せーのっ、御幸くん! 作:槙明
先輩が倒れた、と報告を受けたのは五月に入って暫くしての事だった。
大会に向けてスタメンが動き、ベンチメンバーも決まっていよいよこれからという時に、部長のタナカ先輩が入院することになったのはとてもとても痛手である。
過剰なオーバーワークによる過労と故障。復帰出来たとしても春高には出られないと医者から告げられた。
私達一年生と二年生は顧問とコーチから深刻な顔でそう言われ、何とも言い難い空気を深く吸いながらただ黙っていることしか出来なかった。
「どうした、今日元気ないな」
「そう?」
誰よりも悔しくて誰よりも辛いのは先輩なのだ。私が悲しんでいる暇は一瞬もない。せめて先輩に優勝という文字を送ってあげなければ。
「いつもよりテンション低いし、話しかけられても返事が遅いから」
「何それ、御幸くん私の事好き過ぎじゃない?」
「それほどでも~」
「褒めてないやい」
先輩の事で頭がいっぱいで、今は誰に何を言われても上手く答えられる自信が無い。
こうやって御幸くんと話している間も、先輩の事を考えてしまっている。
こんなこと精神的にも良くないとわかってはいるのだけれど、どうしても頭から離れないのだ。
「でも冗談抜きで富永が元気ないのは心配」
「なんでよ…」
「だってお前に元気ねーと学年全体の元気度が下がんだもん。自分の人気度自覚しろよな」
「意味わかんないんですけど」
「だから、お前が元気ないと周りの奴らも元気なくすから、なんつーか、こう…あぁもうとにかく元気出せよ!」
私的には普段通りにしていたつもりなのだけれど、彼は人の細かいことによく気づくので先輩のことで落ち込んでいるのも何となく気付いてしまったのだろう。
わけもわからず励ましてくれる御幸くんがなんか面白くて、ありがとうとお礼を言った。
。* ❤︎… …❤︎*。
ーー休日。
「もう五月も半ばに差し掛かるんだね」
窓から外を眺め、先輩は切なそうに微笑んだ。
「…はい」
病院でのリハビリが終わり、少し休憩をすると先輩は椅子に腰掛けた。
付き添いできた私は久々に会った先輩の顔を見てなんて疲れた顔をしているのだろうと思ってしまった。
「ごめんね、こんな大事な時に私がこんなことになっちゃって」
「…いえ」
仕方ない事だと言えばそれまでなのだが、私はそれよりも先輩にどうして何も言ってくれなかったのかという怒りの方が大きく、まともに顔が見れない。
「凪沙ちゃん怒ってるでしょ」
先輩が視線を私に向けた。
怒ってる。とても。私は頷いて先輩の言葉を待った。
「…ごめんね、って凪沙ちゃんに言っても仕方ないんだけどね」
「私が原因ですか?今回の怪我」
「どうだろう、微妙なライン」
くすりと笑った先輩に心が痛んだ。
この際ハッキリ言ってくれればいいのに。
先輩が倒れたのは、先輩の肩の故障は私のせいだと。
「大体、故障は二年の一学期からだし。それを隠して部活を続けていた私に責任があるよ。オーバーワークもそう。全部自己責任」
「…」
「確かに、一年でスタメン入りした凪沙ちゃんに嫉妬しなかったのかと聞かれれば嘘になる。けど、その反面もっと頑張らなくちゃってやる気もでたし!凪沙ちゃんの気にする事はひとつもないよ」
そうでしょうか。
先輩は割と隠し事をする人だとここ数ヶ月で気付いてしまったので、こういうことに関しては信用出来ない。
先輩は暫く一人になりたいと言うので私は一足先に帰宅をさせていただくことになった。
正直シリアスな雰囲気になるのも嫌だったし、先輩が回復に向かって順調ならそれでいい。そう思うことにした。
ーーあの人どこかで…
ふと、別のリハビリ室の扉が空いているのが見えて、ほんの少しの好奇心から覗いてしまった。
その部屋にいたのは程よい筋肉のついた外国人のような顔つきの男性。
私は彼をどこかで見たことがある。
確か二年のーー
「野球部の人だ」
ぽつりと口から出た一言に、その男性の動きが止まった。
しまった、と思うと同時に男性がこちらを見て、私は後ろめたい気持ちからここを走り出してしまいたくなる。
「誰だ」
「すみません、覗き見するつもりはなかったんですけど…えっと、青道高校の一年富永凪沙です!!」
気が動転して何故か自己紹介と共に勢いよく頭を下げた。
覗き見をするつもりはなかったなんて言い訳、通用するはずもないのに。
「富永、御幸がそんな名前出していたような…」
なんだって?聞き捨てならない言葉を口にした先輩をじっと見つめた。
「安心しろ、悪い話はされてない」
「あ、はい…」
それは何よりです。
「ところで先輩はどうしてここに?怪我でもされてるんですか」
「……いや、知り合いの見舞いに来ただけだ」
「そうなんですね」
会話が途切れて、私はその場にいたたまれなくなった。
そっと帰る意思を伝えると先輩は気をつけて、と言ってくれた。
病院を出た後、何故か御幸くんが私の話をしてくれることに嬉しくなって、一人でにやけてしまったのは誰にも見られてなければいいな。