のび太の暗殺教室   作:黒猫紳士

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太陽の時間

 

 

 

 

 

 

 扉を開けるや否や顔を顰め、その場に座り込むのび太を見るに、今日はさしずめ恋敵のことだろうと、読んでいた漫画本をよそにドラえもんはため息をついた。

 今日はジャイアンにイジメられただとか、今日はスネ夫に自慢されただとか、最近は顔や仕草を見ただけで、のび太に何があったのか分かるようになってしまった。そして、そういう日は決まって泣き付かれるのだと。

 ドラえもんの予見は当たっていたらしく、いつものように耳を傾けた。

 

 「出木杉くんが?どうして?」

 

 顔を真っ赤にして憤然と立ち上がっては、のび太は出木杉の嫌いなところを、両手を広げて指を一本、また一本と折って口にする。

 

 「きまってるだろ!!

 あいつなんか、頭はいいし、スポーツは万能だし、男らしくて親切で……。それなのに出木杉のヤツ、ちっとも人を馬鹿にしないんだ!」

 

「?悪いとこないじゃない」

 

 のび太の一言一句がドラえもんの耳から頭上を一直線に通過していく。

 時空を超えて、幾人もの極悪人と対峙してきたのび太が、人類の敵とまでと言うものだから理由を聞いてみれば、どうやら今日の彼は天邪鬼のようだ。そんなに嫌いな人間のいいところを挙げられるならば、寧ろ誰を鑑とするか、よく考えた方がのび太のためになることばかりで。

 

「……だから、きらいなんだよ」

 

 返ってきた言葉がのび太にとって予想のつくものだったのか、座布団を半分に折り曲げて頭をそれに委ねると、のび太はドラえもんから背を向ける。

 頭に煙の様に浮かぶ、ダメなヤツだと自分を嘲笑う大きな大きな黒い影を掻き消すように。

 

 珍しい。今日はひみつ道具は要らないみたいだ。

 

 のび太の心情の変化に感心して、ドラえもんもまた、漫画本へと目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グループチャットに、旧友からメッセージが来ていた。

 内容は『今度5人で集まらないか』というものだった。旧友5人で集まっては、互いに近況を報告しあい、旧友の1人が作った、お世辞を言うのも難しい料理を食べさせられていた。

 久しぶりなこともあってか、見るに自分とのび太以外は賛同しているようだった。まだ既読すら付いていないが、彼のことだから来るだろうと思って、前向きに言葉を返した。

 懐かしいと思うほど年月は経っていないのだけれども、グループチャットがスマホに映らなくなって、じわじわと込み上がってくるものがあった。

 

 胸の奥にしまい込んだはずの後悔が、血液を通して過去の記憶を抉る。

 のび太に頭を下げられて勉強を教えるようになって、おばさんに頭を下げて、あまり学校に来なくなったのび太を椚ヶ丘に誘ったのは自分だった。

 全国指折りの進学校なら自分ものび太も、周りに偏見も持たれず色眼鏡で見られない、好奇心の赴くままに勉学が出来ると思っていた。

 

(やっぱりあの時意地でも引き留めるべきだったかな。いっその事こと僕もE組に堕ちてしまおうか)

 

 けれど、どんな手を使っても引き留められる気はしなかった。

 たった一人の友人を助けるために凄まじい努力をしている親友を誰よりも近くで見てきたから。

 自分のように見せかけではなくて、隣で一緒に悩んで一緒に考えることが出来る優しい人だから。

 

 自分にはない知恵と機転で出来ないことを出来てしまうのび太が遠い存在に思う。それに救われることもあれば、燦々と照らす太陽が恋しくなる自分がいる。

 何度振り払っても思い浮かぶのはやはりのび太の顔で、寒流と暖流がぶつかる場所に渦潮が出来るように、相反する感情が渦を巻く。

 

 漸く消えたと思えば、息つく間もなく別の渦が自分を誘う。

 

「出木杉君が考え事をしているなんて珍しいな。よほど難しい問題なのか?」

「まぁね。あれ、荒木くん。今日は委員会の仕事はないの?」

「何を言ってるんだ?今日は*1朝の浅学会がある日だろ」

 

 自分の白紙のノートを見ては、熱でもあるんじゃないか、と口にする荒木を見るにかなりの時間自分は思いふけていたらしい。

 時計には七と六に針が刻まれていて、確かに何時もより人の集まりが早い気もする。

 

「さては、女か。女に逃げられた時の表情(かお)してたもんな」

「君と一緒にされては出木杉君が可哀想だとは思わないか?瀬尾」

「お前にだけは言われたくないんだが」

 

 自分の肩に置かれた瀬尾の手を榊原が振り払う。この二人が絡むと間に挟まる自分は恋愛創作に良くありそうなシチュエーションの巻き添えになっているらしく、どこからともなく歓声が聞こえてくる。皆そういうのが趣味なんだろうか。

 

「珍しいといえば、榊原君は漫画を読むようになったんだね」

「誰かさんのおかげでね。僕も彼に薦めたい小説があったんだけど、まんまと逃げられたみたいだ」

 

 どんな漫画を読んでいるの———。

 その言葉は他の人に打ち消されて、会話が続くことはなかった。

 

「漫画とか読んでいたら読解力が落ちるに決まってるだろ。*2新参の五英傑様はお気楽でいいよなぁ」

 

 明らかに妬みを含んだ攻撃的な言葉だった。

 先程まで歓声が飛んでいたことが嘘みたいに、カリカリとシャープペンが走る音だけが教室を支配する。

 手に持っていた漫画本を見られまいとしているかのように脇で覆い隠す榊原の姿を見て、思わず反論した。

 

 「そんなことないと思うよ。絵があるからこそ、登場人物のちょっとした動きや表情がわかって、色んな想像力が働く。

榊原君は小説も愛読しているから、寧ろ読解力は上がっていると僕は思うんだけど」

 

「じゃあ俺たちの気持ちが分かるかよ?榊原?」

「五英傑って言ったって、浅野君と出木杉君の二人だけで完結しちゃうじゃない。三人はのび太にも勝てないのに」

 

 反論した自分ではなく、二人も巻き込まれる形で、三人の方に矛先が向く。自分以外誰も否定しなければ、三人にも目も合わせない。ただ一人を除いては。それが肯定を意味するのか、邪険な雰囲気だけが教室に漂う。

 

「君たちが僕たちほど要領の良い級友(クラスメイト)だったなら、五英傑どころか三英傑も要らなかっただろうね」

 

「「あ、浅野君……」」

 

 その一人は、場が凍り付いた教室に入ってくるやいなや、たった一言で場を絶対零度へと塗り替えた。

 彼が教卓に立っていた時には、教室に走るシャープペンの音すら聞こえなくなっていた。

 

「雑談はそのくらいにして、始めようか。

 先に言っておくけれど、皆も知っての通りこの学校は順位(結果)が全てだ。大事なのは何を思っているかではなく、何をしているか。文句があるなら結果(順位)で証明すれば良い。五英傑だからといって点数が君らより下回れば容赦なくその座から退かせる。無論それは僕も出木杉も変わりない。野比がやろうとしていることはそういうことだ」

 

 この教室を去ったのび太がやろうとしていることが何なのかは定かではない。それはありとあらゆる憶測を生む。

 その恐怖心が肥大するのを待っていたかのように、彼は口角をあげた。

 

「心配することはない。野比がこの教室に居たのは過去の話だ。彼は弱者に手を差し伸べ弱者になった。まるで今日(こんにち)までの三日月のように。だがA組に選ばれた僕達の役目は弱者(みんな)強者(正しい道)へ導くことだ。言わば太陽。穢れた彼の心を正す為にも、僕達A組が椚ヶ丘を照らす太陽になろう」

 

「「「「おおっ———!!」」」」

 

 

 教室の雰囲気が、獲物を狙い澄ますように活気に溢れていく。

 誰かを動かすことの出来る強さ。それは自分にはない強さだった。

 

 好奇心を突き詰めれば突き詰めるほど、息苦しくなっていく。深く呼吸をしようとすると、目の前に大きな怪物が現れて、視界は暗転する。

 そんな世界に、出木杉は物心がついたときから佇んでいた。たった一人で佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い出したことがある。地方紙の一面に載っていた記事を目にしたことがきっかけだった。

 昨日はアメリカの全国紙でさえMLBに出現した触手の話題で一面を飾っていたが、偶然手にしたこの地方紙の一面にはこう綴られていた。

 

Legendary gunman(伝説のガンマン)

       The mystery of NOBITA (ノビータの謎)

 

 モルグ・シティ。

 暗殺(ひと)づてに聞いたその伝説の真意を確かめるべく、西部開拓時代から存在する小さな町を訪れたことがあった。モルグという名前からはかけ離れるほど治安が良い町で、伝説のガンマンについて尋ねるのも容易かった。

 何十年も語り継がれている逸話は、23人もの保安官が太刀打ち出来なかったギャング集団から子どもの背丈ぐらいの保安官がたった一人で誰も殺さずに町を守ったというものだった。

 聞けば、死体を連想させる町の名前が現代まで受け継がれているのも、町を救い消えた英雄が再び訪れてくれるようにとちゃんとした理由があったらしい。

 そのガンマンは相手の銃を狙い撃って相手を戦闘不能にしただとか、銃で撃たれてもその場で眠ってしまっただとか、単なるおとぎ話にしては立派に銅像まで立っていて、暗殺を生業としていた当時は、気に食わないが随分と手の込んだ話だと思ったのを覚えている。

 

 町の名前だけ目にしても、ここまで鮮明に思い出す事はなかっただろう。

 伝説のガンマンの名前と英雄の銅像の写真が一面に大きく載せられた紙切れが、その遠い記憶を思い出させた。そして、何よりも——。

 

私の生徒(のび太くん)と瓜二つ……?!」

 

 そのガンマンと自身の生徒——野比のび太が酷似していたことに殺せんせーは戦慄した。

 名前。身体的特徴。射撃の才能。新聞を見れば見るほどその事実は現実味を帯びていく。

 西部劇を絵に描いたような話が一人の教え子によって、自分の中で信憑性が確実なものとなりつつある。その得体の知れない不気味さに寒気が全身に走った。偶然、という言葉では安易に済ませる事が出来ない自分がいた。

 

 夥しい数の屍を積み上げてきた自分が日本の中学生相手に殺られるわけがない。死神(プロ)としてそう信じて疑わなかった。

 だから中学生である彼の射撃を目にした時、思わず自分の目を疑った。

 今にして思えば彼があの時使用していた銃は*3 

シングル・アクション・アーミー(SAA)をモデルにしたものであった。

 二丁のSAA(勿論自分を殺す為に改良されたものではあるが)を手に取った彼は片手で6つ並べられた缶を驚異的な速さで全て撃ち当て、もう片手で浮いた空き缶を全て弾いてみせた。人を全く撃てないという訳ではないらしく、先日の一件では生徒の指を弾いていた。

 一度限りの場面で彼の座席から指だけを弾く正確さと動体視力。脱皮を使う間もなかったほどの異次元な早撃ちと弾道補正の才能。

 

 もしあれが自分に向けられていたら———?

 

 只者どころじゃないと、触手が小刻みに震えた。

 こちら側の人間でも彼の右に出る者はいないだろうと、僅か二回の射撃で自分にそう確信させた。

 

 野比のび太と接すれば接するほど、疑念だけが深まっていった。

 彼は暗殺に関して一度たりとも引き金を引いたことがない。

 その理由を尋ねれば、彼は「助けたい友人がいるからだ」と答えた。自分が欲しいのはお金ではなく、知識なのだと。しかし、自分は月を()った張本人で、来年には地球も()ると本人の前で公言している。友人を救いたいなら尚更自分を殺さねばならないはずだ。

 

 助けたい友人がいる、というのは嘘ではないだろう。彼は嘘が吐けるタイプには見えないし、傍から見ても異常なまでに何かを知りたがっている。

 医学に関する知識だと推考していたが、彼が深めているのはAIや機械学——それもロボットに関する知識で、人を治すというよりは、機械を直す(・・・・・)ことを目的にしているような印象を受けた。

 

(不思議ですね。彼を見ていると、貴方やあの子の顔がふと思い浮かぶ)

 

 雪村あぐりが彼を心配していた理由が今ならよくわかる。

 盗み聞きをした。人は幸せになるために生まれてきたのだと彼は級友に諭した。

 自分は裏切って裏切られて大切な人を失うまで、そのことに気付かなかった。

 齡十四の少年が人生の真理を悟り、何か途轍もないものを一人で抱え込んでいるように見える。あの子のようにいつか自分の触手が届かなくなるのではないかとの恐怖すら感じる。

 

(彼のことについて少し調べてみましょうか。彼にも、教えることは沢山ありますから)

 

 対先生物質を埋め込んだボールに手入れを施して、ボールの持ち主の元へと歩みを進める。

 どんなに小さな汚れも見逃さない。手入れは怠らない。二度とあの過ちを犯さないように。

 

 

「磨いておきましたよ。杉野くん」

 

 

 

 

 

*1
 朝の浅学会。元々はのび太が考案した週一で行われる朝の学習会。元三英傑(現五英傑)が主体となってA組全体の学力向上を図る。ネーミングセンスを笑っちゃダメ。絶対。

*2
浅野、出木杉、荒木、榊原、瀬尾の五人で三英傑の代わりに作られた。小山は出木杉と教科が被るので彼の枠はなくなった。

*3
西部開拓時代に使用されていた回転式拳銃





 失踪し損ねた作者がいるらしい。
 感想に一年以上経って返信が返ってくる読者がいるらしい。
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