『競争社会は、能力を磨く社会であって、他人を蹴落とす社会ではない』
――村上龍 より
――現在『にんじんラウンジ
私は記者。ただのしがない報道関係者だ。
神秘のウマ娘『赤い彗星』の調査中である。
此処を紹介してくれたのは、トレセン学園の雄姿。
『白い稲妻 タマモクロス』であった。
夜が更ける頃、トレセン学園は一部を除いて静まり返る。
ウマ娘寮の規則は厳しい。それは彼女達の健康に気を遣っているからだろう。
そんな規則ばかりの生活では息苦しいばかりだ。
そこで用意されたのが『学園内の個人経営店』である。
これは学園長の承認を受けた者、URAファイナルを終えたウマ娘達が、個人的に経営をしている。特に人気なのは『週末限定 ファインモーションのラーメン屋』『にんじんラウンジ
この店はトレセン学園内の寮の裏側にひっそりと存在する。
一見するとただの倉庫にしか見えないので、外部の者は理解できない外装である。
私が夕方に訪れた時も、この場所で本当に正しいのか不安になった程である。
そんな質素な外見と裏腹に、内部の作りは『圧巻』の一言だ。
入り口から驚かされるのは、片側一面が『ガラス張り』で部屋全体は薄暗い。
その向こう側はトレセン学園が存在する、府中市を一望できる絶景だった。
部屋は紫色を基調として、木材を使用した赤色の家具が並べられている。
この施設を建造した者は余程、好き者であったらしい。
都内でもこのようなラウンジを見つけることはまず難しく、その力の込めように私は感心するばかりであった。
入り口前にはバーカウンターが並び、壁には様々なウマ娘の栄光が飾られている。そこに国籍は関係ない。ウマ娘の勝利が写真や新聞で埋められているのだ。
奥には大型液晶テレビと離れてソファー、コーヒーテーブルが並ぶ。
大人数で訪れることも想定しているようで、その準備もしているということか。
間違いなく一般公開されていれば、大量の人が押し寄せる人気店舗になることは間違いなかった。
そんな店を私は一人で利用している。
貸し切りではなく、”ただ人が居ないだけだ”とマスターが言っていた。
そういえば、マスターも変わっている。髪がブロンドだということ以外が分からない。
それは変わった仮面を被っているからだ。何故、顔を隠すのかは聞いても答えてくれなかった。
そのマスターとの出会いを私は記しながら、酒を飲み私は待つ。
このラウンジに入室した時の会話を思い出しながら――。
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――この日は酷い雨が降る夕方だった。
空は夕日を雲が隠して、暗雲から大量の雨が降りしきる。
そんな中、私はトレセン学園を訪れていた。
生徒会長のシンボリルドルフからタマモクロスを紹介された後、案内されたのは木で作られた扉の前である。
「タマモクロスは今日の夜に此処で待ち合わせだと言っていた」
《ありがとうございます、貴方はご一緒しないのですか?》
「私には、やることがあるんだ。これでも忙しい身でね」
《それは残念です。もう少し貴方と赤い彗星のことを聞きたかったのですが》
「それならタマモが全て話してくれるよ。彼女の方がより詳しい」
《何故、タマモクロスという人物は貴方よりも詳しいのでしょうか?》
「聞いてみれば分かるよ、それでは」
彼女は付き添いのエアグルーヴと共に生徒会長室に戻っていった。
・・・数分後
私は魔法の扉を開こうとしていた。
それは通常、押したり引いたりすれば動作するはずだった。
しかし、ビクともしなかった。まるで私を遮るかのようであった。
どうしようもなくなった私は、扉に声を掛ける。
《すみません。タマモクロスさんに紹介されたのですが・・・》
扉に私は話しかける。端から見れば馬鹿な光景だ。
少し待った後、扉の上にあった小窓が開いた。
中には、オペラ座の怪人のマスクをした人物がこちらを覗いていたのだ。
「タマモクロス様からの紹介ですね。どうぞお入りください」
魔法の扉は開いた。
それは合言葉で開いたかのように、機械の小さな駆動音と共に開閉するようだった。
扉前に仮面の人物はいない。どうやら私よりも先に奥に向かったらしい。
その薄暗い入り口に私は入る。扉を抜けると豪華絢爛なラウンジであった。
ラウンジのカウンターには先程の仮面がおり、こちらを見つめている。
「ようこそ、『にんじんラウンジ
その声から入り口では気づけなかったが、
”
《ここは・・・ラウンジですか?》
私は見渡しながら観察していた。
「はい、そうです。お座りになりますか?」
私はその声に引き寄せられ、席に座る。
「アルコールもございますが、何かお飲みになられますか?」
”アルコールも”とはどういう意味だろうか。
通常のラウンジでは、アルコールの飲み物しか提供されないはずだ。
「その様子だと知らないご様子ですね。
『ウマ娘』は『
《『
「ある一定の濃さを超えると高揚・陶酔感を得るらしいんですよ。
まあ、私は人なので理解出来ませんが」
「ならマスターはどうして提供できるんです?」
「協力者がいるんです、試作品チェックの娘がいるんですよ」
《それなら納得がいきます。あぁ”ブラッディ・メアリー”を一つ》
「かしこまりました」
こうして私は待つことにした。
マスターは仮面を被った不審な人物であった。
それでも物腰は柔らかく、如何にも万人受けするだろうと感じとれた。
取材者を待っている間に歴史を聞いてみると、新しく開店したラウンジだという。
それもあるウマ娘の資金で経営しているのだから、私の興味はそちらに惹きつけられた。マスターの話を聞きながら私はアルコールを飲み続け、いつの間にか酒に弱いことも忘れていた。正常な思考が出来るようになった時は、既にソファーに寝かされていた後であった。
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私がラウンジに訪れて幾ばくかの時間が経過した。
酒に弱いのは昔からである。この時ばかりは失敗したという気持ちが私の心に広がりながら、酔いという甘美な心地に身を堕とすことになった。
酔いに夢中になっている時、ふと横を見ると小さな少女が座っていた。
少女はこちらの方を見て心配そうに問いかける。それは母が心配する視線に似ていた。
「兄さん、大丈夫かいな」
流暢な関西弁を話す少女がいる。
《えぇと・・・貴方はどちらさま?》
酔いの世界に夢中になっている私の返事は曖昧であった。
「兄さんな。こういう場所で酔っちゃいかんって、親に教わらなかったんか?」
呆れるような仕草をしながらも彼女はマスターにお水を注文していた。
《こぅいう場所は苦手なんですぅょ……》
「ホンマ面倒くさい、兄さん記者やろうに」
《面目ありまぁせん・・・》
会話が一区切りした後、私はラウンジのカウンター席からソファーへと運ばれた。少女は私をいとも簡単に運んだ。体格に似合わないその力は彼女が『ウマ娘』であるという証拠だと酔いが覚めた後に理解した。
ソファーで少し休憩し、酔いが覚める頃。私は顔面蒼白になり、待ち合わせしていた人物を見る。彼女は私を介護してくれた当人であった。その名前は『白い稲妻 タマモクロス』と呼ばれている。
その伝説を知らぬ者は競バファンに存在しない。幼少期の頃、関西の土俵にて才能の片鱗を見せた彼女は地方を荒らし続けた。その結果、生まれ故郷の競バ場からは出禁を定められた。
そうしてトレセン学園へと移り、その能力は正に『白い稲妻』と評されるまでになった。彼女を知る多くのウマ娘は証言する。彼女が追い込む姿には、雷神様が宿っているのだと語る。だから体が自然と道を空けてしまう。それは自然災害に対する生物本能なのだから。
そんな伝説を持つ彼女を間近で拝見すると一人の少女だった。雷神様のようなイメージで伝わる女性も、ターフの外ではこのように可憐なものか。
私は彼女を観察しているうちに酔いなどすっかり覚めてしまった。
「兄さん、目が血走ってるけどホンマ大丈夫か?」
これは癖なので気にしないでほしいと思ったが、敢えて言わない。
《ええ、癖でこうなるんです。気にしないでいただけると助かります》
「それならええんや、それでウチに聞きたいことがあるんやろ?」
「はい、タマモクロスさん。貴方は『赤い彗星』をご存じだと聞きました」
私は直球で質問を投げかけた。このような人物に遠回しな言い方は失礼にあたる。
「あんさんは随分とハッキリした人やな。気に入ったで! たっぷり話したるさかいに!」
少女は笑顔を見せた。私を少なくとも認めてくれたようだ。
《ありがとうございます》
「でもその前にウチにも何か飲ませてや」
《せっかくなので奢りますよ》
「ほうか、なら依頼料ってことでええな。マスター! 『特濃にんじんジュース』」
「かしこまりました。タマモクロスさん」
ラウンジのマスターは静かに答える。彼はあくまで空気に徹していた。
「さて、どこから話そうかい・・・」
「せやなぁ、最初はウチの少女期から話を始めよか」
こうして少女は生い立ちと現在までの生活を含めて、
『赤い彗星』の話を私にしてくれた。
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ウチの名前はタマモクロス。
まあ今更、紹介することでもないわ。出身は大阪生まれ大阪育ち。
得意なことは走ることだけ。昔はもっと強い奴と戦う為に走ってた。
それが変わったのは中学校に入った頃やな。実を言うと、おかんが病気になってもうて大量の金が必要になった。で、何をしでかしたかというと『
唯一の資本は今も昔もこの体だけや。兄さん? 今、変なこと考えんかったか? 全く兄さんはエロいお人や。でもな、実際にそういうことをするウマ娘も後を絶たんのや。
なんでやと思う?
正解は『ウマ娘は妊娠を自分で決めることが出来る』から。
もちろん相手は必要やでぇ? まあ、その性別は選ばないんやけどな。
えぇ!? 知らなかったんかい!! 兄さん記者やろ・・・
ウマ娘は『無生殖動物』や。じゃあなんで子供が生まれるのかって? そら三女神様のおかげやがな。えっ、科学的に解明されていないのかって? 兄さんは『科学主義者』って奴やろ。残念ながら科学でも解明されてない。ウチらの体は未解明の部分が多いってことやな。神さんにお祈りを捧げてパートナーと親密になる。そしたら目出度く、ご懐妊って訳やな。
話が逸れてしもうた、ごめんやで。ウチも体を売る商売に悩んだ時期はあったけどな、ウマ娘の魂だけは売れんかったさかい。結局は賭博レースに出たっちゅうわけや。兄さんも気づいているやろうけど、『エクゥス・クルーリス』は普通のレースやない。トラックなんか無い時もザラや。それこそ公道がレース会場なんてこともあったわ。
名前の通り何でもありや。談合・妨害・競合・ドーピング……etc。つまりは勝利の為になら、どんなことも出来る精神が無いと勝てないって訳やな。その代わり賞金も半端やない。
兄さんは、ウマ娘の現役収入が幾らか知っとるか? G1を勝ち続けたウマ娘でさえ、ざっと【7億円程度】にしかならん。十分やと思ってるか? よう考えてみい、かの【シンボリルドルフ】がこの金額やってことや。
勿論、これは正しい金や。ファンからのご祝儀、グッズ販売の分け前、卒業後のレース賞金支払い、なんかがこれに該当する。勿論、卒業後の収入はカウントしてないで。
でもこれは【優秀なウマ娘】に限られた報酬や。
殆どのウマ娘はこの賞金すら支払われず、結果的に卒業に至ってしまうことが多いんや。さらに優秀なウマ娘は学園にOBとして残る権利すら与えられる。そうなれば実質、将来的な食費や住居費が卒業後も保証される訳や。
『唯一抜きん出て並ぶ者なし』
この言葉通り【URA】という組織のシステムは勝者に優遇されるシステムになっとる。でも兄さんも聞いて思うことはないか? そうや、圧倒的に弱者に不利なことが多すぎるということや。創設当初よりも卒業後のアフターケアは増えて、勝者以外のウマ娘に対する扱いがまともになったのも事実なんやけどな。
それでも格差は埋められん。結局は”補填”程度にしかならへんのや。
だから人々は考えた。【URA】主催以外のレースを自分達で秘密裏に行えばいいんやとな。そうすればウマ娘達は現金を即金で入手でき、観客と投資者は資金が潤う。
こうしてWinWinな関係のおかげで摘発されることなく、今も裏では行われ続けているってわけや。
前置きが長くなったが、ウチはこのレースに中学生の時に参加することになった。
一対一のレースで、死ぬほど稼げると当時の仲介者に聞いてな。体を売るよりはマシやと気楽に考えて出場したわけや。
そんで出会ったのが、まだ若い時代の『
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不死鳥の刺繍を金色の糸で縫っている紅の軍服を身に纏った仮面の変態女。
そんな舐めた感想が奴への第一印象やった。
でも走って理解は変化した。あれは少女の姿を被った化け物だって認識にな。
どうしてかって? そら兄さん、ウマ娘が全身から流血しながら走る姿を見たことあるか? 無いやろ。ウチもあの時に初めて遭遇したんや。
流血はあまりにも早すぎる周囲の空気圧によって気化し、『赤い靄』になって周囲を覆うんや。圧倒的なスピードが靄を後ろへ放置して疾走し続ける。
赤い靄とスピードの異常さが相まって奴さんは『赤い彗星』って呼ばれるようになった。
本物の”怪物”や。ウチは色んなウマ娘と闘ってきたけどな、血を流しても平気で笑いながら走れる奴を見たことない。『芦毛の怪物』も『天才的な戦争屋』もあれから見れば優しく見える。だって二人はレース中に泣いたり笑ったりするが、あいつはそれが一切無い。
常軌を逸した狂バであるとよく言われるらしいが、どこまでが本当で何が正しいのかはウチにも分からん。でも理解できてまうんや。あいつは目的のためなら間違いなく、自分自身を犠牲に出来る。そんな危険を孕んだウマ娘なんや。
ウチも当時は全盛期やないけど、縋り付いた。結局は奴さんに届くことすら無かったけどな。そしてレースは幕を閉じる。ウチはなけなしの参加賞金だけ貰って帰宅した。おっかあの治療費や弟や妹の生活費はどないしようって考えながらな。
そして、ウチの家にあったのは大量の現金が入ったアタッシュケースやった。
布団にいたおかんが言うには、赤い仮面の女が自分に渡してくれと言われたってな。
中には「母を大事にしろ、そして二度と出場するな」と注意と脅迫が添えられた紙が導入されてたんや。最初は舐めくさりよってと思った。自分は負けたのに、敗者に情けをかけるのかってな。そして泣いた。悔しさで泣いてた訳やない、その暖かさに心が溶けたからや。
それでおかんは無事に手術を受けて回復。弟妹は元気に学校に登校して暮らしとるわ。
『赤い彗星』はウチのライバルや。
次は”表の舞台”で勝つ。
そんでトレセン学園に来て、親友二人に出会って今があるっちゅうわけや。
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「まあ、そんなところやな」
特濃にんじんジュースを空にした彼女は、惚けた顔で答える。
既に陶酔感が行き渡っているのだろう、それは顔の火照りから察した。
対戦していた『赤い彗星』は最早ウマ娘であるのか分からないほどに生物を超えていた。
彼女を一体何がそこまで動かすのだろうか、益々知りたくなってくる。
他に痕跡は無いものだろうか、一通り話し終わったタマモクロスにそのことを聞いてみる。
「ウチよりも詳しい人はそこにおるやん」
彼女の指はマスターの方を指さしていた。
《ま、マスターが?》
私は思わぬ答えに言葉がつまる。
「・・・」
仮面の男は無言のままである。
「なあ、もう隠さんでええやろ『オリヴァー・マイ』はん」
《・・・?》
私は彼女が何を言っているか数秒間、理解できなかった。
「仕方がありません」
彼はマスクを取る。そこには金色の髪をした真面目そうな青年が立っていた。
「はじめまして、記者さん。私がオリヴァー・マイです」
こうして私の夜は更に過ぎていくことになった。
【タマモクロス】:
みんな大好きタマちゃん。
ちんちくりんでかわいい芦毛の子。
ちんちくりんだと本人に言うとキレる。
担当トレーナーは許されるらしい。
小さい頃に暴れまくったせいで、
地元レースから出禁を言い渡された悲しい女である。
この世界線のタマちゃんは、自分でおかんの治療費を賄おうとしたらしい。
家族想いの良い女。
二つ名は『白い稲妻』
【
URA非公認の民間主催の賭博レース。
多くのウマ娘と人々の欲望により、開催され続けられている。
ウマ娘が走れる場所なら何処でもレース場になり得る為、法の適用が無い。
トレセン学園などの団体は存在を反対している。
しかし、ウマ娘全員の望みを叶えてやれないという現実を知っている為か。
放任されているのが現実である。