ウマ娘三部作Secondシーズン 鮮血の女王 ~メディアの覚醒~【完結】 作:DX鶏がらスープ
別に今回でお話が終わるわけではありませんが、それでもダスカにとってこの第五部は大きな区切りとなります
そしてそれは物語の終わりに向かって全てが終息していくということでもあります
それでは第五部最終回どうぞ
...――アンタと初めて出会ったのは、確か保健室だったかしら
「...で、どうだった?」
病院の入り口から出ると、そこにはウオッカがいた
あんなにも長かった夜も、いつの間にか明けようとしている。うっすらと白み始めている空の下、アタシ達は近くのベンチに座る。
寝不足でクラクラする頭で、それでも近くの自動販売機で買ってきた缶コーヒーを飲んでいると、隣に座ったウオッカがそう話しかけてきたから
「.........そうね、随分久しぶりにまともにトレーナーの顔を見た気がするわ」
それだけ答えた
「なんだ、見舞いとか全然行ってなかったのか?薄情な奴だな」
「そうじゃないわ。ただ少しケンカをして以来、なかなか真っ直ぐにアイツの顔を見れなかったってだけ」
「ふ~ん、そうかい」
そう言ったっきりウオッカは喋らなくなる
だからアタシも特に何も言わずに缶コーヒーを飲む
太陽はまだ顔を出さない
白み始めた空の下で、それでもまだ眠いとでも言うかのように中々登ってこない
意外と太陽も寝坊助なのかしら、そんなことを思いながら飲むコーヒーは、涼やかな朝の空気の心地好さを吹っ飛ばす程度には苦くて...
「それで?何しに来たわけ、アンタ?」
「おいおいご挨拶だな。ライバルの一大事だぜ?流石にオレだって気を遣うさ」
アタシの問いに、この期に及んでコイツはそんな白々しいことを平然と抜かす
だけど、アタシも何故か確証があって...
「まぁ、そういう側面があることは否定しないわよ。実際トレーナーの遺書を届けてくれたのはアンタなわけだし。それについては感謝してる。ただ、それだけでもないでしょ?」
「...」
「アンタ最初に言ってたわよね?アタシに話があるって。多分一つは遺書の話だったんだろうけど、本当にそれだけだったの?最低あと一つはアタシに話したいと思ってたこと、それも何か大事な話題があったんじゃないの?」
そう問い詰めると面白い程にコイツは黙る
とは言え、アタシも無理に言わせようとは思わないから一度口を閉じる
静かだ
太陽がまだ起きていないから、自分達もまだ起きないと二度寝でも決め込むつもりなのだろうか
早起きな鳥の鳴き声すら聞こえない町には、まだ何の物音も聞こえない
じんわりと手元を暖める缶コーヒーの湯気が、音もなく空へと立ち上っている
そんな中で...
「...なぁ、スカーレット
秋の天皇賞に出る気はないか?」
「えぇ、分かったわ」
...
「.........おいこらスカーレット」
「あら、なにかしら?」
答えると共にウオッカの方を見ると、何故かコイツはジト目でこっちを見つめていて
「決断が早すぎはしねぇか?」
「生憎と誰かさん曰く、アタシはバカでバカで仕方がない、どうしようもなくバカなウマ娘らしくてね?」
「...チッ」
そんなあたしの皮肉に、ウオッカはバツが悪そうに舌打ちをする
だけど
「...それにアンタだって知ってるでしょ?アタシが誰なのか、どんなウマ娘なのか」
「!」
驚いたような顔をするコイツに、だけどアタシはわざわざもう一度宣言をしてあげる
何故ならそれは、必要なことだったから
この長い夜を終わらせる為に、どうしても必要なことだったから
だからアタシはウオッカに宣言する
アタシが誰なのか、アタシがどんなウマ娘なのか...アタシが目指すものは何なのか、それを世界に高らかに宣言した
「覚えの悪いアンタのために、特別に改めて自己紹介してあげるわ
アタシはスカーレット、ダイワスカーレット
イチバンの...ウマ娘よ
」
早起きなドライバーのトラックが、近くの道路を駆け抜けていく
そしてそれが通りすぎると、あたりにはまた静寂が満ちる
呆気に取られたような顔をしていたウオッカの口の端が徐々につり上がっていく
「...ったく、存外あっさり回復しやがって...これ本当にオレ必要あったのか?」
「そうでもないわよ?アンタが言うように、こんなにもアタシがあっさり立ち直れたのも、今回ばかりは間違いなくアンタのお陰であるところが大きいわ。
もちろんそれ以外にもトレーナーと改めて向き合えたことや他にも要因だってあるけれど、それでもあの時アンタが模擬レースに誘ってくれなかったらきっとアタシはそのまま壊れてた。レース結果も合わせて今回ばかりは完敗ね」
そう苦笑するアタシはしかし
「だからこそ、アンタとの決着だけはちゃんとつけるわ
元々その為に日本に帰ってきたんでしょ?いつもアンタと走るときに手なんて抜いたことないけど、それでも今回はさらに特別よ。正真正銘、全身全霊で叩き潰してあげるわ。それに何より...」
そこでアタシはこちらを見つめるウオッカの目を真っ直ぐに見つめる
だって負けっぱなしは性に合わないから
よりにもよってコイツに...アタシが認める唯一のライバルに負けたままだなんて、そんなの納得できない
だからアタシはどこか驚愕した様子でこちらを見つめるウオッカの目を思いっきり睨み付ける
次は絶対に負けない、そんな想いを込めて目の前の最高の好敵手の瞳を凝視する
そして、あぁ...それに何より、だ
「...そこにどんな経緯があろうと、アタシに勝ったアンタは今、間違いなくイチバンのウマ娘よ。
だったらアタシにはアンタを倒す義務がある。だってアタシはイチバンのウマ娘だから。そうでないといけないから」
だから
「アタシはアンタを倒すわ。アタシがアタシであるために、死に物狂いでアンタの頭の上にあるイチバンの王冠を強奪する
覚悟しなさい」
そう言った直後だった
「.........ははっ
あははははははははははははははははははははははははははははははっっっ!!
」
特に何でもない穏やかな朝、その一角に突如として何百トンもの重力がかかっているかのような強烈なプレッシャーが漏れだしてくる
ミシミシと骨まで軋ませるようなそのプレッシャーを真っ正面から受けながら、アタシはそのまましばらく口を閉じる
そして、そんな超高圧空間の中心でひとしきり笑ったコイツは、笑いすぎたからか目の端に浮かんだ小さな雫を拭ってこっちを見た
「そっか!そうだよな!!
確かに今回ばかりはオレは挑戦者じゃない!お前が...お前が今回はチャレンジャーなんだよな!?」
なんだか新鮮だなぁ!
そう言いながらコイツはベンチから立ち上がると
「...だったらオレも負けるわけにはいかねぇな。こんな機会滅多にねぇし、何より絶対今までで一番楽しいレースになる!ここで引くなんてあり得ねぇ!それこそウマ娘じゃないよな!!」
そう言って一歩前に出る
そして
「...手加減はしねぇぞ?スカーレット」
「えぇ、望むところよ」
それで十分だった
...かくして最後のレースが幕を開ける
ある者は王冠を抱くものとして相応しい走りを見せつけるために死に物狂いで修練に励み
またある者は挑戦者として王者の抱く王冠を簒奪せんと血反吐を吐きながら修練に挑む
だが勿論、それはとある誰も知らない対決を控えた二人だけに限った話ではない
ある者は夢を抱いた
ある者は誰かの想いを抱いた
ある者は自身の存在意義を証明せんとし、ある者はまた勝利の栄光をこそ求めた
理由は違えど、皆必死で皆死に物狂いなのだ
そこに優劣などあるはずもない
だが悲しいかな、それでも勝者の栄冠を手に入れられるのはたった一人
秋シニア三冠、その最初の王冠にしてとある春の祭典と対になる権威ある盾を手に入れることができるのは、たった一人なのだ
だが、だからこそ彼女達は自らの命を燃やす
走って走って走り抜けた先に、きっと自身の求めるものがあるのだと、そう信じる、そう信じるしかない者達が、ここ東京のとあるターフの上に轡を並べるのだ
故にこそ、今高らかにその名を称えよう
彼女達が挑むレースの名前を!
かつてとある撃墜王が挑んだそれに匹敵する、ウマ娘にとって最高の栄誉の一つでもあるそれの名前を!!
イチバンでなくなってしまったとある少女が、今一度ただ一人のウマ娘として挑む最初にして最後の挑戦の名前を!!
そこに挑む彼女達に、せめて三女神の祝福があらんことを願って
天皇賞(秋)開幕
...の、前日の夜のことだった
「よいしょっと...」
静かな白い病室の窓の外から、突如としてそんな声が聞こえる
そして
「ふふん、ウマ娘の脚力に掛かれば、2階位ならわけないのよ」
そう言って、開かれた窓から一人のウマ娘が部屋の中へと入り込む
そして長いツインテールを揺らしながら彼女が歩いていった先には一つのベッドがあって
「...まったく、アタシってば何してるのかしらね、本当に」
そこに横たわる人物を見るなり、彼女はため息をつく
それは当然だ。何故なら今彼女がしていることは犯罪スレスレどころか限りなく黒に近いグレーだ
見つかっていないからこそ許されてはいるが、もし誰かがこれに気付けば即座に警備員がすっ飛んでくるだろう。
それでも...
「でも前来たときはそれどころじゃなかったしね...結局あの後アンタとこうして話す機会だってまったく無かったわけだし...」
それでも彼女には伝えたいことが
「だから今アタシがここにいるのは全部アンタのせい!アタシはなんにも悪くない!!いいわね!?」
犯罪行為ギリギリの今の現状であってもそれでも、目の前に横たわる彼に...
夜の寝静まった病室の中で、特に抑えていない普通の声量で喋る彼女の声に...――
――...それでも目を覚まさない自身のトレーナーに
どうしても今伝えたいことがあったから...
「だから...ねぇ、トレーナー
聞いてくれるかしら?」
と言うわけで、今回はここまでです
この展開に持っていくまで本当に長かった...
正直途中で何度も諦め書けましたが、それでもここまで来れたのは間違いなくこの小説を読んでくださっている皆さんのお陰です。本当にありがとうございます。
さて、それでは次回のレースがこの小説におけるダスカの最後の壁です。
ライバルに叱咤激励され、トレーナーの本当の想いを知り、再び立ち上がった彼女はこのレースで一体何を見るのか、何を選ぶのか
そして、彼女とトレーナーの関係は一体どういう終着点に帰結するのか
そして...?
この小説もついにクライマックスへと突入します
孤独に歩き続けた彼女のたどり着く先を、どうか優しく見守っていただけると幸いです