今回の主役は
ヤマトノヌシとロマンフットです。
どうぞお楽しみください。
散っていった仲間よ、見ているか?
私はあなたの分まで走ったぞ
もう何もないなんて言わせない
レースにはロマンが…ロマンがあると教えてくれました
勝者の名は……
ロマンフット
ーーー
何度見たかもわからない、ロマンフット、春の天皇賞。彼女もまた、あちら側、のウマ娘だったわけだ。気楽な一人旅。名だたるウマたちの猛攻を躱し逃げ切る彼女の姿は、前世代の代表ウマ娘を想起させる。
ライオンドリーム、シシシンオーの姉にして、最強格の逃げウマ娘と謳われた。全くもって安定はしなかったが、狂気をはらんだ彼女の走りは見るもの全てに夢を与えた。
そして、その親友であったロマンフット。人呼んで気まぐれロマン。人気を背負えば惨敗、人気がなくなれば勝利、といった何者にも縛られない自由な走りをしていた。
時にはライオンドリームすらぶっ飛ばす走りをしたと思ったら、格下相手に敗戦を重ねたりする。なんともつかみどころのないウマ娘だった。しかし、そんなウマ娘もかの悲劇を乗り越え、奇跡の復活…いや、覚醒をする。
我らの世代を先頭で率いるウマ娘がパールアラティーンだとすると、上の世代は間違いなくライオンドリームであった。
そして、その世代を代表する『狂乱』がいなくなった上の世代には何もない…とまで言われた。
しかし、そんな親友から譲り受けたバトンを受け取り、世代を率い、今なお最強のウマ娘として数々の猛者たちの壁となり立ちはだかっている。
その伝説の春天から宝塚を連覇、『世紀末覇王』以来の2人目のグランドスラム達成に期待がかかっている。
ダントツの1番人気で天皇賞秋に向かう。
何度作戦を立てても、何度シュミレーションをしてもあと一歩、彼女にとどく気がしない。
「浪漫脚か…よく言ったものだな」
歓声を一身に浴び、天を仰いでいる彼女はまるで戯曲のワンシーンだった。
ーーー
特殊なローテーションを組んでる関係上、一足先に上の世代とぶつかることになったわけだが、珍しく勝てる自信がない。今までに、上の世代と秋天でぶつかることを選んだ先輩は何人もいるが、その中で3人しか勝てないところをみるとよほど厳しい戦いなのかわかる。ダービーも勝てなかった自分が本当に勝てるのか?疑惑ばかり浮かぶ。辞めてしまおうかとすら考える。このまま走っても迷いが脚に現れてしまう、それは、周りにもトレーナー殿にも失礼だ。
いや……怖いだけだな。これ以上負け越すと自分の最強を目指すという夢から遠ざかる気がして。もはや、その夢も破れてしまったわけだが。
「……真剣にぶつかり合うウマ娘ちゃんたちは、それぞれにいろんな想いを背負っている…キラキラだけではなく、その覚悟こそが、私は尊ぶべきものだと感じたんです!」
私が最も敬愛する『大王』様はハワイに旅行中だったので、もう1人の理想系と呼べき『勇者』殿に相談しに行ったわけである。
「私はあの日、確かに天皇賞秋を勝ちました
それは私の想いが他のウマ娘ちゃんたちを上回ったから?他のウマ娘ちゃんは覚悟が足りなかったから?そんなはずはないでしょう!」
大きく両手を広げ、仰々しく主張する。
「あの日の勇者殿の覚悟、気迫は記憶しているますが……」
「ふひひ…ありがとうございます、けれども、私が1番すごかった、ではなく……
私が言いたいことは、要はみんな違ってみんないい!!走る理由なんて人それぞれです、そこに貴賎は存在しないでしょう?」
「ふーむ……」
「すみません、私ごときが……おこがましいですよね……」
「そう自分のことを卑下しないでください、ダートも芝も一流、あなた様も私の理想系なのだから」
「ひぇぇ……恐れ多い」
自分の腕を体に回し、小さくまとまる。
このお方は態度や発言から軽々しくみられがちだが、前人未踏の大記録を打ち立てた『勇者』という二つ名に恥じない一流のウマ娘だ。彼女もある意味では最強と言って過言ではないだろう。
「あなたの最強を目指すという目的も素晴らしいと思います、是非頑張ってほしいです」
「そうですね……最強を……」
最強……ダービーを勝ててない私が最強を語れるのか?その思いがどうしても払拭できないでいる。
「私も…今ではあの日、あの時、天皇賞を走ったことを……ダートの砂一粒も後悔はしていません、ですが、走る前は他のウマ娘ちゃんたちを押し退けて走る必要があるのか?私の時は特に『ダート界の黒船』がいましたから、本当に悩みました」
「……」
『黒船』…今やダート界といえば彼女と真っ先に名前があがるようなウマ娘だが、当時は芝で走っていた。彼女の適性はダートであることは間違いないが、芝でもしっかりとした成績を残すほどに強かったのだ。
「彼女も今やダート界最強のウマ娘、はてさて、最強とはなんでしょうね?」
「すべての距離で、すべてのレース場で勝てるウマが最強なのではないかと思います」
そして、それこそが私の1番の理想系でもある。だからこそ戦場を選ばず走り続けた彼女も尊敬すべき先輩の1人であることは間違いない。私もダートに適性があれば必ずその道を選んだ。
「それもいい考えでしょう、『英雄』『皇帝』『怪物』と呼ばれる方々はそれをもって最強と成った、でも私は思います、誰もできないことを出来る人、自分にしかできないことをやり遂げる人を最強と呼ぶんじゃないかと思うのです」
「自分にしか出来ないこと……」
「あなたの生涯はまだ始まったばかりです、この先様々な可能性が広がっています……
今諦めるのは些か勿体無い気がしますよ?」
水色の瞳でこちらを覗く。見透かされていたらしい。秋天を走るのを迷っていることを、このままレース界で走り続けることを。
「やはり、相談して良かったです
ありがとうございます、流石私の敬愛すべき勇者様です」
「ひえぇ……推すことは慣れてるけど推されることは慣れてないのぉ……」
天皇賞・秋が、始まるーーー
ーーー
ふく風も爽やかな秋晴れ、東京レース場、メインレース芝2000m、天皇賞・秋
有力選手が揃っています、注目は誰ですか?
プレシスコートですね、今日引退と言ってました、頑張ってほしいです
「へー、プレシスコートが引退か、寂しくなるな」
「そーだな、最後くらいは勝ってほしいけどこのメンツ相手は……厳しいと思うぜ」
「プレコ先輩引退かー、面白い先輩だから好きだったんだけどなぁ」
「ん?誰だあんた」
「私?私はシシシンオー!!」
「……自分で言っていいのか?一応変装してるんだろ、その格好」
「変装?これは私服だよ??」
「……」
2枠2番はジェットライン!
準三冠バと呼ばれる実力は伊達ではない!!
空の彼方に描いてみせる一等賞!!
最近はいつも惜しいところで1着を譲ってしまっています、それでも確実に圏内ですが、今日こそとってほしいところ
2番人気です
「今日は同級生の応援かい?」
「ま、そんなところです!」
「シンオーはどうみてるんだ?今日のレース」
「そうだね……」
4枠4番、ファスティバル!
賑やかな祭囃子が聞こえてくるぞ!
勢いとテンポこそが祭りとレースの命!
去年の秋天の覇者ですからね、期待も十分!
3番人気です
「まずプレコ先輩が逃げでペースを作るでしょ?ファスティ先輩とヤマトちゃんは先行策をとるでしょ?ジェット先輩が後ろで構えて差す形で、ロマンさんは追い込みで全てを撫で切るつもり!なんて風にいくのかなぁ」
「なるほどなるほど」
「スピード勝負になりがちな秋天、2コーナーまでの距離が短いから内枠を引けないとだいぶ不利、せめて7枠以内には入っておきたい、そう考えると有力バはみんな内に入れたからそこはラッキーだね、また最後の直線も長いから逃げウマは厳しい気がする、できれば逃げウマとか追い込みバよりは差しとか先行バを本命にしたいところ」
「どうした急に……てかあんたがやんのか」
「そんなことよりほら来たよ!今日の主役!!」
今日1番の大歓声!!
5枠6番!!ロマンフット!!
魅惑の末脚をとくとご覧ください!!
親友の夢をその背に走ります!
勿論1番人気です!!
『覇王』に次ぐグランドスラムに期待がかかっています!!
続きますは6枠8番プレシスコート
今日も暴れてますね、何がそんなに気に食わないのでしょうか?
ノリに乗れば強いのですがムラがあります
5番人気です
ここでも大きな歓声!
7枠10番、ヤマトノヌシだ!!
ターフの奇術師は今日、どのような技を魅せるのでしょうか??最近調子を落としていますが頑張って欲しいところ!!
4番人気です!!
「きゃー!!ヤマトちゃん!!こっち向いて!!!」
「あんたはいつも会ってるだろ!」
「気分だよ、気分!!こういうのは雰囲気から味わっていくものなの!」
「そ、そうなのか?」
さぁ、秋の盾は誰の手に、天皇賞……いよいよスタートです!!
ーーー
NHKマイルカップ、日本ダービー、これで3度目か、府中は。
見知った顔が一つもないレース場を眺める。
「お久しぶりね、ヤマトちゃん」
振り返ると、唯一知っている先輩が立っていた。
「お久しぶりです、浪漫先輩」
「楽しみにしてたのよ、あなたと走るの」
「私もです」
「ほらあそこ、見て、あなたの友達が応援してくれてるわよ」
指された方向を見ると、確かに1番の友人が手を振っていた。
「なんじゃ……あの格好は」
「今日は朝から張り切ってたわよ、応援するんだ!って」
「あなたの応援ではないのですか?」
「どっちも!!って言ってたけど、ヤマトちゃんの応援してあげてって言ってあるわよぉ、どーせ私が勝つから」
淡々と、さも当然のことのように呟いた。
それに対して怒り、を覚えることはなく妙に納得してしまった。
「いいレースにしましょうね」
そう言い放つと堂々とゲートへ向かった。
「あれが、世代最強……か」
そして、このレースの主役。
もう一度レース場を見渡してみる。
2番人気のジェットライン先輩、
ロマン先輩の一つ上の世代で、皐月と菊の二冠。それ以来勝ててはいないが、どのレースも3着以内から落としたことはない安定して強いウマ娘。
応援席の同世代のダービーを取ったエアロ先輩と話している。あの2人にも様々なドラマがあるのだろう。
3番人気のファスティバル先輩、前年の秋天の覇者、まだライブでもないのに踊っている。彼女も前目でレースを進め、展開によって自在にペースを作る、復帰明けイマイチ調子が上がらないが、言わずもがなで強いウマ娘だ。
友人に手を振りかえす、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねているのが見える。
もう1人、真っ黒な友人にも手を振る。慌ててフードに顔を隠している。
迷いは晴れた、とは言い切れないが、とりあえず自分にしか出来ないことをしに行ってみよう。
ーーー
最後のウマ娘、プレシスコートがゲートに入りました
青空が広がっています秋の天皇賞、今!
スタートしました!
バラバラっとしたスタート!
予想通りプレシスコート…が出ていかない!
なんと、ファスティバルが出ていきます!
ファスティバル先頭!
プレシスコート後方からレースを進めます!
(なんで?プレコは来ないの?私が先頭!?なにそれ……超絶面白いじゃない!!)
(ふむ、外套先輩は後ろからか……これは何かの作戦か?)
(プレコさんがどこから行こうと、私は私のレースをするだけ)
(プレコのことだし、どーせ出遅れたんでしょう?全部撫で斬れば問題なしぃ)
(フッフッフッ、私が後ろからで、みんな動揺してるわね、1番動揺してるのはゲートから思うように出れなかった私だけどね……
どーすんのよコレ!!)
ロマンフットはいつも通りこの位置、最後方から進めます
さて、各ウマ第二コーナーに差し掛かります
先頭は以前ファスティバル
その後ろ外目をついてタイダルウェーブ、チェックタワー、1馬身離して内側に一世代下ヤマトノヌシ、その後方にバニッシュタワーがつけます
「プレコが後ろから!?なにやってんだよ!」
「やっぱ、プレコ先輩面白いな!!飽きないよね!」
「他は軒並み予想通りだな、プレコも有終の美を飾ろうと奇策に出たか?このまま後からのレースをするなんてことも」
「でもプレコ先輩、前に行きそうだよ?」
「は??」
なんとここで外からプレシスコート前にぐんぐん上がってくる、先頭に並ぶ勢いです
(やっぱ先頭じゃないと落ち着かないわ!)
第3コーナーの手前、動きのある秋の天皇賞
先頭はファスティバル、その外プレシスコート
3馬身離してコースの内側ヤマトノヌシ
二冠バジェットラインはこの位置、中段やや後ろ
最後方は依然ロマンフットです
やや縦長の様相を呈してきた秋の天皇賞、各ウマ第3コーナーに入ります
「頑張って、ヤマトちゃん……」
(黒も心も見ている……無様な姿は……見せられない!!)
ーーー
「謝るようなことじゃないよー」
裏切りを告げられたにしては穏やかな顔で、しかし、予想通り朗らかに笑っていった。
「言わないでいるのは、流石に卑怯すぎるじゃろうて」
「あはは!まぁホープちゃんは怒るかもしれないね」
「よくわかったの」
先程黒にも同じように謝罪したら、横っ面を引っ叩かれた。今もジンジンと当たった部分が熱い。
「ホープちゃんはそのことに対して怒ったんじゃなくて、その程度のことで謝られたことに怒ったんだよ」
「その程度……?」
「そうだよ!自分の持てるもの全てを尽くして勝負に挑むのは至極当然のこと、番外戦術、情報戦なんでもねー私はヤマトちゃんみたいに頭良くないから…そんなことはできないけど……出来るなら確実にやってた!
それに、騙されたとか踏み台にされたーなんて微塵も思ってないよ、きっとホープちゃんも」
「……そうだといいがの」
「それで……なんで走るか?だっけ」
先程謝罪と共に投げかけた疑問だ。
「姉の為か?」
「うーん、それもあるけど……」
自分の目の前にあったジュースを飲み干す。
「私さ、小さい頃脚の病気で思うように走れなかったんだ……だから、走ること自体私にとって奇跡みたいなもんなんだよね」
「ふむ……」
知っている。X脚と呼ばれるもの。だから、かなり驚いた。これほどまでに速い娘がそんな病気で苦しんでいたことを。
「だから、私は走りたいから…走るのが楽しいから走ってたわけだけど、最近はその気持ちとプラスして勝ちたいって思うようになったんだ、応援してくれてるファンのため、トレーナーの為、そして……お姉ちゃんのために……なんかうまく言えないけど……いろんな気持ちがあって……」
「いや、よくわかった、ありがとう」
ウマ娘にとって走ることは、全てをかけること。自分の努力、才能、生涯、関係。一言で表せるものではない、か。
「諦めなんなよ」
「え?」
「ホープちゃんが伝えておけって」
「黒が?」
「私はあまり考える方じゃないから、ヤマトちゃんが何で悩んでるのかは知らない、けれど走るのを辞めるのは違う、っていうことはわかる、私にとって、ヤマトちゃんもパラディンちゃんと同じくらい強いライバルなんだから、自信もって!!」
「わしが……聖騎士殿と同じ?」
「だってヤマトちゃんって強くて、頭がいいなんて、それもう最強のウマ娘じゃない??」
「わしが……最強……か、それはいいな」
答えは未だ出ない。が、信じてくれる友がいることはわかった。
ーーー
第4コーナーを抜け直線!
さぁ残りも500となりました!
先頭は以前プレシスコート、ファスティバルです、それから2馬身ほど離してヤマトノヌシ、タイダルウェーブ、バニッシュパワーが続きます
ジェットライン後方集団真ん中につけています、最後方からロマンフットが追っています
(ファスティちゃんも今日はノッてない…ジェットちゃんも末脚勝負ってとこかしら?
そして…)
チラリと前方内側を確認する。
(今日は随分大人しいのね……このまま進むなら、秋の盾も私が貰うわよ…!)
ここで浪漫脚炸裂!外からロマンフット!
仲間たちから受け継いだ思いを爆発させます!!先頭集団と並び…いや並ばない!!
一気に抜き去っていきます!!
「なっ……!」
(ここで仕掛けるの!?いくらなんでも早すぎる!)
「今日は逃げウマらしい娘がいなかったからタイムは遅め……スタミナはまだまだ有り余ってるわよ??ついて来れるかしら!」
魅惑の末脚から目を逸らすな!!これは速い速い!!
ファスティバル粘る!!
前年の覇者に新時代の覇者が迫ります!!
プレシスコートはズルズルと後退!
(たはは、もう疲れち……)
ヤマトノヌシは来ないのか!?
(浪漫先輩…流石だ、友人の死を乗り越え覚醒するなんて感涙を禁じ得ない素晴らしい友情じゃないか、それに引き換え私は友人を利用し踏み台にしか考えていなかった……)
しかし、そんな中でも思い出すのはやはり友人たちのことであった。
ーーー
そのローテーションを選んだ理由は、どんな距離でも走れたら、どんなに素晴しいことだろうか…かの『大王』の様に最強を証明したい、と子供の頃の幻想を未だに追い続けているだけだ。我ながら馬鹿らしいとは思う、けれども私の脚ならそれを成せる、と信じていたことも確かだ。
それに、それは私の指導員の悲願でもあった。どんな距離でも走ることができれば、ウマ娘の第二の道とも言われる、教育者になった時も本人の価値を上げることができると、そういった信念を持った人だった。実際、先輩方は引く手数多、多くの現場で活躍している。ただ、厳しいスケジュールの為、故障も多い。そのことを揶揄するレース関係者も多くいる。それでも、万夫に埋もれるくらいなら、例え故障したとしても最強を証明したかった。
それに、それにだ。あの指導員は自分の出世の為だとか、名声の為にそうしているのではないことを知っている。
「誰に何を言われても…それでも…その後の教育者として認められる為に…身を削ってでも走らせるが最終的には本人のためになる…と信じていた……が、この歳になると心配が勝ってしまう……
だからきっと、お前で最後だ」
彼もまた、ウマ娘のことを第一に考えることのできる指導員の1人である。
ただ、そんな子供じみた私の幻想と指導員の信念は、早くも打ち砕かれることを悟った。彼女の走りを間近で見た時…この世代の主役は彼女なのだろうと漠然と理解した。そして…私は彼女以上の役者にはなれないとも。
それでも別によかった。私の前には彼女がいるわけだが、私の後ろには舞台にすら立てないウマ娘が沢山いる。幸福な方じゃないか。私はただ、与えられた演目を全うするだけでよかったんだ。
しかし、
それでも、
いや、だからこそ、あの2人の走りはひどく眩しく映った。地方から中央を制しにきたブラックホープ、姉の悲願を引き継いだシシシンオー。どいつもこいつも自分が主役と信じて疑わない。果敢にあの白銀の主人公に立ち向かっていく様に打ち震えた。そして…そんなあいつらが羨ましくて仕方がなかった。
思ってしまった。不相応にも、願ってしまった。主役になりたいと。例え、何もかもを失ったとしても。
あの決戦には全てを捧げた、それまでのレース、自分の努力、そして…友人さえも。
結果は知っての通り。
私の淡い幻想は聖騎士の名の下に斬り伏せられた。
もはや兼ねてからの夢は潰えた、私は……何のために走っているのだろうか。
私はなぜ未だターフに立っている?
答えは……
ーーー
先頭のファスティバル粘る粘る!
だが迫ってきてるぞロマンフット!
もう残り400もない、冷静に辺りをみわたしてみる。
(他の先輩方もそうだ、皆が素晴らしい物語を綴っている、ならば私は?なぜ走る?
わからない、私には何もない……
姉が強いわけでも、母の想いを継いだわけでもない、期待をかけられているのは聖騎士殿、私ではない!!もはやかつての情熱すらも……それでも……それでも……!!)
「まだ勝ちたい!!あいつらみたいに歓声を応援を!拍手を喝采を!!」
そして内狭いところ!!最内からヤマトノヌシが上がってきます!!
横3頭並んだ!!勝負争いはこの3頭に絞られたか!?
(もう負けるのは懲り懲りでしょう?トレーナーさんの為にも……エアロの為にもここは勝つ!!)
いや!もう1人!!大外からジェットラインも来ています!!
しかしヤマトノヌシだ!!皇!ヤマトノヌシかわした!!2番手にロマンフット!!
ファスティバル3番手か??
(なっ……なんて生意気な後輩!!)
(ヤマトちゃん…あなたは間違いなく稀代のウマ娘よ、もはやこのレースでは1番強いことは間違い無いわ
それでも…それでも私は負けられない
あの日の誓いを…彼女の強さを…証明するために……勝つんだ……絶対に勝つんだ…!!)
ーーー
あれだけ追いかけても追いつかなかったウマ娘が、今私の目の前で息も絶え絶えで横たわっている。自分の立ち位置がひっくり返り崩れていくような錯覚に陥る。
「そんな……どうして、どうして……」
言の葉を紡ぐたびに、吐き気で吐いてしまいそうになる。
「私にもその番が来たってだけだ」
医師は項垂れ何もしていない、いや、何もできないの間違いか。モニターだけが無遠慮に彼女の灯火を示していた。
「なんで……」
返ってくるはずもない疑問ばかりが浮かぶ、なぜ彼女が?これから日本中で、世界中で活躍できるはずの彼女が?まだ始まったばかりじゃないか。
「私の生涯、どのレースも必死で走った、後悔など一ミリも存在しない」
「そんなはずない!!あなたがいなくなったら……うっ……私たちの世代はどうなるの!?世代を代表するあなたがいないと……!」
「君がいるじゃないか、ロマン」
「気休めはよして、あなたにも勝てていないのに……!!」
「そんなことはない、今日の走り、実に見事だった、最後まで見ることはできなかったが、君が勝ったのだろう??」
「あなたが前にいないのに!私が!!満足に走れるわけないでしょう!!プレコが勝ったわよ!!」
「それはすまないことをしたな、だが、負けるかもしれない、と思ったのは事実だ」
「だから、気休めは……!!」
「私が…他でもないこの私がレースにおいて嘘を言うとでも?」
「それは……」
絶対にないそう言い切れるくらいには、この娘はレースに対して真剣だった。
「それでも……私はそんな大それたウマ娘じゃない……」
「ならば証明して見せてくれ、私が信じた君の走りを……」
ーーー
あなたが空へと旅立った後、もう一度考え直した、このまま走る意味があるのかって。
辞めてしまおうかとも思った。私はあなたの走る姿を見るのが好きだったから。何者からも逃げおおせるその姿を美しいと思ったから、その為に走っていたのだから……
でも私が辞めたら、誰があなたを伝えていく?プレコはダメ、あの娘は何も考えていないから。やはり私しかいない。あなたの強さを伝えるのは、あなたの信じた私の強さを教えるのは……!!
「あなたの相手は世代最強……そう易々と倒せると思うなよ?」
外から再びロマンフットも差し返す!!
浪漫脚は衰えない!!
ヤマトノヌシ!ロマンフット!!ヤマトノヌシ!!ヤマトノヌシ!!
大外からジェットラインも追い込んでくるがこれは苦しいところ!!
(やっとわかった、私の走る理由……私は自分のレースの……生涯の……)
「主役になるんだぁぁあああ!!!!!」
ーーー
敗北は時に、勝利よりも多くのことを教えてくれる。
夢が破れたその先で、少女たちは何を見るのだろうか。
世代の壁を破壊し、頂に立ったウマ。
頂点からの景色を知る者はどの時代も1人のみ。
勝ったのは
ヤマトノヌシ
ーーー
最内ヤマトノヌシ!!ヤマトノヌシだ!!
2番手ロマンフット!!
3番手争いは接戦!ジェットラインか?ファスティバルか??
流石はヤマトノヌシ!!見事!世代の壁を打ち破りました!!この国の主!ヤマトノヌシが決めました!!新人戦から数えて何と10戦にも満たない内に天皇賞勝利という、とんでもない大偉業を成し遂げました!!
2番手惜しくもロマンフット!僅かに末脚、届きませんでした
「いやーすごい戦いだったな」
「シンオーちゃんも……っていねぇ!!」
ーーー
「自分一人で頑張れってことなのかしら…?
全く…相変わらず厳しいのね、ドリーム」
一世代下の私を下した後輩は、凛とした態度で、とても嬉しそうに歓声を一身に浴びていた。
「おめでとう、ヤマトちゃん」
私のファンには申し訳ないが、正直何度やっても今日のヤマトちゃんには勝てる気がしない、と思えるくらいには本気を出し切ったし、何より相手も強かった。
「さて、脇役は退散しましょうかねぇ」
いそいそと控室に戻る、ライブの準備でもしてようか。
「肩肘張りすぎだ、もっと力を抜いたほうがいいと思うぞ、だが素晴らしい走りだった」
その道中、敗者に向けるにはあまりにも厳しい口調で背中から声をかけられた。
(ふふふっ、ドリームの真似?上手ねシンオーちゃん)
ふざけてこの様なことをする娘ではない、一応こちらの身を案じているのだろう。それならばこの茶番に乗っかってやることにした。
「私、頑張ったのよ、あなたがいない穴を埋めようと必死に……」
「知っている、よく頑張ったな」
「でも確かに、疲れちゃったなぁ」
彼女の真似があまりにも似ているから、溢れそうになる涙をなんとか抑える。
「でもそんなことはしなくていいんだよロマン、私は私にできることをしただけだ
君は君のできることをすればいい」
「でも、それじゃあ、私たちの……世代が」
「いいんだよそんなことは、言いたい奴には言いたいことを言わせておけばいい」
この口調も、声も、厳しさの奥に見える優しさも、本当にそっくりだ。流石は彼女の自慢の妹、よく見ている。
「私はね……ロマン、君の自由な走りが好きだった、君の自由な走りを隣で見るのが好きだったよ」
その言葉に一筋涙がこぼれ落ちると、とめどなく流れて止まらなかった。
「えぇ、私もよドリーム、あなたの走る姿を見るのが好きだったわ」
後ろを振り返ると、そこには誰もいなかった。
「勝ってたときは、一度も出てこなかったのに、負けたときに出てくるなんてホントあなたらしいわね……」
涙を拭い、ぼんやりと上を見る。誰に伝えるわけでもなく静かにつぶやいた。
「会えて嬉しかったわ……ドリーム」
ーーー
その日のライブはヤマトちゃんが過去一キラキラしていた。ロマンさんも清々しい表情でライブ自体を楽しんでいるように見えた。
しかし……
「炎症!?大丈夫なの!!?」
ヤマトちゃんの足に軽い炎症が。
「心配するな、本当に軽めの奴だ、けれど次のレースは残念ながら棄権じゃな」
「そ……そんな……」
「そこで、だ、心、頼みがある」
「なになに?なんでも言って!!」
ジャパンCが始まるーーー!!