変なやつ~もう1人の小鬼殺し~   作:trpg-7

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ああ、やるせなきその怒り。 始まりの終わり

「ゴブリンスレイヤー」

 

 女神官は復唱した。目の前の銀等級の冒険者はゴブリンの死体を数えている。自分たちには関心がないように見えるが、ふと呟いた。

 

「……14。ゴブリンの巣(ここ)に入る前にあいつに止められたんだな……運がいい」

「まぁ、見殺しにするのは気分も悪いですから。止めるでしょう、ゴブリンスレイヤーさんだって」

「それもそうか──俺達はこの先のゴブリンを殺しにいくが、お前達はどうする?」

 

 新米一党の頭目として剣士が前に出て、「ちょっと待った」とゴブリンスレイヤーに声をかける。

 

「この依頼は俺たちが受けた。だから俺たちで終わらせる」

「そうか、その依頼を俺も受けている……いや、新米一党がゴブリン退治に挑み、《もしもの事》を想定して急行してほしい、と救援の依頼をな」

「っ……冒険者ギルドは俺たちが死んでるか、それより酷い状態になるって予測したのかよ」

「受付嬢を責めてあげないでくださいね。ここ数年、ゴブリン退治で全滅する新米一党が減っている傾向ではあるけれど、やっぱりいるにはいますから」

 

 いや、と剣士は言葉を遮り

 

「アンタに教わったから、もう俺たちはゴブリンを侮らない。さっきは素直になれなかったけど、後ろからゴブリンが仕掛けてきたのを見たらアンタの言い分は正しいって納得できた。ありがとう、そして……すまなかった」

 

 ヴァルキリーに頭を下げる。そして清々しい、屈託のない笑顔で

 

「だからこそ、アンタもそっちのゴブリンスレイヤーさんも……今は俺の一党だ! 力を合わせてゴブリンどもをやっつけようぜ!」

 

 明るく振る舞い、そう宣言する。

 

「……ああ」

「ええ、いいですよ」

 

 ゴブリンスレイヤーとヴァルキリーもそれに了承して、頷いた。

 

「あ、それと……女の子は少し我慢してほしいことがあります。これから敵の本陣に仕掛けるわけですが……少し血に慣れてくださいね?」

「「「……はい?」」」

 

 三人娘の声が重なり、疑問を抱く顔になる。ヴァルキリーの後ろで死んでいたゴブリンの腹を裂き、その内臓を布に詰めて握り潰すゴブリンスレイヤーを見て女神官が、女武闘家が、女魔術師が。彼女たちは小さな悲鳴をあげて、顔を引きつらせる。

 

「な、なに、を……しているんですか!?」

「ゴブリンは匂いに敏感だ。特に若い女の匂いにな……その匂いを消す必要があるわけだ」

 

 すくっと立ち上がった彼の持つ、赤黒く染まった布を見て3人は悲鳴をあげそうになる。そんな彼女たちを後ろからまとめて捕まえるヴァルキリー。

 

「やっ、離して!? く、ビクともしない!?」

「いと慈悲深き地母神さまぁ……」

「諦めてね? 私も我慢しますから」

 

 武闘家は逃れようともがくが、ヴァルキリーの膂力はその細腕からは考えれないほどの剛力だった。

 

 数十秒後。服を血で汚された3人はどんよりとした雰囲気を纏うのも無理はない話だろう。なんと声をかければいいのかわからず、剣士はただ心の内で彼女たちに合掌するのだった。

 

 ──────

 

「聖光、火矢か。あと何度奇跡を使える?」

「神官さんは2回、魔術師さんは1回。私は限界突破(オーバーキャスト)をすればギリギリで7回ですね」

「な、7回!? なにそれふざけてるの!?」

 

 魔術師は才能の差を感じずにはいられなかった。都が「賢者の学院」で勉学に励み、自分が覚えた魔術は《火矢》「だけ」だった。それを2度も使えると周囲には驚かれた。自慢だった……だが、目の前の女は奇跡を6つ、そして今聞いた限界突破すれば7回も使えると言っていた。

 これが本当の冒険者なのか? と自問したくなるのも無理はない。

 

「……悲観的にならないでくださいね、魔術師さん」

「っ、別に気を使われる事なんてないわよ」

 

 沈黙した自分に気を使ってか、ヴァルキリーが話しかけてくる。気遣いは出来るたちなのだろうか?

 

「私も奇跡は3回使えます。そして3回しか仲間を癒せません」

「……は? 限界突破して7回でしょ?」

「私は確かに身を削れば、7回奇跡を使えます。でも最初から5回なんて無理ですよ?」

 

 その言葉を聞き、魔術師は耳を疑う。最初からは無理? 修練で増やせるのか? と

 

「回数って増やせる……の? 2回も……?」

「はい。努力次第ですけど、増やせます。だから悲観的にならないでくださいね? 気落ちせず、頑張ってください」

「……ありがとう」

 

 女魔術師の口から、なんとか出た言葉は感謝の言葉だった。それを聞き、ヴァルキリーは……にこりと目を細め、「どういたしまして」と返す。

 

 そんな彼女たちをよそに色々と話し合っていたメンツに合流する。

 

「ここはこうしてこうすれば──」

「この方がいいんじゃないのか?」

「ここで火矢を放ってほしい」

 

 暗闇の中で彼らは作戦を組み立てる。ゴブリンを効率良く殺す陣などをヴァルキリーが提案して、ゴブリンスレイヤーが、新米一党とヴァルキリーが使える魔術や奇跡を聞き考えて

 

 そして彼らはそれを実行に移した。

 

 □■□■□■□

 

 暗闇の中で蠢く醜悪な者たちは、捕まえたメスをどう嬲ろうかと醜悪で邪悪な笑みに口元を歪ませる。

 手下のゴブリンは役に立たず殺されて、先ほど偵察に行かせた斥候も帰ってこない。1人、手下に犯されているメスも衰弱してきているので、後2匹産めるか産めないか、もう先は長くないだろう。痩せ細る前に解体して食うべきだろうか? 

 手下が減ったならば、ここに入ってきたヤツら(冒険者)からメスを何匹か捕らえて孕ませればいいだろうとゴブリンシャーマンは邪悪な考えを巡らせる。

 メスが多く入ってきているのは知っている。なにより、豊満なメスが2匹いるとも命からがら逃げてきた手下のゴブリンの報告を受けて自身にも溜まっていた性欲が鎌首をもたげるのを感じた。そのメスの豊満な肉体を我が爪で傷つけて犯せばどれほどの快楽を得れるだろうか。そう考えれば、股間はいきり立つ。

 匂いでわかる、若いメスが多い。そいつらをどう啼かせ、犯して絶望させ、そして最後には心臓を喰らおう。その前に胸の脂肪を、メスが生きたまま引きちぎり、その悲鳴を肴に食むのは最高に美味だ……そんな考えをしていると声がした。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください》──聖光(ホーリーライト)

 

 自分達のキライな、清らかな光が穴蔵を満たす。メスを犯していた間抜け(ゴブリン)たちは視界を灼かれてのたうち回っているが、自分は目を隠していた。そういう手を使うヤツらを知っている自分は偉い、だから長に成れたのだ。

 

 精霊に呼びかけ、見えた人影に向けて火球を浴びせてやろう。見せしめに1人殺せばヤツらは狼狽するだろう。

 光を放っているメスに気が向いた。貧相な体つきだがメスはメス、殺すのは少し惜しいがどうするか。

 

 ──その迷いが命取りだった

 

「戦女神よ、《我らに槍を》──戦槍(ヴァルキリーズジャベリン)

 

 閃光が自身目掛けて飛んできた。そのあとのことは、ゴブリンシャーマンは覚えてはいなかった。

 

 □■□■□■□

 

 ゴブリンシャーマンの頭を消し飛ばし、ホブゴブリンの腹に大穴を開けた奇跡(ヴァルキリーズジャベリン)に引きつった笑みを浮かべて、後退する神官は最後尾を走る。そして仕掛けた簡単な罠のロープを飛び越えて再び奇跡を唱える。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください》──聖光(ホーリーライト)ッ!! 剣士さん!」

「任せてくれ! だりゃあっ!」

 

 聖光に視界を灼かれたもう一匹のホブゴブリンが張られたロープに足を引っ掛けられ、つんのめってその場にズドンと倒れ込み、そこへ剣士が頸に向けて剣を突き立てる。刺しただけでは死なないと聞いていたから、ゴキリっと音をさせて首をへし折る。

 

「げっ、抜けない……!?」

「GBBBBッ!」

 

 剣士のミス。深く刺しすぎて剣が抜けなくなっていた──息絶えたホブゴブリンを飛び越えて、剣士を嘲笑いながら殺そうと襲いかかってきたゴブリンどもを鋭い蹴りが一掃する。

 

「作戦は成功だな。演技、上手かっただろ?」

「ええ、だけどまだくるわよ?」

「えーと、これを使うんだったな」

 

 剣が抜けないフリをして、ゴブリンを油断させる……ヴァルキリーから教わった、簡単な騙し打ちだ。

 

 そして、ホブの遺体をロープの向こうに2人がかりで押し除けて、譲渡された燃える水をその遺体にかけて巣穴の奥から走ってくるゴブリンの群れを確認すると

 

「魔術師、任せたわよ!」

「《矢……点火……射出……》──火矢(ファイアボルト)ッ! これで打ち止めよッ!」

 

 武闘家がホブの遺体を蹴飛ばして、後続のゴブリンを弾き飛ばす。

 そこへ遅れて放たれた火矢が着弾。燃える水をかけられていたために、ホブが直撃したゴブリンたちにもベッタリと粘液がついていたために、彼らも仲良く燃え上がった。

 

「すごい、うまくいったわね……」

「油断するな、まだ後続が来る……討てるか?」

 

 その慢心が命取りだ、とゴブリンスレイヤーは後ろから声をかける。だが、彼は内心で感心していた。確かに、ヴァルキリーの助言もあった。しかし、ここまでの流れを考えたのはこの新米達なのだから……

 

「当然だ! ここで待ち伏せればいいんだよな?」

「ここまできて、やらないわけには行かないわ」

 

 剣士は長剣を鞘に戻し、松明を構える。

 武闘家はキリッと気を引き締めて迎撃するために神経を研ぎ澄ます。

 

 あとの顛末は語らずともいいだろう。覚悟を決め、そして慣れたヒトというモノは残酷で冷酷で、そして強いのだから……

 その後、新米一党がゴブリンを片付け、その数を数えるヴァルキリー。想定よりも足りない事にその形のいい眉をしかめる。

 

「さっき殺したホブとシャーマンを加えても、24ですね。想定よりも足りません」

「奥にまだ村娘も残されているはず……まだそこに群れている奴らがいるのかもしれないな」

「そうですか。なら、急がないとダメですね」

 

 ヴァルキリーはそう言うと、先に行ってしまう。彼女は直感で嫌な予感をしていたからだ。その嫌な予感を一蹴するべく

 

「皆さん、お疲れ様でした。あとは私にお任せください」

「まだいけるけど……」

「いえ、虜囚の女性たちを背負ってもらいたいので疲労は溜めないでほしいんです」

 

 そう言いくるめて、頑張っていると評価した。少しだけ気に入った新米一党を休ませながら、先頭を歩く。

 そして、広間に出る時だった……

 

「危ない、ヴァルキリーさん!」

 

 女神官の声が聞こえた気がした。

 

 □■□■□■□

 

 ゴブリンたちは待っていた。先ほど、メスを犯している時に目を灼かれたが視界は回復して、あっけなくシャーマンが殺されたのを嗤ったあと再び子作りに励んでいた。

 子孫を残す本能は正常で、ただ、その途中でメスをいたぶり、自身の嗜虐欲を満たすとなお快楽を得られるから、メスを傷つけ嬲る。

 

 それが楽しいのだから仕方あるまいて、とゴブリンたちはメスを犯すのだ。しかし、その途中で横槍を入れる輩は殺すに限る。

 だから、先ほど逃げていったヤツらを追ってホブが、他のやつが追って行ったのだろうと。自分はこのお気に入りのメスを啼かして、楽しむだけだ、と腰を振る。

 

 しかし、ザリザリと足音が聞こえてきた。他のゴブリンたちもその後に気が付き、虜囚を持って帰ってきたのか? とそちらを見る。だがしかし、ゴブリンたちの目に映ったのは明かりと影。冒険者(ヤツら)がまたここにきたのだと悟る。

 

 ゴブリンは喚き合い、お前が行けとなすりつけ合う。そして最終的に、1匹がその任を押し付けられて毒を塗りつけた短剣を手に、ダルそうに様子を伺う。1番前を歩いてくるのはメス。豊満なメスだった。

 

 それを見てそのゴブリンの股間はいきり立つ。犯したい、いたぶりたいとふつふつと欲望が燃え上がる。まずは動かなくして、犯せばいい。殺してから犯すのも一興だと思考を巡らせる。そして、死角より……その刃を突き込んだ──それは、6の出目2つ(クリティカル)

 

 そのメスは気付かず脇腹に短剣を突き込まれたが、ガギリと音がする。柔い肉に刃が食い込む感覚ではない……何かに阻まれて、肉まで届かなかったようだ。

 

 そのメスと目があった。自分を見下すように、深い青の目が憎々しい怨敵を見る目で己を見ていた。そして視線がずれて、後ろで小柄なメスを犯すヤツを見た……そいつは変わったやつで、屍姦(・・)を好むやつだった。

 

 しかし、その6の目2つ(クリティカル)はゴブリンたちにとっては1の目2つ(ファンブル)だった。

 

 静寂の中──《ブチリ》と何かが切れる音がした。

 

 □■□■□■□

 

 ガギリと音がした。ヴァルキリーは神官に笑顔で大丈夫と言いつつ、ゴブリン(ゴミ)を視界に収め、そして……肉がぶつかり合う音を、そして卑猥な水音を耳にしてしまった。

 

 そちらに目を見やると、ゴブリンが腰を振り、村娘を犯しているところだった……ただし、少女には生気はなく、ただ性欲の捌け口に利用されている。

 目は虚に、瞳孔は開ききっていて、その腹部に突き立てられた短剣、赤黒く変色したその周りの壊死した皮膚を見て、ゴブリンが何を犯しているのかを悟る。

 その奥ではまだ無事な、怪我はしているが生きている只人の少女たちが身を寄せ合い、震え上がっていた。次は自分なのか、それとも……と。

 

 ブチリ、と。

 

 ヴァルキリーの中で何かが千切れた。こみ上げる憤怒、哀しみ。

 あの日、自分が失ったかけがえの無いもの。奪われた事を思い出し、この場で慟哭を叫び上げ、衝動のままにこの目に着くゴミ共を殺し尽くしたいというドス黒い激情が沸々と込み上げる。

 

 (ころ)す、(ころ)す、(ころ)す、(ころ)す……!! 

 

「あなたたちは……本当に救えない存在ですね」

 

 脇腹に再び、短剣を突き込まれた感覚とまた鳴る金属音。しかして、ヴァルキリーはもしもに備えて鎖帷子を着込んでいる。このように不意打ちを受けてもダメージを受けることはないように。

 

 司教服を切り裂かれるだけで実質的な被害はそれだけだ。そして、彼女は松明を足元に捨てて、背に吊っている大剣(グレートソード)の柄を握ると抜剣した。

 

「ええ、ゴブリンは皆殺しです」

 

 フォン、と振り抜かれる脚。突如として蹴飛ばされたゴブリンは屍姦していたゴブリン共に頭部を激突させられて、仲良く息絶える。

 しゅらり、と構える。それを見て、ゴブリンスレイヤーは神官を下がらせる。あれは彼女がマジギレしていると気が付いたのだろう。

 

「行くな」

「でも、まだ8匹もいます! 1人で勝てるわけないです!」

「奇跡を使い切ったお前が行っても足手纏いになるだけだ。それに……見ろ」

 

 他の新人たちも言われて気がつく。彼女は……泣いていた。ゴブリンの返り血が混ざって赤い涙に見えた気がした。

 

「ああなったアイツは手がつけられん。俺も巻き込まれかけたことがある」

 

 何にと聞こうと剣士はしたが、それを直ぐに理解する羽目になる。

 

神官戦士(ヴァルキリー)。聞こえはいいがアイツはそんな可愛らしいものじゃない。あの状態の奴は……ゴブリンよりも恐ろしいんだ」

 

 ゴブリンスレイヤーがかすかに、強ばった声でそう言った時に、戦場は動いた。

 

 ──────

 

 逃れ得ぬ脅威を感じ、ゴブリンたちは仕掛ける事にした。この奥に逃げ場はなく、自分たちが生き残るためにも目の前の女は排除しなくてはならないと。

 

「──!!」

「耳障りです、あなた方の声は」

 

 3匹のゴブリンがヴァルキリーに躍り掛かる。跳躍して、短剣を、手斧を、槍を突き込もうと襲い掛かったが、彼女はその攻撃に対して、大剣をその脅威的な膂力を持ってして横薙ぎに一閃。ゴブリンの持つ武器ごと切り捨てる。

 

 首を、胴や頭を斬られ、絶命したゴブリンたちは力なくどちゃどちゃと地に落ちて、一瞬で広間は血の海となった。そして、大ぶりな攻撃は勢いを殺すのが難しく、大剣を振り抜いた彼女は今無防備だ。

 

 その隙を逃すゴブリンではなく……しかしそれは罠だった。飛びかかってきたゴブリン、懐に潜り込んだゴブリンは無意識に連携していた。だが、それよりも先を見据えて行動を起こすのが彼女だ。

 

 ゴブリンを斬り殺した大剣を右手だけで保持。そして間髪入れずに突き出された短剣を持ったゴブリンの奇襲を紙一重、ブレストプレートで受け流しつつ、フリーの左手でその左手首を掴んで見せた。

 

「死んで詫びなさい」

 

 そう言いながら、彼女は慣性の法則に従って、虚空を疾駆する大剣側に重心をかけて、血糊で滑る靴底を活かしぐるりとその場で一回転、そしてゴブリンは岩壁に向かって投げ飛ばされた。

 

 壁のシミになったゴブリンに興味はなく、未だ萎えぬ遠心力を利用して大剣を手放し投擲する。その投げた先には2匹のゴブリンがあり……回転しつつ迫るそれを惚けるように見ていた奴らは頭と頸を撥ねられ、赤い血を吹き出し、1、2歩き、どちゃりと倒れ伏す。

 

 大剣は轟音と共に、壁に派手な火花を上げながら切り裂き止まると、びぃぃん、と震える。

 

 返り血を浴びて、なお彼女は止まらない。丸腰となった彼女に組みつこうと死角からゴブリンが飛びかかるが、彼女はその動作に歯牙もかけず。腰のベルト部に佩いた長剣を抜く。

 このメスに組み付ける。組み付き、その頸にこの剣を……そこでゴブリンの意識は途絶える。

 

「見え見えですよ、魂胆も」

 

 ゴブリンは頭を光の槍によって血煙とされた。

 

 ヴァルキリーは、彼女は《信仰心》を得ている。奇跡に対しての祈りを省略し、その超自然を行使することができる技能だ。故に無音でゴブリンを殺し、闇討ちもできるのだろうか。

 

「あとは貴方だけですね」

 

 妖艶に嗤い、彼女は残るゴブリンに話しかける。その数は1匹だが、ヴァルキリーは油断せず腰に吊るしていた吊盾を左手に持ち構える。

 

「GOGYEEEッ!!」

 

 槍を突こうと彼女に突進するも、槍の穂先を長剣で斬り落とす。丸腰となったゴブリンを蹴飛ばし壁に叩きつけ、地に這いつくばらせ、頭に鉄の靴、その靴底を乗せる。

 

 ぐぐぐぐ、と脚に力を込めて行き、メリメキメキと骨が軋む音がする。無理もない、万力でその身を挟まれ、潰されていく感覚なのだから。

 

 その激痛にゴブリンはたまらず叫び声を上げる。赦しを乞うように。

 

「貴方は、女性をいたぶる時に、赦しを乞われたでしょう? 自分の時は都合よく助けてもらえると?」

 

 ヴァルキリーは冷徹にゴブリンへ訊く。ゴブリンは心当たりがあるのか、何も言わない、言えない。

 

「これで終わりです32匹、と」

 

 グン、ヘゴシャッ……

 

 頭を潰されて、脳髄や脳漿を撒き散らす。そして、血も。

 

 広間はゴブリンの惨殺体と血の匂いで満たされた。そのくせ、そこに囚われていた村娘や女の冒険者……孕み袋にされた者たちには血も何もかかっていない。

 スン、と鼻を鳴らし、目についた人骨で組み上げられた趣味の悪い椅子を蹴飛ばし、壊す。そしてその奥にあった隠し扉を蹴破りその奥へと入っていく。

 冷徹な目でヴァルキリーは辺りを見回すと、小さな悲鳴があがる。

 

 身を寄せ合い、震え怯える者がいた。小さなゴブリンの幼体だった。

 

「待ってください! それはゴブリンの子供です!」

 

 走ってきた何者かがグイ、とヴァルキリーの襟元を引っ張った。女神官は彼女を止める。殺してはならないと、衝動的に止める。

 

「……神官さん」

 

 地の底から這い上がるような悪寒。背の高さはヴァルキリーの方が上であり、じろりと神官を見つめる。

 

「子供だろうが、なんでしょうが……ゴブリンですよ?」

 

 優しく諭すように。

 

「ゴブリンは一度受けた恨みを一生忘れません。だから、善良なゴブリンなんて幻想です」

 

 ゴブリンを殺し、血に塗れた手で神官の手を取り

 

「奴らは生きていてはいけないんです。こういう生き残りは学習してもっと被害を出す」

 

 血に塗れた手で彼女の頭を撫でる。

 

「だから、ゴブリンは鏖殺しましょう。第2、第3のあの人たちを生み出さないためにも」

 

 血に塗れた手で神官の頬を撫でた。そして手を離して孕み袋とされた娘を、その骸を暗に視線で指差す。ヴァルキリーの貌は血に染まり、その目は青い光が揺蕩っていた。

 

 孕み袋にされる女性が後を断たない。村娘が、女冒険者が拐われて犯され、その後儚んで神殿に行く事を希望する事例はどんな時代や地域でも一緒なのだから。

 何も言い返せなかった神官は、その場で頽れた。涙を流し、地母神に祈る。ヴァルキリーはそれを見つめ、暫しすると立ち上がり、ゴブリンの落とした手斧を手に取ると奥へと足を進める。

 

 そして手斧を振りかぶり、振り下ろす。

 

「33」

 

 断末魔が響き渡る。泣き叫ぶ者の声が部屋を満たす。

 

「34、35」

 

 乱暴に手斧を薙いで1匹の首を刎ねる。逃げようとするゴブリンの幼体の脚を打ち斬り転倒させ、グシャリと頭を踏み潰す。

 

「36、37」

 

 袈裟斬りで首を刎ね、手斧の柄頭で頭を潰す。ヴァルキリーは壊れた絡繰のようにゴブリンを殺す作業を止めなかった。

 

「38、39……40。皆さんは運が良かったですね。もう少し遅かったら、数は50になってたでしょう」

「そうか、それで全部か?」

「はい、ゴブリンスレイヤーさん」

 

 血塗れでそう言いながら、撲殺。討ち漏らしがないかを確認するが彼女がそんなヘマをするわけもないかとゴブリンスレイヤー。そして、惨たらしい広間に新米一党が踏み入れて、先の戦い。一方的な蹂躙劇を見て剣士以外の2名は蒼白になっていた。

 

「あれが紅玉等級の冒険者、か」

 

 小さく、剣士は呟く。

 

「皆さん、彼女たちの介抱をお願いします。これを飲ませてあげてください」

 

 ヴァルキリーは投げた大剣を引き抜き回収して背中に吊り直すと、新米一党に治療の水薬、強壮の水薬を渡す。そして、辱めを受けていた少女の遺体に近付いて開いたままの目蓋を下させて、抱き上げると外に行く。

 

 大剣を振り上げて地をえぐり穴を穿つと遺体をそこに横たわらせる。神に祈りを捧げて、その冥福を祈るように跪き黙祷する。

 

「大いなる戦女神が信徒として、貴女の輪廻の先に幸多からんことを、ここに望まん」

 

 鎮魂の言葉を紡ぎ、遺体を埋める。そして、大きな岩を運んで来ると埋めた場所に置き、即席で槍の意匠を刻み込む。

 

 再び祈りを捧げていたら……洞窟より新米たちとゴブリンスレイヤーが現れる。その背に背負われた女性たちも息はあるようで、無事だった数人の少女たちも後に続く。

 

「救えた、でも救えなかった」

 

 分かり切った事だ。自分にもできることとできないことがあるようにと、ヴァルキリーは自分に言い聞かせる。

 

「──慣れないものですね、やはりこういうのは」

 

 その後、早馬として彼女が辺境の街へ報告に行った。新米一党に見張を任せて。彼らはもう一端の冒険者なのだから……

 

 ──────

 

 綺麗で不思議な人──それが、私が抱いたその人の最初の印象だった。

 でも星のように青いその瞳は、底知れない深い深い哀しみで満たされて。誰か(ゴブリン)にその怒りをぶつけるべく沸々と燃えて燻っている。

 

 私たちがゴブリンの巣に彼女の助言なしで挑んでいたら、彼女の指示を無視していたらどうなっていたのかなんて想像もつかない。

 

 洞窟に踏み込む前に冒険者としての心構えを説いてくれたこの人は悪い人じゃない。有る程度距離を置いている素振りは、態と意識してるようで、私たちに学習してほしいと願っているのでしょうか? 

 

 ゴブリンを侮って全滅し、あるいは仲間を犠牲にして命を繋ぎ拾った人がいると。

 拐われて犯されて、孕み袋にされてもなお生き延びて儚んで神殿へと身を寄せる女性がいると。

 自分よりも雑魚と侮り仲間を殺されて自信を喪失し、故郷に帰り茫然自失になった者がいると。

 後にこの世界ではありふれて、よくある話と彼と彼女は私に教えてくれた。

 

 だから、そんな悲劇が起こらないように、私は「偽善者」と己を自嘲する彼女に、ただひたすらにゴブリンを倒し続けるあの人たちに惹かれたのかも知れない。

 

 私は、私たちは運が良かった。あの人と彼女に出会えて。

 

 あの後、一党を組んだ剣士さんたちとは別れ道を歩むことにした。

 

 放って置けない人たちがいる。だから、私は今日も冒険者としてギルドのドアを開ける。そこにはやはり彼と彼女がいた。

 

「おはようございます、ゴブリンスレイヤーさん、ヴァルキリーさん」

「ああ」

「神官さん、おはようございます」

 

 彼は、彼女は依頼ボードに張り出される依頼を見て、ゴブリン退治を見繕う。

 

 そして、今日も……

 

「今日もゴブリンですか?」

「……来るのか?」

「来ますか?」

 

 2人は私に聞いた。私は

 

「はい!」

 

 色々と辛い現実。それに直面しても私は地母神様を信じれるのだろうか? それを見定めたい、だから……今日も彼らと冒険に出る。

 冒険者を続けてみようと思う。

 

 ふと、ヴァルキリーさんの標識を見る。そこには、赤銅色の輝き(銅等級の標識)があった。そして、彼女と目が合った。ヴァルキリーさんは、朗らかな微笑みを私に向けてくれるのでした。

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