せーのっ、御幸くん! 作:槙明
四月前半。野球部に入部して早々怪我をかました俺は、保健室に直行して手当てをしてもらってすぐ部活に戻る予定だった。
でもその日保健室に先生はいなくて、もう動くのもめんどくさいし戻ってくるまで待とうと椅子に座って待っていた。
「失礼しまーす、…誰もいない?」
俺の後から保健室に来たであろう女子が、恐る恐るこちらに歩いてきた。俺の存在には気付いてないようだ。
「だれ?」
声をかければ驚いた顔で俺を見て、こっちのセリフですけどなんて言う。
長い髪を一つの束に三つ編みにした彼女は、どこかで見覚えのある顔をしていて、それがどこだったかは思い出せそうで思い出せない。
「血、凄い出てる。転んだの?」
「ん」
「早く消毒しなくちゃダメだよ、待ってて」
「え、いい。先生来るまで待つし」
「ダメダメ、傷口からバイ菌入っちゃう」
彼女は俺の怪我を見て慌てた様子で救急箱を漁り始めた。
これでも一応保健委員だし、と笑う彼女を見て、俺は思い出した。
「もしかして同じクラスだったりする?」
「え」
ーー後に、俺の手当をしてくれた彼女は同じクラスのクラスメイトだと分かり、それ以降よく話すようになった。
。* ❤︎… …❤︎*。
四月後半。高校生活にも大分慣れてきた頃、富永の所属している部活が大会でいい成績を残したと学年が盛り上がった。
他クラスの人が来ては口々に「お疲れ様」だの「おめでとう」だの言う。
彼女が人気者なのは何となく分かっていたが、ここまで同級生に好かれているのも中々珍しい気がする。
かくいう本人は声をかけられる度に疲れた顔をしていたが。
「優勝は喜ばしいけど、まだスタート地点に立ったようなものなんだよ。シード権得ただけなんだから」
彼女は頬杖を付きながら語った。
俺は「そっか」とノートに目を戻した。次の授業は数学か、そろそろ準備しないと。
「私本当はバレーしたくて青道来たわけじゃないんだ」
「へぇ、じゃあなんでここに?」
「本命の都立高校があったんだけどね、入試の前日にインフルになっちゃって受けられなかったの」
可哀想すぎて泣けるなぁ。
青道受けててラッキーだったと笑う彼女につられて俺も笑った。
「本命の都立高校いってたらバレーやんなかったわけ」
「うん、やるつもりなかった。でももう今はやるしかないもんねぇ…」
「やりたくねーなら辞めりゃあいいじゃん」
「一応スポーツ推薦だし、スタメンだから」
先輩と同級生から悪口は言われるけど、と彼女は付け足した。
「やりたくないけど、それでもやっちゃうの。バレー、やっぱり好きなんだよなぁ私」
「…分かるよ」
分かる。きっと彼女と話していてどこか落ち着くのは、俺と彼女は似ているからだろう。
一年でスタメン。周りからの期待と圧は計り知れないし、正直もうやりたくないと思ったことだってある。
でも、それでも俺は野球が好きだし、彼女もバレーが好きなのだ。
「ーーあのさ」
「授業始めるぞー!日直号令!」
言いかけた言葉は教師の声と鐘の音でかき消され、それから俺が口を開くことは無かった。
ーーあのさ、今度試合見に来てよ。
そっと心に留めた。