トライ×ライブ! ~Rainbow Generations~ 作:がじゃまる
「コイツついさっき倒されたばっかじゃないのかよ……どうなってんだ」
『わかんない……同族って可能性もあるけど、如何せんこれまで確認されてなかった怪獣だからどうにも……』
セグメゲル。そう誇称された怪獣がウルトラマンによって打ち倒されてから数時間。戦闘の影響で周囲に散布された毒素の解析や汚染状況の把握の為にホークイージスにて出向いていた時。
前触れもなく出現したのはまたもセグメゲルだった。
『とにかく下手に刺激したらダメ。まだ血清が完成してないから、これ以上汚染が広がったら本当に死ぬ人が出るよ』
「だったらどうしろってんだ! ただ暴れられるだけでも死人は出兼ねないだろ」
『もう少しだけ待って! 今涼香の機体に汚染防止用の毒素分解酵素積んで飛ばすから! 遥也もそれまで絶対近づいちゃダメだからね!』
『オォス。……てか、あの毒が分解できるなら血清も作れるんじゃないんすか?』
『バッカ強力な分解酵素が免疫に直接作用する血清に使える訳ないでしょうが! 遥也はもっと勉強しろ! いいから私がいいって言うまで絶対近づかないでよ!』
『す、すんません!』
こんな状況にも関わらず説教をかまされる後輩に苦笑いする。
ともあれ血清が出来ていないのは残念だが、それでもたった数時間で毒そのものは分解出来る段階にまで漕ぎ着けたのはかなりの幸運だろう。こればかりは未央の努力と優秀さに頭を下げる他ない。
問題は、現場部隊の自分達がその働きに応えられるかだが……、
「っ………!」
監視も兼ねてセグメゲルの上空を旋回していた折、突如として地上から光の柱が立ち昇る。
それが例の巨人が出現する際の合図であることは誰にとっても明白であった。
「アンタ等はどう出る……ウルトラマン」
巨人と巨獣。再びの戦いを予感させる光景を前に、海斗は改めて操縦桿を握り直した。
「待って……アオイちゃん!」
「近寄らないで」
自分を静止せんとする少女を力いっぱいに跳ね飛ばす。脆弱な地球人の身体は容易く後方へと転がってゆく。もう何度も繰り返している光景だ。
でも、それでも目の前の彼女が諦めることはなかった。
「しつこい! 近寄るなって言ってるでしょ!」
「放っておける訳ないじゃん!」
淀みなく言った彼方の瞳に宿る色はアオイの見知った色とはまるで違う、強い意志を持った瞳だ。あの柔和だった雰囲気からは想像もつかない。
「必死ね……まあ自分の星が侵略されかけてたら当たり前か。そうやってなりふり構わず、ウルトラマンとも共謀して私を騙して……」
「ウルトラマンだとかなんだのってのはよくわかんないけど……この星がどうだのっていうのは今は関係ないよ」
「じゃあなんだっていうの!?」
「言ったでしょ、放っておけないって。彼方ちゃん、あんまり出来た人間じゃないからさ。違う星の子で、沢山の人を傷付けた子でも、そんな悲しそうな顔されたら無視なんて出来ないんだよね」
瞳に宿す覚悟はそのままに、静かに言った彼方の笑みはこの心に深く刻まれたものだった。
「アオイちゃんがこの星の人じゃないのは、なんとなくだけど気付いてたよ。それを伝えなかったせいで何か勘違いさせてたならごめんね?」
「嘘。そんなこと……」
「嘘じゃないって。だったらこんなことしないでぱぱーっと逃げてるよ」
これまで複数の星を襲い、その中で数多の人々を見てきたからこそわかる。
彼方の言葉に嘘はない。彼女は本当にアオイのことを思って、こんな危険な場所にまで来ているんだ。
「……なんで? なんでそんな……」
「だって私達、遥ちゃん大好き同盟でしょ? また一緒にライブ見ようねって、言ったじゃん」
屈託のないその笑みが眩しくて、痛いくらいに胸に刺さる。
……本当はわかっていたんだ。彼方がウルトラマンと共謀して自分を嵌めていた筈がないことくらい。
でも踏み止まることは許されなかった。理由が欲しかったんだ。彼方を否定する理由が、この星の侵略を拒むアオイ自身の心を否定する理由が。だって、だって自分は―――、
「私は、セグメゲル様に選ばれた誇り高きセゲル星人……! 私の使命はライブを見ることじゃない……この星を、手に入れることなの!」
「それが本当にアオイちゃんのやりたいこと?」
「それは……」
直ぐにそうだと言い切らなければいけないのに、どうしてか言葉が出なかった。
「アオイちゃん、言ってたよね。やりたいことはまだ見つかってないって。それってこれはアオイちゃんのやりたいことじゃないってことだよね?」
暖かい瞳の齎す熱が留まることなくこの胸に押し寄せてくる。苦しいくらいに心地良い熱が。
ダメだ。これ以上触れたら戻れなくなる。それだというのに。
「……やりたい訳……ないじゃない……!」
頭で否定しても、心がそれを求めてしまう。
眩しさを知ってしまったから。己の心を自覚してしまったから。決壊した堤防は零してはいけない言葉を止めどなく流れ出させてしまう。
「わかってた……神に選ばれたなんて方便……侵略を正当化するための都合のいい嘘だってことくらい……それが楽しい訳ないじゃない!」
それがこれまでアオイ自身も自覚したことのなかった本心であることは直ぐにわかった。目を逸らしていた……いや、考えることすらやめていたのだろう。
「でも私はそれしか知らないの……それしか出来ないの!」
「出来るよ、なんだって。アオイちゃんにやりたいって気持ちがあれば、きっと誰かが応えてくれる。私達がそうだったもん」
故にこの星で見た景色や得た経験は異質なものだった。
自分の意志で自分を決めた輝かしい人がいて、そしてその選択を肯定してくれる暖かい人がいる。どれもこれまで触れたことのない人達ばかりだった。
「だから、正直になってあげて。アオイちゃんの……心、に……」
「彼方っ!?」
そんな暖かい言葉を与えてくれた少女が、ぐらりと崩れ落ちた。
突然の事態に、直前の葛藤も忘れてその身体を抱き上げる。覗き込んだ彼方の顔色は明らかに血の気が引いて見えた。
「あ、れ……なんか、力入んない、や……」
窄んでゆく彼方の声にウルトラマンと交戦するセグメゲルの咆哮が重なる。
毒だ。大気中に霧散したセグメゲルの毒が彼方を蝕んでいる……その残酷な事実を理解した途端、考える間もなく身体は動き出していた。
「アオイ、ちゃん……?」
「……今、汚染範囲の外まで連れてくから」
この行動に何の意味があるのか自分自身でもわからなかった。
汚染範囲を脱せばこれ以上の被毒は防ぐことが出来るが、彼方を侵す毒が消える訳じゃない。結局はただの悪足掻きに過ぎないというのに。
でも諦められなかった。だってこの心が、こんなにも叫んでいるのだから。
「……私、ずっと自分のやってることが正しいって思ってた。セゲル星人はセグメゲル様に選ばれた大いなる種族だから、自分達が他の星を支配するべきなんだって教えられて、疑いもせずにそれに従ってきた」
「……うん」
自分とそう変わらない体躯の少女を担ぎ、覚束無い足取りで進む。
「でも彼方に言われてやっと気付いた。私はただ考えるのをやめてただけなんだって。何か違うってわかってても、そう思ってる自分の心と向き合うのが怖かっただけなんだって」
「そっかぁ……自分で気付けて、アオイちゃんは偉いねぇ……」
「……そんなことない」
今になって気が付いた。
スクールアイドルに出会って、彼方に出会って、その時から胸にあったこの痛み。それはこの場所を壊してしまうことへの痛みだった。
自分のやりたいことを自分なりに叶えられる場所だった。それを応援してくれる人がいる場所だった。それがずっと、封じ込めていた自分の本心が求めていた場所だったから。
「ねえ彼方……やり直せるかな、私……」
つい、漏れてしまった許されざる願望。そんな身勝手な自分を世界は許さなかったのか。
「……できる、よ……アオイちゃんなら……ぜっ……ぃ……」
「かな、た……?」
縋った光は急速にその温もりを失ってゆく。自らの顔からも血の気が引いていく。
「彼方……彼方ってば……!」
何度も、何を言っても温かく返してくれた声が聞こえない。
抗体を持つ自分にはセグメゲルの毒がどれくらいの速度で回るかなんてわからない。でも地球人の彼方にはもう限界が来ているということくらいは嫌でもわかってしまう。
「早く……急がないと……」
現状、まだセグメゲルの毒で命を落としたという話は聞いていない。この星の医療機関が優秀である証拠だ。
だから早くそこへ連れて行けば彼方は助かる……そのはずなのに……、
「なんで……なんでぇ……!」
どれだけ足を前へ運んでも毒素が弱まることはなかった。アオイが進むよりも汚染の拡大の方が速いんだ。
だから彼方を助けるには……セグメゲルを止めるしかない。
「っ……!」
一瞬、永遠にも近しい一瞬の迷いの後、意を決したアオイは頭を天へ望む。
半ば支配されていたような形だったとはいえ、セゲル星人の姿勢が、セグメゲルがこれまでのアオイを培ったと言っても過言ではない。それを裏切るのは心苦しいことだ。
でも、今の自分がやりたいことはこれなんだ」
「お願い……ウルトラマン」
今更自分がこんな温かい場所にいるのが赦される筈がない。そんなのはわかっている。
でもせめて彼方だけは、この想いに気付かせてくれた初めての友達だけからはもう、何も奪いたくないから。
だから精一杯、この心で叫ぶんだ。
「彼方を助けて……セグメゲル様を止めてェ!」
「ッ……! 彼方……!?」
『彼女は……!』
セグメゲルの齎す毒の脅威。それは圧倒的な力を持つタイタスですらも抗い難いものだった。
関節が軋む。四肢が上手く動かない。痺れという痺れが全身に伝播していくのを感じる。
遂には五感すらも覚束無くなるような遠い混迷の中、揺らぐ意識を叩いたのは救いを求める一つの声だった。
『アオイ……やはり彼女がセゲル星人の召喚士だったか』
「んなこたどうでもいい! 彼方は―――、」
『落ち着け昂貴。毒に侵されてはいるがまだ息はある。恐らく彼女があそこまで避難させてくれたのだろう』
「アイツが……?」
昂貴にはあの少女がわからない。信じることも出来ない。
けど彼方は彼女を信じた。そんな彼女が彼方を助けてと、他でもない自分達に救いを求めている。
真意まではやはりわからないままだがそれが彼方を救うことになるというのなら……応えない訳にはいくまい。
『ウルトラマーンッ!』
拳を叩きつけ、未だ燃え盛る闘志を示したタイタスへと向けられる声がもう一つ。今度は上空からのものだ。
『毒素の分解酵素、受け取って―――ッ!』
飛来した二台目のホークイージスから何かが射出され、タイタスの皮膚へと突き刺さる。一瞬何事かと目を見開くものの、直前の言葉と被弾ヶ所から和らいでゆく痺れにその正体を察した。
『成程な。疑似的なワクチンという訳か……ヌゥアァァァッ!』
雄叫びを上げたタイタスが全身の筋肉を躍動させ、人間でいう血流に当たる器官を加速させることで毒素の分解酵素を身体中に巡らせる。
『ウオォォォォッ!!』
即座に効力を発揮したそれらは瞬く間に肉体の痺れを払い去り、完全復活を遂げた賢者の拳がセグメゲルを薙ぎ払った。
『ッッッ――――――!』
負けじと吐き出される毒炎も最早通用しない。
一発、二発と打ち込まれる剛力は着実に、そして確実に奴を破壊してゆく。
『力を借りるぞ……タイガッ!』
《タイガレット!》
《コネクトオン!》
後輩より託された力を宿す。
狙うは眼前の巨獣だ。手甲より生み出された虹色の光球目掛けて拳を振るい、奴諸共殴り飛ばす。
『˝ストリウム……バスター˝ッ!!!』
振り抜かれた右腕がセグメゲルを遥か上空へと運び上げる。
直後に響くのは轟音と爆炎。過去にない脅威を齎した緑色の巨獣は、その毒諸共奴の全てを彼方へと消し飛ばした。
「っ………」
爆発の中に姿を消した主獣を少しだけ目を瞑って見送る。少し、では収まらないくらいの痛みが胸にあった。
でもそれは受け入れるべき痛みだ。
全てを投げ出してまでこの道を選んだのは、他でもないアオイ自身なのだから。
「……行かなきゃ」
呼吸を整え、目の前のことへと向き合う。
過去への禊なんてこれからいくらでも出来る。でもたった一人の友達を助けることは今しか出来ないから、また歩み出さなければいけない。
自分らしく生きるために。イチからやり直すために。
この一歩から、新しい自分が始まるんだ。
始まる筈だった。
ごきゅ。
何かが潰れる音。
踏み出した足が、日の当たる場所に届くことはなかった。
「え……」
がくんと、体勢を崩した肉体が前へと雪崩れ込む。
何かに躓いたという訳ではない。いやそもそも、最早躓くという事象自体が起こり得ることのない筈のものだ。
だってこの足は。
一歩を踏み出した筈のこの足は、まるで何かに喰い千切られたかのように膝から下が無くなっていたのだから。
「ぁ、え……? あ、ああぁぁぁぁッッッ!!!」
理解よりも早く痛覚が脳へ到達する。同時に疾走した神経が焼き切れる感覚にただただ友達と一緒に投げ出した身体を地面に転がした。
「おいおいおい……まさか、本当に君が行けるだなんて思ってたんじゃないだろうな」
横転し、滲む視界に入り込んでくるのは縦分けの白黒を着込んだ男。
「これまで幾つもの星を屠り、命を嘲り、意思を踏み躙った君がァ! 今更日の当たる世界でのうのうと生きていける訳ないだろう」
影が伸びている。
男の足元から伸びる、幾つもの目と、無数の咢を持つ影が、獲物を貪り喰らわんと倒れ伏すアオイを取り囲んでいた。
「……や、あっ、あぁッ、ああァアアアあぁぁッッッ……!!!!」
「けれど、穢れを自覚しつつも光を追い求めずにはいられない……それはとても美しい矛盾だ。だからせめてその最期に祝おう。君の新たな始まり……そして、終わりを」
人気の失せた街中に悲鳴と、咀嚼音と、悪魔の賛美が木霊する。
「かな……たぁ……!」
翳みながらも縋るように友を映した視界は、開かれた大顎によって塞がれる。
歌声に魅せられ、輝きを望んだ筈の少女の旅は……暗闇の中、自らの頭が噛み砕かれる音と共にその最期を迎えた。
「っ……」
『なんて、ことを……!』
たった今眼前で起きた出来事に絶句する。ブレスレットの行使による疲労などどこかへと消えていた。
影に飲み込まれた。いや食われたと言うべきか。セグメゲルを倒し、彼方の元へ急行した昂貴の双眸が捉えてしまったのは、謎の男より伸びる影によってその生命を断たれたアオイの最期だった。
「おや、一歩遅かったねU-40。一応君達とは初めましてになるのかな?」
主犯たる男は何事もなかったかのように深々とその頭を下げる。表面上は紳士的でこそあるものの、その裏に垣間見える思惑は吐き気を催すほどに邪悪なものだ。
「お前何を……」
「何をって……ただエサやりをしていただけさ。ペットの世話をするのは飼い主の責務だろう? ……ああ、心配しなくても君のお姫様には何もしていないから安心するといい」
血潮に肉片。アオイの痕跡となる悉くを食い尽くした影は台詞を締められると共に男の元へと集約していく。
「君達とはいずれまた会うだろう。その時まで是非、お見知りおきを」
「ッ……、待て!」
影に消えてゆくその姿を掴もうと伸ばした腕は虚空を突き抜ける。残留したのは得体の知れない不快感だけだった。
『まさか……奴は……!』
「ん、うぅん……」
白が一面を塗り潰すあまり広いとは言えない部屋の中、聞き慣れた声が目覚めるのを察知した昂貴は閉じていた瞼を開く。
「あれぇ……コウ君……?」
「やっと起きたかこの寝坊助が……二日も寝坊したのは初めてだな」
「うえぇぇそんなにぃ!?」
寝ぼけ眼を見せていた彼方は語末の与える衝撃に目を見開き、そこでようやく自分の現状を理解したらしい。
大きさの割には機能的すぎるベッドに、年頃の少女が着るには簡素な寝間着。そして白を主体としたこれまた簡素な個室は、この場所が病院であることを物語っていた。
「ああそっか……彼方ちゃん倒れて……」
そこまで言って、抜け落ちていたピースを拾い上げたように彼方は昂貴に顔を寄せた。
「そうだ……アオイちゃんは?」
その問いかけに、少しだけ間を置く。
「……お前から、あの毒に対する抗体が見つかったって話だ。なんでも地球の生き物には本来備わってない筈のモンらしくてな」
それが彼方の求める答えとはズレたものであると自覚しつつ続けた。
「多分だが、何かしらの方法でアイツから抗体を受け渡されてたんじゃないか……って話だ」
最後まであの少女のことはよくわからないままだった。
されど今目の前にあることだけは事実であるから、せめてこれくらいは伝えるべきだと思った。
「……そっかぁ。彼方ちゃん、守られちゃったかぁ……」
多くは語らなかった。でも彼方は賢い。ただこれだけでも全てを察してしまう程に。
「あのさ、彼方———、」
「ごめんコウ君。ちょっと一人にしてもらってもいいかな? 彼方ちゃん、今黄昏れたい気分なんだ~」
「……そうか」
窓枠を見据えた彼方は、決してその表情を伺わせぬままそう言った。取り繕うような声だった。
「……お前は頑張ったよ」
凭れ掛かった扉から伝わる嗚咽が、徐々に大きくなってゆく。
やがては止めどなくその感情を溢れ出させた声を背中に感じながら、昂貴はただ静かに、あり得た未来へと想いを馳せた。
後味の悪い話が好きです(自己紹介)
という訳で彼方回、タイガ5話「きみの決める未来」をベースにしたお話となりました
タイガでの葵の最期も好きなんですが、どうせやるならもっと救いのない皮肉な最期にしてもいいかなって()
セグメゲルに関してはちょっと強くし過ぎた感はありますが侵略兵器を謳うくらいなんだしまあいいでしょう
そして遂に昂貴と謎の男が接触……タイタスには何やら心当たりがあるようで……?(まあバレバレでしょうけど)