「え、えっと、自己紹介を……ああっ!!」
俺はもう一度反対方向へふい、と顔を逸らす。
全く、顔を逸らすというのもなかなか面倒なんだから、さっさとどこか遠くへ旅立てよガントン産パラワンオオヒラタクワガタ。
それからしばらく同じようなやり取りが何回か繰り返され、ついに諦めたのか、イケメンクワガタは
『皆多分、さっきの騒動を聞いていたから、きっと彼の名前は知っていると思う。どうやらしたくない様子だし、さっき出て行ってしまった彼らのいう通り、無理強いはよくない。だから次は君にお願いできるかな?』
と、いかにもヒラタクワガタの言いそうなイケメンで顎なセリフと共に、綾小路なんとかへとバトンは渡された。
イケメンだから絶対に許しはしないが、 こいつはいいヒラタクワガタだ。正義感を振り回すバカではなく、話のわかるやつだ。
俺がヒラタクワガタへの評価をし直す中、ついに始まったお待ちかねの綾小路の自己紹介。
俺の後だからか全人類の視線が綾小路に集中しており、席的にも綾小路が一番最後なので、締めとして相応しい自己紹介を誰もが期待していることだろう。
そしてそんな中、ついに綾小路が口を開いた。
「──えー……っと、綾小路清隆です。あー、得意なことは特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張るので、えっと、その……よろしくお願いします」
………
沈黙が訪れる……かに思えたが、優しき心を持つもの数名がパラパラと綾小路へと拍手を送る。
そんな中俺は相変わらず無表情のくせに何処と無く絶望のオーラを醸し出す綾小路の方をわざわざ向いて
「……………ふっ」
鼻で笑ってやった。
◆
あの後、なんとなく可哀想なオーラを纏っていた綾小路は、入学式のため移動が始まるタイミングで、何かに深く絶望した顔の茶柱から俺を運ぶよう命令された。
ヤツは俺の同類なので、当然反論をしようとしていたが、俺が意地でも動かないことは綾小路も茶柱も知っているし、茶柱からの命令に逆らうことはできないことを悟り、嫌々俺をお姫様抱っこし始めた。
お姫様抱っこをされながら会場へと運ばれ、椅子へ下ろされてからの俺は何も考えず、何も思わず、何も感じず、至福の時をただ過ごしていた。
盲腸だか校長だかはしらないが、何か延々と意味不明な言葉の羅列、つまりはノイズが俺の耳を掠めていたのはマイナス点だ。あそこはまだまだ至福の会場にはほど遠い。もう少し努力すれば、あるいは三つ星を付けても構わないと思っていたんだがな……
ミシュランタイダの俺は思う。
その後はよく分からないが施設案内がどうだとか、意味不明な言語を喋っていた。
当然その間も俺は綾小路に抱えられていた。入学式が終わった後も椅子から全く離れない俺に気づいた茶柱が、慌てて綾小路に運ぶよう命令していた姿は中々に滑稽であり、それに絶望の雰囲気を醸し出していた綾小路も中々に滑稽だった。
悲劇の主人公気取りの綾小路は永遠に俺を抱え続ける……死んでも、死んだ後も。
と、洗脳でもできないかと何度も呟き続けたのだが、綾小路はいつの間にか俺をゴミを見る目で見ていた気がする。
今は放課後。いや実際がどうであるかは知らないが、茶柱はこの世から消失しているので、多分そうだ。
俺を抱えながら進み続ける綾小路がゆっくりと口を開く。
「……今日は厄日だ……」
「マジで?俺と同じじゃん。やっぱ俺とお前は同類なんだな」
「いや待てどうしてオレとお前が同類ってことになってるんだ?」
「だってお前も全部めんどくさがってるんじゃん」
「待ってくれ……いつ何がどうなってそうなったんだ?オレは天羽とは全然違うぞ……って、何はいはい、わかってますよ、みたいな顔してるんだ?違うぞ?違うからな?オレは本当にお前の同類じゃないからな?」
はいはいそうだね。
俺は綾小路を温かい目で見守っている。さっき充分に癒しの時を過ごせたからか、口を開くのもそこまで面倒ではなくなってきた。多分、綾小路に抱えられるのに慣れてきたってのもあると思う。これはもう、実質的に、綾小路は椅子と同じなのではないか、との結論が俺の頭の中で生まれ始めている。
「ちなみにこれは全く一切深い意味はないんだが、男のツンデレほど需要のないものはないらしいぞ」
「……………」
俺の有難いお言葉に、綾小路は俺を抱える力を少し強めた気がした。
「……ところで、どこに向かってるんだ?」
「‥‥コンビニだ。ちょっと興味があってな。とりあえず天羽を寮に放り投げてきたほうがよかったんだろうが……天羽の事だから、向こうに行ってからも何かトラブルを起こすかもしれない、そう思って……って、いたいいたい。突然つねるな」
「本気でそう思ってるならもっと痛そうにしろ。と、いうかお前の中で俺は一体どういう評価なんだ?」
「面倒くさがり屋で、思い込みが激しい厄介なトラブルメイカー」
「はぁ?俺はトラブルメイカーなんかじゃない。むしろその逆、俺こそが一般人代表として選出されるような、ごくごく普通な凡庸な少年──」
「──それはない」
なんだとコラ。
真顔で言い切る綾小路を睨む。いや睨むと言っても目の筋肉を使うのはめんどくさいから心の中でそう思うだけだが。
「とにかく、興味本位以外にも、先に昼飯を買っておこうと思ってな。天羽がいると何を起こされるか分からないし……はぁ……」
心底疲れたようにため息をつく綾小路。
やはりこいつはどうにも周囲を気にする癖があるようだ。目立つのが面倒、という価値観を持った怠惰系男子なのだろうか?……やはりまだまだだ。俺の域に達するには、周囲の目を気にするのが面倒、とまで行かなければ。
周囲の目、といえば……
「お前のことを虫けら以下の存在として扱っていたあの女は本当に周囲の目を気にしてなかったな」
「……まさか、堀北のことか?いや、流石にオレを虫ケラ以下の存在として扱っては……ない……とおもうが……」
「いいや、あいつはイカれてる。恐らく旧石器時代の生まれだろう。その思想から考え方までが、明らかに猟奇的だ。初対面の相手にコンパスで目ん玉を抉り出すぞ、とかまともな人間は言わない」
「……い、いやそこまで言ってなかっただろ」
「……これだから難聴は。良い病院をお勧めしたいところだが、めんどくさすぎて体に不備が出ても病院なんか行かないのでお勧めできるところはない。せいぜい足掻け。……で、だあの人の皮を被った怪物の件に話を戻すが、あの常軌を逸脱した狂った思考回路、どうしたら止めることができるだろうか?あいつはもしかして、地球外生命体の一種なのでは?俺が心中で罵詈雑言を叩きつけただけで、なぜか悪寒が走る。一体どうなって………──オイ、どうした?綾小路おい。さっきからなんでちょっと震えてるんだ?間違っても俺を落とすなよ?」
「………………」
「お、おい?マジでどうした?」
綾小路の腕が震えている。俺を抱えるのにも限界が訪れた、ということか?いや、だがあれほどの筋肉を所持しておきながら、果たして疲れるのだろうか。
綾小路の顔を見ると、ヤツはふい、と、顔を前へ振った。
どういうことだ……?と俺が疑問に思い、面倒くさがりながらも綾小路の示した方向を見てみるとそこには──
──怪物がいた。
「は、ははは。なーんて、今のは全部冗談ですよー。当たり前じゃないですか。ち、ちなみにいつから聞こえて……?」
「いいやアイツはイカれてる、がどうとからへんかしらね」
「ち!違うんで──」
い、いや待てよ。ここには我が椅子綾小路きよたろうがいる。
幸にしてこいつの筋肉は人外レベルだ。俺の妹を凌ぐことができるかは怪しいが、恐らく少しは耐えることができるレベルの存在。
つ、つまり、俺は……いや、俺たち怠惰同盟は……堀だか北だか知らないが、この女を撃退することができるかもしれないのだ……!
「──そ、そういつまでも俺がやられっぱなしで終わると思うなよ!?俺の惰道を邪魔してくれやがって……!俺は悪くない!」
「そう?それで?」
「ひっ……」
とてつもない威圧感を発し始める堀の北さん。俺、こいつはきっと7つの玉を集める世界の登場人物だと思う。
「い、いや、今日ばかりは言ってやる!正直言って今もクソめんどくさいが、ここを乗り切れば待つのは怠惰天国。覚悟しろよ!堀の北!」
「……何をする気?」
「ふっ……俺の邪魔をしたこと、深く悔いるが良い。………行け!綾小路!!」
「他力本願……」
よし、堀の北が俺に戦慄している。
「……さて、そこまで言ったからには反撃を受ける覚悟も当然あるのよね?私、自慢じゃないけど……いえ、この先は言わないでおきましょう」
……え、なに?自慢じゃないけど……なんなんだよ。その先は?え、ちょっとマジで怖いんですけど。実はありとあらゆる殺人術をマスターしている都の大量殺人鬼、とか、この世に存在するすべての生物の息の根を出める方法をしってる……とか、やめろよマジで。いや……堀の北なら全然あり得る……こ、こわい……
だ、だが!こちらにも切り札はいるのだ!
「やっちまえ綾小路!」
俺は綾小路へと意気揚々と指示を出し、綾小路の顔を見ると……ふい、と顔を逸らされた。………っては?てめえふざけんなよ!!
「……綾小路くんは判断を誤らなかったようね」
おどろおどろしい目、禍々しいオーラ。間違いなくこの世のものとは思えない堀北という怪物が、俺へと近づいてくる。や、やめ、やめろ……!
俺は綾小路へ助けを求めるため、うるうるとしたその可愛らしい目を綾小路へと向けると綾小路はその無表情の顔に初めて笑みを浮かべ
「……………ふっ」
「てめえふざけんなよ!!何鼻で笑ってんだぶち殺すぞ!!」
俺が思いっきり叫ぶと、綾小路は抱えていた手を離し、俺は地面へと落下する。
「……ああ、悪い。実はちょっと手の力が……」
「てめえそんな棒読みで騙されると思ってんのか!?堀北が怖すぎて離しただけだろ!ほら!今すぐ拾えよ!!お、おい!どんどん距離をとるな!そ、そして堀北様はこちらへいらっしゃらないでください!!ご、ごかいなんです!全てはあの綾小路清隆という存在によって仕組まれた……あっ、ちょっ、く、来るなーーー!!」
──俺はまた死んだ。