アンタを救うことができなかったばかりか、もう一人ぼっちだ
どころか、振り返った先には悲しみにくれる被害者達しかいなかった
あの子もあの子も、そしてあの子も...皆泣いていた
夢を希望を未来を、大切なものを奪われたあの子達は、皆泣いていた
そしてそれをやったのは、アタシだ
矮小で幼稚なエゴ、それだけのために走り続けたアタシの走りが、皆を不幸のどん底に叩き落としたんだ
だとしたら...だとしたら...
(アタシは、走っちゃいけなかったのかな?
イチバンのウマ娘なんて、目指しちゃいけなかったのかな?)
急速に体から力が抜けていく
高速で流れる風景、溶けた飴のように輪郭を失っていた周囲の景色の形が、少しずつ、少しずつ元に戻って行くような気がして...
(アタシに走る資格なんて...なかったのかな?)
パキリと、アタシの奥で何かが砕けるような音がした気がしたから...
ーーだから、それは必然だった
「...いくぜ」
一瞬、ほんの一瞬だけ反らした意識
その隙間に差し込まれた、その小さな呟きに気付いた時には...
ヒュッ
頬に感じた風に、思わず振り向いた時には...
「え...」
一陣の風が、隣を吹き抜けていて...
(「約束するよ、スカーレット」)
「.........あ」
初めて見るレース中のアイツの背中
...ううん、初めて見るレース中の他のウマ娘の背中
それを見た瞬間に
「.........イヤ」
アタシは気が付く、気が付いてしまう
自分が致命的な失敗をしてしまったことに
大切なものを今まさに失いかけていることに
だからこそ手を伸ばす
必死に、それこそさっき幻に手を伸ばした時よりもさらに必死に、アタシは手を伸ばす
だけど
「.........待って...よ」
届かない
閃光のように駆け抜けていったアイツの姿は、もうすでに遥か彼方にある
もう誰も追い付けない
アイツの背中にアタシはもう触れることすらできなくて...
...あぁ、なんで今さらこんなことに気付いてしまうんだろう
全部全部失ったと思ってた
走る理由も走る意義も
大切なものは全部
だけど
「お願い...だから」
視界が歪む
震える言葉は、それでも誰にも届かない
あぁ、そうだ...
それでもアタシは一つだけ、失ってなかったんだ
あまりにも、あまりにもそれが当たり前だったからこそ気付かなくて...だけど、もう気付いたときには手遅れで...
「やめてぇぇぇええっっ!!」
叫んだ時にはもう
(「君をイチバンのウマ娘にしてみせる!!」)
全てが終わっていて...
冷たい月がターフを照らす
青白い夜には、どこまでも静寂が満ちていて...
その光景を、アタシは生涯忘れない
...だってそれが、アタシが初めてレースで負けた日の光景だったから
...イチバンじゃなくなったアタシが見上げる、初めての月だったから...
...月が綺麗な、夜だった
これは誰も知らない物語
月だけが知っている、そんな物語...