トライ×ライブ! ~Rainbow Generations~ 作:がじゃまる
『―――果林さんがスクールアイドルを楽しんでいる気持ち……それはきっと、応援してくれる人にも伝わりますから』
暗闇の中に声という名の雫が落ち、広がった波紋が深層に沈んだ意識を呼び覚ます。
瞼の裏に幻視した少年の顔を追うように開いた眼が映したのは影の掛かった白色だった。虹ヶ咲学園の女子学生寮……その天井だ。
「え……?」
渇きを訴える喉に応じ、起き上げた身体で足の踏み場に乏しい自室を進む。傾けたコップから注がれる水を口に含むのと、開かれた戸から困惑の声が聞こえるのは同時だった。
「か、果林ちゃんが一人で起きてる……!?」
「ふふ、おはようエマ。朝一番から失礼ね」
「どうしたの果林ちゃん……何か怖い夢でも見たの? 眠れなかったりした?」
「私を何だと思ってるのかしらね……」
血相を変えて駆け込んできた親友に苦笑いする。彼女の中での自分のイメージがどうなっているのか大変気になるところではあるが、日頃の行いが行いな為仕方ないかと割り切った。
寝起きが悪い果林は普段エマに起こしてもらうことで朝を迎えている……とても同好会の皆には言えないような習慣だ。
「私だってたまには一人で起きれるわよ……まあ、驚かれるのもわかるけど」
「う、うん……びっくりした……」
私生活が一般の基準よりもだらしないという自覚はある。友人にモーニングコールを頼むようなこの習慣もそうだし、自室の整頓具合もそう。床に机、ベッドの上にと様々なものが散乱する有様は一般的に汚部屋とか言うのだろう。
もう高校三年生。いい加減直すべき悪癖だとは思うのだが……なかなかどうして改善出来ないものだ。
「今日は練習だったわね……着替えるから、ちょっと待ってて」
時計を確認する。寮の朝食時間まであと僅かしかない。少々急ぐべきか。
ボタンを外した寝間着を脱ぎ、布団の上へ放る。下着姿が露わになるが、日によっては着替えを手伝ってすらくれるエマが特別反応を示すことはなかった。代わりに飛び出すのは母のような小言だ。
「もぉ~、ダメだよ果林ちゃん。ちゃんと畳まないと」
「どうせ洗濯に出すんだし変わらないじゃない」
「果林ちゃんの癖は細かいところから意識しないと直らないと思うよ? シワにもなっちゃうし」
ド正論だった。大人しく従う形で寝間着を畳む。
それを洗濯機の上へと置くと共に立て掛けてあった制服を手に取った。袖を通す傍ら、夢にも現れた言葉を反芻し、伴う疑問をエマへと向ける。
「ねえ、エマ」
「うん?」
「エマは……スクールアイドルのどこに惹かれたの?」
スクールアイドルを楽しむ気持ち。耀の言った同好会の根本とも言える指針だが、それについて周りとズレがあるのは果林自身も感じていたことだ。
果林はスクールアイドルそれ自体を楽しんでいる訳ではなく、スクールアイドル同好会での日々を楽しんでいる。本位の目的がスクールアイドルにないのだ。
そんな自分がどんなスクールアイドルになるのか、何を表現するのか。そんな迷いはまだ存在している。
「どうしたの、急に?」
「エマは、スクールアイドルをやるために留学までして日本に来たでしょ? それだけ大きな決断をする程の魅力を、何処に感じたのかな、って……」
「う~ん……そうだなぁ……」
不思議そうに首を傾げたエマは直ぐに何かを察したように口元を緩めるも、特に何かを言及してくることはなかった。
エマは人の感情に聡い。だらしない一面を曝け出す程にありのままの朝香果林を知っている彼女だ。きっとこの心中にあるものは見透かされている。
そしてエマは優しい。誰よりも朝香果林を知るからこそ、必要以上に踏み込んでこない。その温かさが染みた。
「……きっかけは、偶然見たスクールアイドルの動画だったかな。長くてさらさらした黒い髪の女の子が和服を着て踊ってる……それこそ日本のワフービジン、って感じの」
旧懐に浸るようにエマがいつかの思い出を幻視する。とても穏やかな顔だった。
「初めて見た時ね、すっごく心がぽかぽかしたんだ。……理由はまだわからないんだけど、歌でこんなに人の心を暖かく出来るのって凄いなって。私もこんな風になりたいなって思ったの」
エマは母国に大勢の兄妹がおり、その長女だとどこかで聞いた覚えがある。彼女の優しい気質も、人を幸せな気持ちにしたいという心根もそこに由来するのかもしれない。
一人っ子である果林には手に入らない感情ではあるが、とても素敵なものであるのはわかる。歌で人を笑顔にしたい……それこそが、エマ・ヴェルデというスクールアイドルが掲げる目標なんだ。
ぐっと、胸につっかえるような感覚が生まれる。
「それが私がスクールアイドルに惹かれた理由かな……果林ちゃんも、きっと見つかるよ」
やはり見抜かれていたらしく、語末に微笑みを添えたエマの眼差しが背中を押すように熱を帯びる。
「……行こっか」
「……そうね。ありがと、エマ」
前を行く親友の後に続き、装いを整えた果林は部屋の外へと踏み出す。玄関戸を超えた先の世界で、初夏の太陽が眩しく輝いていた。
「……あら、彼方じゃない」
「昂貴くんも、おはよ~」
「お~、果林ちゃんにエマちゃんじゃないですかい」
虹ヶ咲学園の設備は本当に豪華だ。元々情報として知り得ていたものではあるが、実際に利用するようになってより強く実感する。
ダンススタジオに音響設備、トレーニングルームとスクールアイドル活動に用いるだけでも数多ある。環境だけ見るのなら全国でもトップクラスだろう。
加え今日は休日。普段は運動部が占拠してるそれらも、今日ばかりは疎らに人が行き交うのみ。思いっきり練習するにはうってつけだ。
そしてこの状況に目を付けたのは自分だけではないらしい。踏み入ったトレーニングルームの先客が見知った顔であることを認識すると、果林は軽い会釈を交わす。
「珍しいな。お前等がこっちに来んの。どういう風の吹き回しだ」
「たまには追い込むのもありかと思っただけよ。……て言うか、それを言ったら彼方だってそうじゃない。筋トレも柔軟もあんなに嫌がってたのに」
早朝から大粒の汗を流す彼方が身体を預けているのはレッグプレスと呼ばれるストレングスマシンの一種だ。主に下半身の強化を目的とした大型の筋トレ器具であり、筋力増強以外にもボディラインや新陳代謝の改善が見込めるなどメリットは多い。
ただしその分負荷も大きく、伴う疲労も馬鹿にならない。だからこそ、簡単な筋力トレーニングすら嫌がる傾向にある彼方が用いているのは少々意外な光景だった。
「いやまあ、そりゃあ彼方ちゃんだって出来ればやりたくはなかったさ。でも入院してたせいでブランクも開いちゃったから、皆に追い付くには仕方ないかなぁって」
受け答えながら彼方は器機に掛けた足を持ち上げる。昂貴の補助があるとは言え、負荷は普段のトレーニングの比ではない筈。それでも動きを止めない彼方には強い決意が宿って見えた。
「それにさ、友達が見てるかもしれないから…………怠けてなんかられないなって!」
声色の力強さに反し、揺れる瞳が映すのは哀愁だった。
日頃の柔らかな雰囲気は見る影もない。まるで大きな試練の最中にあるかのような顔だ。
何があったのか。踏み入る勇気はないし、資格もきっとない。けれどそれこそが今彼方を突き動かしていることだけは確かだった。
「無茶していい理由にはなんねぇからな。その辺にしとけ」
「へぇい……疲れたぁ……」
かと思えばすぐに見慣れた脱力っぷりを披露する。相変わらず掴み切れない同級生だった。
果林達が来る随分前から勤しんでいたのだろうか、昂貴に凭れ掛かる姿からは相当な疲労が伺えた。
「……」
また胸が疼いた。痛いようで、それでいてどこか心地の良い、燃え立つような感覚。
「ねえ、彼方ちゃんは、どうしてスクールアイドルを始めたの?」
汗を拭い、手渡されたスポーツドリンクを流し込む彼方にエマが問いかけた。先程果林が彼女に向けたものと同じ内容だ。
「……なんだよ、藪から棒に」
「そう言えば聞いたことなかったなぁって思ったから。もし良かったら、聞かせてくれないかな。ねえ、果林ちゃん」
「エマ……」
純粋な興味なのか、将又お節介かはわからない。危ぶむ果林にエマは意味深に笑う。
「あんま踏み入るもんじゃねぇだろそういうの……」
「まあまあコウ君や。彼方ちゃんは構わないのだよ。確かに付き合いの割に話したことなかったしね~」
「いや、お前がいいならいいけどよ……」
幸い彼方に否定的な感情はないようで、快く了承してくれる。その表情に胸を撫で下ろしつつ果林も次の言葉に耳を傾けた。
「そうだねぇ……まず最初に言っておくと、同好会の中じゃ彼方ちゃんが一番スクールアイドル歴が長いんだ。前の学校じゃ一年生の時からやってたからね」
「前の学校……?」
「あら、知らなかったのエマ。彼方は二年生の終わりの頃に虹ヶ咲に編入してきたのよ」
「えぇっ!? そうだったの!? じゃあ昂貴君も……?」
「や、俺は元から……って、この話はいいだろ」
珍しい時期の編入性だったこともありあの時のことはよく覚えている。偶然同じライフデザイン学科で、偶然同じクラス、偶然隣の席になったこともあって話すようになったのだったか。
編入の理由が家庭の事情であることもその際に聞かされている。だから果林からは話さない。語る権利があるのは彼方だけだ。
「東雲高校って言ってね~。スクールアイドルじゃ結構有名な学校なんだけど、何と彼方ちゃん、そこでスカウトを受けちまいましてね。やってみないかって誘われたんだよ~。それが始めた理由かな」
意外な理由にエマと揃って目を丸くする。学校によっては入学した新入生を部活に勧誘するイベントが存在するという。恐らくは彼方もその際に声を掛けられたのだろう。
「最初はあんまり乗り気じゃなかったんだけど、いざやってみると楽しくなっちゃってさ~。それに、皆から元気を貰えるのが嬉しかったんだ」
「元気を……貰える?」
「そう。ステージに立って応援して貰えるとね、彼方ちゃんも嬉しくなっちゃって、いっぱい元気が湧いてくるんだ~。それが好きで編入してからもスクールアイドルを続けているのだよ」
えっへんと胸を張った彼方の動機は、自分ではない誰かを幸せにすることを本意に置いたエマの理想と対照的なものに思えた。
比較的近いタイプだと思われる二人ですらこれだけの違いがあるのだ。ここにせつ菜やかすみなどの自己主張が強い面々がいたと考えれば……何となく、旧同好会の足並みが揃わなかったのも納得がいく。
「でもでも~、応援してくれる皆を楽しませたいって気持ちもちゃんとあるよ。彼方ちゃんのライブで皆に楽しんでもらって、その皆から彼方ちゃんは元気を貰う。そんなギブアンドテイクな関係が彼方ちゃんの理想なのです」
同時にそれは彼方もまた明確な理想像を持ったスクールアイドルであるという証明だ。偶像を通して自らの˝好き˝を追い求める、スクールアイドルの姿。
「だから、頑張りたいんだ」
程無くしてまたトレーニングを再開した彼方に、また胸の熱が主張を増す。
「腰、浮いてるわよ。それじゃあ意味ないわ」
突き動かされるように進んだ身体が彼方の真隣へと移動する。手本を見せるように自らもまたレッグプレスに腰を下ろした果林は自他共に認めるラインを保つ両足に力を込めた。
「ふっ……んん……!」
「おうおう朝香さんや、バッチリ腰が浮いちゃってますぜい?」
が、想像以上の重量に情けない姿勢を披露してしまう。太腿に溜まった乳酸が疲弊を訴えていた。
「いや、でもこれ彼方と同じ重さで……」
「お~? ひょっとして果林ちゃん彼方ちゃんより非力かい? 可愛いねぇ~」
「む……言ってくれるわね。ちょっと気を抜いてただけ……よっ!」
「落ち着け朝香。こっちのは俺が補助してんだからそりゃ上がるわ」
尚も足が上がり切らない果林を煽り散らかしていた彼方だったが、それまで錘を支えていた昂貴が手を離した途端に「んぎぃっ!?」と短く悲鳴を上げる。
瞬く間に果林の高さを下回った足が力量の差を示していた。お返しと言わんばかりに勝ち誇った表情を見せつけてやる。
「もう彼方ちゃん。果林ちゃん意地っ張りなんだからあんまり玩具にしないであげてよ~」
「ごめ~ん。可愛くってつい~」
「お前変なとこでガキ臭いよな……」
「悪かったわね……」
小さな子供を見守るような呆れ顔や和みの眼差しが生み出すむず痒さに目を逸らす。常日頃から˝理想の朝香果林˝として振舞っている弊害か、目の前の同級生やモデル仲間のような˝素の朝香果林˝を知る友人達の前ではどうしてもリードを譲ってしまう。
「やは~、やっぱり皆が一緒だと楽しいねぇ。彼方ちゃん一人だったら今頃バタンキューだったよ」
「うんうん。一緒に練習してると楽しくて心がぽかぽかするよねぇ」
他はともかく、この人畜無害を絵に描いたような二人がその代表格だと言うのだから不思議なものだ。
自分のことを深く理解してくれている友がいる。それ自体は喜ばしいことである筈なのだが。
「果林ちゃんも、そうでしょ?」
「え?」
疑いなく賛同を求めてきたエマに一瞬戸惑いつつも、直ぐに彼女の意図を悟って自己の内部へと向かう。
楽しい。偶然か否か、耳にした単語は昨夜から今に至るまで何度も反芻したものだ。
辞書的な意味で用いるのなら満ち足りた気分を指す言葉であるが、その中身が個々によって違うのはわかっている。エマも、彼方も、各々の思う楽しいを持っているのは今日だけで十分に感じたことだ。
では自分はどうなのか。耀の問いには楽しいと返したが、具体的に何に対してそう感じているかの回答を出してはいなかったか。
「……そうね、楽しいわ」
答えは単純だった。向き合えば直ぐに形を成す程に明確なもの。幾度も感じた胸の熱もきっとこれだ。
自覚は更なる燃料を添える。加速する心火は強く、闘志を滾らせた。
「いつまでもお喋りしてないで、私達も練習よエマ。
『―――――七時の方向ッ!』
「ッ……!」
突如全身に走った警告に突き動かされた身体が反射的に拳を振り抜く。
次に触れたのは確かな手応え。何も存在しない筈の空間へ殴り掛かった一発が物体を捉えた感覚がある。
「だあぁッ!」
反発されるような抵抗を察知し、右腕の筋肉を更に力ませることで無理矢理に押し切る。
「うえっ……!?」
「な、なに……?」
派手に音を上げて倒れたトレーニング器具の山。不意の事態に驚嘆の声を漏らした彼方達もが視線を集中させた先で、空間が歪む。
『へぇ……まさか察知されるたァ思わなかった』
やがて実像を結び、仄暗い色彩を得た影が眼前に出現する。
ロボット……いや、サイボーグの方が正しいか。人の形を保ちつつも全身の殆どを機械化した肉体にはグロテスクな印象があり、対峙する心奥で気味悪さが波紋した。
『てこたぁお前も
「……んだテメェ」
『まあそうだな……名乗ってやってもいい。俺はガピア星人のカイン。時空を股に掛ける殺し屋……ってとこだ』
体内の器機で地球の言語に翻訳しているのか、数拍の間を置いて機械音混じりの肉声が届く。テンポの悪さが余計に不気味さを増長させるようだった。
ともあれ敵性の異星人であることは確定した。より強く警戒の帯を結ぶように姿勢を下げる。
『ガピア星人……宇宙ヒットマンとも呼ばれる、所謂殺し屋を生業とする種族の宇宙人だ。ここまでサイボーグ化した個体は初めて見たがな』
―――――
奴の情報を添えるタイタスからも緊張が伝わってくる。日頃よりも深刻味を帯びているのは彼方達の前であるというこの状況だろう。
緊急を要する事態ではあるが、下手に動けばタイタスの存在を露見しかねない。制約が課されているという事実が重く圧し掛かる。
そして何よりも―――、
(コイツ……俺達が狙いじゃねぇな)
『ああ。恐らくな』
仮にも殺し屋を名乗るくらいだ。ウルトラマンであるタイタスやその憑依先である昂貴が狙いであるなら、事前にそれなりの情報は仕入れてくる筈。少なくとも、自分達を目の前にして初めてイレギュラーだと認識するということはないだろう。
そうなると奴―――カインの目的はこの場にいる同級生の誰か。
『お前のことも何となくわかった。コイツ等の前じゃさぞ動きにくいだろうよ……俺が仕事を終えるまで、せいぜい指でも加えて見てるこったな』
『来るぞ!』
犬歯を惨忍に煌かせたカインが砲門を備えた右腕を床へ叩きつける。一瞬だけ確認出来た紫電が放射状に広がったと思えば、次に全身を強烈な痺れが襲った。
「ぎッ……!?」
『これは……空間に直接放電をッ……!?』
花粉や塵など、大気中には視認が不可能な程に微細な粒子が無数に存在する。恐らくカインの行った芸当はそれら一つ一つを帯電させることで、一定範囲内の相手を感電させると言ったものなのだろう。
タイタスの力で肉体の耐久力が上がっている昂貴ですら膝を折るような痺れだ。当然対抗する術など持たない彼方達は一瞬もしない間に気を失って倒れ込んでしまう。
『カハハ……楽な仕事だな』
内の一人、抱き上げた果林を肩に担いだカインの姿が再び背景の中へと消えてゆく。光学迷彩の機能すらも搭載されているのか、感知する殺気もない今では定位も儘ならないまま、残された奴の声が反響するのを聞き及ぶ他になかった。
『フーマってのに伝えな。このガキの命が惜しけりゃ、この場所に一人で来いってな』
『なに……?』
十数秒もすれば痺れは取れて無くなるが、既にカインの気配は付近に存在しなかった。
ただ一つ置き残されていったデバイス。唯一の手掛かりとなるそれを拾い上げた昂貴は、やり場のない焦りを壁へと殴りつけた。
ゼロライブの時は出来なかった一人一人のスクールアイドルとしての掘り下げをちゃんとやるのが今作の目標です
言った傍から攫うなって話ですが。何とかしてフーマ