ウマ娘三部作Secondシーズン 鮮血の女王 ~メディアの覚醒~【完結】 作:DX鶏がらスープ
罪を犯した者が地獄へ落ちるのなら
徳を積んだ者が天国へ行くのなら
…どちらでもない者はどこへ行くのか?
???side
自分の生まれが人より不幸だと思ったことはない
かと言って人より幸運かと聞かれると、そう言う訳でもないだろう
良くも悪くも普通の家
それが僕の生まれた場所で、だからこそ僕には元より特別な使命も運命もなかった
忙しい生活の中で、それでも精一杯僕を可愛がってくれたとある地方のトレーナーだった父親と、そんな彼の元担当だった、同じく忙しい人で、それでもとても優しい人だった母親の子供として生を受けた僕がトレーナーを目指した理由なんて、ただ親がトレーナーだったからという理由でしかない
医者の子供が、そうであるからというだけで医者を目指すように、過去の僕がトレーナーを目指した理由もまた同じだった
なぜって?それはそれが一番手っ取り早かったから
もとより親の職を継ぐというのは歴史的に見て珍しいことでもない
そもそも職業選択などという概念ができた時代の方が後なのだし、そうでなくても一番身近な大人としての独立の方法なのだ。その子息が親のそれに最も影響を受けることなど改めて考えるまでもない
それに幸か不幸か、僕には才能があった。それこそ父親よりも上の、中央でも十二分にやっていける程のポテンシャルが
だからこそ僕は努力した
そして周りに言われるがままに、君ならきっと一流のトレーナーになれる、そんな周囲からの期待に応えようと僕が頑張ったのは、もう一つ
自身に夢がなかったから、希望がなかったから
人生をかけてでも叶えたいと願うだけの祈りも
絶対に守らなければならないと思う程に大切なものも
そんな御大層なものが何一つとしてなくて...
そんな空虚な僕には当然、なりたいことややりたいこと、そんなものも当たり前になくて...
だから僕は周囲の言うがままに振る舞った。先生が、友達が、両親が言うがままに、何一つとして自分で決められずに努力した結果として、だけど才能だけは人一倍にあった僕は、中央トレセンの資格試験を異例の若さで合格し上京した
そしてだからこそ後悔した
自分に何もないことを
夢がないことを
願いがないことを
背負うものがないことを
大切なものがないことを
周囲の人々に言われるままに生き、自身が何者なのか、どう生きたいのか、そんなことすら分からず空っぽなままに...それでも成果だけは十二分に出してきた為に人より早く大人になってしまった空虚な若造が見たのは、日々を全力で生きる少女達
自分とは正反対の...確固たる意思を持って自身の人生を完遂せんとする強い心を持った輝くようなウマ娘達
その大半が半ば惰性で走る地方のウマ娘達とは比べ物にならないほどにキラキラとした、まるで物語の主人公のような不屈の闘志と信念を持ったウマ娘達で...
(だから僕には出来ない...出来ない!!)
あんなにも夢に溢れ、希望に溢れ、命がけでそれに向かって努力する彼女達...ウマ娘達に、一体どの面下げて自分は言えるというのだろうか
僕と一緒に走ろうなどと
僕と一緒に夢を叶えようなどと
一体どうしてこんな男に、そんな彼女達に声を懸ける権利があると言うのだろうか?
一体どうして、ずば抜けたトレーナー適正、それだけの理由で周囲に持ち上げられるままに、覚悟も信念もなくトレーナーになってしまった男に、一度きりの人生を預けてくれなどと頼めるだろうか?
ふざけるな!
ふざけるな!
ふざけるな!
舌の根が腐ったとしてもそんなことなど言えるものか!
見ただろう彼女達がどれだけ真剣に走っているのかを!どれだけ自分の夢に命をかけているのかを!!
だったらそんな彼女達のそんな本気の想いに応えられるのは自分のような人間ではないだろう!?
彼女達の為に本気で生きられる、そんな強い信念を持った人間だけで、決して自分のような伽藍堂な人間ではないはずだ!!
自己嫌悪に吐きそうになる
情けない自分の体を八つ裂きにしたくなる
だけど、逃げることは許されない
なぜならそれでも今の僕はトレーナーだから
例え相応しくなかろうと、それでも今の僕がトレーナーであることだけは事実であり...だからこそ余計に僕は苦悩する。自己矛盾に苛まれる
あぁ...だから僕はもう、ハッキリ言って限界だったんだ
これまで何となく生きてきた僕にはあまりにも眩しすぎるウマ娘達の生きざまに、そんなあまりにも重すぎるものを背負うにはあまりにも頼りない自身の空虚さ
それを自覚する度に僕の中で膨らむのは申し訳なさと絶望感
自分では彼女達を支えられないという申し訳なさと、自分はトレーナーには向いていないのではないかという絶望感
それに押し潰されそうで...
だけど誰にも助けを求めることができなくて...
空っぽな僕は、自身の弱さを認識しながらも、それでも何もできなくて...
風が吹く
僕からの問いにスカーレットさんは少しの間黙り込む
その沈黙が1秒だったのか、それとも1時間だったのか、それは僕には分からない
だけどいずれにせよ、それは僕にとってはあまりにも長く重い時間で...
(僕は一体、彼女に何を期待しているというのだろうか...)
そんな後悔が込み上げてくる
自分の浅はかさが嫌になる
だってそうだろう。彼女が頑張る理由、それを聞いたところで何になる。長年追い求めてきた夢を叶える為、今まで支えてくれた人々の期待に報いるため、そんな理由を聞いたところで、一体何になると言うのか
彼女の固い信念と、そんなものを持ち合わせない自身との差異が明確になるだけであり、それ以上のことなど何もないじゃないか
だからこそ
「...ごめん、スカーレットさん。
やっぱり今のは――」
そう言って僕は自身の失態をなかったことにしようとする
そもそも最初から彼女と僕は担当でもなんでもない。お互いに多少の面識があるとは言え、逆を言えば本当にそれだけだ
だからこそ、僕は彼女が自身のそんな質問に答えてくれるとも思えなくて...
「あら、そんなの簡単よ」
だけどスカーレットさんは事も無げにあっさりと答えた
それは彼女の走る理由
イチバンのウマ娘、それを追い求める彼女の根本原理
どうしてイチバンでなければならないのか、そんなダイワスカーレットというウマ娘の真理で...
「アタシがイチバンに拘る理由はね...――」
だからこそ、それがすべての始まりだった
僕というトレーナーの、そしてダイワスカーレットというウマ娘の
「...――そうでないと我慢できないから
ただそれだけよ」
それが、始まりだったんだ
次回、始まりの日