ありがとうございますやでほんま
戦闘描写できる気がしねえ!お前も瞬殺!
界境防衛機関。通称ボーダー。
今から3年前の第一次近界民侵攻時、突如として公の舞台に現れ、近代兵器の通用しない近界民――所謂トリオン兵と呼ばれる存在――に対して有効な手段、「トリガー」と呼ばれる技術を使用し、撃退した集団。
現在、戦闘員だけでも数百人を超える大所帯となり、組織として成長を続けている。
しかし、そのほとんどの人員を、子供と呼べる15~18歳が大半を占める。
理由として、トリオン能力は
無論、訓練し続ければ多少衰弱を抑制できるが、トリオン技術が未熟、おろかその存在をほとんどの人間が知らないこの
そんな、今最も注目されている、この
私は、そこに所属することに決めた。
理由は、高校へ行くためだ。
母にも父にも、親戚と呼べる存在が居なかった私には、後見人が必要だった。
ボーダーでは推薦も受けられ、場合によれば免除もあると聞いた。
それに、先立つもの……すなわちお金も、ここでなら出る。給料。賃金。
それが、この息苦しい施設、孤児院から出るために、必要なことだった。
書類一色を送り、試験会場、面接、そして仮入隊。
試験に関しては何も言うことはない。
面接は……ちょっとどもった。恥ずかしい。ちゃんと受け答えできていると思うけど。
仮入隊では、いい線は行っていると思っていたが、どうやら同期の女の子の方が優秀だったらしい。
お母さんの
詳細は聞いていなかったし、このときはまだ知らなかったけど、どうやら私のお母さんは、所謂外の世界の住人、元々は近界民だったようで。
やけに剣術やら体術に詳しく、家事は夫、つまり私のお父さんからの教えで、たまに思いがけない突飛な行動をして周囲を驚かせていたし、それに副作用、トリオンのことを知っていた。
身内ながら不思議な人だった。瑠璃色の目に、髪の色は紫がかった銀髪。私の髪もそう。
綺麗な人で、人の懐にするりと入っていくような、掴み所がないような、それでいて人懐っこい感じもする。
そんなところにイチコロだった、とお父さんは語っていた。茶色の瞳。私と同じ。
落ち着いた雰囲気と大抵のことは人並み以上にこなす。でも本当はあわてんぼうで、想定外のことに弱い。
そんなところに牽かれたのよね、とお母さんはお父さんに聞こえないよう私に言っていた。
ああ。
もう、無いんだ。
何処にも無いんだ。
二人の姿は、もう私の中にしかない。
「これから入隊式を始める」
メディアで取り上げられることの多い、嵐山隊。そのリーダーである嵐山という人が、歓迎の言葉を新人たちに送っている。
木虎藍は、その大勢の、C級隊員の一人だ。
まだ訓練生という立場ではあるが、それでも、ボーダーに選ばれた、前途有望な粒揃いたちである。
特に、仮入隊で優秀な成績を残した彼女は、初期のスコア《3200》という、非常に高い期待をかけられていた。
《4000》になれば晴れてB級に昇格するボーダーのシステムで、このアドバンテージはかなり破格だ。
そんな彼女は、少し浮き足立っていた。この中で誰よりも優秀であるという自負。気付けば、入隊式は終わり、ポジション、近距離か、遠距離。アタッカーなのか、ガンナー(シューター)なのか、それともスナイパーなのかで別れ、それぞれに応じた訓練を受けることになっている。木虎はアタッカーだった。
そして、ここでも優秀な成績を残す。なんとバムスターを、スコーピオンによって「9秒」で倒したのだ。
これはもう、有頂天になっても仕方ない。羨望や嫉妬の目線は、もはや彼女を称える声でしかないのだ。
最近でも、この上なく調子がいい。このまま、すぐにB級に昇格する、私は上を目指す。A級と呼ばれるエリートになってやる。
一流は先のことも見通すものよ、などと考えながら、次の訓練に備え、少しでも休憩を取ろうと、椅子に座る。
ここから訓練室の様子も眺められるが、あまり興味はなかった。自分に比べれば、亀どころかカタツムリくらい遅い。そんなことを考えていると――
ふと、目に入った人影。
大抵が黒髪か茶髪の隊員の中で、一際目立つ銀髪の彼女。たしか仮入隊の時、私の次に優秀な成績で、体力測定ではなかなか根性のある子だと思った子。
なんとなく、彼女に注目していた。
弧月を装着した姿はなかなか様になっていた。
ちょっとした強者、のような……
『測定、開始』
開始の合図が聞こえたと同時に、彼女は
いや、目で追えなかったのだ。いつの間にか、バムスターの懐へ潜り込んだ。
その場所は、バムスターの死角、弱点の真下。
そして、ほんの少しの間、溜めの動作を挟むと、
まるで弾丸のように、全身でバムスターの顎を叩いた。
現代の重戦車より遥かに大きいあのバムスターの体を、一瞬怯ませ、浮かせたように見えたその衝撃は、私にも伝わったかのようで、それは確かに、弱点を貫いていた。
深々と突き刺さった弧月を敵から抜き放ち、鮮やかに着地する。
そんなとてつもない光景を、彼女は僅か――
『記録、に、2秒!?』
「な……!?」
たったの2秒で作り出した。
会場が騒然とする。
直前に出た私の「9秒」をあっさりと超える記録。
その記録を出した彼女は、倒れ伏すシミュレーションのバムスターに目もくれず、終始落ち着いた様子で訓練室から出ようとする。
が、その訓練室の前に殺到する同期のC級隊員の群れを見るや、その無表情が崩れ、取り乱し始める。
案外恥ずかしがり屋みたいね、と思う。間違ってはいないだろう。その証拠に。
「えっ、あっ、ううっ、あの……」
四方八方から質問攻めにあって、端から見ても気の毒になりそうなほど狼狽えている。まったく邪魔くさい奴らね!
「ちょっと失礼!」
集まった人混みをかき分けて、渦中の人物と対峙する。
こういうのはファーストインプレッションが大事なのよ――と、自分の記録を軽々しく超えられた萌香を、目の敵にしているが、これは木虎が、年上には「舐められたくない」、年下には「敬われたい」、同世代には「負けたくない」、という対人欲求があるからである。つまるところ、かなりの極端な感情の持ち主なのだ。悪いことではないが、反感を買うこともままあると思われる――、と意気込み、語気を強くして問いかける。
「貴方、名前は?」
「も、萌香、です、保澄萌香」
相変わらずたどたどしい。
「そう、アタシは木虎、木虎藍。14歳。貴方は?」
「じゅ、16、です」
「2歳上ね、萌香さん……でいいかしら?」
「もももちろんいいでしゅっ……木虎、ちゃん?」
噛んだ。別にさんでもちゃんでも構わないので、無視し話を続ける。
「……どうやったの?」
「へ」
流石に短すぎたか、何を聞かれているのか分からなかったようなので、
「だから!どうやったのよ!バムスターの討伐よ!さっきの、2秒?……の!」
「ひっ、はっ、ハイッ!」
恫喝じみてきて、なんだか悪い気分になってきた。
その言葉を皮切りに、どよめき、同じような質問が周りからも投げかけられる。
少し唸るようにした後、考えをまとめたのか、えーと、という前置きから萌香は話し出す。
周りの耳が向けられる。が、
「む、難しいことはしてませんよ。ただバッ、って行って、グサーッて」
擬音交じりの説明に、皆ズッコケたかのような、そんな絵面が頭に浮かぶ。
だが、そこで話は終わらなかった。
「あ。でもコツはありますよ、自分を大きな一個の鉄とか、タングステンの塊だと思うんです」
「それと、なんというか、圧力って面積が大きいと分散するじゃないですか、だから点に力を集中させるんです」
「そうすれば多分、大抵のものは切れたりぶっ壊したりできるって……お母さんが言ってました」
実にあっけらかんと言い放った。胸を張り、むふー、という音が聞こえそうなくらい自慢げで、さっきまでのオドオドした態度は何処へやら……と思っていたのもつかの間、反応が返ってこないからか、何か変なことを言ったかな、という顔をして、ワタワタとし始める。
「あ、貴女のお母さん、何者?」
思わず聞いてみた。しかし、返答は、
「ちょっとだけ世間知らずで、私のだいすきな人の一人です」
初めて見た笑顔で、それだけ。――絶妙に話が嚙み合ってない!――聞きたかった肝心なところをはぐらかされた気はするが、それ以上の追及は無しにした。なんというか、
「――そ、そう、分かったわ……でも萌香さん、私も2桁切ってるんだから!ちょっと7秒早いからって、気を良くするんじゃないわよ。すぐ追い抜いてやるから」
「は、はい」
私、年上なのに、やっぱり頼りない感じなのかな……といった顔をして少し俯いている。文字でも書いてあるのかというくらい、彼女の感情は分かりやすい。
言いたいことは大体言えたので、何と言ってこの場から立ち去ればいいか考えていると、萌香側から話しかけられる。
「あ、あの……」
「何?」
「ひぅっ」
自分でもかなりドスの効いた声が出て、それで委縮したらしい。
手を自分の横で振ったり、考え込む素振りをしたりと、かなりワタワタとしていた。が、突然、
「――そ、そうだハグ!ハグして上げますッ!」
「はっ?……ええっ!?」
思わず声を上げた。唐突に何をいってるの、この子は。
そう言って赤面しながらその子、萌香は私を抱き締めた。
この年にもなってハグをされ、衆目を集めていたせいか、不思議と同性だというのに一瞬ドキドキしてしまった。
だけど何て言うか、彼女のそれは慈しむような、親が子にするような優しいもののように感じた。
まるで、取り乱した子を宥めるように。
えらいえらい、と私を褒めるかのように。
苦しくもなければ、弱々しくもない、力加減。
とても、居心地がよかった。
数秒経ってから、彼女は私から腕をほどいた。
そのことに少しの名残惜しさを感じたのには驚いた。
か、その感情も、次に発した言葉で霧散する。
「こっ、これでっ、いいですか……?」
「えっ、なっ、ちょ……」
それじゃまるでこっちがハグを求めてたみたいじゃない!
だが、返す言葉が出ない。意味のないあ、などの場繋ぎの音の連なりばかりが口をつく。
そんな風に返答に困っていると更に彼女は、
「あっ、頭、撫でた方が……よかったですか?」
またそんなとんでもないことを言う。
そんなこと望んでないから!と心の中で言うが、誰にも伝わることなく。
「はあっ!?いいい要らないわよ!」
という言葉だけが出力された。
実際、確かに褒めて欲しいという気持ちはあったが、舐められたくない、負けたくないという一心で強気に攻めに来ただけで、ハグだとか頭を撫でろだなんて言っていないし思っていない!
「そ、そうですよねごめんなさい……」
そんな私の気持ちでも
それに応えるよう、しょんぼりとしながら謝罪を述べる萌香。
その後、周りを見た瞬間、ハッとしたと思うと、少しずつ移動しながら、
「あっ、あの、わたっ、私、喉が乾いてしまったので、そう、飲み物を買いに行くので、これでッ……失礼しますッ――」
そういって人混みを素通りし、パタパタと自販機のあるエントランスに続く廊下へ駆けていく彼女。
後には、未だ何が起こったのか理解に時間がかかっているガヤと、立ち去る彼女を見送ることしか出来ない木虎が残された。
(わっかんない……なんなのよ、もう……)
ただ、そう思った。
自分から絡みに行ったとはいえ、まさかこんな辱しめを受けることになろうとは。微塵も思っていなかった木虎だった。
顔が熱い。
どうしよう。
変な風に思われたかな。
なんだか自分を認めて欲しい、と言わんばかりの雰囲気だったから、
私がそんなとき、お母さんにして欲しいことをしてみたけど……
いきなり見知らぬ他人にそんなことをされたら面食らうよね、嫌だったかな、でも満更でもなかったような、でももしかしたら本当は心の底で私と同じく恥ずかしかったんじゃないだろうか、公衆の面前で堂々と抱擁なんて、ここは日本で外国のような文化は無いんだよ~!
ぐちゃぐちゃと後悔が押し寄せる。やり直したい。もっといい方法があったはずなのに、どうしてこういつも間違えるんだ、バカバカバカ……いっそのこと、もっと深い心情を――
でも、深く知ることは、駄目だ。
そんなの、許されない。誰かの中に、土足で踏みいるのは。
また怖がらせるのか?また気味悪がられるのは嫌だろう?
「無理だよ……今更……人と関わるなんて」
頭に不思議な感触が広がる。
なんだか、無性に寂しい。
そうか、私、寂しいんだ。
いつの間にか買っていた自販機のペットボトルを取り出さずに、項垂れながらも立ち尽くしていた。
後ろに並んだ人に、気づかないまま。
その後の訓練はつつがなく終わった。
現在の私のポイントは、初期の《3000》から増えて《3145》。
木虎ちゃんからの視線を感じつつも、なんとか母の教えによってか上位に収まることができた。
そして、個人ランク戦の説明が終わると、自由行動となった。自宅に帰ってもよし、ランク戦に入ってもよし、食堂に行くもよし、駄弁るのもよし。
帰るにしても、私には家が無いので、ボーダーの用意した寮、ということになるのだが、せっかくなので、ランク戦をやってみることにした。
木虎ちゃんもそうするらしい。当たったら気まずいな……などと考えながら、マッチングルームに入る。
使用武器と、ポイントが表示されたパネルを操作する。
ポイントが低い人は比較的弱く、入ってくるポイントは少ない。
逆にポイントが高い人は基本強いが、こちらが得るポイントは多くなる。
至極真っ当な仕組みで、尚且つ強さが如実に現れるシステムだと改めて感じる。
ここは、高いポイントの人からやってみよう。そうして選んだのは、『弧月 3631』。受理された。
『転送、開始まで、10,9,8...』
カウントが0になると、重力が喪失したかのような感覚が体を駆け巡る。そう間を置かずに、自分のトリオン体が形成される。
市街地を模したシミュレーション空間に降り立つ。すぐさま弧月を換装し、臨戦態勢に。
相手は男、恐らくはそこそこ所属している人。新入りか、鴨がネギ背負ってきたな、なんて感じに舐め腐っている。そんな顔が見てとれる。
そんな相手は、真っ向勝負で鼻っ柱ごと叩き折っちゃいなさい――そんな声が聞こえた気がした。
距離を詰める。そんな私にビビったのか、へっぴり腰で得物を構える。
ファーストアタックはこちらが貰った。居合いでの逆袈裟。なんというか、経験は一丁前にあるようで、防がれはした、が、万全で受けられなかったためか、後ろにのけ反ってしまって動作が一歩遅れている。甘い。そのまま踏み込み、返す刀で突く。
『トリオン供給機関、損傷。トリオン体活動限界。
あまりにも呆気なく、トリオン体の心臓を貫かれ、間抜けな顔をしながら光の帯となって偽物の空に消えた。
ちょっとスッとした。八つ当たりみたいなものかもしれないけど……ごめんね。
次の相手は、『スコーピオン 2973』。
あの変幻自在の万能ナイフ、その特性を見極めようと選んだ。
この方はちゃんと本気で戦ってくれた。自分の得意な間合いを知っている。隙があれば、弧月のような長物で攻撃しづらい所から攻めてくる。
だからこそ、こちらの間合いを押し付けて、その鋭い一撃を届かなくしてやればいいと考えていたが、いかんせん手数が多い。なんとか攻撃を中止して身を捩って避けてはいるが、攻めあぐねている状況下では、このままではいい
なら、虚を突こう。少し距離を取り、横薙ぎの攻撃をする素振りを見せ――弧月から手を離す。
隙だらけの胴を見て、思わず踏み込んだ彼には、驚愕の表情が浮かんでいた。私は彼のスコーピオンを持つ手に、ほんの少し力を加えた、すると、彼の身体は宙を舞う。
そのまま私の後ろに放り出された彼は、受け身を取る間もなく、脇腹を地面に叩きつけられる。
痛みは無いはずだが、それでも衝撃で身体は固まってしまう。致命的な隙。落ちた弧月を拾う時間も十分あった。
切っ先を地面に擦りながら、首を切る。
『トリオン運動伝達系、切断。
不思議と、躊躇いはなかった。
最初の一戦からそうだったと言えばそうだが、
これも一種の才能なのかな、などと戦闘の興奮冷めやらぬ頭で考える。
そうか、楽しい、楽しいんだな。今、私。
辛いことを考えなくて済むから。
全力で鎬を削っていれば、嫌なことは頭から抜け落ちる。目の前のことに集中してられる。
気付けば、占拠し過ぎて強制退室されるくらい、熱中していた。
ポイントは、《3892》になっていた。
「お、おい見ろよあいつ」
「『死神』……」
「個人ランク戦全戦全勝の……」
「もうすぐB級に上がれるらしいぜ、まだ入って2日目のニュービーが……」
ボーダーは保澄萌香の話で持ちきりだった。
それもそのはず、ぽっと出の新人が、個人戦で圧倒的実力を見せつけ、
あまつさえ現在最速のB級昇格が見えているとくれば、だ。
そういう意味では、かなり浮いている存在である。
(やっぱり、慣れないな……)
彼女もまた、その中でそれを感じていた。
幾度となく感じたそれを。異物として見られる感覚を。
いつだってそうだった、そう、私は
かぶりを振って、誤魔化した。今日も、個人戦のブースへ行こう。
一方その頃。
「なによ……あの子ばっかり目立ってるじゃない……!」
木虎は、ひとりハンカチを噛んでいた。
誰とも関わらないということは出来ない。
一方的な優しさも、お節介も、誰かにとっては煩わしいものだったりするというのに。
「よけいなこと」だと分かっていても、私は……
私は、一歩を踏み出せずにいた。ずっと。
傍観者であることは、楽だから。
誰も、私を詮索しないから……
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