朝起きたら割烹着姿のライスシャワーが米を装っていた。   作:あああああ

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朝起きたら割烹着姿のライスシャワーが米を装っていた。

 何かの冗談か、と夢から醒めたばかりの頭で目の前の光景を疑ってかかった。

 都内にあるワンルーム風呂トイレ別キッチン付き。家賃はちょいとお高めだが駅まで徒歩圏内で、仕事場まで近い。そんな利便性に目をつけ借りた部屋だが、ともすればオートロック付きの方が良かったか。

 鍵を掛け忘れていた自分の不始末を不動産屋へ責任転嫁して、未だ朧げな思考の傍でせっせと朝餉を用意するパートナーに声を掛けた。

 

「……何してるんだライス」

「あ、おはようお兄さま!もう少しでお味噌汁出来るから待っててね」

「あ、ああ……」

 

 促されるがままに席につき、大きく揺れる彼女の耳をぼけーっと眺める。

 いかん。寝惚けているせいか、彼女が家に居る理由を聞けなかった。更に言えばこんな光景も悪くないと思っている自分がいる。なんならこれが本来あるべき光景で、自分は既に彼女と結婚していたのではないかと存在しない記憶さえあった。それくらい今の彼女の動作は自然で、新婚一年目の夫婦のような初々しさを感じられた。

 一息つき、頭を回して邪な考えを振り払う。……まぁ用意してくれている以上、食べなければ豚さんにも野菜さんにも嫁さんにも悪いからな。いや嫁じゃないけど。

 

「さぁできた。いただきますして食べよっか」

 

 湯気が立つお椀を食卓に並べて、彼女は朗らかな顔で席に着いた。やはり旦那としても料理を待つだけではなく手伝った方がいいのかと考えが過ったが、自分にできる事などたかが知れているし、何よりまだ結婚してなかった。というか今後もその予定はない。

 いただきます、と二人手を合わせて箸を持つ。ライス作の生姜焼きに舌鼓を打つと、ふとある疑問が頭を過った。

 

「そういえば、ライスは朝はパン派じゃなかったか?」

 

 名前こそ(ライス)であれ、フジパンのCMさながら朝パンを推すライスだ。当然の疑問とも言える。

 俺の質問にライスは気恥ずかしそうに頬をかいて、はにかんで答えてくれた。

 

「だってお兄さま、朝はお米のほうがいいでしょ?その方が元気が出るーって前言ってた」

 

 俺の嫁が健気過ぎる件。だが残念、嫁ではない。その笑顔を直視出来ずに顔を伏せた俺を誰が責められようか。というか感動のあまり泣きそう。思わず俺のソンも元気になりかけた。勿論冗談ですからね緑の悪魔(たづな)さん。

 確かに古代日本人たる俺は朝食米派で朝からガッツリ食べるタイプだが、それを察して自らの派閥を抜ける事さえ厭わぬ彼女に、寧ろ俺が米派パン派の派閥争いを止めるべく新たなライス派閥を生み出したい所存。

 なんてバカな事を頭の片隅で思いながら、彼女の手料理を五感で味わう。なぜ人体には感知能力が五つしかないのだろうか。この幸せを噛み締めるのに五感は少な過ぎる。いやしかし待て。この幸せを誰かと共有出来るのならばそれはもう実質十感では?そしてその誰かが幸せを与えてくれる本人ならばもはや無限では?ヤバいなライスの時代来てるわこれ。全人類ライス化計画も検討しよう。

 

 恙なく朝食を食べ終え、「俺が洗うよ」「いいから、お兄さまは休んでて」「いや俺が」「いいから」との応酬も行ったあと。洗い物をする割烹着姿の細君の家庭的な後ろ姿をソファで寛ぎながら眺める。俺ってばいつ結婚したんだろ。

 さて冗談も程々に、いい加減向き合わねばならぬ現実がそこにある。ため息をひとつ挟んで、小さくも頼れる彼女の背に言葉を投げ掛けた。

 

「そろそろ結婚するか」

「ふぇ?」

「あ、間違えた」

 

 あまりの幸せ過多に脳内真っピンクお花畑桜咲く状態だったらしい。そもそも彼女とはただのパートナーなのだ。結婚どころか付き合ってすらいないんだぞ。こういうのは段階を踏んで夜景が見える最上階レストランで食事もほどほどに楽しんだあと何気なく綺麗だと呟いて夜景かと問う彼女に首を振って君のことだと告げたあと胸ポケットから取り出した指輪を彼女に差し出してから結婚してくださいと言うべきだろうがクソが。

 気持ちの悪い妄想を脳内で垂れ流しつつ、頬を紅潮させるライスに、バクシンオーが駆け回る脳を駆動して言葉を探す。ライスが真っ赤になってお赤飯みたいだね、なんてジョークが浮かんだが、今それを言えば冗談では済まない。一瞬だけ長女、長男、次女と家族五人で幸せに暮らす未来が見えた。俺の脳内、ピンクどころか還暦祝いのちゃんちゃんこ色に染まってる。

 

「あ、あぁっと……その、ライスはどうしてここに?」

「へ?どうしてって?」

 

 何を言ってるのか理解出来ずに首を傾げるライスに、視線をゴキブリの如く縦横無尽に這わせながら言葉を紡いだ。

 

「いや、ほら……ここ、俺の家、だし?」

 

 途切れ途切れだし、最後に至っては疑問系。本人の性格同様、ハッキリとしない物言いが彼女の目を潤わせる。

 

「もしかして迷惑……だった?」

 

 我、切腹いたす。

 彼女の申し訳なそうな表情と涙目上目遣いが俺の良心にダイレクトアタック。精神はきたねぇ花火になり、俺は生まれて初めて心の底から震え上がった。罪悪感と申し訳なさに涙すら流した。

 死んで償うしかない。でも死んだら余計悲しい思いをさせてしまう。こうなったら責任取って結婚する事も吝かではないし寧ろ結婚式のライスシャワーをライスシャワーと浴びて笑い合う未来に胸が焦がれる。結婚したらなんて呼ばれるんだろうなー。旦那さまかなー。いや結婚はしないんだけども。

 

「迷惑な訳ないだろ」

 

 何なら毎朝俺の為に味噌汁を作ってもらいたい。でも毎週日曜日くらいはパンの日にするつもりだからスープにしてもらいたい。コーンスープやコンソメスープは定番だが、他に何のスープがあったかな?お味噌を溶かして味噌スープなんてのもいいかもしれん。いやそれ味噌汁じゃん。

 相も変わらず思考は明後日の方向に舵を切って、なかなか迂回してくれない。そんな思考はさっさと沈めてしまって、ひとつ確かな事を言った。

 

「まぁ、その……ご飯、美味しかった。ありがとうな」

「……っ!うん!また作るね!」

 

 ぱぁっと花開くように咲うライスを見て、こちらも暖かい気持ちになる。やはり夫婦円満の秘訣は日頃から感謝し、それを相手にきちんと伝える事か。是非とも世の中の夫婦は俺達夫婦を見習って欲しい。夫婦じゃないけど。

 

 でも、願わくば──彼女とその様な関係になりたいと、割烹着姿の少女をその目に焼き付けて、想いを馳せる自分がそこに居た。

 

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