変なやつ~もう1人の小鬼殺し~ 作:trpg-7
その日、ヴァルキリーはゴブリン退治を受けれずにいた。あの新米一党と共にゴブリンの巣を攻略したわけだが、それ以来ごぶさたである。理由としては、あの日。
にこやかな笑みを貼り付けつつも、隠せない憤怒の気配を漂わせる受付嬢に「面談室へどうぞ?」と通され(その迫力には隣にいたゴブリンスレイヤーや、哀れにも、新米一党も気圧されていた)説教を受けていた。
「ここ3ヶ月、あなたはず──────っと、何処をほっつき歩いていたんですかぁ?」
「え、えと……受付嬢さん?」
「依頼に来た村人さんが帰ったらゴブリンの巣が無くなっていた。というケースが多くて依頼の取り下げ手数料やその人たちの往復の路銀。誰が出していたと思いますか?」
「ゔっ……つまり、これは……」
「ええ、罰金です。あと、2週間依頼を受ける資格を剥奪します」
その額は笑えぬ金貨の量……そしてしばらくの間依頼を受けさせないという冒険者ギルドからの通達だった。
なぜ、罰金とこの処罰が働いたのか……それはここ最近の3ヶ月間で冒険者ギルドに出された
「2週間!? ご、ご無体なぁ!?」
「処罰は処罰でので、冒険者には責任が伴いますしね」
流石にそれは横暴だろう、とヴァルキリーは噛みつくが、それに応じながら、困ったように眉根を寄せる受付嬢。その様子を見て彼女は「ん?」と疑問符を浮かべる。
「──最近、ゴブリン退治の依頼が減ってるんです。だからこそ、貴女に出せる依頼がないという判断ですよ?」
「……え? 減った……?」
「ゴブリンを退治して回る冒険者が多くなってるんですよ。黒曜級、鋼鉄級の人や青玉級の人も。貴女や
それを聞いてヴァルキリーはその目尻に涙を浮かばせる。自分のやってきたことは決して無駄ではないんだと理解する。
「そうなのですね、よかった」
「貴女とゴブリンスレイヤーさんの活動のおかげですよ」
「いえ、活躍はともかく、ゴブリンは殺さないとダメですから」
そう聞くが、目尻の涙を払って真面目な顔で、キッパリと言うヴァルキリーに苦笑いする受付嬢。その言動にどうしても行き着くのはもったいないなぁと内心で思う。
「ヴァルキリーさんは見目もいいのに、返り血ばっかり浴びてたらダメですよ?」
「湯浴みはきっちりしてますから、問題ありません」
「いや、そういう問題じゃないでしょ」
素でそう言葉が出た受付嬢。女として破綻してるヴァルキリーに絶句仕掛けるが、やはりこれが彼女の平常運転か。
「ところで、お話があると聞き及びましたが」
「はい、実は、ヴァルキリーさんに昇級試験の知らせですよ?」
降って湧いた災難。彼女は、そう感じた。
──────
そんなところでその日に戻る。
面談室に通され、促されてからヴァルキリーは着席。自身の前には何度か世話になっている監督官に会釈する。
そのとなりには受付嬢、そして立会人として白銀の甲冑を身に纏った麗人こと、銀等級の冒険者、女騎士がいた。
その盾は砕けず、その剣閃は魔法を断ち切る。……ヴァルキリーは過去に一度、重戦士と共に行動していた彼女と道中でばったりと鉢合わせ、当時追いかけていたゴブリンシャーマンが率いる群れとの戦いに女騎士たちを巻き込んでしまったことがあるのだが。
その場面でゴブリンシャーマンの魔法を斬るのを目撃したので、彼女が一流ということは理解している。
が、聖騎士志願という割には賭け事に興じたり、酒を飲めば絡み酒でキス魔になるし……と残念な一面を知っている。その時は死ぬ気で唇の純潔を守ったのを思い出すと、ヴァルキリーが少し身震いするのも無理はない。
なお、女騎士は全く覚えていないが故にタチが悪いとも言えるだろうか。そんなことを頭の片隅で考えながら、監督官の質問や受付嬢の話を聞きつつ、ヴァルキリーも無難に言葉を選び面談は進んでいく。
「この依頼についてはワイバーンを従えていたゴブリンと遭遇、それを撃滅でしたっけ」
「はい。奇跡でワイバーンを撃ち落とし、そこから
「嘘はありませんね。でもこの話を聞くと、やっぱり
「そりゃ、奇跡の類であそこまで火力が出るのは無いさ。習熟度合いにもよるが、ゴブリン程度なら5、6匹はまとめて殺せるだろう?」
「ええ、頼もしい。最初に授かった奇跡ですから」
ワイワイと談笑しつつ、緊張感のない会話。しかし、これも昇級査定のポイントである。己の経験、そして報告にある情報。それらをきっちりと裏付けることができなくては
看破の奇跡を使われるような信頼のない者が昇級などできるはずもない……と言ったところだろうか?
そして最後の問答。女騎士が一つ聞く。
「そういえば、聞いておきたいことがある。銅等級になってもお前はゴブリンを滅ぼす。それ以外にも冒険する気はあるか?」
「そうですね。誘われれば断らないでしょう……ゴブリンが優先ではありますが、柔軟に動くのも大事だと思うので」
「そうか。まぁ、「銅等級」扱いなのが勿体無いほどの腕前だ。亜竜とはいえ、ワイバーンを単身で3匹も倒せるなら尚更な」
そうでしょうか、と言いながら、女騎士から聞いた言葉に思わず自身の耳を疑う。
「あの、銅等級に昇級するための面談ですよね?」
「そうだぞ。まぁ、お前の実力なら銀等級の我々も認めているからな。まぁ、すぐに昇進の話も来ると思うぞ?」
「え、ええ……」
そんな判断でいいのか。と、無言で監督官を見るヴァルキリー。その監督官はと言うと、困ったように笑いながら。
「過去、貴女がゴブリンの巣を掃討していたのは村々から報告が上がってます。「拐われた女性を村に返して、報酬を受け取らない戦女神様がいる」と報告が何度も来てるんですよ」
「いや、私は戦乙女。ヴァルキリーですが……」
「早く彼女を銀等級にしろって上からも圧力も半端ないんですよ?」
特例の二昇級。それは流石にダメだからしませんが、とつぶやく受付嬢にヴァルキリーは遠慮を見せる。常識的にいえば、「あり得ない」のだから無理もない。
「ヴァルキリーさんの経験点の蓄積も原因ですね。そして何より、ゴブリンだけでなく、単身で
「ぁー……特例の措置をとると他の方々が黙っていないのでは?」
「この辺境の街で冒険者が貴女の実力詐欺をこれ以上見逃すなと太鼓判を押してくれてますし、近いうちにまた昇進のお話を持ち込みますね?」
それもそれでどうなのか、とヴァルキリーは苦虫を噛み潰したよう。それを見て女騎士は軽く笑いかけるのを我慢しながら。
「諦めろ、これは決定事項であるしな。むしろ、これまで以上に胸を張れるであろう?」
その言葉を聞いて、ヴァルキリーは「了解です。ならばその時になれば、謹んで受けさせて頂きます」と半ば諦めるように……銅等級への昇級を受けるのだった。
──────
そして、受け取っていなかった報酬を正式に受け取り処理を行い、ヴァルキリーは残りの15日をどう過ごすかを考える。装備を更新してどうするか。神殿に篭り、その階位を高めるのもありか。それとも戦士としての経験を積むのか。
悩んだが、彼女は神官としての位を上げることを優先として、それでいてなおかつ、戦士としても戦えるように訓練を積むことにしたのだった。
そして、月日が流れるのは早く、2週間が過ぎていた。
一月ぶりにギルドの門をくぐり
その容姿は前を知る者たちからすれば慣れた物のはずだった。
その身に纏うは紅い戦装束。頑丈な
その装束の内に
そして、豊満な胸元に揺れる聖印と真新しい赤銅の煌めき。
腰に長剣を鞘を、
「受付嬢さん、おはようございます」
「来る頃と思っていましたよ、ヴァルキリーさん」
「ええ、十二分に実力に磨きもかけてきましたから……早速なんですが──」
半月ぶりに彼女は聞く。
「ゴブリンは出ましたか?」
これは、1人の復讐者の物語。
出会い、そして冒険。彼女の成長の物語……彼女の道の、その先に何があるのかは、神にもわからない。
それからしばらく経ち……
「救援の要請を受けた者です。……お久しぶりですね貴族令嬢さん」
「貴女でしたか、ヴァルキリーさん。ご無沙汰しています」
北の山奥、山砦にゴブリンが住み着いている。救援の依頼がコルクボードに貼ってあった物を受け、援軍として1日1人で行軍してきたのはヴァルキリーだった。彼女が訪れた村の入口に立っていたのは鋼鉄級の冒険者、貴族令嬢と彼女を頭目とした一党だった。
「数にして50ほど、
「防衛を優先したのは賢い選択です。報告では4日前に依頼者の妹さんが拐われた、と。……あなた達が着いたのは昨日でしたね」
「はい。山砦に仕掛けようにも、規模が規模ですから。貴女の教えに従って行動したまでです」
「結構。 明日には決行しましょうか」
意見を交換して、一党と別れる。そして、ヴァルキリーは依頼者である比較的若い村長の下へと訪れる。
中肉中背の、それなりに締まった体の40代前半くらいの只人である。
「おお、名高き戦乙女様にお越しいただけるとは!」
「あ、はい……で、村への被害は?」
放棄された
「どうか、妹をお願いします!」
「その件なんですが、申し訳ありませんが……」
ヴァルキリーは状況的に厳しい現実を言い放つ。群れの規模を考えると3日も嬲られ犯されれば心は折れ、廃人と化す。反応がなくなった玩具をゴブリンが捨てるのは、殺すのは想像に容易い。
「拐われてから3日、今日で4日目。ゴブリンの事ですから……命はないものとして我々は行動します。その点はご容赦ください」
「っ……貴女が言うなら間違い無いのでしょうが、せめて遺体だけでも、骨だけでも……!」
「善処はしましょう。ただ──どんな結末になろうと、その覚悟だけはその身にお抱えください」
目を伏せ、瞑目。そしてヴァルキリーは瞳を村長へ向ける。
「たかがゴブリン、と奴らを侮り、放置した責任はあなた方にあります。今後、決して妹さんの様な犠牲者を出さぬよう……今よりも一層の警戒をより行ってください」
「そんな! 我々には畑仕込みなどの仕事もあります! 警備などする体力があると思いますか?」
悲痛な訴えだ。確かに村民には税を納めるためにもしっかりと穀物を作り、備蓄し、その畑を維持するために労力を割かねばならないだろう。
「──嘆かわしい」
しかし、その訴えをヴァルキリーは一蹴した。そして静かに怒気を、殺気孕んだ声で。
「大の男が甘えるな。きっちりとやるべき事をしてそれでもダメならば、貴方が嘆くのにも同情しましょう。ですが、この現状。貴方は大事な妹を拐われ、慰み者にされ……ゴブリンに対して怒りが湧かないのですか?」
「っ! そんなの、湧くに決まって……!」
「いいえ、上っ面の怒りなど誰でも語れます。見なさい、私の目を……この目に映すものは哀しみと怒り。貴方の妹さんの絶望と怒りを代行するために私はここにいる」
その瞳にギラリと、碧く輝くような青い光が揺蕩う。地獄の底から響くような、ゴブリンを駆逐すると悲痛なる決意の光。
「貴方たちを守るのは冒険者の仕事ではありません──雇えるほどの蓄えなどないでしょう? 国はゴブリン如きと軍を動かしてくれるわけではありません──最弱の怪物とあなどるから。ならば、貴方たち自身で我が身を守るのは当然の帰結でしょう」
そう言われ、村長は俯き、崩れ落ちる。すすり泣く彼に、ヴァルキリーは彼の肩に手を置いて続ける。
「その憎しみをゴブリンにぶつけるのか、それとも飲み込むのかは村長さん次第です。これを差し上げますので有効に使ってください」
ヴァルキリーはパピルスに記した簡単なメモを渡す。
曰く、柵を作り立てる。
曰く、ゴブリンの影を探す。足跡を消すほどの賢さはない。
曰く、彼らの影を感じるならばすぐに依頼を出す。
曰く、ゴブリンの影を確認したならば夕刻以降、村娘は外出を控えさせる。
それは、やるべき事を書いたものだった。
「これをするだけでも、被害は減るはずです。あと、軽くでもいいので自警団を組み、武器の扱いに慣れる方がいいでしょう。鋤も槍になりますしね」
「ありがとうございます……甘えを捨てるのも大事なのですね」
「ゴブリンは馬鹿ではあります。ですが、考える知能があるので間抜けではないんです──侮ってはいけません。彼らの恐ろしさはその数による蹂躙なのですから」
そう言って聞かせ、ヴァルキリーは村長の自宅を後にする。その足で山砦へと向かった。
後の話であるが、この村はヴァルキリーの教えを実践してゴブリンによる被害は減った。時折、襲われそうになるが村一丸となって抵抗すればゴブリンは逃げていくのだ。村の中には逃げていくゴブリンを全て皆殺しにするくらいに過激な者もいるらしいが、誰かを語る必要はないだろう。
□■□■□■□
山砦のゴブリンたちは飢えていた。食糧は奪った、それらも食い尽くした。そして弱々しくも啼いていた……自分たちの性欲をぶつけていたら耐えきれなくなり壊れたメスが事切れていた。
欲望の捌け口もなくなった。まぁ、まだ犯している奴もいるが、と欠伸をしながら、スンと鼻を鳴らし
風に乗ってくる匂いを感じた、メスの匂いだ。ここに来るのか?
と、多くのゴブリンたちは匂いに反応して武器を取り、山砦の壁を登る。下卑た醜悪な笑みを浮かべ、獲物を探して辺りを観察する。
いた、と1匹が騒ぐ。
身なりは月夜の光を浴びて、輝く銀色の鎧、風に揺蕩う青いマント。背に大剣を背負い、腰に長剣を佩いている。左手に大きめの吊盾をくくり付け、手には大弓を構えていた。
距離にして30mほどかとその頭めがけて、スリングで石を投げる。届く距離にいる相手だ、届く距離にいる方が悪いのだからとゴブリンは実行に移す。
しかし。そのメスは紙一重ではあったが、飛んできた石を首を傾げるだけで避けて見せる。
「GBBBBUA!」
「GUHEHEHE」
「GOGYAGYA!!」
外してやんの、間抜けだのと嗤われる。逆上してお前がやってみろ、と喚くゴブリン。そのゴブリンは次の句を継ぐことはなかった。
ヒュッ……ドスッ!
「GOGY……」
風切音と共に、騒いでいたゴブリンの頭蓋に突き立つ。その鏃を見て、ゴブリンたちは殺気立つ──下で弓を構えるあのメスを嬲って楽しんで殺してやろう、と。しかし、次に飛んできたのは火のついた鏃だった。それもひとつではなく、3つだった。山砦に引火する。
木造の砦には長らく雨が降っていなかったが故に乾燥していた。たちまち燃え広がり派手に燃え上がる。
ゴブリンたちは泡を食った、自分だけでも生き残ろう。とパニックの中、入り口を目指す。
そこには……あのメスと同じように弓を構えた別のメスが2匹いた。
「ヴァルキリーさん、やっぱえげつないこと考えるなぁ……消火どうするんでしょ?」
「考えなしにあの人がこんなことすると思う?」
「それもそうですねぇ」
軽口を叩く圃人とそれに相槌を打つ戦士の只人。彼らから次々と矢が放たれ、逃げながら回避なぞ器用なことができるのは限られていた。走り、前のやつを肉壁にして飛来する鏃をやり過ごし、メスどもを殺す! と息巻くゴブリンたちだったが、その数は減っていく。
横や後ろから迫る炎、前から迫る鏃にその数はどんどんと減っていく。
「僧侶、やっちゃって!」
「承知しました。《つるぎの君よ、見るべきこと見、語るべきを語る者に、守りの加護を》──
「ついでにこれも食らいなさいな。《
森人の唱えた
それでも、最後尾のゴブリンはなお生きていた──が。
ガッゴスッドゴォ! と、ゴブリン達は不可視の壁に衝突して、鼻血を出し歯を折るものもいた。そして、死に物狂いでどうにか逃げようと壁を殴る。しかし、それを嘲笑うように聖なる壁はビクともしなかった。
後ろからくる熱波に焼かれ、生き絶えていくゴブリン。この恨みは今生で無くとも、次の輪廻で返してやる。
呪詛を吐きながら、彼らは生き絶えて言ったが。
「貴方達に次の輪廻などあり得ないですよ」
燃える砦の奥より、歩いてくるヴァルキリーの呟きは煌々と燃える炎に飲まれて消えていくのだった。
□■□■□■□
朦々と上がる黒煙、夜を照らす地の太陽たるや、燃える山砦。そこより出てきたのはヴァルキリーだった。
「残党は全て殺しておきました。不備もありませんし……この通り」
「めちゃくちゃしますね、ヴァルキリーさん……炎の中に飛び込むなんて」
「約束しましたからね」
ヴァルキリーは炎を恐れることもなく、混乱するゴブリンどもの隙に乗じて山砦に入り込んでいた。燃える速度を逆算、その結果有余があると分かると。鏃にロープをくくり付けて射掛け、外壁を手早く登り。
混乱で逃げ出したゴブリンども、穴を掘り生き残ろうとしていた者たちを殺しながら。罠の餌に使われかけていた村娘の遺体を背負い、ゴブリンの後を追って今に至った。
あちこちを煤まみれに、軽い火傷を負いながらも。自己回復たる
「ご苦労様。あとは
ポツリポツリと頬を打つ雨粒。炎が巻き上げた空気が上昇気流となりて、地に雨をもたらした。それは黒い雨だった。煤が天に昇り落ちている、そんな雨だった。
「さて、今回はご協力ありがとうございました。皆さんも、ゴブリン退治、頑張ってくださいね」
ヴァルキリーは一党にそう言うと、村へ戻り報告を済ませ足早に辺境の街へ戻っていった。
「相変わらず、忙しい人なのね……」
「まぁねー。ま、案外楽にできたし?」
「あの人が来てくれたから楽に感じるだけでしょ」
「ゴブリンスレイヤー様と同じ、ゴブリンを憎む者ですものね」
貴族令嬢達はその背を見送り、その翌日に辺境の街に戻るのだった。