ようこそ怠惰至上主義者の教室へ   作:贋作者

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ヒラタクワガタ

 

 俺が少女に殺害されそうになる中、突如として、その騒がしい教室に1人の声が響いた。

 

「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな?」

 

 今更面倒なのでその声の主の方向を振り向かず、俺はそいつへ感謝する。

 そいつのおかげで少女は殺害を取りやめてくれそうだ。

 ……ああ、本当にありがとうございます……誰だか知らないが、面倒になるまでは感謝しておいてやらんことも──

 

「僕らは今日から3年間、同じクラスで過ごすわけだし、今から自発的に自己紹介をしていかないかい?一日も早くみんなが友達になれたらと思うんだけど、どうかな?」 

 

 ──黙れよゴミクソが……!

 

 俺は奴の正気を疑う台詞に思わず振り向き、その顔を見てさらに正気を疑った。

 

 …………なんだこのイケメン野郎は。てめえその顔面剥取って俺にわたしやがれ……俺は今すぐ誰かに養ってほしいんだよ。その整った顔があれば皆きっと勝手に貢いでくれるはずだ。

 

 それに……お前自己紹介とかしたくねえに決まってんだろクソ面倒くせえんだからダボが。

 この裏切り者が。絶対に感謝なんかしてやらねえ。

 

 ……俺が憎悪を募らせる中、ヤツがイケメンだからか、最初にとある女子が同意し、それを火種にクラス中の人々がヤツのおぞましい案に賛成していく。やはり顔か……ちっ、今すぐその顔面を俺によこせ。

 

 俺は必死の抵抗として中指を立てようとしたが、指を動かすのが面倒くさかった挙句、イケメンの前には全てが無力だろうと予測がついていたので、やめておいた。

 

「僕の名前は平田洋介(ひらたようすけ)。気軽に下の名前で呼んでくれると嬉しいかな。趣味はスポーツ全般、特にサッカーが好きで、この学校でもサッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

 イケメン野郎こと平田はまるで台本でも呼んでるかの如くスラスラと自己紹介を終えた……っておい待てなんか自己紹介やる流れになってないか?

 

 今からでも遅くない。考え直すんだ。自己紹介などという非生産的行為にエネルギーをつかうなど、無駄だとは思わないか?どう考えてもその時間を机に体を寄り掛からせ、人類の叡智の塊こと椅子に座るだけの至福の時を過ごしたほうがいい。しかもそれにエネルギーを使う必要はなく、むしろ逆にエネルギーが貯まるときた。ほらほらここまで考えたら分かるだろ?絶対に自己紹介などというクソゴミ儀式はしないほうがいい……!

 

 と、思わず叫びたくなったが、さっきと同じように、面倒な挙句イケメンの前では全てが無意味な気がし、やめておいた。

 

「端から自己紹介を始めてもらいたいんだけど……いいかな?」

 

 平田クワガタは端の席に座る女に確認を取りにいく。

 ……そして、その間に俺は考える。

 

 ……どうする?この場から離脱するか?流石に強制じゃないだろうし、たとえ強制だったとしても、俺は絶対に逃げ切ってやる。

 

 ──だ、だけど……正直言って、動きたくないっす。手も足も何もかも、もうこれ以上、動かしたくないっす。うん。普通に。

 

 今日は普段は使わないはずのエネルギーを使わざるを得ない場面があまりに多すぎた。まるでこの世全ての厄災が俺に降りかかっているかのような今日という日。世界の人々は俺に感謝し養ってほしい。

 

 そんなことを俺が考える中、フィリピン産テイオウヒラタクワガタは次々と皆に自己紹介をさせ始める。

 すると、俺は一つ、名案を思いついてしまった。自らの頭脳に我ながら惚れ惚れする。

 

 俺はまるで馬のフンでも食わされているかのような顔をし、クソ面倒だ、と思いながらゆっくりと顔を後ろへ向け、綾小路うんたらかんたらさんへと小声で話しかける。

 

「おい、今すぐ俺をお姫様抱っこしてこの場からさってくれ」

「は?」

 

 何を言ってるんだこいつ、と、言った感情が込められているかのような、は?という一言。

 ふむ……どうやら……

 

「綾小路には物事を簡潔に纏める能力があるらしい。と、いうわけでその能力を活かし、今すぐ俺と荷物を纏めて教室から出て行ってくれないか?」

「いや何がと、いうわけでなのかさっぱりなんだが」

「分からないか?まあ、仕方ない。と、いうわけで今すぐ運んでくれ」

「いやだから──」

「──俺たち……友達だろ……?」

 

 どこまでも粘るしぶとい綾小路ハゲタカだったが、椅子の素晴らしき加護を受けている俺の素晴らしき作戦に見事ハマりそうだ。何かしらの言い訳をしようとしていた口は、未だ言葉は発せられず、ただ間抜けに開き続けている。いやそんなに間抜けじゃないけど。

 

 ……まさかとは思うが、これもイケメン補正なのか?綾小路は冴えないイケメンだから顔面を剥ぎ取るのをやめてやろうかと思っていたが……決行するべきだろうか?

 

 そんな事を考えていると、やっと一度口を閉じた綾小路が無表情で口を開き

 

「……オレとお前は……友達、なのか?」

 

 ……お、おい流石にこれは予想外だぞ。俺は綾小路が新たな環境から形成される不安感を和らげるため、友人という存在と話すことによって、自らに安寧を訪れさせようと思っているのだとばかり思っていたが……ま、まさかとは思うがこいつ……今までの人生で、友達、というものを作ったことが……ない……?

 

 これじゃまるで機械じゃないか。初めて感情を覚えたロボットが涙を流している様子を見ているみたいな意味のわからない感覚を味わった俺は綾小路を少し可哀想に思い

 

「そうだぞ。一度話したら皆友達だ。そして流石に知ってるとは思うが、友人、というのは助け合いながら生きていく生物だ。と、いうわけで俺を今すぐ運んでくれ」

 

 と、言ってやった。……同情で面倒臭さは紛れねえんだよ……!

 このクズ!とどこからか罵声が飛んできた気がした。

 

「いや……だけど……」

 

 周囲を見渡す綾小路。最初に会った時から思っていたが、こいつはそんなに周囲が気になるのだろうか。少し可哀想だし、俺が怠惰への道へと導いてあげるべきか?人の目線を気にするなんて面倒な事、やめてちまえばいいのに。

 ふっ、やっぱりそうだな。俺が怠惰への道……つまりは惰道へと導いてやろう……!よし、まずは怠惰とはどこが素晴らしいのか、そこから説明をしようとし、意気揚々と口を開こうとした俺は

 

「彼のいう事を聞くのはやめておきなさい。全く、あなた、どれだけ友人が欲しいの?」

 

 少女の言葉によって、口を金魚のようにぱくぱくすることしかできなかった。

 

 いや何してくれてんだてめえぶちころ────………す、すみません。

 

 俺は何も口に出していないというのに、突如として現れる威圧感。少女の出生地はおそらく、アマゾンの奥深くだろうと簡単に推測できる。

 

「…………天羽、お前まさか、そうやってこれからもオレを交通手段にするつもりだったのか?」

 

 俺は何も言っていないし、少女も何も言っていないというのに、表情ひとつ変えずに、綾小路は意味のわからない事を言ってきた。

 

「違うよ」

「ちょっと待て目を逸らすな」

「違うよ」

「だからといって目を寄せろとも言ってないぞオレは」

「違うよ」

 

 壊れかけのラジオのように同じ事を繰り返し続ける俺。

 

 ……一体どういうわけなのか。作戦は順調だったにもかかわらず、何故か綾小路は一瞬で俺の意図を看破し、全てをデストロイしてきやがった。

 おいマジでどうしてくれんだこの惨状を……俺はめんどくさいのにわざわざ口を開いたっていうのに……全てが……む、だ……これも全て少女のせ────いではないですよいや本当にね。

 

「チッ、この意気地なしが」

 

 俺がそう言いすてて顔を嫌々前へ戻すと、後ろから、いやこれオレが悪いのか……?などと当然のことを宣っているのが聞こえてきた。

 

 一体どうして綾小路は俺の意図に気づいてしまったのだろう。友人を求める奴にとって、友人、という言葉はとても甘美な響きだろう。

 にもかかわらず何故冷静に俺の意図に気づくことが……いや、ていうかこいつ、俺の意図に気づいても表情筋ひとつ動かさなかったよな……まさか、最初から薄々気づいて……?いや、まさかな……じゃあ、どうして……あ、ま、まさか……

 

 俺は、一つの恐ろしい事実に気がついてしまった。

 俺の方から上から目線で怠惰への道へと導く、と宣ってしまったが、まさかこいつ──

 

 ──既に怠惰の道を歩むもの……なのか!?

 

 そうだ、思い返せばこいつは常に無表情だった。先生に指名され、俺を運ぼうとしていた時も、なんだか嫌そうな雰囲気がとても伝わってきた。いや無表情だったけど。

 

 これは、表情筋を動かすのも面倒臭い、というこいつの俺への信号だったのかもしれない。わざわざ怠惰の道を歩むことを俺に述べないのはそれすらも面倒だから……なるほど、だから俺の策にも気がついたのか。同じ怠惰を歩むものとして、その程度は当然だ。 

 恐らく、友人が欲しい、というのは俺だからこそ打ち明けたのだろう。同じ志を持つもの同士、自らの価値観を共有……いや、自らの寝床を共有し、布団という名の神に作られし神器の上で、共に寝たかったのだ。

 

 なんだよかった。今まで友人が1人も作れなかったなんていう可哀想な奴はどこにもいなかったんだな。ただ単に俺だけと友達になりたかっただけで。

 

 うんうん、と満足げに頷く俺。

 

 でもごめんな、綾小路。もしかすると怠惰歴はお前のほうが長いかもしれないが、俺の成長速度は誰よりも早い。既に俺は、自らの同胞と同じ寝床で寝る、ということすら面倒だと感じる域へと至ってしまっているのだ……だから、ごめん。

 

 ふっ、でもな、いずれお前も俺と同じ域に辿り着くことができればきっと、俺の気持ちも──

 

「おーい!そこの君!次は君が自己紹介を頼めるかい?」

 

 ──俺の気持ちもわか

 

「あれ?聞こえてるかい?」

 

 お、俺の気持ちもわかるだ

 

「あれ……大丈夫かな?」

「だー!!もううるせえな!黙ってろ!!」

 

 俺は思わず大声を出す。周囲を見渡してみると、大半の女子は俺を批判的な目で見ており、男子は何故か俺を勇者を見るかのように崇めており、いつのまにかクラスの中から消滅した人間がいることに気がついた。

 

 さっき俺の邪魔をしてくれたあの少女の姿も見えない。もしかして、神は俺の味方になったのだろうか。怠惰を司る怠惰の神が、俺の素晴らしき怠惰の愛に気づき、俺の怠惰の道を邪魔する存在を消失させてくれた……なるほど、あのクソアマには散々やられたが、もうあの女には恐怖せずに──………おおおお、おっと悪寒が走った気がするが気のせいだと信じたい。……信じたいがこれ以上少女を批判するのはやめておこう。うん。人の悪口を言うのって、よくないよな。

 

「あ……ご、ごめん。それであの、ここに残ってるってことは、一応自己紹介をしてくれるつもりはあるんだよね?」

 

 大声を出したことによって疲弊した口の筋肉を癒すため、俺は覗き込んでくるスマトラ島産アルキデスオオヒラタクワガタの顔を見て

 

「ああっ!!」

 

 ふい、とそっぽを向いてやった。

 

 




 クワガタムシはカッコいいです
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