【よく見ておくのだな。
実戦というのは、ドラマのように格好の良いものではない】
――機動戦士ガンダム シャア・アズナブルより
私は一介の記者である。
そんな私は一人の女……ある存在を追っていた。
「『赤い彗星』シャア・アズナブル」
チームは不明。トレーナーも存在しているとされているが、誰も目にしたことはない。
多くのウマ娘やトレーナーは彼らのことになると口を閉ざすか、そもそも存在を知らないと言い張るのだ。
だが手掛かりはある。目の前にいる紫色の小さなリボンを付けている少女。
『日本総大将 スペシャルウィーク』その人である。
彼女は今回の取材を快く受け入れてくれた。
彼女のチームトレーナーである『沖野トレーナー』にも了承済みだ。
目の前の少女は笑いながら私に視線を移してくれている。
チームスピカの”太陽”と呼ばれているのも納得する朗らかさである。
「貴方にとって『赤い彗星』とはどんな存在か?」
独占インタビューに訪れた記者は目の前のウマ娘に聞いた。
――『赤い彗星』・・・ですか?
私にとってはお父ちゃんのような存在なんです!
えっ、男性。ですか?
それは違いますよ!? 確かにお父ちゃんみたいな人ですけれど・・・
私にはお母ちゃんが二人いるんです。でもお父ちゃんはいません……
いつも少し寂しかったんです。それを“師匠”が解決してくれたんです。
師匠ですか? 記者さんの言う赤い彗星のことです。私が学園に来た頃、スズカさん以外に信頼出来る人がいなくて困っていました。トレセン学園は友達がたくさん増えて仲良しな一面、心の内にあるのは他者との競争です。“ウマ娘”である以上は一位を取ることを求められちゃう・・・ そんな競争を不安に思っていた時に出会ったのが師匠です。
師匠は違いました。『彼女』は勝利を追い求めていなかった。
――珍しいウマ娘なのですね。どんな風貌をしているのです?
えっ、どんな風貌かですか? 髪がすごく綺麗なんです! それはもうスズカさんみたいに!! あっ、今のはスズカさんには内緒にしてくださいね。そうだなぁ、一番近い風貌だと『ゴールドシチー』さんが近いと思います! 髪がサラサラしていて、色は輝く黄色なんですけど・・・。
――スペシャルウィークはそこで顔を顰めて困っていた。
「髪の一部を染めているんです」
「髪の毛をこうやって後ろで縛って、先端を白く染めているんです」
スペシャルウィークは記者に髪を括る動作をしながらその姿を表現していた。
私も何度か聞いたことはあるんですけど「私は多くを語りたくない」って拒否されちゃいました。でも先輩達から聞いたことがあります。
師匠・・・いえ、シャア・アズナブルは”他の世界”から来たんだって。
残念ながらその証拠はありません。グレードレースに出るようになってからは師匠と会う機会も減っちゃいましたし、今では直接会うことはなくなりました。SNSでは連絡を取り合ってるんですけどね・・・えへへ。
――ということは現在の情報も不明瞭ということですか。
そうなってしまいます。でも師匠は強いんです。
トレセン学園で勝てるウマ娘がいるなんて聞いたことがありません!
――それはおかしいな。彼女の戦績は公式上で二位ばかりでしょう?
スペシャルウィークは何も知らないのだなという顔をしていた。
それはまるで私が暗黙の了解を知らないという顔だったのだ。
それからは終始無言が続いたが、先に口を開いたのはスペシャルウィークの方であった。
「・・・『エクゥス・クルーリス』を記者さんは知っていますか?」
聞いたことが無い名前であった。
単語の発音からはラテン語のような印象を受けたが、その意味を私は知らない。
「エクゥス・クルーリスは裏で行われている『無規定賭博競走』のことです」
ウマ娘達を取材した時に幾つかの驚きがあったが、これが初めての出来事だった。
「私の師匠はそこで『無敗の総帥』と呼ばれているんです」
私が知っている赤い彗星の評判とは大きく異なる二つ名であった。
赤い彗星は入賞することがあっても”勝利”は絶対にありえない。それがURAにおける常識であり、周囲の評判だった。その名前はナイスネイチャの『ブロンズコレクター』と同じで、賞賛はされども勝者という名前に相応しいものではなかったのだ。
だが、目の前にいる幼い顔をした少女が語っているのは一体誰なのだろう。不敗? そんなはずがない。それはURAの記録が事実を示していたのだから。勿論、そのような存在はいる。『皇帝』『芦毛の怪物』『英雄』・・・そして『日本総大将』。
しかし、そのどれにも”不敗”という名を冠してはいない。そして不敗などウマ娘にはありえない話である。彼女達は血の滲むような努力と負けを乗り越えて、その中で生き残った者であるからだ。それは上記に挙げた二つ名を持つウマ娘も同様にである。
「シャア・アズナブルは待っているんです」
少女はその太陽のような笑顔を少し落として言った。
――誰を?
「本当に闘いたかった”ウマ娘”と、です。まあ噂程度なんですけどね。えへへ・・・」
隠し笑いをしているが、スペシャルウィークというウマ娘がそのことに嫉妬しているのを私は理解した。人もウマ娘も大切な者の一番になりたいのはいつものことである。だがその存在が自分も知らぬ他人である時、人はどう思うのだろうか。
「師匠は自らを『敗残兵』と呼んでいます。そんなことはないのに・・・」
赤い彗星への認識が誤っていたのかもしれない。
そう思っていた頃、スペシャルウィークは自身が入学した時代を語り始めた。
「私と師匠が出会ったのはチーム『スピカ』に入る前のことです――」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私、スペシャルウィークが入学したのはもう三年前になります。
あれはレースに負け続けて落ち込んで泣いていた日のことです。友達になったばかりのスズカさんに慰められて床に就く。そんな日ではありませんでした。北海道のお母ちゃんに申し訳が立たなくて泣いて泣いて・・・。気がついたらトレセン学園の大きな木の傍で座っていました。その時にシャア・アズナブルと出会ったんです。
「ごめんなさぃ……ぉかぁちゃん……っ」
月明かりと満天の星の下、私は一人で泣いていました。
「一人でどうしたんだい? お嬢さん」
いつの間にか、知らない人に泣き言を聞かれていたと恥ずかしくなり、後ろを振り向きました。
そこには長身で綺麗なブロンド髪の女性がいたんです。
女性の服装は火星のように綺麗な赤を基調としていました。
「す、すぃません。泣き言を……っ。聞かれてしまったみたいです」
「辛い時は泣けばいいさ。それが全ての人に与えられた特権だから」
「あ、あの私はスペシャルウィークっていいます。おねえ・・・先輩のお名前は?」
女性は困ったように私に視線を向けました。
それはまるで自分に名前が無いとでも言いたげな表情でした。
「・・・『キャスバル・レム・ダイクン』それが私の名前だよ。お嬢さん」
そうして私達は星空の下で話し始めました。
どうして泣いているのか、友人はいるのか、トレセン学園での出来事などです。
他愛もない静かな会話が続いていました。
「そうか、君には友人や大切な家族がいるんだね」
「はいっ! お母ちゃんが二人に、スズカさんという大切な友人がいるんです」
「大切にするといい、親と友人は一生の宝物なのだから」
「キャスバルさんに家族はいらっしゃるんですか?」
「私に家族はいないよ」
「ご、ごめんなさい」
「気にしなくていい。今のは誇張表現だ。ちゃんと両親がいるさ」
「もう! 冗談はやめてください! てっきり家族がいないものだと・・・」
キャスバル・・・いえ、シャアさんは悲しそうな顔で天を見上げていました。
「全ては神に与えられた罪さ。この私でさえもね」
その顔は悲しそうで、苦しそうで罪を償う人のような横顔でした。
「どういうこと――」
「さてスペシャルウィーク君、少し走ろうじゃないか」
会話を遮って師匠は私を夜中の併走に誘ってくれました。
結局、その意味を当時は聞くことは出来ませんでした。
お返事ですか? ウマ娘にとって併走は特別なんです。勿論、受けました。
一緒にトレーニングをするということは、心を許しているということを示す一つの愛情なんです。
師匠は外のウマ娘用の公道を利用して、私と一緒に走ってくれたんです。
しかし私がいくら本気を出しても、絶対に前を譲ってくれませんでした。
不思議に思ったことが『足音が全くしなかった』ことです。
師匠の周囲に『宇宙』があるみたいに。
そして併走しながらいつの間にか海岸に来て、
師匠との楽しい併走も、終わりを迎えようとしていました。
そうするとトレセン学園に戻るのが苦しくなって・・・
また泣きそうになったことを覚えています。
「君は勝負から『逃げるつもり』なのか?」
私の顔を見た師匠は察したように言いました。
「ち、違います。ただ、勇気が出ないんです。もし次も負けると思うと・・・」
「負けることは悪いことではない、最終的に勝者になればいいんだ」
続けて師匠は言いました。
「君の力強い走り方は常に私に追いついていた。途中抜かしかけた場面もあった」
「それはまるで『流れ星』のようだった」
「流れ・・・星?」
「君は理解していないが、スペシャルウィークは才能の塊のようなものだ」
「自分だけの走り方、そして自らの才能に気づくべきだ」
「あの流れ星のように君は輝いているのだから」
その言葉は今でも私を励ましてくれています。
そして終盤、追い込みの名前の語源にもなっています。
『シューティング・スター』
解説で言われている、私の固有走法は師匠のヒントがきっかけです。
お母ちゃんやスズカさんを思って走り続けた先の景色。
気づかせてくれたのは間違いなくシャア・アズナブルでした。
「さあ、帰ろうか。トレセン学園へ」
夢のような一晩は終わりを告げて、
朝日が昇る中、私は自らの寮に帰宅しました。
不思議なことに栗東寮の皆さんやスズカさんは、何も言わず受け入れてくれました。
寮長のフジキセキさんが、少し苦い顔をしていたのを今でも覚えています。
「キャスバルさんは帰られないんですか?」
「私に寮はないよ…それに」
私を背中に乗せたキャスバルさんは続けます。
「私の名前はこれから『シャア・アズナブル』と呼んでくれたまえ」
私は疑問を覚えました。
「シャ、シャア・アズナブル?でも本名は・・・」
「私の名前はシャア・アズナブルさ、前の名が偽名だったという訳だ」
「そうなんですね! ありがとうございました!! シャア・アズナブルさん」
「スペシャルウィーク君、また会おう」
彼女は凄まじいスピードで駆け抜けていきました。
その光景は私が見たどのウマ娘よりも早かったかもしれません。
そうして私はチームスピカに入ることになり、今があるんです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――私は驚くばかりだった。
シャア・アズナブルは本名のはずだ。
何故ならURAに登録されているのはその名前なのだから。
では、少女が語る『キャスバル・レム・ダイクン』とは誰なのか。
そして『宇宙』『無音の走法』こんな話は聞いたことが無かった。
謎は深まり、私は自分が信じていた『赤き彗星』という概念が崩れていた。
彼女は一体誰で、何故少女に干渉し、助けたのか。
それは何かの罪から逃れるためなのか、それとも・・・
情報が足りなさすぎる。
そう思いスペシャルウィークに、私はもっと彼女のことを聞きたいと迫った。
その時に丁度現れたのは、緑のカラーを基調とした格好をしているウマ娘。
『異次元の逃亡者 サイレンススズカ』であった。
「ちょうど良いところに師匠を知っているウマ娘が! スズカさん!!!」
こうして私の取材は続いた。
次に証言を聞くのは彼女になりそうだ。
【スペシャルウィーク】:
ウマ娘プリティーダービーの主人公。
紫色が特徴の田舎娘。
好きな人はサイレンススズカとトレーナー。
二つ名は『日本総大将』
※訂正について
ナイスネイチャの称号を『シルバー』→『ブロンズ』に変えました。
訂正をお詫びします。