【遊戯王GX × ZEXAL】十代と決闘庵‼︎/遊馬VSクロノス校長‼︎ 作:ふれれら
「あ、あ、当たったー!!!」
遊馬は震えながら飛び上がった。
掲げた、一通の白い封筒。
デュエルアカデミア体験入学チケット。
アカデミアの校章をかたどった赤い封蝋が、艶やかに光を弾いた。
「デュエルアカデミアウラー!」
「すげえ! デュエルアカデミアの体験入学チケットって言ったら、人気すぎて宝くじより当たらねえって有名なヤツじゃん!!」
「とどのつまり、ものすごくラッキーです!」
「羨ましいウラー!」
昼休み、屋上にて。
職員室から戻った遊馬の手に掲げられたスペシャルチケットに、皆がわっと集まった。
第二幕【デュエルアカデミア体験入学⁉︎ 遊馬 VS クロノス校長‼︎】
デュエルアカデミアの体験入学は、全国の中学二年生を対象に夏休みと冬休みの二回行われている行事だ。
絶海の孤島、デュエルアカデミア。全国の少年少女の憧れのデュエル専門学校だ。中高一貫校としては異例の倍率の高さを誇り、特に高校からの編入は、激戦の超難関と言われている。
デュエルアカデミアは世界中に分校があるが、国内には二か所だけ。
海馬コーポレーションのお膝元、ネオドミノシティ分校。
そして、最も人気なのが、ここ。
太平洋のド真ん中に浮かぶ常夏の孤島、デュエルアカデミア本校だ。
体験入学チケットの当選は、デュエルアカデミアに惹かれる子どもたちにとって、根強い憧れだった。
「ほー、よかったじゃねえか。お前の成績でよく審査に通ったな」
凌牙は昼食のパンをかじりながら、首だけ遊馬の方に向けてそう言った。
「えっ、アカデミアのチケットって、審査なんてあるの?」
首を傾げた小鳥に、凌牙がこともなげに「応募に通知表のコピーがいんだよ」と答えた。
「抽選って体裁だが、まぁほとんど受験応募みてえなモンだな。デュエルアカデミアの体験入学チケットは、応募に学校の通知表と推薦状がいる。コイツの担任、よっぽど上手いこと書いてくれたってこったな。遊馬、お前、応募するときWDCで優勝したこと書いたか?」
「おう、カイトんとこ行って大会優勝の証明書類と推薦状、作ってもらったんだ!」
デュエルアカデミア体験入学の応募手続きは、超難関だけあって凄まじく煩雑だ。遊馬の場合は、難しすぎて泣きながら担任やカイトを頼って何とか応募にこぎつけた。
「シャーク、すげー詳しいんだな! シャークは去年応募しなかったのか?」
「ばっか、お前、当たるわけねえだろうが」
明らかに応募要項を調べたことがある口ぶりだった凌牙は、口が滑ったと言いたげに遊馬の前で苦笑した。
曖昧に濁した凌牙の苦笑に、遊馬はそこで初めて、応募の履歴書には、入選した大会だけでなく、
全国大会。
優勝していたら、シャークこそ当選が確実だったかもしれない。
きっとシャークは、一年生の時にデュエルアカデミアの応募方法を調べ、これから出る全国大会の優勝を目指して勝ち進み、そして、諦めたのだ。
全国大会を不正で失格。
シャークの苦笑には、とうに諦めたものへの、わずかな惜別があった。
「……ばーか、そんな顔すんな。それよりせっかく当たったんだ、寝坊して遅刻なんざすんなよ」
「遊馬なら、」
「やりかねないウラ」
「し、しねえって!」
鉄男たちから一斉に笑い声が上がった。
たはは、と頭を掻いた遊馬は、もう一度チケットを宝物のように持ち直した。
シャークの視線が、温かみのあるものになって細まった。
が。しかし。
悪い偶然とは重なるものなのだ。
「ふんぬー!!かっとビングだ、オレー!!」
遊馬は動けない老婆を背負って雄叫びを上げた。
炎天下の陽射しの下、腰を痛めて動けなくなっていた老婆を遊馬が見つけたのは、デュエルアカデミア体験入学のために駅に向かっている最中だった。
「すまないねぇボク、急いでたんじゃないのかい? やっぱり少し休んでから歩いて病院に行くから、ボクは……」
「ダメダメ、こんなにあっちいんだぜ! ばあちゃん、動けなくなってる間に熱中症になっちまう! うちのばあちゃんが言ってたぜ、ばあちゃんになってからの熱中症は危ないんだって。ほら、病院見えてきたぜ、あとちょっと我慢してくれよな、ばあちゃん。かっとビングだ、オレー!!」
大きな病院の階段を一生懸命に登って、自動ドアをくぐると、冷たい冷房が流れ込んできた。
老婆を待合室のベンチまで運ぶと、遊馬は滝のような汗を拭った。
「ふう、よかった。ばあちゃん、オレ病院の人呼んでくるから、そこで休んで、」
「────お、おま、なんでここにいんだ!!!」
病院の待合室で、突然大声が上がった。
遊馬が振り返ると、そこには妹と並んで目を丸くした、シャークが指をさして立っていた。
「えっ、シャーク!? どっか怪我したのか!?」
「ちげえよ俺は璃緒の定期検査の付き添いでっ……! それよりなんでこんな時間にココにいやがる! デュエルアカデミアの体験入学はどうした!!」
「やべっ!」
遊馬はエントランスの時計を見上げて焦った。
駅の電車の時間はとうに過ぎていた。
「っくそ! 隣町の駅まで送ってやる! 正面にバイク回してくる、待ってろ!」
「お、おう! ばあちゃん、大丈夫か?」
「大丈夫だよ、ありがとうねえ。ボク、お名前は?」
「遊馬! 九十九遊馬! ばあちゃん、気を付けてな」
「九十九? もしかして、お春さんのところの……」
「え? ばあちゃん、うちのばあちゃんのこと知ってんの?」
「おい遊馬! 馬鹿急げ!!」
「やっべ! ばあちゃん、じゃあな!」
遊馬は慌てて走り出した。
シャークの背中に飛び付くように乗って、グンッと先端を持ち上げて飛び出したバイクに、振り落とされないように必死に掴む。
「くっそ、あと15分……! オイ遊馬、十時半の電車はもう無理だ! 次のヤツに死んでも間に合わせてやるから、走れ! いいな!」
「お、おう! ……悪りぃ、シャーク、オレ、シャークに絶対遅刻すんなって言われてたのに」
「まったく、手がかかりやがる! しゃあねえ、テメエはそういうヤツだよ。あのばあさん、知り合いか?」
「うんん、道の途中で転んで動けなくなってて……」
「そうか。まあ、テメエらしいか」
凌牙がごちた。
背中に掴まったまま、遊馬は座り悪そうに、もぞもぞと動いた。
「なあ、シャーク。あのさ、シャークさ、その……もう。デュエルアカデミア受験しねえの?」
「なんだ、お前、この前のことまだ気にしてたのか。別にもう未練はねえよ、俺はとっくに今の学園の高等部にこのままエスカレーターで行くって決めたんだ。
シャークはぼやいた。
大会と璃緒の事故を経て、自分の心の在り方は変わったのだと。
雄弁に語る優しい声音だった。
「そっか」
「だからよ、俺はもう未練はねえけど。……まあ、テメエが万が一受かったら、……少しだけ、嬉しいかもな」
「シャーク」
「お前こそ、どうなんだ。デュエルアカデミア、もう決めてんのか」
「それがさ、本当はすげえ迷ってんだ。みんなと一緒にこのまま高校行って、父ちゃんが教えてる大学で冒険家を目指すのもすげえ楽しいと思うし、けど、デュエルも大好きだから、だから、……決めらんなくて」
「なら、ますます良かったじゃねえか。体験入学なんだろ」
シャークの背中が、優しい空気をまとって静かに揺れる。
「楽しんでこいよ。慣れねえ頭使わねえで、今日はそれだけ考えてろ」
「……おう!!」
「そら、着くぞ、走れ!!」
キッとタイヤを鳴らして、ダイナミックに駅の出口に横付けしたバイク。
遊馬は飛び降りて、走りながら手を振った。
「ありがとう、シャーク! 行ってくる!!」
「行け、遊馬!! ……がんばれよ」
風のように駆けていく、もう雑踏に紛れて豆粒のように遠くなった遊馬の背中を見て、凌牙はフッと微笑んで小さくこぼすと、ヘルメットを被り直し、踵を返してアクセルを踏んだ。
◇ ◇ ◇
「デュエルアカデミア体験入学に、ようこそなノーネ!」
集まった子供たちから、ワッと歓声が巻き起こった。教師陣から拍手が上がった。
「わーたくしはデュエルアカデミア校長、クロノス・デ・メディチなノーネ! 決闘者の卵の諸君にはこれかーら、二泊三日でデュエルアカデミア本校を体験してもらうノーネ!」
告げられた言葉に、子供たちの空気が待ちかねたようにソワソワしだす。
「今夜は飛行機に乗ってアカデミアへ向かーい、オベリスクブルー寮で歓迎パーティが行われるーノ。優秀な先輩たちが、優しく皆さんを迎えてくれますかーら、ご馳走を食べながーら、デュエルや入学後のこと、何でも相談すると良いでショウ」
後ろで不安そうな顔をしていた女子生徒が、ほっとしたように笑顔になる。
ひとりひとりの反応を見ながら演説は続いた。
「明日はアカデミアの施設見学と、授業体験があるノーネ。アカデミアのレベルの高い教育に触れて、今後の皆さんのお勉強に役立てて下さーい。午後にはお待ちかねの、最新ソリッドビジョンでーのデュエル体験と、学年代表の先輩たちのエキシビションデュエルが行われるーノ。アカデミア最高峰のデュエルを見て、大いに刺激を受けてくださーい」
子供たちの視線がパッと期待に輝く。
各々が皆、デッキを持ち直したりさすったり、落ち着きなくしていた。そんな子供たちの様子に、クロノスが微笑ましげに「おっほん」と咳払いした。
「今年もデュエルアカデミア体験入学には、全国から応募が集まりましたーノ。ここにいる皆さんーは、幸運にも体験入学チケットを手に入れた、同じ夢を目指す仲間ーで、同時にライバルでもあるノーネ。二泊三日の短い時間デスーが、大いに夢を語り合うノーネ! そう、集まったこの五十人で……ん? 五十?」
クロノスは演説の途中で怪訝な顔をした。
五列に並んだ子供たち、一番端が一人欠けていた。
「ん? ひとり足りないノーネ?」
「クロノス校長、一名は会場にまだ到着していないようです」
教師の一人が耳打ちした。
「いかがいたしますか。集合時間はとっくに過ぎてますし、栄光あるこの場に遅刻するような落第生は、置いていくのが妥当では……」
「それはいけませンーノ」
クロノスはパッと向かい合った。
「タダの遅刻なら良いですーが、途中で事故で動けないようなことでもあれば大変ナノーネ。ここにいるのは皆、未来の生徒たちナノーネ。体験入学である以上、今はどの子も平等に我々の大事な生徒でスーノ。応募票の連絡先に電話をして、安全状況を確認するノーネ」
「はっ」
パタパタと動き出した教師陣に、クロノスは上を見上げ、長く息を吐いた。
「毎年、何十回と行ってきた体験入学ですーが、遅刻者は初めてナノーネ」
クロノスは懐かしそうに忍び笑った。
「シニョール十代を思い出すノーネ。あのこーも大事な入学試験に遅刻してきーた、最初から困ったドロップアウトボーイだったノーネ」
クロノスは感慨深く思い返した。
「あっという間の30年だったノーネ。長年このデュエルアカデミアに尽くしてきたわたくしーも、ついに今年で定年ナノーネ。思い出がありすぎるノーネ。まだまだこの学校でやりたいことが多すぎるノーネ」
クロノスの脳裏に、数々の教え子たちの巣立っていく姿が流れて消える。
「生徒はみな黄金の卵パンの卵ナノーネ、可能性の塊ナノーネ。どの生徒たちも可愛い教え子ナノーネ。けれど、手のかかる生徒ほど、可愛いものナノーネ」
クロノスは密やかに微笑した。
「思えば、わたくしーの長い教師生命でも、あのシニョール十代のような、強烈で可能性に満ちあふれたドロップアウトボーイには、ついぞお目にかかることはなかったノーネ」
ふーっと長く息を流したクロノスは、静かに呟いた。
「思い残すことはないノーネ。けれど、ひとつだけ叶うとしたら、また会ってみたいノーネ」
クロノスはゆっくりと目を閉じ、瞼の裏に残る青春に微笑んだ。
「あの日のシニョール十代のように、突然彗星のように現れて、学園中をドタバタに巻き込んで、まぶしいほど楽しそうにデュエルする、そんな。……そんな、可能性に満ちあふれた、手のかかるドロップアウトボーイに────」
郷愁を表情に乗せて、ふっとクロノスは首を振った。
「さて、待たせている子供たちを不安にさせてはいけないノーネ。これも教師の務め……おっほん! えー、諸君、今から予定を変更して、デュエルアカデミア校長であるわたくしクロノス・デ・メディチが、キミたちに直々にデュエルを見せてあげるノーネ!」
「わっ!」
「マジで!?」
「噂のアンティークギアが見られんの!?」
「うおー!」
「滅多にないことでスーノ、よぉく見ておくノーネ。さて、相手は、そうですーね、若手の教師から一人選んで───」
(懐かしいノーネ。あのときもこんなふうに、生徒たちの前でデュエルしたノーネ。……そう、ちょうどこの会場だったノーネ。そう、遅刻したドロップアウトボーイが、あのドアから、)
バンッ!
ドアを開け放つ大きな音に、クロノスはハッとした。
視界にひらりと飛び込む『赤い色』に、クロノスはハッと振り返った。
(シニョール十代──ッ!?)
「お、遅れました!! 番号39番、九十九遊馬!……です!」
赤い裾が、はためいた。
飛び込んだ、赤い色
目に映ったのは
まだ入学したばかりの頃の十代の姿で。
あどけない十代が、ニカッと、笑って
クロノスは、思わず目をこすった。
幻が消えたとき。
そこにいた、あどけなさを面影に残す少年に。何度も何度も、瞬きした。
もうとっくの昔に廃番になった
旧オシリスレッドの制服がはためくのを
数十年ぶりに
クロノスは、見た気がした。
(まぼろし、ナノーネ……?)
「ま、間に合ったぁ…!」
「どこが『間に合った』だ! 三十九番!」
へにゃへにゃと座り込んで、脱いだ上着を抱え込んだ少年の前に、引率の教師が、カリカリしながらツカツカと歩み寄った。出席簿がビシッと突き付けられる。
「体験入学は時間厳守! 遅刻などもってのほか! 理由なき遅刻は資格放棄とみなし、チケットの没収と参加資格の剥奪を……!」
「待つノーネ」
若手教師を手でスッと制して、クロノスは少年の前に立った。
遊馬はパッと勢いよく顔をあげて
クロノスをまっすぐ見上げた。
その瞳の力強さに
少しだけクロノスは息を呑んだ。
「シニョール、ひとつ質問ナノーネ」
クロノスは、問いを口に乗せた。
「ここにいる若者たちは皆、デュエルに夢を賭ける子供たちばかりナノーネ。シニョール、貴方にもあるノーネ? そのデッキで叶えたい夢が」
遊馬は目を丸くすると、瞬く間にキラリと目を輝かせた。
赤い瞳が美しく夢を映し込んで煌めく。
赤い少年は、驚くほど身軽にくるりとバク転して立ち上がると、デッキを真っ直ぐ前に突き付けた。
「オレの夢は、デュエルで世界チャンピオンになること!!……です!!」
夢を追う瞳の強さは
クロノスの知る少年に、あまりに似ていた。
クロノスは、ふっと表情を緩めると、くつくつと笑った。
突然笑い出したクロノスに、少年が頭の上にハテナマークを浮かべる。
「シニョール? 名前をうかがってーも?」
「へっ? あっ!つ、九十九遊馬!…です!」
「ユーマ、遊馬……なるほど、Cavallino Rampanteナノーネ」
カヴァッリーノ・ランパンテ。
赤の跳ね馬、暴れ馬。
クロノスは懐かしそうに目を細めた。
「ヤンチャがあの子に似てるーノ、不思議なノーネ」
「へ? か、カバ? カバがなんだって?」
間抜けな顔をさらした少年に、クロノスは笑って、パッと腕を振り上げると、派手に指を突き付けた。
「さて、大遅刻のドロップアウトボーイ、ペナルティのお時間ナノーネ!」
「ぺ、ペナルティ!?」
「当然でスーノ、遅刻は厳禁、チケットにもそう書いてあったはずナノーネ。残念ですーが、アナタだけ特別扱いするわけにはいかないノーネ」
ちっちっち、と指を振ったクロノスに、遊馬が蒼白になる。クロノスは悪戯っぽく笑って、遊馬をビシッと指さした。
「しかーし、ここは栄光あるデュエルアカデミア。こうしまショウ、デュエルでわたくしーに勝てたーら、体験入学参加を認めてあげるーノ!」
ワッと参加の子供達から歓声が上がった。
「ちょうど今から、生徒の諸君にわたくしのデュエルを見せてあげるところだったノーネ。ドロップアウトボーイ、デュエルアカデミアの一流教師、クロノス・デ・メディチが、アナターの最初の試練になってあげるーノ! 光栄に思うノーネ!」
ぴゅう!と口笛が上がった。
集まったのは全員、無類のデュエル好きの子供たち。拍手と歓声、野次と喝采、それを一身に受けて、遊馬はポカンとした。
「うおー! ずりいぞー!」
「羨ましいー!」
「負けちまえー!」
「がんばれー!」
「勝てー!」
クロノスは悪戯っぽくウィンクして、遊馬に小さく囁いた。
「モチロン、負けたら残念ですが帰ってもらうノーネ。さて、大遅刻のドロップアウトボーイ? 生徒用の教育デッキとわたくしの本気のデッキ、どちらとデュエルしたいでスーか?」
じわじわと表情を喜色に染めた遊馬が、Dパットを派手に宙に放った。
「もっちろん、本気だ!」
「良い覚悟ナノーネ! その威勢に免じて、特別講義してあげるノーネ! デュエルのお時間でスーノ!」
「「デュエル!!」」
◇ ◇ ◇
《ターン1:遊馬》
「行くぜ、オレのターンッ!」
遊馬は勢いよくカードを突きつけた。
「オレは!《ガガガシスター》を召喚!」
幼い女の子がポンッとカードから飛び出して、ズレた帽子を可愛らしく直した。
「《ガガガシスター》が召喚に成功したとき、オレはデッキから《ガガガボルト》を手札に加えるぜ! さらに場に「ガガガ」モンスターがいるとき、コイツは手札から特殊召喚できる! 来い!《ガガガキッド》!」
女の子の隣に現れた、アイスを持った小さな男の子。
おそろいの衣装に身を包んだモンスターに、クロノスは目を細めた。
「ガガガシスターとガガガキッド……《オノマト》デッキナノーネ。面白いカードを使うノーネ」
ガガガシスターとガガガキッドが手を繋ぐ。
遊馬は腕を高く振り上げた。
「《ガガガシスター》の効果発動!《ガガガシスター》と《ガガガキッド》のレベルは、二体のレベルを足した合計になるぜ! レベルの合計は4!」
「レベル4のモンスターが二体…来るノーネ!」
「行くぜ! オレは、レベル4になった《ガガガシスター》と《ガガガキッド》でオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」
闇色の渦が巻き起こり、光が爆発した。
「現れろ、ナンバーズ39!! 希望皇ホープ!!」
遊馬は、現れたホープを見て
ひどく嬉しげに、目を細めた。
目をキラキラさせた遊馬の赤く煌めく瞳に
クロノスは目を細めた。
「なるほーど、それがアナターの……──
クロノスはふっと笑った。
遊馬は手札を二枚、デュエルディスクに叩きつけた。
「オレはカードを二枚伏せてターンエンド!」
ニッと笑った遊馬の視線は、熱いほど煌めいて、クロノスのターンを待っていた。遊馬が、指を突き付ける。
「ぜってー、勝つ!」
クロノスは、久々にドローする指先が熱くなるのを感じた。
「ふ、見せてあげるノーネ! 今や正真正銘デュエルアカデミアの校長! このクロノス・デ・メディチのデュエルを! ドローなのーネ!」
《ターン2:クロノス》
「行くノーネ、フィールド魔法《
ゴゴゴ、と地面から
空を覆う黒い雲。照らし出すスポットライト。歯車の街。
ギギギ、と歯車同士が噛み合い、遊馬の足下で勢いよく蒸気の煙を上げた。
「うおっ!? なんだ!?」
「このカードがある限り、《
クロノスはビシッと指を突き付けた。
「お勉強の時間ナノーネ、速攻魔法《
「ゲッ!? オレのモンスターを!?」
しゅん、と消えていくホープ。
遊馬は頭を抱えてジタバタした。
「あああ! ホープがぁ!?」
「見せてあげるーノ、《
ゴゴゴゴ、と大気が震えた。
歯車の街に君臨する巨大な機械仕掛けの巨人に、子供たちからワッと歓声が上がった。
「キター! アンティーク・ギア!」
「カッケー!」
「うおー! アレが伝説のアンティーク・ギア!」
「
遊馬は大きく体を反らして、巨体を見上げた。
機械仕掛けの巨人、アンティーク・ギア。
歯車の心臓を動かしながら、軋む機械音が、場を席巻する。
圧倒的な存在感に
遊馬は、ゴクリ、と息を呑んだ。
「《
赤いセンサーの眼が、ギラリと光った。
攻撃力は3000。
「シニョール遊馬、これでアナターを守るのは、伏せカードだけ」
チッチッチ、とクロノスは指を振った。
「さらーに《ダブル・サイクロン》を発動! 互いの魔法・罠を1枚ずつ破壊するーノデース! ホーホホホホ!」
「ゲゲッ!? 伏せカードまで!?」
手の甲をあごにつけて高笑いしたクロノスは、ビシッと右のカードを指差した。
「《
「!! させないぜ、トラップ発動!《エクシーズ・リボーン》!」
遊馬が素早く伏せカードに手をかざす。
闇色の渦が巻き起こり、中からホープが飛び出した。
「このカードは、墓地のモンスターエクシーズを復活させ、そいつのオーバーレイユニットになる! よみがえれ、ホープ!!」
破壊されるはずだったトラップが、ホープの周りを飛び交う光球に変化する。
歯車の街が、ガラガラと音を立てて崩壊していく。
遊馬を襲った竜巻が、遊馬のすぐ横を掠めて、消えていく。
嵐をやり過ごして、遊馬は笑った。
「へへっ、無駄撃ちだったな!」
「それが井戸の中のフロッグだというのデース! ゲロゲーロ」
クロノスは両手を頬の横に置いて、まるでカエルが鳴くように小憎たらしく指をパタパタ動かしたと思うと、ビシッと指を突き付けた。
「《
「え!? もう一体!?」
「現れなさーい、《
破壊された街の瓦礫から現れた、機械のドラゴン。
機械の翼が、ギギギギ、と音を立てて、羽ばたく。
突如、暴風が、吹き荒れた。
「うわっ!」
巻き起こった暴風に、遊馬が腕で目を庇った。
君臨する、機械の巨大な翼を広げた、長い尾を持つドラゴン。
歯車仕掛けのあごをガバリと開き、巨大な竜が咆哮する。
「攻撃力3000の、二体目のモンスター…!」
耳が痺れるような咆哮に、遊馬は息を呑んだ。並び立つ、巨人と機械の竜。
攻撃力3000のモンスター二体を前に、遊馬はゴクンと唾を呑み込んだ。
「ホーホホホホ、攻撃力3000の
「…………す、す、す」
「酢? バルサミコ酢?」
「すっっっっっげえ〜〜!!!」
叫んだ遊馬は、満面に瞳を輝かせて
キラキラ眼を輝かせながら、全身でワクワクを隠そうともしなかった。
「なんだコレ! こんなの見たことねえ!」
「ふ、」
デュエルが心から楽しくて楽しくてたまらない様子の、赤い跳ね馬。
遊馬の笑顔が、クロノスの中の懐かしさと興奮を掻き立てる。
思わずこぼれる笑いを止められなかった。
ピンチなほど燃え上がるドロップアウトボーイの、懐かしい声がする。
「いい度胸ナノーネ! 《
「来たっ、オレはリバースカードを……アレ!?」
遊馬はデュエルディスクに手を伸ばして、反応しないボタンを連打した。
「《
「……! やば、ホープのオーバーレイユニットを……! ……いや!」
ゴウッ、と巨大な拳が、遊馬を襲う。
遊馬はまっすぐ見つめたまま、身じろぎもしなかった。
「やっちまうノーネ! アルティメット・パウンドッ!!」
叩き付けられた巨大な拳が、砂塵を巻き上げた。
轟音、衝撃波。
ぶわりと巻き起こった衝撃に、観戦していた子供達が「うわ!」「きゃっ!」と短く悲鳴を上げた。
もくもくと上がる土煙。クロノスは目を細めた。
晴れていく煙幕の切れ目で。
身構えたホープと、遊馬が笑っていた。
「え!?」
「あれ!? なんで破壊されてないんだ!?」
ざわめいた観衆に、遊馬は高らかと答えた。
「ナンバーズはナンバーズでしか倒せない!」
遊馬のライフは500削られて、3500になっていた。
クロノスは紫のルージュの端を引き上げた。
「なるほーど、度胸は本物のようデスーね」
消費されず残ったオーバーレイユニットを見て、クロノスは愉快そうに笑った。
攻撃を一回無効にするホープの効果は、使われずに残っていた。
「あいにくデスーノ。デュエルアカデミアの校長たるわたくしーが、予想してないとでも思ったノーネ?」
チッチッチ、とクロノスは指を振った。
「ナンバーズは一年ほど前から使われるようになったカードですーノ。去年のWDCは全国的に中継されていましたカーラ、当然わたくしーも後から研究したノーネ」
生徒に講義する声音で、朗々とクロノスは続けた。
「《ナンバーズ》カテゴリーカードはレアで資料も少ないデスーが、共通の特徴を持ってるのは分かってるノーネ、すなわち!」
高らかと腕を広げたクロノスの演説は
遊馬より、周囲の子供たちに聴かせるためのものだった。
「《ナンバーズ》は同じ《ナンバーズ》でしか、戦闘破壊できない効果を持ってるノーネ! ネタは上がってるノーネ!」
クロノスは拳を突き上げた。
「もう一発行くノーネ! 《
巨竜の咆哮。口から放たれた炎を、ホープがクロスした腕で受け止める。攻撃力3000の業火を受け止めながら、遊馬が「ぐっ…!」と耐えた。
遊馬 LP3500→3000
「いつまでやせ我慢が通じるか見ものナノーネ。わたくしに勝ちたけれーば!
クロノスは、ビシッと指をさし
ひどく楽しげに声を張り上げた。
「カードを一枚伏せてターンエンドなノーネ! さあ、かかってくるノーネ!」
ホープと並んだ遊馬が
心から楽しそうに、不敵に、笑った。
削られた遊馬のライフは、残り3000。
目の前には、攻撃力3000のアンティークギア二体が。
巨人と巨竜が並び立って、君臨していた。一発でも直撃を食らえば終わりだ。
「すっげえ、さすがデュエルアカデミアだぜ!!」
眼前にそびえる逆境に、遊馬はワクワクしたように見上げた。
ここまで送り出してくれた、学校の仲間たちや、先生や、カイトや、シャークを思って。
ゆっくり、大きく息を吸い込んで、遊馬は笑った。
「オレ、本当に、来てよかった!」
『────のんきだな、キミは』
ふわり、と蒼い影が、遊馬のそばに降り立つ。
足音もなく降り立つ、その気配に。
遊馬は、口許を、ニィッと引き上げた。
『一撃でも直撃を食らえば、我々のライフは消し飛ぶ』
「心配すんなって」
デュエルディスクの上で、キラリと光を弾いた。
遊馬は、愛おしそうにさらりとホープのカードを撫でて
隣の相棒を、見上げた。
『とはいえ、ホープのオーバーレイユニットを温存したのは良い判断だ。キミも私がいない間に、ずいぶん成長したようだ』
「お前の偉そうな態度はちっとも変わんねーけどな!」
「ははは!」と遊馬は笑って、スッと前を向く。
共にいる『今』を噛みしめるように、遊馬は言った。
「ぜってー負けねえ。オレとお前、一緒なら。どこまでだって、何だってできるさ、だろ? ───………アストラル!!」
アストラルが、口許に笑みをはらった。
『そうだな』
アストラルが拳を握って、軽く掲げた。
遊馬もまた、拳を掲げる。
触れ合わない二つの拳が
確かに、交わった。
『勝つぞ。遊馬!』
「おう! 行くぜ、かっとビングだ、オレッ!!」
《ターン3: 遊馬 & アストラル》‼︎
『彼は手強いぞ』
ふわりと浮かんだまま、アストラルが告げた。
『彼はナンバーズの破壊耐性を知っていた。ホープを相手に、最初に攻撃でなく迷わず「リリース」を選んだ手腕は、実に見事だ』
「くぅ〜、さすがデュエルアカデミアだぜ!」
遊馬は体を震わせて、瞳を煌々と輝かせた。
そんな遊馬の様子を、アストラルが隣で忍び笑った。
『ホープのオーバーレイユニットはあと一つ。攻撃を防げるのは一回だけ』
「だから、このターンで
天井近くまで覆う、目の前の巨人と巨竜を前に。
遊馬とアストラルは、確かめ合うように、言葉を交わし合った。
『だが、この状況を打破するカードはある』
「ああ、わかってる。引いてみせる。行くぜ!」
遊馬は、素早くバク転して後ろに下がって「うおおおおおおお!」と猛ダッシュした。クロノスが目を丸くした。
「かっとビングだ、オレ! ……ドローッ!!」
ダイナミックなドローが、キラリと光る。
着地に失敗した遊馬が、尻から床に落ちながら「いって!」と声を上げる。
ドローしたカードを見て、遊馬の表情が明るくなった。
「よっしゃあ! 来たぜ!」
遊馬は引いたカードをデュエルディスクに素早く叩きつけた。
「オレは魔法カード《鬼神の連撃》を発動! オーバーレイユニットをすべて使って、ホープは、このターン、2回攻撃できる!」
温存したオーバーレイユニットが、吸い込まれて消えていく。
これで、ホープを守る効果は使えなくなった。クロノスは「いい度胸なノーネ」と頷いた。
「デスーが、アナターのモンスターの攻撃力は2500、わたくしの《
「こうするぜ! 行くぜ、バトルだ!」
遊馬が勢いよく、攻撃を宣言して、ホープが突撃する。
ホープの攻撃力は2500、古代の機械は3000
「このターンで、《
(なんかヤバイ気がするノーネ…!)
「希望皇ホープで、《
バッと立ち上がった緑のカード。遊馬は腕を振り上げた。
「この瞬間、リバースカードオープン!」
黄色い巨体のまぼろしが描かれた魔法カードが光って、ホープの体がぶわりと大きくなる。
「速攻魔法、《
「ぬあぁ!?」
希望皇ホープの攻撃力が、3500まで跳ね上がる。
古代の機械巨竜の攻撃力は、3000。
巨大化したホープの一撃が、機械竜を一刀両断した。
「むひょぉぉお!?」
爆発した機械竜に、クロノスがぶわりと煽られて反り返る。
「マンマミーア! わたくしの《
「すげー!」
「アイツ、
「いっけー!」
「《鬼神の連撃》の効果で、ホープはもう一回攻撃できる! 《
「させないノーネ! トラップ発動!」
クロノスが伏せカードに手をかざす。
「《
攻撃力3500になったホープに対して
古代の機械巨人が、攻撃力3700まで跳ね上がる。
「なにっ!?」
「返り討ちナノーネ、
巨人の剛腕が、ホープを直撃した。
遊馬は吹き飛んだ。
「ぐあーっ!」
遊馬 LP3000→2800
吹っ飛んだ遊馬の背中が、ズザザザ、と派手に地面をこすった。
「くっ、もうちょっとだったのに!」
遊馬が頭を振って、体勢を立て直す。
破壊は免れたが、ダメージを受けてホープが撤退する。
クロノスは冷や汗をぬぐった。
「ふいー、危なかったノーネ……」
クロノスのライフは残り3500。
遊馬とは僅差、接戦だった。
まだどちらに転ぶか分からない。
派手な攻撃の応酬に
ギャラリーがゴクリと息を呑んだ。
バトルフェイズを終えて、巨大化したホープの体がしゅん、と風船のようにしぼんだ。
ホープと機械の巨人が睨み合う。
「
攻撃を終えた遊馬を、クロノスがパチパチと手を叩いて称賛した。
「なるほーど、前のターン、アンティークギアの攻撃に発動しようとしていたのは、攻撃力をアップする《
遊馬がオーバーレイユニットを温存してあえてダメージを受けたのも、《鬼神の連撃》で同時破壊を狙うため。
(分の悪い賭けナノーネ。けれーど、まぐれ当たりという感じでもないノーネ)
まっすぐな赤い目で、クロノスを射抜いて離さない、焼けつくような視線。
アンティークギアにも怯まず、全力でデュエルに勝ちに来るものだけが持ちえる、炎のような闘志だった。
「先ほどの攻撃はとても良かったノーネ。恐れず前に進む
クロノスは、生徒のテストに丸をつけるときのような調子で、歌うように軽やかにそう言った。
「ところーで……」
クロノスは顎をこすると、頭上にハテナマークを浮かべた。
「かっとビングって何なノーネ??」
遊馬は、ぱちくりと瞬きすると、アストラルと顔を見合わせて。
二人で、ニッと笑い合った。
「かっとビング! それは、勇気を持って一歩踏み出すこと!」
ザッ、と遊馬が前に出て拳を握った。
「どんなピンチでも決して諦めないこと! あらゆる困難にチャレンジすること!」
小さな体から、高らかに発される、力強さに。
クロノスも、観客も。一瞬、目を奪われた。
「デュエルをすれば、相手の全部がわかって、仲間になれる! 可能性はいつだって、本気でぶつかった先にあるんだ! 大事なのはかっとび続けること!」
力強く踏み込んで、遊馬は拳を突き上げるように飛び上がった。
「それがオレのデュエルッ!! かっとビングだ!!」
「かっとビング……」
クロノスは、紫のルージュの端から、小さく、その言葉を零した。
ニカッと笑った遊馬に、クロノスの視線がじっと突き刺さる。
遊馬の眼は、逆境にもキラキラと輝いていた。
「ターンエンド!」
「わたくしのターン、ドローなノーネ」
クロノスは、デッキからカードをドローした。
引いたカードは、魔法カード《強欲で貪欲な壺》。デッキを10枚除外する代わりに、2枚ドローする強力なドローソース。
(可能性を感じるノーネ。そう、もしかして)
すかさず2枚ドロー。先を占うつもりで、デッキに任せて2枚引いた。
手札に舞い込む
デッキからのアンサー。それを見て、クロノスは息を呑んだ。カードを握る手に力がこもる。
(この子なーら、見せてくれるかもしれないノーネ)
クロノスは、ぶわりと風を感じた。
まるで写真の洪水を浴びるように、思い出が熱く逆流する。
(わたくしが愛した、あの頃の情熱を!)
「彼のデュエルには、どこか余裕が感じられる。我々を試しているような」
アストラルは唇に指を置き、「ふむ」と思案げに呟いた。
「彼はデュエルの教師だ。こちらの出方を見ているのかもしれない」
「それって、つまり……!」
遊馬は、キラキラと眼を輝かせた。
アストラルが腕を組み、楽しげに口角を引き上げた。
「ああ。そろそろ本気を出してくるということだ」
《ターン4:クロノス》
「わたくしのアンティークギアが突破されたのは久しぶりナノーネ!」
ドローしたカードを指先でパッと返しながら、手札に入れ込んだクロノスが、しみじみとそう言った。
「本当に、ひさしぶりナノーネ」
クロノスは目を細めた。
この子とカードたちは、まだまだ伸びる。成長の先がある。クロノスはそう感じた。
(隙も大きいデスーが、爆発力は目を見張るものを感じるノーネ)
教師は、生徒の力を伸ばし、導くもの。
教師としての
(
クロノスは、手の中の魔法カードを見つめ、フッと楽しげに笑った。
「────生徒にこのカードを使うことになるとは、思わなかったノーネ!」
迷わず手札から抜き去って、指先でパッと返した、融合魔法カード。
「久しぶりに、ちょっと本気を出すノーネ!」
空高く掲げたカードが、カッと閃光を放った。
「魔法カード《
「え!? デッキから融合召喚!?」
遊馬は目を丸くして、クロノスが高らかと掲げる融合魔法を見上げた。
三体の《
「まずい、遊馬、来るぞ!」
アストラルが、遊馬の傍に寄って、叫んだ。
「フィールドとデッキの二体の《
嵐がゴウッと吹き荒れる。
融合の渦の中から、巨大な腕が、一本、二本、三本、四本、……いや、五本、六本、這い出てきた。
遊馬は息を呑んだ。
「で、でかっ……!!」
「現れなサーイ! 《
融合した三体のアンティークギアゴーレム。
右腕三本、左腕三本の、超巨大な古代巨兵。煌めく銀の装甲、指先一本で遊馬をひねりつぶしてしまえそうな、巨大な兵器が、赤い片目でギョロリと遊馬を睨んだ。
「わたくしは装備魔法、《
「攻撃力、3300……!」
「驚くのはまだ早いノーネ! 《
「え!?」
「融合素材は三体、これは…!」
息を呑んだ遊馬。アストラルが巨兵を見上げる。
轟音を立てながら、巨兵が遊馬とアストラルを見下ろして、六本の腕を振り上げる。
「そっちが二回攻撃なーら……こっちは三回攻撃ナノーネ!! 食らいなサーイ!」
ゴウッ、と風がうなった。
「アルティメット・メガトン・パウンドッ!」
ホープを襲う巨大な拳。遊馬とアストラルは一瞬にして吹き飛んだ。
「うわあああああ!」
「ぐ、ぐあああ!」
観客席の少年少女が「ひえっ」と短く悲鳴を上げた。
吹き飛んだ遊馬とアストラルが体勢を立て直すより早く、二発目の拳が迫った。
「まだまだ行くノーネ! アルティメット・パウンドッ! アルティメット・パウンドッ!!!」
ガン、ガン、ガンッ!!
三発の連続攻撃が、遊馬とアストラルを派手に吹き飛ばした。
背中から墜落した遊馬が、仰向けのまま「ぐっ…!」とうめいた。
破壊されないホープを真正面からめった打ちにしたアンティークギアに、遊馬のライフは風前の灯火だった。
ライフは2800から2000、2000から1200へ。そして、合計三回の猛攻撃が終わるころには、わずか400しか残っていなかった。
「ぐ、うう」
仰向けでうめきながら、遊馬は、手足をかき集めるように、何とか立ち上がった。
さっきまで熱狂していた観客たちも、シン…と静まり返った。
「そして《
古代機械兵器の手が、ぐわりとホープをわし掴む。
胴体を絞るように握りつぶされたホープは、苦しむような声を残して光になって散った。
「ホープ…!」
遊馬の場は、がら空き。
ライフは風前の灯。誰の目にも、遊馬の勝利は絶望的に見えた。
「へ……へへ……」
俯いたまま、遊馬が笑い声を上げた。
「むちゃくちゃ強え……これが、これがデュエルアカデミア……!」
満身創痍でボロボロで、なのに、決して瞳の輝きを失わない。
赤い瞳は煌々と輝いて、デュエルが楽しくて仕方ないとこんなにも訴える。
「勝ちたい……勝ちたい……! オレの、オレたちの、デュエルで!!」
クロノスはフッと口許に笑みを浮かべると、満足そうに、素早く伏せカードをセットした。
答えの分かりきった質問を。
確かめたくて、あえて聞く。
「ふふん、シニョール遊馬、まだ勝つつもりナノーネ?」
「当っ然だろ!」
「実に素晴らしいノーネ。なら、見せてみるノーネ!」
燃える赤い眼でクロノスを射抜く遊馬に
クロノスが高らかに謳った。
「デュエルアカデミア校長、このクロノス・デ・メディチ! 全力で迎え撃つノーネ!」
《ターン5:遊馬&アストラル》
場には攻撃力3300のアンティークギア。しかも三連続攻撃が可能な超重量級モンスターだ。生半可な手では時間稼ぎにもならない。遊馬の場はガラ空きだ。
『だが、まだチャンスはある! 遊馬! ガガガボルトだ!』
「!! そうだった! オレは《ガガガマジシャン》を召喚して、魔法カード《ガガガボルト》を発動!」
魔法使いの長帽子をかぶった、ガガガ学園の一員が勢いよく飛び出した。
ガガガマジシャンが、片手を天に突き上げる。
「このカードは、ガガガモンスターがいるとき、相手のカードを破壊できる!」
天からカッと雷が落ちる。
「《
閃光。落下した雷に、轟音が響き渡った。
ガラガラと崩れ落ちる音がした。
ぶわりと上がる土煙に、遊馬が腕で目を庇う。
「やったか!?」
『……いや、まだだ!』
アストラルが鋭く警告する。
「ちっちっちっ、見えすいてルーノ!」
「なにっ…!?」
崩れ落ちたはずの瓦礫が、震撼する。
土煙の中から、巨大な気配が顔を出す。
「今こそ現れるノーネ! 究極の
爆炎の向こうから、クロノスとともに現れた、巨大な
「《
攻撃力、4400。
遊馬もアストラルも目を丸くした。
「これは……!?」
「破壊した
「ふふん、教えてあげるーノ。《
『なんだと…!?』
アストラルが驚愕したように言葉を止めた。
「シニョール遊馬。アナターは最初のターン、《ガガガシスター》の効果で《ガガガボルト》を手札に加えていましたーね? 《オノマト》デッキの中でも《ガガガボルト》は特に強力なキーカード。切り札として温存しているのはわかっていたノーネ」
『そうか、彼は遊馬が《ガガガボルト》を手札に加えたことを記憶していたのだ!』
「え? どういうことだよ!?」
『全てはこのためだったのだ。我々が《ガガガボルト》を使う瞬間を、罠を張って待っていた。《
クロノスが目を細める。次いでクロノスは、静かに遊馬に語りかけた。
「教師とは、生徒を導く存在なノーネ。生徒の一挙手一投足を、見ているのは当然なノーネ。生徒がひとつ壁を乗り越えれば、さらに大きな壁になって立ちはだかる。それが教師であーり、アカデミアの講師の務めなノーネ!」
カッと目を開いたクロノスに、遊馬はズンッと重いプレッシャーを感じた。
クロノスとアンティークギアが、強者の覇気をまとって遊馬とアストラルの前に立ちはだかる。
「さあ! 《
『……遊馬、どうやら我々は踊らされたようだな』
アストラルが、立ちはだかるアンティークギアを前に、体制を低くして、口許を吊り上げる。
『彼のタクティクスは素晴らしい。彼の言う通り、このターンで倒せなければ勝ち目はないだろう。だが……』
「ああ、わかってる」
遊馬は、赤い眼をキラリと煌めかせると、手札から魔法カードを迷わず抜き去った。
「オレは! 装備魔法、《ワンダー・ワンド》を《ガガガマジシャン》に装備!」
ガガガマジシャンの攻撃力が、500アップする。だが、アンティークギアの攻撃力には遠く及ばない。遊馬は続けた。
「《ワンダー・ワンド》の効果! このカードと装備モンスターを墓地に送って、カードを2枚ドローする!」
場の唯一のモンスターが消える。場はガラ空き。
賭けだった。
ここで引けなければ、自分たちの負け。
「アンティークギアを倒せるのは今しかない」
『ああ。これが我々のラストチャンス』
デッキに静かに指を置く。
遊馬とアストラルの手が、重なった。
『遊馬』
「ああ。……行くぜ、アストラル!」
その瞬間、遊馬とアストラルの心が重なった。
「「最強デュエリストのデュエルはすべて必然!」」
指先が、光をまとって輝き始める。
「「ドローカードさえも、デュエリストが創造する!!」」
遊馬とアストラルのドローが、煌めいた。
「「シャイニング・ドローッ!!」」
まばゆい光が、ドローの先で輝く。遊馬は、引いたカードを見て、目を輝かせ、叫んだ。
「来たぜッ!! 魔法カード《ガガガリベンジ》! このカードで《ガガガマジシャン》を墓地から特殊召喚する! よみがえれ、ガガガマジシャンッ!!」
地面から光が迸り、ガガガマジシャンが墓地から飛び出した。
「「この瞬間! 《ズバババンチョー-
遊馬とアストラルが同時に腕を振り上げる。
「「自分フィールドにガガガモンスターがいるとき、このカードを特殊召喚する!!」」
遊馬とアストラルの声が重なる。一糸乱れぬその声に応えるように、学園服を肩に翻し、ズバババンチョーが現れた。
『勝利の方程式はすべて揃った!』
アストラルが指先を突きつける。
『行け、遊馬! 見せてくれ、キミの新たなる力を!』
「ああ! 行くぜ! 超かっとビングだ、オレ!!」
遊馬が天に腕を突き上げた。遊馬の全身から、金色の気が迸る。
二体のモンスターが光球になって飛び上がった。
「レベル4の《ガガガマジシャン》と《ズバババンチョー》でオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!!」
闇色の渦の中から、まばゆい閃光が爆発する。
現れたのは、二本の太刀を携えた、黄金の光。
「現れろ、ナンバーズ39! 希望皇────ホープ・ダブルッ!!」
黄金の希望が、雄叫びを上げた。
「希望皇、ホープ、ダブル……!?」
クロノスは、空高く飛び上がった黄金のホープを、驚愕したように見つめた。
弛まずデュエルの世界を研究し続ける彼ですら見たことのないカードに、クロノスは目を丸くした。
『このカードは
アストラルは、微笑みながら胸に手を当てた。
『ナンバーズは記憶。キミと私の思い出は、決して途絶えることはない』
アストラルは勢いよく顔を上げ、高らかに宣言した。
『これが、キミと私が紡いでゆく、新たな
「行くぜ! 希望皇ホープ・ダブルの効果! オーバーレイユニットを一つ使って、デッキから《ダブル・アップ・チャンス》を手札に加える! そして、エクストラデッキの《希望皇ホープ》モンスターを、このカードに重ねてエクシーズ召喚できる!! そして召喚したホープは────攻撃力が二倍になるッ!!」
「二倍ッ!?」
クロノスが思わず叫ぶ。遊馬が腕を振り上げ、ぶわりと風が巻き起こった。
「一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! カオスエクシーズチェンジ!!」
光の渦が爆発する。
「現れよ! カオスナンバーズ39ッ! 混沌を光に変える使者! 《希望皇ホープレイ》ッ!!」
黒い体に黒い鎧。2500から5000に攻撃力が跳ね上がったホープレイが、背中の大剣を振り上げた。
「ホープレイの効果! オーバーレイユニットをすべて使い、相手の攻撃力を2000下げ、自分の攻撃力を1000アップする! オーバーレイ・チャージ!!」
ぶわり、とホープレイの体が白く染め上がっていく。
アンティークギアの攻撃力が、4400から2400まで急落する。
「アンティークギアが……!?」
ホープレイの攻撃力が6000まで上昇していく。
その攻撃力の差は、3600。クロノスのライフは、3500。
「攻撃力、6000…!!」
「バトルッ! 希望皇ホープレイで攻撃ッ!!!!」
振り下ろされた大剣が、スローモーションのように迫る。
(このまま攻撃を受ければ、わたくしの負け)
クロノスは、リバースカードに反射的に手を伸ばし、はた、と手を止めた。
遊馬の手札を凝視して、記憶をたどった、クロノスは。
そして、ふっと満足げに目を伏せた。
クロノスは、最後の伏せカードを、迷わずオープンした。
「罠発動、《検問》ナノーネ。相手の手札のモンスターを墓地に送って────
遊馬の瞳が、きらりと熱いほどに赤くきらめいた。
遊馬が手札に加えていた『魔法カード』を思い起こし、クロノスはふっと満足そうに目を伏せた。
(どんなピンチにも諦めない、かっとビング──)
敗北が迫る。
こんな時ばかり、耳によみがえる、憎たらしくて、愛おしい、あの声。
ひらり、赤い色を翻して
赤い少年が、笑った。
────ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!
(楽しかったノーネ。ありがとう、シニョール遊馬)
「速攻魔法ッ!《ダブル・アップ・チャンス》ッ! 攻撃が無効になったとき、攻撃力を二倍にして、ホープはもう一度だけ攻撃できるッ!!」
遊馬が大きく腕を振り上げて、叫んだ。
ホープの剣が、ぶわりと巨大化した。
その攻撃力、12000。
「いっけええええええええええ!!」
まるでヒーローみたいな赤い色。
まぶしくて目を細めるクロノスの目の前で
赤い少年が、鮮やかに思い出と重なる。
(あの頃と同じ、────懐かしくて、新しいデュエルの時代が、来るノーネ)
「ホープ・剣・ダブルスラッシュッ!!!」
閃光が駆け抜け、
光の剣が一刀両断する。
まばゆい光が古代の機械巨人を貫いた。
クロノス LP 3500 → 0
◇ ◇ ◇
閃光の余韻が消える頃。
ARビジョンは解除されて、空から降り注ぐ緑の数字が、決着を告げる。
『WIN 遊馬』
表示された名前を見て、遊馬が、痺れたように笑って、拳を突き上げた。
「いやっっったー!!! 勝ったぁ!!」
飛び上がって喜ぶ遊馬が、まるで空中とハイタッチするみたいに、不思議な仕草で喜びを表現した。
「すげー! アイツ勝ったぜ!」
「やるじゃねえか、あの遅刻生」
「ナンバーズカッケェ!」
「アンティークギアも凄かった!」
「うおー! 俺も戦いてぇー!」
わっと拍手喝采が巻き起こった。
集まった生徒たち、そして教師陣双方から、祝福が集まる。
デュエルディスクを下ろしたクロノスは、満足そうに長く息を吐いた。
クロノスは、コツコツ、と靴を鳴らし、少年の前に立った。遊馬が、クロノスを見上げる。クロノスは、ふっと温かく微笑んだ。
「お見事ナノーネ! ようこそシニョール遊馬。栄光あるデュエルアカデミア体験入学へ! 歓迎するノーネ!」
ワッと拍手が鳴り響いた。
遊馬は他の生徒たちに、瞬く間にもみくちゃにされた。
「ちくしょー! すげーじゃんお前!」
「なあなあ! オレともデュエルしろよ!」
「あっずりいぞ! オレも!」
「ナンバーズかっこいい! 見せて!」
(いい子たちナノーネ)
クロノスは微笑んで、祝福の嵐から静かに身を引いた。
「クロノス校長。飛行機のお時間が」
「ええ、わかってるノーネ」
ここからは全員で空港に移動だった。
デュエルを終え、ひと息ついたクロノスの前に、遊馬がおずおずと近づいてきた。
遊馬の頬は、まだまだ興奮冷めやらぬ、デュエルの余韻で桜色に色付いていた。
「えっと、ええっと…そう! 黒椅子先生!」
「クロノスなノーネ……」
ずっこけたクロノスが、咳払いして気を取り直す。
「ごほん、えー、シニョール遊馬、何か用なノーネ?」
「あっ、そうだった。えっと、コレなんだけど!」
大事そうに畳んだまま抱えたソレを、遊馬はバサッと広げた。
その瞬間、クロノスは目を大きく見開いた。
バサッと広げられた赤い衣装は、あまりにも、あまりにも見慣れたものだった。
「こ、これは!」
オシリスレッドの制服。
古く使い込まれているが、間違いなかった。
(こ、これは、旧オシリスレッドの制服!)
クロノスは飛び上がるように身を起こした。
ずっと昔の、デザインが変わる前の旧制服だった。
(どうしてここにあるノーネ!? まさか…!)
「こ、こここ、これをどこで見つけたノーネ!?」
「貸してくれたんだ。ここに来るちょっと前に、実は────」
遊馬は身振り手振りを交えながら、懸命に説明した。
「オレ、この会場の──海馬ランドの入口まで走って来たのはよかったんだけど、そのとき、並んでた小さな女の子が、笑ってカードをこーんなふうに高く掲げてはしゃいでてさ。その子、お気に入りのカードに、遊園地を見せてあげようとしたのかな」
「そしたら、すっげー強い風が吹いてきて、『あっ』って思った時にはもう、カードが飛んでって海に落ちちゃったんだ。女の子がスゲー泣いてて、近くの大人とかスタッフの人とか集まってたんだけど、崖が急すぎたせいかな、誰も降りれないみたいだったから、オレ、海に飛び込んで取ってきたんだ」
「飛び込んだノーネ!? 大人も降りられない崖を!? 大丈夫なノーネ!?」
「えっ!? いや、ぜんぜん平気だぜ! 父ちゃんが冒険家でさ、あちこち回ってるうちに慣れちまった。あのぐらいの崖だったらへっちゃらだぜ! あっ、それで、女の子にカードを返したんだけど、オレ全身ずぶ濡れになっちまって、そしたらさ」
遊馬がバサリと広げた赤い上着に、クロノスは息を呑んだ。
「貸してくれたんだ。これを着た兄ちゃんが!」
「へっくち!」
海馬ランドの入口で。くしゃみをした遊馬が、女の子に「ほら、もう落としたらダメだぜ」とカードを手渡した。
女の子は、泣きぬれていた頬を喜びの色に染めて、「ありがとう、おにいちゃん!」と花のように笑った。
ゴーン、ゴーン、と響き渡る時計の鐘。時刻を見上げ、遊馬は「やっべ!」と駆け出した。
その時、集まっていた野次馬のギャラリーの中の青年に派手にぶつかって、遊馬の荷物がばらけ、カードが飛び散った。
「ああー! オレのカードぉー!」
「あっちゃー、大丈夫か?」
慌ててかき集める遊馬に、ぶつかった青年が、一緒にしゃがんでカードを集めてくれた。
青年は、ふっと顔を上げると、遊馬のカードを手にふと呟いた。
「珍しいな、虹クリボーの精霊なんて」
「え?」
「いや、こっちのセリフ」
呟いた青年の声は聞き取れなかったが
何もない虚空を、肩越しにニッと振り返った彼の笑顔は。
どこか、アストラルを振り返る自分を、思い出させた。
「そうか、もうそんな時期か」
遊馬が落とした、デュエルアカデミア体験入学の招待状を手に、青年は懐かしそうに呟いた。
「ああああ! 兄ちゃん、拾ってくれてサンキュー! それ! それ! 返してくれよ!」
「おおっと。わりぃわりぃ、ほらよ!」
バタバタとその場で手を出しながらじたばたする遊馬に、青年は笑って、それを手渡してくれた。
「会場なら、この裏道の林を突っ切っていくと近道だぜ。ほぼ崖だけどな」
「ホント!?」
「ああ。実際に通ったオレが言うんだ、間違いないぜ」
それを聞き、遊馬は一も二もなく飛び出した。
「にいちゃん、ありがとう!」
走り出そうとした遊馬の頭に、バサッとそれは掛けられた。
「風邪ひくぜ」
遊馬は、顔を上げた。
夏のまぶしい太陽の下で、青年の口許だけが、ニイッと笑った。
「さっきの見てたぜ、ボウズ。やるじゃねえか」
上着を掛けられた遊馬の両肩を、称えるように二度叩いた。
「あの子もカードも、喜んでたぜ」
そう、まるでカードの声でも聞いたような口ぶりで。
青年は、会場に向かう遊馬の背中を手のひらでドンッと後押しした。
「がんばれよ!」
「その人が、こう、バサッて、着てた上着を掛けてくれたんだ」
赤いマントを翻すように、バサッと上着を肩に掛けた遊馬に、クロノスは息を呑んだ。
会場に飛び込んできた遊馬の姿が、一瞬あまりにも十代と重なったことを思い返す。
(見間違いじゃなかったノーネ…!)
「これって、制服だろ?…です。だから、これ貸してくれたの、デュエルアカデミアの先輩だと思って。オレ、名前聞くの忘れちまって、だから」
遊馬が、まっすぐにクロノスを見つめた。
「クロノス先生、この制服のにいちゃん、知ってる?」
ぶわり。
クロノスの脳裏を、あまりにも鮮明な思い出が駆け抜けた。
『ガッチャ!』
『楽しいデュエルだったぜ、クロノス先生!』
『かんべんしてくれよぉ、クロノス先生〜!』
『なあ、先生!』
『クロノス先生──!』
「……んせい、クロノス先生!」
ハッと我に返る。
そこには、きょとんと瞬きながらこちらを見上げる、まだまだ幼い少年がいた。
子供で、未熟で。
だからこそ──デュエルに無限の可能性を持っている。
そう、クロノスの教師人生でいちばん可能性にあふれた、あのヒーロー好きの教え子と同じくらいに。
「……ええ、知ってるノーネ」
クロノスは、大きく息を吸って、天を仰いだ。
胸に湧き上がる気持ちを、とめどなくあふれだす感情を、なんと評していいか分からなかった。
知っていた、この制服を。この赤い服の持ち主を。卒業した後もこの赤を好んで着ているのを知っていた。知っていた、時折届く教え子たちの近況報告の中に、ヒーローを体現したような変わらない青年がいることを。
遊馬は安心したように笑ったと思うと、大事そうにもう一度拙く赤い制服をたたんで、そこで気付いたように、クロノスにその制服を、そっと差し出した。
「貸してもらったお礼、言いたいんだ。先生、これ」
「……そのままアナタが持ってると良いノーネ、シニョール遊馬」
クロノスの言葉に、遊馬が赤い瞳を丸くして瞬いた。
ふっと小さく息をこぼすと、クロノスは遊馬に柔らかく微笑みかけた。
「ソレは、あの子からアナタへの激励ナノーネ。あの子のことだかーら、その内デュエルしたくなってぶらっと現れるノーネ。だからデュエルして、直接返すと良いノーネ、シニョール遊馬」
クロノスの懐かしさを込めた視線と言葉に、遊馬は何度も瞬いて、そして。
まるで誰かに答えを聞くように、ふっと肩越しに後ろを振り返って、見えない『誰か』と視線を交わしたあと、嬉しそうにパッと破顔した。
ソレを見て。
クロノスは目を大きく見開いた。
「はい!!」
元気よく返事をした遊馬が、パッと踵を返して、他の子どもたちのもとへ駆けていく。
その赤い背中を、走り出すまぶしい子供を、クロノスは見つめた。
バサッと赤い上着を肩に掛けて、走る遊馬。
はためく赤い上着、オシリスレッドのかつての制服、ヒーローの旗印を。
「ほんとうに、懐かしいものをたくさん見る日ナノーネ」
そうやって、まるで見えない誰かと話すように。
急に後ろを振り返って表情を明るくする教え子のことを。
クロノスは、あの三年間、ずっと見ていた。見守って、いた。
「校長、お電話が」
クロノスの端末に、アカデミアから電話が転送されてくる。
はっと自分を取り戻したクロノスは、慌てて端末を取った。
「もしもしデスーノ」と言いながら端末に耳を当てたクロノスは、その声に軽く目を見張って。
次の瞬間、柔らかく微笑んだ。
「お久しぶりでスーノ、セニョール・トメ」
遊馬が助けた初老の女性。
彼女は、長年アカデミアの購買部を仕切ってきた、購買のおばちゃん「トメさん」だった。
アカデミアを愛した彼女は、60歳で定年を迎えた後も、悪くした腰を労りながら再雇用の65歳まで、長くアカデミアに尽くしてくれた。今となっては最古参の職員の一人だ。
動けなくなっていたところを、体験入学に向かう途中の親切な学生に助けられたこと。
恐らく遅刻になってしまっただろう少年に、お礼を伝えて欲しいこと。
そう語る彼女の優しい声は、購買にいた頃より少ししゃがれていたが、温かさは変わらなかった。
事情を聞き終わると、クロノスは挨拶を重ねて、ピッと電話を切った。
「心優しいノーは良いデスーが、どーも危なっかしいノーネ」
クロノスは笑みをこぼして、側近に告げた。
「決めたノーネ」
「はっ!……何をですか?」
「定年のことナノーネ。デュエルアカデミアには、セニョール・トメと同じ、定年した後の五年間の、再雇用制度があるノーネ」
クロノスは、まっすぐに顔を上げた。
「本当なら、来月で定年ナノーネ。あの子たちが入学してもわたくしはもういないーノ。でも、再雇用を受ければ、間に合うノーネ」
体験入学は中学二年生。
今ここにいる子どもたちがアカデミアを卒業するまで、あと、ちょうど五年。
「イタリアに帰ろうと思っていたノーネ」
クロノスは呟いた。
「定年を機に、美しく花道を終えて、イタリアに帰るーと」
故郷に何年も帰っていなかった。
再雇用の打診はあったが、クロノスは受けずに故郷に帰るつもりだったのだ。定年は良い機会だった。
「ですが、もう決めたノーネ。このクロノス・デ・メディチーは、最後の一秒まで教師として生徒と歩むーと」
もう臨時ではなく、正真正銘の校長なクロノス。だが、定年して、また平からやり直しだ。クロノスは笑った。
「多くの生徒たちを育ててきましたーが、わたくしも生徒から多くを学んだノーネ」
クロノスはまぶしそうに、目を閉じた。
「生徒は可能性の塊ナノーネ。そして、デュエルに、限界はないノーネ」
紫のリップをふっと笑みの形に引き上げる。
クロノスは笑った。
「デュエルは無限ナノーネ。生徒に限界がない以上、
「あのボーイの資料を」
「はっ、こちらです」
パラッとめくった資料。
並ぶ赤点に、クロノスはどこが懐かしく嬉しげに笑った。
「お勉強がたりないノーネ。ビシバシ鍛えてあげるノーネ。──
◇ ◇ ◇
「ただいま!!」
アカデミア帰りの大きなリュックを背負って、頬を高揚させて、遊馬は大きな声を上げた。
インターフォンの前で。
ドアを開けた格好のまま、タンクトップ姿で、アイスを口にくわえたまま、凌牙はきょとんと目を丸くした。
「お前、帰ってたのか。つか、いま帰りか?」
「へへっ、オレさ、シャークにいちばん最初に言おうと思って」
頬をバラ色に染めて、目をキラキラ輝かせた遊馬が、ぶわっと大きく息を吸って声を上げた。
「オレ、決めた! デュエルアカデミアに行く!」
凌牙は、目を丸くすると、まぶしいくらいにキラキラと笑顔で目を輝かせる遊馬に。
ふっ、と優しく目を細めた。
「そうか」
体験入学、よかったみてえだな。
そう、優しい声で答えたシャークに、遊馬は、待ちきれないみたいに、「おう!!」と元気よく答えた。
「すんげ〜〜〜よかった!!! いっぱいデュエルしたし、ソリッドビジョンもむちゃくちゃカッケーし、もう、もう、とにかくスゲーんだ!!」
ぶるぶる体を震わせて、背負ったリュックを揺すって、足りない語彙で必死に言葉を重ねる遊馬に。
凌牙は、ますます目を細めて、まぶしそうに、噛みしめるように遊馬を見つめた。
「ありがとう、シャーク! オレ、決めた! デュエルアカデミアも、冒険家も、どっちも諦めねえ! デュエルアカデミアに行って、父ちゃんの大学にも行く! 全部ぜんぶやりてえんだ!」
デッキを取り出して、満面の笑みで突きつけてみせる。
「ホープと! カードたちと! ぜってー叶える!」
遊馬の笑顔が、真夏の日差しの下で、まぶしく輝いた。
「だからシャーク、見ててくれよ!」
真夏の太陽より
まぶしく、熱く、まばゆい決意に。
凌牙は、刻み込むように。
遊馬の笑顔を見つめると、フッと笑った。
「そうか。……がんばれよ」
凌牙の手が、遊馬の肩にそっと置かれる。
笑った遊馬は、だが。
次の瞬間、ガシッ、と凌牙に捕まった。
「……へ?」
「────なんて言うと思ったかお前はまだまだだ!!!」
カッ!と凌牙の両目が見開かれる。
一喝した凌牙は、青筋立てて一気にまくしたてた。
「なぁにが『デュエルアカデミアに行く!』だ、行きてえと思って簡単に行ける場所じゃねえんだよアカデミアは!!! 日本有数のデュエル進学校だぞ!! 受験戦争なめんじゃねぇ!! 赤点なんざもってのほか!! 今からテメエは補習だ!!!」
「え、え!? ええええええ〜〜!?」
凌牙の目が完全に据わっていた。
それで、ようやく遊馬は。
自分がたった今。
面倒見が良すぎるきらいのあるシャークの、おかしなスイッチを完璧に押してしまったことに、やっと気付いた。
「どうせ夏休みの宿題もやってねえんだろ、受験まで時間もねえ、今からしごいてやる、このままテメエは強制合宿だ!」
「シャ、シャーク……? 冗談、だよな?」
肩に食い込むシャークの指が、外れない。
おそるおそる、遊馬はシャークを見上げて。
ひえ、と遊馬は青くなった。
「安心しろよ。ご希望通り、卒業するまで、みっっっちり勉強『見て』やるからよ…?」
食らいついたら離さない。
サメの異名の名の通り
凌牙が、にぃぃ、と歯を見せて笑った。
「当分寝かせねえぜ、嬉しいだろ?」
「い、い、嫌だ〜〜! 勉強したくねえ〜〜!」
「オラッ! こっち来い!!」
空はまぶしいほどの快晴だった。
ズルズルとドアの向こうに引きずられていく、遊馬の魂の叫びを見送って、アストラルが「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめた。
▼第二幕【デュエルアカデミア体験入学⁉︎ 遊馬 VS クロノス校長‼︎】fin.