ウマ娘三部作Secondシーズン 鮮血の女王 ~メディアの覚醒~【完結】 作:DX鶏がらスープ
今更ですが確認しときますね
この小説のタイトルは『鮮血の女王~メディアの覚醒~』です
それではどうぞ!
(「本当に...行っちゃうの?」)
ポツリと、そう私は呟く
(「本当に...この国を出て行くつもりなの?」)
衝動のままに私は彼女へと問いかける。だけど彼女は答えない
静かに、目の前の墓石に手を合わせるだけで...
(「~~~っ!!」)
だから私は我慢できなくて
目の前の理不尽な事実を認めたくなくて
大切な人を、また一人失う悲しみに耐えきれなくて...
(「答えてよ!スカーレットちゃん!!」)
持ってきた手桶から柄杓で水をすくう
そしてそれを墓石の上からかける
特になんと言うこともない、至って普通のお墓参りの作法
それを終えて少しの間黙祷を捧げた私は、改めて目の前のお兄ちゃんの眠る墓石に向き直ると言った
「ごめんね、頻繁に来られなくて」
当然それに対する返答はない
誰もいない霊園は静まり返っていて、生き物の気配すらない
次第に近づいてくる冬の足音を知らせるかのごとく、たまに冷たい風があたりを吹き抜けていくだけだ
そんな中で、それでも私は物言わぬ墓石の前で話を続ける
最近あったちょっとしたことや、自分の近況なんかを冷たい墓石に向かって語りかける
なにせここに来るのは随分と久しぶりなのだ
本音を言うならもう少し頻繁に来たいところなんだけど、悲しいことに私にもやらなければならないことがある
言い訳じみてるとは自分でも思うけど、それでも特に最近は、色々と立て込んでいて、なかなかここに来る時間が取れなかったというのもまた事実
だからこそ会話も弾むというもの
...例えそれが、究極的には独り言に過ぎなかったとしても、それでもかつての好きだった人の前なのだ。この時間は、私にとっては数少ない、心休まる時間であることは間違いない
そしてだからこそ
(...)
ちらりと隣を見る
だけど、そこには誰もいない
私がここに頻繁に来れなかった...ううん、敢えて来なかったもう一つの理由
真紅の名前を冠するウマ娘
私と同じかそれ以上に、このお墓の下に眠る人のことを想う少女は、だけどそこにはいなくて...
ザアァァッッと、横合いから吹き抜けた風に、近くに落ちていた木の葉が舞い上がる
くるくると回転しながら落ちてくるその中に、私は一枚の鮮やかな朱色に染まった紅葉の葉を見つける
「...」
赤い残像が目の前を過る
思わずそれに手を伸ばすけど...届かない
過ぎ行く季節の最後の名残は、音もなく私の手をすり抜けてどこかへと飛んでいく
そしてそれがあまりにも赤かったからだろうか
思い出すのはあの日の記憶
忘れたくても忘れられない記憶
たった一人の親友との別れの記憶
あの日の、スカーレットちゃんとの最後の語らい...
...........................
.................
.........
許せなかった
彼女を排斥する世界が
一生懸命に走り続ける彼女を、ただ懸命に今を生きようとする彼女を非難し、攻撃する人々が
"鮮血の女王"だなんて...
本当は誰よりも優しい彼女を...人一倍泣いてもがいて苦しんで、それでもなお走り続ける、そんな誇り高いウマ娘を貶め、目の敵にする
そんな薄情で理不尽な世界が許せなかった
悔しかった
目の前の現状に対して何もできない自分が
何がインフルエンサーだ
何が300万フォロワーだ
何が有名ウマスタグラマー「Curren」だ
方々走り回って、色々なところに頭を下げて、できることを全部やって、それでも...それでも大切な人を救えなかった
大好きな人に迫る死の運命を、もしかしたら自分なら覆すことができたかもしれないそれを、結局覆すことができなかった
それどころか、今度はたった一人の親友の窮地さえ救えない
心ない罵詈雑言の嵐の中で傷ついていく彼女を、守ってあげることすらできない
そんな無力で情けない自分が悔しかった
そして悲しかった
どうしようなく悲しくて悲しくて仕方がなかった
誰も彼女を正しく評価しようとしないことが
誰も彼女のことを知ろうともしないことが
誰よりも強くて誰よりも優しい、そんな自慢の親友の名前が、有史始まって以来最悪のヒールとして語られることが、悲しくて悲しくて仕方がなかった
「スカーレットちゃんは何も悪くないのに!」
思わず漏れたその言葉と共に何かが頬を伝う
だけどそんなものを気にする暇がない程に、私の胸の中は怒りと悔しさと悲しさでいっぱいで...
「何も...悪くなんて、ないのに...!」
ポロポロと頬を伝うそれが石畳へと落ちていく
それでも私は気にせず叫ぶ
この胸の内にある激情を、あふれんばかりの嘆きを押さえることは、もう私にはできなくて...
「どうして...どうして...!」
ついに私はその場に泣き崩れる
それと共に溢れてくるのは大切な思い出
私とスカーレットちゃんと、そしてお兄ちゃんとの三人の思い出
これまでの人生で一番楽しくて、一番暖かかった、大好きな二人と共に過ごした掛け替えのない思い出だったから...
(おかしいよ!スカーレットちゃんは頑張っただけじゃない!!
自分の夢と、お兄ちゃんとの約束の為に走り続けただけじゃない!!)
走マ灯のように目の前を流れていく思い出の中にはたくさんのスカーレットちゃんがいる
トレーニングを頑張る真剣な表情のスカーレットちゃんに、一緒に遊びに行って楽しそうな表情を浮かべるスカーレットちゃん
同室のウオッカちゃんとケンカをして怒ってるスカーレットちゃんや、タキオンさんに構ってもらえて嬉しそうなスカーレットちゃん
猫に逃げられてちょっと悲しそうなスカーレットちゃんに、ホラー映画を見て怖がるスカーレットちゃん
それに何より、お兄ちゃんと一緒にいて幸せそうに微笑むスカーレットちゃん...
(何がヒールよ!何が"鮮血の女王"よ!!)
そんな私が知っているたくさんのスカーレットちゃんの姿は、巷で言われるような、彼女の姿とは似ても似つかない
私が知っているスカーレットちゃんは、強くて、かっこよくて、いつでも自分の夢に一生懸命で
でもそれだけじゃなくて、周りの人達にも優しくて、だけど大好きな人にだけは素直になれなくて
人並みに悩み、人並みに苦しみ、そして人並みに恋をする
そんな少女で...
(普通の...どこにでもいる普通のウマ娘じゃない!!)
だからこそ私は納得ができない
そんな彼女を取り巻く悪意が、不条理が、私にはどうしても納得できなくて...
嗚咽が止まらない
涙が後から後から溢れてくる
私とスカーレットちゃん、二人しかいない霊園に私の泣き声が木霊する
そんな私の前にふっと影がさす
そして
「...ありがとう、カレン」
そう言って私の前にしゃがみこみ、頭をなでるスカーレットちゃんの手は、びっくりする位に暖かくて...
それはまるで...
(「だから大丈夫!あなたは強い子よ!きっとここでもやっていけるわ!!」)
まるで、初めてあったあの時のようで...
「スカーレット...ちゃん...」
思わず顔を上げた私の目に写ったのは、少しだけ困ったように微笑むスカーレットちゃんの笑顔
本当にしょうがない子ね
そんな声が聞こえてきそうなその笑顔はだけど、なぜか私のもう一人の大切な人の...
(「ごめんね、カレン」)
お兄ちゃんの...スカーレットちゃんのトレーナーの笑顔にとてもよく似ていて...
無人の霊園に風が吹く
長い長い冬の訪れを告げるかのように、冷たい木枯らしが私達の間を駆け抜けていく
そんな中で
「!ま、待って!スカーレットちゃん!!」
スッと、気が付くと私の頭の上に置かれていたその手は引っ込められていた
そして目線を上げた先、いつの間にか再び立ち上がっていたスカーレットちゃんは、そのままその場を立ち去ろうとしていて...
「嫌だ!嫌だよスカーレットちゃん!!
私もう、あなたが傷付くところを見たくない!」
そんな彼女を止めようと、私は必死で言葉を紡ぐ
恥も外聞もなく、みっともなく泣きわめく
「大切な人をこれ以上失いたくないの!お兄ちゃんだけじゃない!スカーレットちゃんまでいなくなっちゃったら...私...私!!」
ただ国外に行くだけなのに大袈裟な
私の中の冷静な部分がそう囁く
確かに簡単に会えなくなるのは事実だけど、それでも今生の別れというわけでもあるまいに
なぜそんなにも必死になる?
そんなごもっともな理性の声をしかし、私は全否定する
絶対に行かせてはダメだと
そんな根拠も確証もない、それでもなぜか頭の中で鳴り響く謎の警鐘に突き動かされるように、私は懸命に彼女に追いすがる
だってなんだか嫌な予感がするから
もしこのまま行かせてしまったら、私はもう二度と彼女に会えないような気がしたから
もしこのまま行かせてしまったら、スカーレットちゃんはそのままどこかに消えてしまうような気がしたから
きっと今を逃したら次はない
取り返しのつかないことになってしまう
これが引き止める最後のチャンスなんだって、そんな気がしたから...
「だからお願い!行かないで!!」
風が吹く
再度の木枯らしが吹き上げた真っ赤な紅葉が、ひらひらと宙を舞いながら落ちてくる
そんな中でスカーレットちゃんが振り返る
長い栗毛を翻し、赤い紅葉の降る中でこちらを振り向く彼女の姿には、どこか触れてはいけないような神秘的な美しさが宿っていて...
私は思わず息を飲む
そして、こちらを向いたスカーレットちゃんが口を開く
その時に彼女が言った言葉を、私は今だに忘れることが出来なくて...
........................
.................
.........
霊園は静寂を保っている
まぁ、用事がなければほとんどの人はお盆くらいしか来ない、そんな場所だ
だからこそ、周囲に人の気配はない
そして一瞬の回想から引き戻された私の前には、さっきと変わらない墓石が静かにそこにあって...
「...ねぇ、スカーレットちゃん
あなたの夢は叶ったよ」
目の前の冷たい石の塊を前にして、私は小さく呟く
そう、あの時彼女は言ったんだ
「今はもう誰もあなたのことを“鮮血の女王”だなんて言わない...
だってもう、あなたはそんな安直な名前で言い表すことができるような存在じゃないから」
それでもアタシはイチバンのウマ娘だからって
そうあり続けるって、あの人と約束したからって
だから...約束は守らなきゃって
そう言って微笑むスカーレットちゃんを、結局私は止められなかった
そう言ってこの国を去っていくスカーレットちゃんを、私は見ていることしかできなかった
そして...
「
“The Scarlet”...
この国だけじゃない、世界中のウマ娘をレースで血の海に沈めたスカーレットちゃんに相応しい呼び名は、女王なんて称号ごときじゃ役不足...
そういうことらしいよ?」
彼女は神話になった
あの秋の天皇賞の後、宣言通りにジャパンカップと有馬記念の冠を勝ち取り、現トウィンクルシリーズにおける最大の戦場
文字通り、この国すべてのウマ娘の頂点を決める究極のバトルロワイヤル
かつて変幻自在の走りですべてを翻弄し、当時の三冠ウマ娘ナリタブライアンをも破ったという稀代の名ウマ娘、マヤノトップガンとそのトレーナーが中心になって築き上げた、すべてのウマ娘が輝ける場所
彼女が遺した最後の偉業であるURAファイナルズすら制したスカーレットちゃんの強さは、決して井の中の蛙ではなかった
最初に制したドバイワールドカップを皮切りに、イギリスのプリンスオブウエールズステークス、アメリカのブリーダーズカップ・クラシックなどなど...
この国を出たスカーレットちゃんは、その後数々の国とレースを渡り歩き、そしてその全てにおいて勝利を収めた
海外の名だたるウマ娘達に、影すら踏ませずひたすらに勝ち続けた
結局スカーレットちゃんは、引退するまで私的なレースも含めて一度も負けることがなかったんだ
「もうあなたの名前は永遠に忘れられることはない。」
だからきっと、本来私は祝福すべきなんだ
「これからは皆、赤色を見るたびに思い出す」
彼女の成し遂げた偉業を
世界中の誰にだってまねできない、本当の意味で一番のウマ娘になった彼女の勇姿を
親友である私が誉めずして、一体誰が誉めると言うのだろうか
だからこそ
「返り血にまみれた一人のウマ娘のことを
数年という短い間、それでもこの世界のすべてのウマ娘を跪かせた、そんな絶対の女王のことを
間違いなくあなたは今日までにおいて、そして未来永劫、一番のウマ娘であり続ける...」
私はなんとか笑顔を作ろうとする
「...良かったじゃない、スカーレットちゃん。あなたはもう、誰の目から見ても間違いなく一番のウマ娘よ」
心からの祝福を
賛辞を
「誰にもできないことを...あなたは成し遂げて...」
胸の奥から絞り出そうと...
「成し...遂げて...」
だけど
「...祝福できるわけがないじゃない!!」
だけど、それができなくて私は思わず叫んでしまう
だって...だって...!
「ねぇ、スカーレットちゃん!そんなものが、本当にそんなものがあなたの求めていたものなの!?」
確かにスカーレットちゃんの業績はそれこそ驚天動地と言うに相応しいものだ
無敗三冠シンボリルドルフどころか、この国における最強と名高い伝説のウマ娘シンザンですら同じことはできない
いや、世界中探したってここまでの業績を残したウマ娘がいるだろうか?
それを否定する気は一切ない
そこは純粋に称賛できる
それだけなら
だけど
「誰からも嫌われて、憎まれて...たった一人で座る孤独な玉座が、あなたの本当に求めていたものなの!?」
ギリッと噛み締めた奥歯が音をたてる
そうだ、だけどそんなスカーレットちゃんの誰から見ても明らかなその偉業は、逆に呪いとして彼女自身に降りかかる
――もし彼女がいなければ、どれだけの輝くような才能が芽生えただろうか
――彼女のせいでこの世界のレースの歴史が10年は遅れることになるだろう
――彼女は災害のようなものなのだ
だからこそ我々はただひたすらにそれが通りすぎるのを待つしかない
嵐が過ぎ去るのを待つように、“The Scarlet”が通りすぎるのを待つしかないのだ...
人々はそんな戯れ言を垂れ流すばかりで、誰もスカーレットちゃんを祝福しようともしない
どころか憎悪し、嫌悪する
あまりにも大きすぎる偉業はだけど、そっくりそのまま彼女を蝕む呪いに反転する
まるで彼女を咎めるように
彼女の存在そのものが罪であるかのように
それがどうしようもなく腹立たしくて悔しくて、そして悲しくて...
「もしかしたらスカーレットちゃんは満足なのかもしれない。自分の夢を叶えられた...お兄ちゃんとの約束を守れたんだから
...だけど、だけど!!」
なんだそれは!?
なんだそれは!?
なんだそれは!?
努力した者が必ずしも報われるなんてことがないこと位、もうとっくに分かってる
どんなに頑張っても手が届かないものがあることくらい分かってる
だけど、彼女は違う!
頑張って頑張って...走り続けた彼女は見事に夢を掴んだ
誰にもできないことを、彼女にしかできないことを成し遂げたんだ
それならせめて、それを認めるのが筋と言うものではないのか?
なにも崇め奉れなんて言うつもりはない
だけど一生懸命頑張って、そしてその果てに宿願を達成したというのなら
ましてそれが、今まで誰も成し遂げたことのない快挙だというのなら
そんな尊敬すべき挑戦者に対して、せめておめでとうの一言程度は言ってしかるべきではないのか?
さっきも言ったけど、別に大袈裟に騒ぎ立て崇拝しろだなんて誰も言わない
それでも、そんなにも大それたことなの?
立ち塞がる試練を乗り越えた勇者に、相応の祝福があって欲しいと望むことは
たった一言で良い
頑張ったねと、そんな労いの言葉を望むことは、そんなにも罪深いことなの?
だからこそ私は素直にスカーレットちゃんを祝福できない
誰よりも傷付き誰よりも苦しみ、それでも誰よりも力強く走り抜けた親友のたどり着いた結末をどうしても許容できない
例え本人が満足していたとしても、それでも私には納得できない
だから
「私は...認めない」
そう言って私はゆらりとその場に立ち上がる
「野暮でも偽善でもありがた迷惑でもなんでも良い!それでも、私はあなたに...スカーレットちゃんに幸せになって欲しかった!!」
改めて目の前を見る
そこには私の救えなかった人の眠る場所が...私の罪の証がそこにあって...
「大切な人達に...幸せになって欲しかった...」
それを見ると自分がどれだけのものを失ったのかが身に染みる
絶対に手放してはいけないものを、それでも失ってしまったんだと
喪失の重さが私の身にふりかかる
...あぁ、だからこそ...
「...見ててお兄ちゃん、スカーレットちゃん」
私はお兄ちゃんのお墓に背を向ける
「必ず、こんな結末を変えてみせる
二人を救ってみせる」
私は歩き出す
と同時に確信する
きっとこの先に待っているのは絶望しかなくて...
可能性なんてものは、それこそ十万億土の彼方にしかないんだろうなってことを
地獄すら生ぬるい狂気と苦痛に満ちた旅路になるんだろうなってことを
不思議と私は確信する
それでも
「二人が幸せになれる未来を、私が作ってみせるから」
それでも私は諦めない
例え何度やり直すことになったとしても、それでも絶対に成し遂げてみせる
私を救ってくれた二人を、今度は私が救うんだ
「...待ってて」
見上げた空は、それでもやっぱり、どこまでもどこまでも青く、高く広がっていて...
果てなんて見えない
それでも、きっとそれは私が望む未来まで繋がっているって、信じてるから...
――かくして少女は歩き出す
運命に翻弄され続けた彼女はしかし、遂に自らを弄んだそれに牙を向く
大切な人を救うために
もう一度彼らが笑いあえる未来を掴むために
コルキス王のもう一人の娘は地獄へと自ら歩き出す
だが、それを知る者は誰もいない
とある霊園の片隅にある小さな墓石と、そこに供えられた真っ赤な花以外に、それを知る者はいない
そしてその後、彼女を見た者もまたいない
まるで最初からこの世界に存在しなかったかのように、忽然とその姿を消した彼女の行方を知る者もまた誰もいない
これはとある少女の後日談
今ではもうその名残すらどこにも残っていない、失われた物語
長い長い旅路のプロローグ
時の彼方に過ぎ去ったいつかどこかの夢物語...
次回、完結