「そうだ、アスナ。試合中アル……クウネルに何か言われたのか?」
試合中アスナはアルとの念話中に様子が変わった。洗脳といった類の様には見えなかったし、彼がそんなくことをする理由が思いつかない。
その事について訊ねたかったのだが
「気づいてたんだ。私もその事をクウネルさんに聞きたかったんだけど……」
とても大切なことを思い出した気がする。と言ってアスナはの選手席を見渡すが、そこにアルの姿はない。
私は学園長からはアスナは両親がいなく、初めの頃はタカミチが育てていたという事しか聞いていない。
しかし、アルがアスナを知っているとなると色々と推測はできる。タカミチにアル、元『
タカミチは聞いても話してくれなさそうだが、アルもしくは詠春ならば何か聞くことができるかもしれない。
「士郎先生、お疲れ様です」
考え事をしながら歩いていると、前方から刹那がやってきた。
そういえば、次は刹那とエヴァの試合だったな。
「ありがとう刹那。次の試合頑張ってくれ」
「ありがとうございます……ですが私の力ではエヴァンジェリンさんには」
勝てない。少し自嘲気味に刹那は笑う。いつになく弱気だ。
しかし、学園結界により見た目同様の身体能力と、僅かな魔力運用しかできないエヴァだ。
策を弄せばいくらでもやりようはある。
「初めからそんなことを言っていては、勝機を逃してしまうぞ」
「私に勝機なんて……」
「弱気になるなと言ってるんだ」
刹那がこのかを護る為に戦うというのなら、この先己より強い者と戦う事もあるだろう。
むしろ、このかのように強大な魔力を持っているのであれば、様々な者が利用しようと狙ってくるのは当然といえる。
「その時、君は弱気になるのか?」
私の言葉に弱弱しくとも否と答え、刹那は控室へと向かった。
実際の所、私は刹那の実力はかなり高いと見ている。純粋な剣技では私は足元にも及ばないし、佐々木小次郎の名を配するほどの実力である侍のアサシン相手に生き残った。技量だけでいえば、彼女は麻帆良でもトップクラスといえよう。
そんな彼女の実力が発揮されない原因は主に二つ。一つは経験。どんなに技術的に完成されていようと、数々の戦場を知る者達には遠く及ばない。だがこれは今はどうしようもない。今後、時と共に解決されていく。
そして二つ目。心の弱さ。これが主に現状の刹那の実力を抑制してしまっている。中学3年生ならまだ心が弱くとも仕方がないが、烏族とのハーフである刹那は幼少の体験から、普通の女子中学生に比べ輪をかけて精神が不安定だ。
「そこをうまく乗り越えてくれるといいんだがな……」
第八試合 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル VS 桜咲刹那
舞台上にはゴスロリファッションに身を包んだ人形のような少女エヴァンジェリンと、アスナ同様フリフリのメイド服に身を包んだ刹那。
和美の合図により、試合は始まった。
「いいか、刹那。トルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭に、こんな一文がある」
『幸福な家庭は皆同じように似ているが
不幸な家庭はそれぞれにその不幸の様を異にしているものだ』
「まぁ、つまり『幸せなやつはつまらん』ということだ。幸福な輩に語るべき物語はない。不幸と苦悩こそが、人に魂を宿す。シロウを見ていればよくわかるだろう?」
エヴァは特に構える様子もなく、腕を組んで空を見上げている。その言動に理解できず、構えたまま首をかしげて疑問に思う刹那。
しかし、見た目そのままにエヴァの雰囲気はガラリと変わる。それは噂に聞く闇の福音の名に恥じぬ威圧感。
「最近幸せそうじゃないか。え? 刹那」
意地の悪そうな、歪んだ笑みを見せるエヴァに寒気を覚え、刹那は無意識に後ろへ後退する。
「長話がすぎたな。さあ、来るがいい桜咲刹那!」
「待ってください、エヴァンジェリンさん。私にはあなたと戦う理由がありません。それに今の状態のあなたと戦ってはあなたに怪我を……」
試合前にシロウに言った「勝機がない」という言葉とは矛盾する言葉。
それを知っていたわけではない。だが、刹那のその言葉に込められた迷いを感じ取ったからか、それとも自分を馬鹿にする発言に対してか、もしくはその両方か。
エヴァは明らかな怒気と、僅かに殺気を滲みだした。
「ふざけた事をぬかすなよ刹那。これは武道大会で、お前の対戦相手は私だ。理由などそれで十分だろう。それに、以前の貴様ならいざ知らず。今のフヌケた貴様なら、最弱状態の私でも容易になぶり殺す事が可能だぞ?」
まるで体にまとわりつくような威圧感。そして、全てを見透かすようなその瞳に、刹那は自らの得物であるデッキブラシを持つ手に力を入れる。
「来んのか? ならばこちらからいこう」
そう言ってエヴァが指を曲げた瞬間、刹那の体は引っ張られるように宙を舞い地面に叩きつけられ、られたように身動きができなくなった。
「さすがは人形使い。あんなものを武器にする者はそうはいまい」
傍から見たら刹那はまるで目には見えない力で押さえつけられているように見えるだろう。だが、視力を強化した目にはハッキリと見てとれる。刹那の身体を拘束するとても細い糸が。
魔力で強化され強度が増しているその糸は、そう簡単には外す事ができないだろう。
刹那は気を使って糸を断ち反撃するが、未だ迷いのある剣筋は鈍り、鉄扇を取り出したエヴァにデッキブラシを容易くいなされ、刹那の力を利用した動きで投げ飛ばされる。
すぐに刹那は起き上がるも、糸で足を絡み取られて体勢を崩し掌底をもろに食らう。
「鉄扇による合気柔術か。魔法に関してもそうだが、本当に器用なやつだ」
多分あれは合気柔術にアレンジを加えたオリジナルの型だろう。自分の属性ではない魔法をネギに教えたり、体術を自分流にアレンジしたりと、いったいどれ程気の遠くなる時間鍛錬すれば至れるのであろうか……。
「結界で縛られているからと甘く見ていた。彼女を見ていると、自分などまだまだだと思い知らされる」
倒された刹那は糸により空中に磔にされたような状態になる。
そんなエヴァは再び刹那に何か語りかける。会場の声援の中、聞こえるはずのないその声は、はっきりと私の耳に届いた。
「今のお前を見ているとイラつくよ」
「……?」
「刹那……貴様、幸せになれると思うのか? 私と同じ、人外のお前が……いや、貴様は半分だったか」
その瞬間刹那の様子が変わる。
瞳孔は開かれ、額から冷や汗が吹き出し、上手く呼吸ができないのかその胸は小刻みに上下し体が震える。
「……フフ、お前のその背中の翼……白かったな」
尋問のような質問に、刹那は見る見る顔が青ざめていく。
エヴァの目的がわからない。最初は迷いある刹那への助言のようにも思えたが、今エヴァは完全に刹那の心の傷を抉る行為をしている。
「その黒髪はどうした?染めたのか? 瞳は? カラーコンタクトか?」
「エヴァ!!!」
エヴァから更に心の傷を抉る言葉が発せられた瞬間。私は叫んでいた。
その声は舞台上のエヴァの気を引くだけではなく、会場中をしんと静まり返させる。
しかし、それでもシロウの言葉は止まらなかった。
「それ以上はやめておけ。私も黙っているわけにはいかなくなる」
先ほどからエヴァが言っているのは、人外は幸せになってはいけないと言っている様なものだ。
嫌がおうにも思い出す。自らが汚れているからという理由で幸福をあきらめた少女を。
自分は幸せになってはいけないと思い込み、助けを求める事ができなかった桜の事を。
だからこそ、人外だからという理由で幸福になる事を否定するエヴァの行為が許せなかった。
否、それ以前に、今の話だとエヴァは自分が幸せになってはいけないといっている。そんなことは認められない。
「士郎先生……」
「ちっ、うるさいやつだ……おいシロウ、貴様その殺気を止めろ。自分に向けられたものじゃなくても気分が悪くなる」
言われて自分が殺気を漏らしていた事に気づき殺気を収める。
エヴァの言った通り、今のはエヴァに向けたっ殺気ではない。その殺気は過去に桜をそんな目に遭わせてしまった者に対して、そしてエヴァにそんな風に思わさせてしまったナニカに対して。
「これ以上邪魔されては敵わん。刹那、私の目を見ろ」
「え?」
「いいから見ろ」
刹那とエヴァの動きが完全に停止する。
エヴァが自分の目を見させた所を見ると幻術の類だろう。おそらく戦いの続きは精神世界で行われている。
こうなってしまっては、私に干渉するすべはない。
「後は、刹那とエヴァを信じるのみ……か」
2人が制止してから、およそ5分。試合時間も残りわずかとなり、観客がざわつき始めた瞬間変化は起こった。2人のいた場所から突如爆発が起こり、それと同時に2人が動き出したのだ。
糸を斬り、体が自由になった刹那はエヴァの胴へ一閃。避ける事のできなかったエヴァは倒れ敗北を宣言。
刹那の逆転勝利となった。
刹那は試合前とは打って変わって、晴れ晴れとした顔でエヴァに頭を下げている。
「そうか、答えは出たんだな……」
舞台上で騒ぐエヴァと刹那を見て安心し、私はエヴァの運ばれていった医務室へと向かった。
肋骨を骨折していたエヴァは応急手当てを受け、ベットで横になっている。その横には刹那と、心配で来たのかネギとアスナもいた。
「シロウか。つまらん説教ならするなよ、傷に響く」
そんな気は毛頭ない。確かに試合中のエヴァの行為に怒りは覚えたが、今の刹那から迷いが消えている。
だから、エヴァに言いたかったのは説教ではなく。
「ああ、つまらん謝罪もいらんぞ。私に対して怒ったお前に間違いはないし、自分のしたことが間違いだとも思っていない」
だから謝罪はいらない。と、先に止められてしまった。
「そうか。感謝する」
故に述べるのは謝罪ではなく感謝。素直な感謝の言葉を、エヴァは鼻を赤くしながらも受け取ってくれた。
場の雰囲気が和んだところで、刹那が話を切り出した。
「エヴァンジェリンさん。先ほどあなたは「生まれつき不幸を背負った私には共感を覚える」と言いました……これは、あなたも不幸を背負っていたと言うことではないですか?」
「どういうこと?」
アスナの疑問に刹那は続ける。エヴァは刹那に自分の過去を重ねて、あんな形で助言をしたのではないかと。
図星なのかエヴァはバツが悪そうに私達を追い出そうとするが、アスナがしつこく食い下がる。
「そうはいかないわよ。エヴァちゃんがさっき刹那さんに言ったことは許してないんだからね! それを聞かない事には納得できないわ! ねっ、士郎」
「いや、嫌がる人の過去を知りたがるのはどうかと思うんだが」
「うっ、ネ、ネギは知りたいわよね! エヴァちゃんの過去」
「はい!知りたいです。
私が敵だとわかったアスナはすぐさまネギを味方に引き込み、過去を知りたいと騒ぐ。
そんなアスナの様子に気持ちが揺らいだのか、刹那の言った「私が勝ったのですから昔話くらい……」の一言により、仕方なくエヴァは過去を語る事にすことにした。
「ただし、ぼーやは駄目だ。お前に聞かれるのは恥ずかしい」
「ええー!? 何でですか!」
「いいから出て行け」
ネギは外に放り出される。それを見て私も外に出ようとするが「貴様は残れ」とエヴァに呼び止められ、扉の前で立ち止まった。
「いいのか?」
「ああ、お前には前に過去を見せてもらったからな。知る権利がある」
それを言うなら君もネギの過去を見ただろう。とは言わず、頷いてエヴァの傍まで戻ると、エヴァは一度私たちを見渡した後視線を窓の外に向け、己の過去を語りだした。
「大昔の話だ……」
時代は動乱続く中世ヨーロッパ。エヴァはどこぞの領主の城に預けられ、何不自由ない少女時代をすごしていた。
その頃のエヴァは、まだ正真正銘人間だった。……その城で迎えた、10歳の誕生日までは。
10歳の誕生日、エヴァの目が覚めるともう吸血鬼の身体となっていた。周囲には血で描かれた魔法陣と、愉快気に下衆な笑いを浮かべる城の当主。
エヴァは神を呪い、自身をこんな姿にした男への復讐を果たして独り城を出た。
「この姿で生きていく力を得るまでの十数年が一番キツかった……最初の頃は吸血鬼らしい弱点も残っていたしな」
吸血鬼の弱点。日の光を避ける為、昼間は地下へ身を潜め、夜になってから移動する。
流水が苦手な為川や海は渡れず、吸血鬼狩りの者たちからの銀製品の武器や杭だけは決して受けないよう気を付けた。
「その時代の苦難。シロウ、お前なら推測がつくんじゃないか?」
「……魔女狩りか」
「ああ」
『魔女狩り』
中世末期から近代にかけてのヨーロッパや北アメリカにおいてみられた魔術行為に対する追及と、裁判から刑罰にいたる一連の行為の事。
その犠牲者は数百万人にも及ぶといわれ、そのほとんどが魔法とは無縁の一般人だったという。
「数年たって、それなりに魔法を使う事ができるようになっても、私の安らげる場所はどこにもなかった」
「なんで? 一般人のフリするとか、同じ魔法使いの人に助けてもらうとかすればよかったんじゃない?」
「それは無理だな。人間というのは自分と違うものに恐怖する生き物だ。まして時代は中世。今でこそ魔法使いはお人よしがが多いが、あの時代はシロウの世界の魔術師のように自己中心的な考え方の魔法使いが多かったからな……
殺さなければ生きられない時代もあれば、殺さずに済む十数年もあった。
南洋の孤島に居を構え、人と交わらずに生きる術を得て、自分に近づいてくるのが、戦い命を落とす覚悟のある者だけになってからは楽になった。
「わかるか? 私は人並みの幸せを得るには殺し過ぎたし長く生き過ぎた」
エヴァの顔は儚げなやさしい笑顔を浮かべている。その笑顔ができるようになるまで、どれだけの時間がかかったのだろう?どれ程の苦難を乗り越えてきたのだろう?
だからこそエヴァは、迷いを抱えたままの刹那が心配だった。
「刹那、お前はまだ戻れる。……意思は変わらんだろうが、もう一度言おう。剣を捨て、人並みの幸せを得るのも悪くはないぞ?」
それは普段本心をあまり出さないエヴァンジェリンの本音。
600年という長き時を生きて形成された今の性格とは違う、一人の少女のやさしさ。
刹那もアスナも、そんなエヴァの心が通じたのか、目に涙を溜めながらエヴァは悪くないと弁護をする。
しかし、当の本人は2人の言葉に一喝した。
「アホか! 圧倒的に悪いわ。経緯はどうあれ私は悪の……」
自らを悪だと言うエヴァの頭にアスナは手を乗せなでる。その先の言葉を言わせないように。
「大丈夫。今からだって遅くないよエヴァちゃん。幸せになる権利は誰にだってあるんだから」
「……貴様、本当に話を聞いてたのか! 私が何人この手にかけたか教えてやろうか!?」
それでも尚自らの罪を背負い、自らを悪だと。悪であり続けようとするエヴァにアスナは グッ と親指を突き出し大丈夫だと言った。
何が大丈夫なのかよくわからないが、アスナらしい能天気ないい意見だと思う。
「ええい! シロウ、貴様も笑ってないでこのアホに何とか言え!!」
「くっくっく。いや、いいではないかアスナの言う通りだよ」
「でしょ♪」
「貴様までそんな事を言うか! 貴様ならわかるだろう? 私は殺しすぎたんだ。今更幸せなど……」
得る権利はない。と、エヴァは俯いてしまう。
確かに気持ちはわかる。大災害で私は救いを求める人の姿に目をそむけ、せめて子供だけでもという女性の声に耳を塞いだ。そんな中切嗣に救われた私は、幸せになってはいけないと思った。自分だけが幸福の中にいてはいけないと思った。
それだけではない。死んでいった人達の声に報いる為、数多くの命をこの手で奪ってきた。
生前は多くの人を救う為に。死後は守護者として世界を護る為に。エヴァより遥かに多くの命を奪ってきただろう。
「だが、そんな私だが、今の生活に僅かながら幸せを感じている。そして、この幸せな生活を護りたいと願っている……何事も遅すぎると言う事はないのではないか?」
おそらく今私はやさしい顔をしているのだろう。暗い顔をしていたエヴァの顔が驚きに変わっている。
ふと見ればアスナと刹那の2人、それとカモとチャチャゼロまでも目を見開いている。
「ふん。まさかお前からそんな言葉が出るとはな」
エヴァはどこか楽しげな声で言う。それにつられて、私の声も弾む。
「他人から見て変化が見て取れるのなら、私は変われたのだろうな」
自分でも気づかないうちに、私は相当まるくなったのかもしれない。
だが、嫌な気はしない。むしろとても清々しい気分だった。
シロウが観客席の屋根へと戻ると、既に二回戦 第一試合 村上小太郎 VS クウネル・サンダース の試合が始まっていた。
息一つ乱さず微笑むクウネルことアルと、ガクつく足を支えながら立ち上がる小太郎。もはや勝敗は明白だった。
それでも小太郎は決してあきらめずアルに向かう。小太郎は7体に分身し四方八方からアルに襲い掛かり、も限界だと思っていた相手の予想外の攻撃にアルも捌ききれなくなる。
そして、ついに小太郎の一撃がアルの右腕を捉えた……ハズだった。
「今のは……転移の一種。いや、それよりも……」
サーヴァントの霊体化に近いものに見えた。姿が消えたわけではない。しかし、確かに小太郎の爪がアルを捕らえた瞬間、確かにアルはあの瞬間実体ではなかった。
故に回避不可能の一撃はアルの体をすり抜け、逆に小太郎は掌打を食らい場外まで飛ばされた。
「士郎殿、今の……気づいたでござるか?」
「楓か。おそらく魔法だろうな」
屋根の上で見ていた私の下へやってきた楓に答える。どうやら楓も気づいたらしい。
そして、丁度その時大きな音と共に観客が声を上げる。攻撃が通じず、それでもなお勝つ為に獣化しようとした小太郎を、アルが魔法で気絶させたのだ。
小太郎は医務室に運ばれ、楓も同行する為に医務室に向かったのだが、入れ違うように目を覚ました小太郎が猛スピードで飛び出していった。
「あれだけネギ君と決勝で会おうと言っていたのだ、無理もないか」
ライバルとの約束を守れなかった。アルとは格が違うと小太郎自身戦闘の最中に気づいただろう。だが、小太郎は男の子だ。そんな理由で納得できるはずもない。
「士郎殿、コタローがどこに行ったかわからぬでござるか!」
「小太郎なら向こうの屋根の上だ」
小太郎を追いかけてきた楓に屋根の方へ指を指しながら応える。
そんな私に、楓は「士郎殿は追わないのでござるか?」と目で訴える。
「私のような者が何か言ったところで、小太郎の心には届かないだろう」
「ご謙遜を。士郎殿ならば上手くアドバイスできるでござろう」
それは買い被りだ。私には傷ついた少年の心を慰められるほどの器用さはないし、かけていい言葉も見つからない。そもそも、小太郎と私は考え方からして違うのだからアドバイスなどできない。
小太郎は勝利する為に戦っているのに対し、私にとって勝利は結果でしかない。目的を果たす過程で勝利を得ることはあっても、勝利を目的にしたことはない。言ってしまえば、目的さえ達成できれば敗走をしても構わないのだ。
「そら、そんな考え方の男より、一度戦った事のある君の言葉の方が、よほど小太郎の心に響くだろう?」
そんなシロウの言葉に、楓は表情を緩ませた。
今のは遠回しに自分に頼むと言っていたからだ。
「
風の様に楓が消えたのと同時に、次の試合は開始を告げる。
二回戦第二試合 古菲 VS 長瀬楓は古がドクターストップの為、楓の不戦勝と発表され、今から始まるのは第三試合。
ネギ・スプリングフィールド VS 高音・D・グッドマン。
自信満々といった感じで舞台に立つ高音。その身には魔法の影によって編まれた兵装と、シロウの投影した聖骸布のコートを羽織っている。
「これが操影術近接戦闘最強奥義 『
高音の背後に現れる巨大な影の人形。人形から伸びる数本の影はムチとなり、時には束まり槍となってネギを襲う。
「彼女の戦闘を見るのは初めてだが、これほどとはな」
ネギは無数の影の槍を防ぐので精一杯。隙を突いて魔法の矢を撃っても、影の盾に完璧に防がれる。
隙を突いた一撃を完全にガードしつつも高音が気にせず攻撃の手をやめないということは、おそらく自動防御なのだろう。
そして、現時点でネギの接近戦最高の威力を誇る、
あの完全防御を破るのは、宝具を使わなければ私でも容易ではないだろう。
打撃は通じないと判断したネギは瞬動で接近。ネギは驚きで一瞬硬直した高音の腹部に手を当て、零距離で
「高音が気づいてやったとは思えないが、ネギ君は災難だったな」
本来ならばネギの一撃で負けるはずだった高音がなぜ無事なのか。それは、奇しくもシロウが貸した聖骸布のコートがその耐魔、抗魔力によって
「
だが、さすがネギも天才少年と呼ばれている事はある。魔法の矢がコートによって掻き消された事に気づき、武装解除で聖骸布のコートを弾き飛ばす。
これで、ネギの魔法の矢が通じるようになった。戦いはまた振り出しに戻るかと思ったのだが……
「キャー、衛宮先生からいただいたコートがー!」
影の人形を消し、高音は飛ばされたコートを追い水の中へ飛び込む。
「「……え?」」
高音の突然の意味不明な行動に会場全体が呆然と静まり返る。先ほどまで戦っていたネギでさえ、拳を構えたまま硬直している。
「え、えーなんだかよくわかりませんが。高音選手場外の為、カウントをとりたいと思います。1~、2~、3~」
刻々と進んでいく和美のカウントダウン。高音がコートを掴み、泳いで満足そうに舞台へ戻った瞬間。
「9~、10! 高音選手アウト! ネギ選手の勝利!!」
「ええぇーーーー!!」
こうして、ネギと高音のバトルは意外な結末を迎えた。
「───
赤い外套をその身に纏い、シロウは舞台へと向かう。
二回戦 第四試合 エミヤシロウ VS 桜咲刹那
「それでは、二回戦第四試合をはじめたいと思います。試合の度に武器を変えて登場するエミヤ選手に、デッキブラシによる剣技が冴える桜咲選手はどう戦うのでしょうか? エミヤシロウ VS 桜咲刹那レディ───ファイッ!」
舞台の上で対峙するのは赤い外套に身を包み、素手でただずむシロウと納刀した刀を持つように左手でデッキブラシを持つ刹那。お互いまだ構えない。
「刹那、君はエヴァとの戦いで何かしらの答えを見つけたな」
「はい」
力強く応える刹那の目には迷いはなく、むしろ私を倒してみせるという意気込みすら感じる。
「では、そんな君に今一度問おう。君には覚悟ができたのだな」
「はい。私の出した答え、覚悟。この剣をもって先生にお見せしましょう!」
刹那の宣言を合図に私は外套の中へ手を入れ、あたかも取り出したかのように2本の小太刀を投影。
それを確認した刹那は身を低くし、居合いの要領でデッキブラシを横に薙いだ。それを半歩下がって紙一重でかわす。
「えー、皆様ご安心を。エミヤ選手の武器は刃が潰されているので、本大会の規約違反にはなりません」
迷いのない刹那の剣は、とても澄んだ鋭い一撃を放ってくる。
そんな剣をいなすのではなく受け止めつつ、先の先を取って刹那を強襲する。
「くっ!?」
刹那は自分が知るシロウの戦法とは違う剣に多少戸惑いを覚えつつ、相手の流れに飲まれまいと一度後退して大きく構えた。
構えに対し前進してくるシロウに刹那は即座に瞬動で接近。渾身の力で奥義を放つ。
「奥義 斬岩剣!!」
その攻撃に対し、刹那はシロウが避けるかいなすかで対処すると考えていた。しかし、実際のシロウの行動は……。
「───奥義 斬岩剣……」
刹那と同じ斬岩剣───否。
「……二連!!」
「なっ!?」
二刀用の神鳴流奥義「斬岩剣二連」だった。
そこで刹那はシロウの剣の違和感の答えに気づく。今の攻撃、そして剣の型。
それは京都で戦った神鳴流剣士「月詠」と全く同じものだったのだ。
「気づいたか。では次だ───斬空閃」
シロウから繰り出された次なる神鳴流剣技斬空閃。その飛ぶ斬撃をデッキブラシで弾き、再び接近戦に持ち込む。
確かに相手はなれない二刀使いではあるが、神鳴流の技も月詠の型も既に知っている。
二刀の嵐を掻い潜り、刹那は見事シロウの武器を破壊した。
「ふむ。───投影、開始」
次いでシロウの手に現れたのは装飾のないナイフ。
武器としては二刀よりもリーチが短く攻めやすいように見える。
しかし、ただならぬ雰囲気を滲みだすシロウに刹那は動きを止めた。
刹那は一瞬の隙も見逃さないよう集中していたのだが、一瞬でシロウの姿が視界から消える。
「えっ!?」
いや、消えたわけではない。僅かだが刹那の視界の端にシロウの姿が映った。
すぐにそちらの方向を振り向くが、また視界の端に僅かに影が映るだけ。
「(これは……常に私の死角に入るように動いている!?)」
刹那の予想通り、シロウは常に刹那の死角へ移動している。
そこから襲い掛かってくる強襲に、初めこそ苦戦していたが自分の死角。背後からしか攻撃が来ないと考えれば対処するのは容易かった。
「いい対応力だ。刹那、集中し感覚を研ぎ澄ませろ。でなければ、軽い怪我では済まないぞ」
するとシロウは外套の裾に手を入れ、複数の木刀を投影してバラバラに空中に投げる。
一瞬意味が分からなかった刹那だが、自分の周囲を囲むように投げられた木刀がシロウの足場だと気づき青ざめる。
気づいた時にはシロウの姿はもうなく、頭上で木刀が弾けた音に反応してデッキブラシを出鱈目に振り上げる。
「ぐっ!」
肩に走る激痛。頭上からの攻撃に気づいたはいいが反応が間に合わず、シロウの一閃は刹那の肩を捕らえた。
次いで弾ける音が聞こえたのは左斜め後方。急いでデッキブラシを振るうも空振り。今度は脇腹に一閃を受ける。
続いて右膝、左手と、全ての木刀が投げられてから地面に落ちるまでの約2秒間で4度の襲撃を受けた。
「……っ。奇抜な動きによくついてくる」
静に深呼吸をして呼吸を正しつつ、刹那に感嘆の言葉を漏らす。
まず最初の月詠の刀から読み取った担い手の情報をトレースした動きを完全に捌いて見せ。
次いで月詠とは全然違う動き。ナイフから読み取った暗殺の一族「七夜」の体術を初見ながらに反応して見せた。
まだ防ぐには至っていないが、反応し致命傷を避けているだけでも十分といえる。
「……あいつの動きは真似できてあと一度、といったところか」
ナイフから持ち主の情報を引出し己の身にトレースしてはいるが、私の肉体ではあの動きに追いつかない。
強化をして尚、筋肉への負担が大きい。故に、あの動きができるのはあと一度。
再び数十の木刀を外套から取り出すかのように投影し宙へと投げる。
「いくぞ」
瞬動を使って一瞬で刹那の視界の外へ移動する。
それを追う刹那の視線が私を捕らえる前に頭上へ移動、木刀を足場にさらに瞬動を使いナイフからの担い手情報を肉体にトレースすることで再び『
今度狙うのは一度のみ。最速で移動し撹乱し続け隙を突く。
対する刹那はデッキブラシを居合いのように構え、全身の力を抜いて目を閉じた。
目に頼るから反応が遅れる。ならば、自ら視界を閉ざし、音と気配だけで迎撃しようと。
勝負は一瞬。その首へと延びたシロウのナイフは。
「見事」
振り抜かれた刹那のデッキブラシに弾き飛ばされていた。
私が殺人貴と戦った時は、足場を失くすことで破ったのだが……
「正面から破られるとは思わなかったな」
「いえ、とても恐ろしい技でした。士郎先生が声をかけてくださらなければ、初撃でやられていました」
試合が始まってから十数分……そろそろ試合終了時間だ。
「時間もない……次が最後の一撃だ」
私は備中青江 通称「物干し竿」を投影し、その担い手、佐々木小次郎の名を与えられた無名の侍の技術を読み取る。あの秘剣を再現する為、より精巧に、より精密に。
それは、私自身にも負荷がかかる行為だが、頭痛に耐え更なる先を読み取る。
そして読み出した技術と経験を自らに憑依させる。
「そ、その構えは!」
私が背を見せるように肩口に刀を構えたのを見て、刹那は驚きの声を上げる。
「君が一度敗れた相手、アサシンの最高の秘剣だ。もっとも、オリジナルには程遠いがね」
オリジナルには程遠いといいながらも、あまりの気迫に刹那は息を呑む。
その気迫は明らかに物語っている。必殺の一撃であると。
刹那は持てる力全てを振り絞り、全力で体を気で覆う。少しでも剣の高みへ近づく為に。
「私は剣と幸福、どちらもこの手にしてみせる! 『神鳴流奥義 百烈桜華斬!!!』」
『秘剣────
私の繰り出す三本の斬撃は
対する刹那は引く事など考えていない。凄まじい速さでの突進に加え、桜が咲き乱れるが如き高速の剣の乱舞。
会場にはけたたましくぶつかり響く金属音。その音と衝撃に一同皆目と耳を塞ぎ、次に目を開いた時にはお互い背を向けたまま制止するシロウと刹那。
「こ、これはどちらが勝ったのでしょうか!?」
戦いの結末に、会場にも緊張が走る。そんな中、刹那が苦悶の声を漏らし膝をついた。
「剣と幸福……それが、エヴァとの戦いの末に出した、君自身の答えか」
「はい。弱気になっていては、そのどちらも手に入れられませんから」
「そうか」
シロウが満足そうに笑うと、その意を汲んだかのように物干し竿が折れた。
「偽物とはいえ、燕返しが破られるとは」
そう、刹那はシロウが
「と、いう事は……?」
向けられた和美のマイクに、一呼吸おいてから宣言する。
「ああ、私の負けだ」
「エミヤ選手ギブアップ宣言! 桜咲選手の勝利だぁぁぁぁあああ!!!」
観客の大歓声の中、刹那は最初戸惑っていたものの、照れながらも笑顔を浮かべ観客席で手を振るこのかに手を振り返していた。
刹那の弱点であった心の弱さ。自分を過小評価してしまう部分は完全に取り除かれたようだ。
かといって、今の戦いを見る限り自身の力に慢心したり、冷静さを欠いたりしている様子もない。
経験はこれからいくらでも積んでいけるだろう。
剣と幸福……私は自分が幸福になることを容認できなかった。だが、刹那は自ら幸福を望むことができるようになった。それなら大丈夫だ。
「頑張れよ、刹那」
客席から駆け付けたネギやアスナ達に囲まれ笑顔を浮かべる刹那を見届け、シロウは会場を後にした。
体調を崩したりといろいろとあり、またも更新が遅れましたがなんとか27話を書き終えました。
皆様の感想は忙しく返信ができていませんが、ありがたく読ませていただいております!
また次回を待っていただけたら幸いです。
それでは、また次回!!