DMMORPG「ユグドラシル」数多のコンテンツの中でも、広大なマップや膨大なやり込み要素などで人気を博したゲーム。それが今夜、終わろうとしていた。
石造の通路、何処にも窓が無いことから此処が地下であると思わせる。通路を囲む壁や天井には、所々に縦の目が三つ並んだような模様が描かれた歪な鳥居や垂れ幕が列を成すかのようにずらりと並んでいる。
灯りは無く、常人であれば一寸先程しか目視出来なような暗闇が続く。
そこを歩く、一つの人影がある。人影は真っ暗闇の中が見えているかのように、迷いの無い真っ直ぐな歩みで通り過ぎて行く。そして全長3メートルはあろうかと言う、三つ目の文様の描かれた赤く大きな両開きの扉の前に到達する。
人影が扉の前に立つと、まるで自動ドアの様にひとりでに扉が開く。扉の向こうは通路に比べ比較的明るく、部屋全てとは行かないが中程まで目視できる。それでも薄暗いが。
部屋はかなり広く、天井はそこまで高くないが、床面積は体育館ほどある。全面板敷で、等間隔に赤塗りの角柱が天井を支えている。床には金貨や銀貨、宝飾品などが所々に山になって積まれている。
人影が部屋に入るに連れて、段々と姿が顕になっていく。背丈はだいぶ大きい大凡180cm程だろうか、だが全体的に細くヒョロヒョロとした印象を受けやすい。
頭には白いマフラーをグルグル巻きにしていて顔は確認できない、代わりに顔の部分に縦の三つ目の模様が描かれている。そしてまた、ぐるぐる巻きにされた首元の後ろから四本のマフラーの尾が膝程まで伸びている。
上半身は赤と黒のストライプのスーツを何枚も重ね着をしている様だった、袖口から覗く手は病的に白く手の甲には顔のと同様に三つ目の模様が見える。
下半身は黒いダボダボのズボンに覆われ、上半身のように細い印象は見えない。角の立つ体付きから、性別は男を思わせる。
(それにしてももうすぐか)
そんな事を心の中で呟きながら、プレイヤー名「阿修羅」はだらだらと歩いていた。なぜそんな事を思ったのか、それは彼が今プレイしているゲームが深夜0時にサービスが終了するからである。
リリースしてからの12年、亜人種プレイヤーとしてプレイし始めて、ギルドに入りギルド長が辞めて地位を引き継ぎ、他のメンバーが辞めても根気強く続けたのにはあるが、この男はそれを知らない。
(ここも随分デカくなったな・・)
ギルド「陶人會」主に亜人種のプレイヤーで構成された小規模のギルド、最盛期には25人程の人数を抱えていた、現在はこの男がギルド長を務めている。
このギルドはホーム(ギルド基地)の内装などはギルド長が最終的に決定権を持っている為、この男に因んだ内装になっている。前ギルド長が退任した後はこの男が実権を持ったが度々強権的になったり、「ユグドラシル」事態が過疎期入ったと言うのもありその頃から段々とメンバーを減らし今に至る。
元々この男にコミュニケーション能力が不足していたのもあり、ギルド長になれたのもこのゲームに対する情熱が強かったからでありこの男がギルド長になった時点でこうなるのは決定していたのかも知れない。
先程からこの男がノロノロと歩いているこの広い部屋、なんとこの部屋この男が一人で自室として使っている。ギルドのメンバーがとうとう自分しか居なくなったとき、使わなくなったメンバーの部屋などを繋げたりしてホームに改造を施し始めたのである。
部屋を進んで行くと人が立っている、金髪で赤い瞳のスタイルの良い女だ。だが人では無い、腕と脚は黒い革か硬質な繊維で織られた防具で覆われている。頭には黒いフードを被っており、二本のこれまた黒い角が生えている。
胴は一見黒いエプロンだけを纏った裸エプロンに見えるが、しっかりと胸は布で覆われ腰はデニムのような素材のホットパンツをはいている。
(二階堂もいるっと)
内心で自ら作ったNPCの名前を呟く、この男は二階堂を自らの想像で作ったと思っている。だが二階堂はこことは違う世界の漫画に登場する人物である、なぜこの男にはそれを「ユグドラシル」のNPCとして作れたのか。
偶然だろうか、だがこのNPCの二階堂、原作の「ドロヘドロ」を忠実に再現し過ぎている。今着ているコスチュームも漫画の中で二階堂が半悪魔化した後に、着用していた物を寸分違わず再現している。
実の所、この男には前世と言うものがあるがその記憶は無い。その全世が「ドロヘドロ」などの作品があった世界なのだが、この男無意識にそれを再現しているのである。
(こいつは自分で作った中でも良くできたなー、ビルド面でもだけど)
二階堂の前に椅子を置いて座り、眺める。このゲームが過疎期に入り他のメンバーが辞めた後でも、この男はこのゲームに執着し続けた。CGのモデルデザイナーとしてデザイン会社で働いているこの男、リアルでの交友関係があまり無いのも拍車をかけたのか。
まあ、ギルド最盛期と比べたらかなりログイン頻度は減ったが、最終日に3時間も続けて遊ぶくらいには続けている。
(おお・・あと10秒か)
気づけば、あと少しでサービスが終了する。
10・・・
9・・・
8・・・
7・・・
6・・・
5・・・
4・・・
3・・・
2・・・
1・・・
0・・・
(はあ・・この後何しようかなー、何か他の良さげなゲームないかな〜)
サービス終了の後に何のゲームをするかという事に思考を回している、しかしこの男が次のゲームをプレイする事はないだろう。
何故なら。
「あれ?」
DMMORPG用のヘッドギアから見える光景が、ゲームの終了画面にもホーム画面にもならない。更に5秒待ってみても変わらない。
(サービス終了が延期した?それにしては、なんの報告もないな・・)
運営側の対応の無さを不審に思いながら、取り敢えず現状を把握するためにコンソールを開こうと手を動かすが。
(コンソールが開かない!あれ?このままじゃログアウト出来ない・・まずいまずい・・それはまずい!)
明日の仕事が出来なくなると、慌てる男。違う手でやって見ても先ほどと変わらない結果、焦る思いは強く成る。意味も無く立ったり座ったりを繰り返したり、コンソールを開こうと何度も手で開示の操作を行う。
「はあ・・何も動かない・・」
異常なほどのシステムの無反応を目の当たりにして、少し落ち着いたのか愚痴を吐き出す。
「どうかしましたか?」
「あ?」
その時、予想もしない方向から声が掛かり惚けた声を出した。
「え?あ、いや、少し様子が普通じゃなかったかので」
「ギャァアアーーーーーーーーー!!!!!!」
一方その頃
「どう言う事だ!!!」(某迷惑ガイコツ)
場所は戻って
「ギャァアアアーーーーーーーー!!!」
「え、ちょ・・」
(え、NPCがしゃべっている・・ここはゲームが作り出したバーチャル空間ではなかったのか!)
そういうコマンド一切組んでいないNPCが自ら動き発言している事実に驚愕し、絶叫する。ホームが異世界に転移する以前の彼なら、ここまで大声をあげる事は無かっただろう。
「・・・・・・・・」
一通り叫び散らして落ち着いたのか、途端に静かになり固まる。
「あー・・・落ち着きました?大丈夫ですか?」
「・・・・・・あぁ、もう大丈夫」
優しく声を掛けられたことでなんとか、表面上は平常を取り戻し問題ないと返事を返す。段々と表面上だけではなく、内心も落ち着いて来る。
「お前はいつから意識があるんだ」
今のこの状況で気になる事は星の数ほどあるが、まず目の前で動き出したNPCに意識が行って思わず質問した。
「え、あ〜そうですねぇ、マスターが私の職業を選択していた時からかと思います。」
「・・そうか」
イマイチ理解が追いつかないが追い付かないが取り敢えず返事をしておく、この男の頭の中は幾つもの仮説が立っては有り得ないと否定されていた。
(訳がわからない、取り敢えず状況を把握したい。こいつがこうなっているって事は他のNPCも?)
少しずつ状況を呑み込みつつあった、そして外で起こっているであろう事も予想できるようになってきた。そして同時に感じるようになってきた感情、恐怖。
背筋が泡立つのを感じる、ここはギルド「陶人會」の本部。かつてギルドメンバーと創り上げたモンスター・NPC、その中には自分を戦闘能力で超える者もいる。今の状況がゲームが現実になったとするなら、その暴力が現実の物となったと言う事。
ゲームのNPCとプレイヤーとの関係がそのままだったとしたらそこまでの危険は無いと思うが、何があるか分からない。今隣にいる二階堂が攻撃して来ない、質問に素直に答える、敬語を使う、自分の事をマスターと呼ぶ、などしている事からゲームの時の関係がそのままであると、とりあえず仮定する。
「お前は俺の命令を聞くか?」
鼓動が早まる、焦って凄く無粋な言い方になってしまった。もう少しソフトに言ってればリスクが少なかったのにと、この男は後悔する。震えそうになる身体を必死に押さえ付け、自分は怖がっていないと、お前など問題にならないと、二階堂にアピールする。
二階堂は一瞬、面食らった様な顔をしてしかし、すぐに元の品の良い笑顔に戻り言い放った。
「あ、ああ私は貴方に造られた存在、マスターの命令なら何でも聞くよ」
阿修羅に優しい笑顔を向けながら、静かに言い放つ。
「何でも?」
二階堂の優しい声が効いたのか、子供のように聞き返す。
「えぇ、何なりと我が王よ」
微笑みながら、手を胸にあて礼を取る二階堂。その姿をマフラーぐるぐる巻きの顔でじっと見る。
少しの沈黙が流れた、礼の姿勢を崩さない二階堂と見つめる阿修羅。その沈黙を破ったのは阿修羅だった。
「え、ガッハァ!!」
阿修羅のマフラーが勢い良く二階堂を吹き飛ばす、ガシャン、ガシャン、と床に積まれていた金銀が飛ばされ何回かバウンドした二階堂に当たり散らばる。
「グギィ・・ガッハァ・・」
吹き飛んだ二階堂に追い討ちをかけるように、触手の様に高速で動くマフラーが絡み付き近くにあった柱に体を押し付ける。二階堂の首と腹を力強く締めつける、首の軋みと内臓圧迫により苦悶の声をあげる。
(腕は拘束しない、さっきのが本当なら抵抗しないだろ)
「証拠を見せてくれ」
表情の読み取れない顔でいう男、否最早この男は単なるCGのデザイナーでは無い。少し前に居た世界の単なる一人の男、他の人間と違い前世があるがその記憶がない為普通に生きて来た。
そもそも何故前世などと言うものがあるのか、単にこの男の魂の異常性だろう。普通ではあり得ないものが取り憑いていた、この男の魂に取り憑いたもう一つの魂の欠片。
何処かの世界では鬼神・阿修羅と呼ばれていた者の成れの果て、流れ着いたそれが一般人に寄生し生きていた。寄生し同化して行くうちにその一般人の魂も変化して行った。
そして通常の魂の列から外れ、この「オーバーロード」の世界に転生したのである。この男が「ユグドラシル」を購入した事も、ギルド長になって最終日に自分一人になるようにしたのも鬼神が密かに差し向けた事だった。
利用したのだ、自分の復活の為に。だからと言ってハッキリとした意思が鬼神にある訳では無い、殆ど本能の様な以前の残留思念の様な微弱なものだったが、それが宿主の深層の記憶と混じり合い可能性に縋ったのである。
このギルド拠点に配置されているNPCは、この男がCGデザイナーと言う肩書きを持っていた為、メンバーからデザインを頼まれる事が多かったので殆どをこの男が設計している。ギルド長になれたのも、半ばそのお陰でもある。
この世界に存在し無い作品のキャラクターのデザインが出来上がるのは、宿主である男が創作イメージを練っている時に記憶の奥底に繋がっている鬼神が橋渡しとなり表層のイメージにそのキャラクターが浮かび上がって来た為である。
そして遂に鬼神のの悲願は叶った、バーチャルの空間に自分の生き写しを作りそれを現実の物とする世界に転移する事により。
宿主がこの世界に来てから魂の同化が恐ろしい速度で進んでいた、故にもう男は別人である。以前は無かった強烈な猜疑心・恐怖心が膨れ上がり、遂に行動に移すまでになった。
二階堂を柱に縛り付けているこの瞬間、この男は鬼神阿修羅になった。
「かはっ・・グウゥ・・」
ギシギシと骨が軋む音がする、最上位悪魔の骨が軋むなど相当な力がマフラーに掛かっている事が分かる。
(さあ、証明しろ)
阿修羅が二階堂の顔を見る、それに気づいた二階堂は応えるように先程の笑みを返した。自由な両手は全てを許す女神の様に阿修羅を受け入れるように広げている。
「あな、だ・・がそれを、のぞむ・・のな、ら」
聖母の様な笑みを浮かべながら、必死に言葉を吐き出す。その瞬間、拘束が解かれ床に落ちる。
「ゲホッゲ、ガァ、ゲホッ」
咳き込みながら腹を押さえ床に蹲る二階堂、そこに歩み寄る阿修羅。
「拠点の外の様子を見て来い、誰にも見つかるなよ、何かあったらメッセージで連絡しろ」
マフラーで隠れた顔で見下ろしながら、静かに言い放った。
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