トライ×ライブ! ~Rainbow Generations~   作:がじゃまる

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もう年明けて二か月経ったとか信じたくないですね()


41話 夢の魔法が消えた夜 前編

 

「それじゃあ皆……改めて、お披露目ライブお疲れ様っー!」

 

普段の三割増しで高揚を差した侑が音頭を切り、準じて他のメンバー達が声を重ねる。それぞれの手には飲料の注がれた紙コップが握られていた。

 

「皆のライブ本当に凄かった! 私もうずっとトキメキっぱなしだよ~」

 

スクールアイドル同好会としての初パフォーマンスとなるお披露目ライブから数日が経った。今日はそのプチ打ち上げ……とでも言うべきなのだろうか。

 

ラブライブの予備予選までそう時間がない中でこんなことをしている余裕があるのかと思う部分はあるが、せつ菜を除く面々が初めてのライブ、それもソロという形で挑んだのは事実。そこはしっかり労うべきだろう。

 

だから自分もばっちり褒められるべき。そんな思惑の元、中須かすみは未だ興奮冷めやらぬ様子の侑へと擦り寄った。

 

「せ~んぱいっ! かすみんのパフォーマンスどうでしたか~? かすみんの可愛さに~、メロメロになってくれましたか~?」

 

「愛ちゃんのパフォーマンスも楽しかった! 私、見てて勝手に身体が動き出しちゃったよ~!」

 

「お~! 嬉しいこと言ってくれるねゆうゆ~! ありガトーショコラ! アハハ!」

 

しかし当の侑は今他のメンバーにお熱なようで不発に終わる。

ならば他の誰かに……と目線を流すも、運悪く全員が誰かしらとの会話に華を咲かせているようで甘えに行き辛い雰囲気だ。

 

一応、静かにこの様子を眺めている者もいるにはいるが……、

 

(瀬良先輩……苦手なんだよね……)

 

この同好会にはかすみのことをお世辞でも褒めてくれない不届き者が二人いる。その一人があの先輩だ。

 

どうも()()()()()()()()()()かすみの振る舞いが気に食わないらしく、直接あれこれと言って来ることは無いものの隠し切れていない拒否感が節々の態度から滲み出ている。故にコミュニケーションには自信のあるかすみとしても接し辛い相手であった。

 

だが、お披露目ライブという一つの山場を越えた今であるなら多少は労いの言葉を向けてくれるのではないだろうか。そんな淡い期待と共にかすみは雄牙へ捨てられた子犬のような瞳を向ける。

 

「……」

 

目を逸らされた。捨て犬はそのまま捨てておくらしい。こんなのがせつ菜が同好会に戻るよう尽力したというのだから驚きだ。

 

せつ菜とかすみではそんなに魅力に差があるか……なんて思考が働くが、やめておこうと振り払う。今は自分が褒めて貰う時間なのだから。

 

「皆さん! 余韻にばかりは浸っていられませんよ! この場はラブライブに向けた反省会でもあるのですから」

 

次にある相手へ擦り寄ろうとした足は、一際興奮しているせつ菜の声によって留められることとなる。

 

ああそう言えば、ラブライブに向けたパフォーマンスの改善案として、今回のお披露目ライブについて同好会メンバー内で意見を交換し合おうという話になっていたのだったか。かすみもそれぞれに対する感想を綴った記憶がある。

 

「璃奈さん、集計の方は」

 

「ばっちり。今印刷して皆に渡す」

 

かちゃかちゃと、プリンターに接続されたパソコンを璃奈が操作する。意見を記すというのも、璃奈が設計したというフォームに入力する形だった。

 

流石は情報処理学科と言うべきか。この程度のプログラミングなら簡単に組んでくるらしい。

 

「はい、これがかすみちゃんの分」

 

「ありがとりな子~」

 

程無くして全員分が印刷され、かすみに当てられた意見が記載されているというリーフレットが手渡される。

 

成長のためにも忌憚のない意見を、という方針だったこともあり何人かのメンバーは強張った表情を見せているが、まあ自分に対するものは全てその可愛さへの称賛であろうと、かすみは自信満々にページを開く。

 

ぺらり。

 

南雲昂貴

『シンプルにウザい。正直見てて大分キツかった』

 

ぱたん。

 

そしてページを閉じた。一ページ目から随分な洗礼だった。

 

どっと嫌な汗が流れ出てくるのがわかる。多少想像と異なる感想が向けられる可能性があるのは十分わかっていたが、ここまで理想と正反対なことがあるだろうか。

 

だがだ。だがまだあのゴロツキが特殊なだけというだけもある。何故なら昂貴はかすみを褒めてくれない不届き者のもう一方なのだから。

 

きっと他の面々はちゃんとかすみのことを褒めてくれている筈。そう信じて次なるページへ指を掛ける。

 

ぺらり。

 

星海耀

『かすみちゃんのやりたいことは伝わってきたけど、ちょっと露骨過ぎて引く方が先に来ちゃった』

 

ぱたんっ!

 

ブルータス(耀)、お前もか。なんて今日の世界史の授業で扱われた有名なセリフに今の心情を宛がってみるも気分は何一つとして改善されない。むしろじわじわと心優しい耀にすら褒めて貰えないようなものなのだろうかという不安ばかりが大きくなってゆく。

 

いや待て。もしかしたら割と全員同じような感想を書かれているのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。かすみだけが褒められないだなんて事態はある訳ないのだから。

 

だから聞き耳を立ててみる。一体他のメンバーがどんな感想を向けられたのか……、

 

「昂貴……あなた露骨に彼方意外に興味ないのね……」

 

「いくら何でも適当過ぎると思うぜコウ君や……」

 

「……悪かったな」

 

案の定昂貴は大顰蹙を買っている最中だった。ざまぁみろと心の中で舌を出す。

 

やはりそうだ。彼方や璃奈がいるからという理由で同好会にいる人達の評価なんてあてにならない。真に信ずるべきは共にスクールアイドルという志を共にした仲間やファンの皆なのだ。

 

だから耀の意見だって気にすることは―――、

 

「それと耀君……楽しんでくれてるのは嬉しいけれど、君は褒め過ぎよ。遠慮せず思ったことを書いてって、最初に決めたでしょ」

 

「……すみません」

 

聞き捨てならない台詞が聞こえた。耀が? 褒め過ぎ?

そんな筈がと上へ運んだ視線で見回してみるも、果林のみならず皆一様に同じ表情を並べていた。どうやら事実であるらしい。

 

それはつまり、かすみのみが否定的な感想を抱かれてしまったということの証明に他ならない。

 

「逆に雄牙は……ちょっと遠慮無さすぎじゃない?」

 

最後に注目が集まったのは雄牙。傍らにいた愛の評価表を横目に零した侑の声を発端に矛先が向く。

 

「いや、正直に書けって言われたからそうしたまでなんだけど……」

 

「言葉は選ばないと。これじゃ傷付いちゃう子もいるよ」

 

彼に甘い節がある歩夢にもああ言われる始末。書き方が悪いというニュアンスだけでもう見るのが嫌だった。日頃特に雄牙と確執の無い面々でさえ散々な書き方がされているのならかすみの評価なんてもう悪口大会と化しているに決まっている。

 

「……けれど、的は射ていますね」

 

「うん……気になってはいたけど誤魔化してたところとか、全部指摘されてる」

 

「辛口だけどちゃんと見てくれてるって感じね。案外、君が一番夢中になってたりするのかしら」

 

が、せつ菜にエマ、果林とステージに立つ者達からは案外好評なようで。建設的な批判、とか言うやつだったのだろうか。

 

いやでも、前者二名が極端過ぎて雄牙の評価が甘くなっている可能性はある。かすみは騙されない。どうせ期待して目を通せば論評と(うそぶ)いた罵詈雑言が待っているのだ。

 

「皆さ~ん! 学校の皆からもぉ、いっぱい感想来てますよぉ!」

 

リーフレットの方は気が向いた時にでも読むこととし、かすみは部室に来る前に回収しておいた自身を模した目安箱をテーブルの上に置く。ぱさりと、零れ落ちたファンレターの何枚かが零れ落ちる。

 

「おぉ~、かすみんボックスぱんっぱんじゃん!」

 

「凄い……こんなに来てたんだ」

 

「それだけかすみん達が皆を魅了したってことですよ。それじゃあ、配っていきますね!」

 

設置した時はせいぜい数枚でも来れば御の字だと思っていたのだが、まさか箱から溢れ出んばかりに集まるとは。自分達の努力の結果が形になっているようで喜ばしい限りである。

 

早くファンになってくれた皆からの声を知りたい。心の奥底から急かしてくる感情のままに、傍らにいたしずくの手も借りながら宛先に該当するメンバーへと手渡してゆく。

 

そして―――、

 

「え……?」

 

最後の一枚を配り終えた後、自らの手元を見たかすみは絶句する。

 

夢ではないのかと頬を抓ってみるが確かな痛みが走った。そして異変に気付いたのか、微妙な面持ちで仲間達が向けてくる視線が齎す心地悪さは紛れもない現実のものだった。

 

「かすみちゃん……」

 

受け入れ難いと全身が叫ぶ反面、わなわなと震える両の手には何も握られていない。

 

同好会の面々が沢山のファンレターを手にする中、かすみへ向けて送られた手紙は……一通もなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら! これとかかすみちゃんに似合うんじゃないかな!」

 

「侑ちゃん値札見て……! 高校生が気軽に手を出せる値段じゃないよ……!」

 

時と場所が移ろい現在アパレルショップ。同好会に加入してからは殆ど訪れることも無くなっていたが、久方ぶりのレディースのエリアはやはり女子に紛れてでも心地悪さは健在だった。

 

面子は女子が侑、歩夢、かすみの三人に男子が雄牙一人。他の同好会のメンバーはいない。皆ラブライブへ向けた練習に勤しんでいるからだ。

 

では何故雄牙達はショッピングに、それも普段の行動範囲であるお台場や有明からは少し離れた豊洲のショッピングモールに足を運んでまで貴重な時間を消費しているのか、それは会話の中心に置かれているにも関わらず浮かない顔をし続けている一年生にあった。

 

「確かに可愛いですけど……歩夢先輩の言う通り、気軽に買えるお値段じゃないですね……」

 

「そっかぁ……じゃあこれとかは?」

 

「変わんないです。……そう言えば、侑先輩の私服ってメンズっぽいっていうか……あんまり女の子っぽくなかったですよね。この前皆で遊んだ時とかもそうでしたし」

 

「そりゃ俺が着れなくなった服片っ端から持っていきやがるからな」

 

「男の子のお下がりで生活する女子高生なんて初めて見ましたよ……。もう、私のことはいいので侑先輩の洋服探した方がいいんじゃないですか? 花の女子高生なんだし可愛くオシャレしましょうよ」

 

「だよねかすみちゃん!」

 

「半分同意」

 

「ちょっと二人共! かすみちゃんを元気付けるために来たって言ったじゃ……あ」

 

「提案者が口滑らせてどうすんだ馬鹿」

 

そう。理由はこの中須かすみ。

 

同好会のスクールアイドルの中で一人だけファンレターを貰えなかったという事実が大分堪えたらしく、以降普段の喧しさは見る影もないほどに消沈している。

 

結果として侑が気を遣い、全く身の入っていない練習も程々に帰宅しようとした彼女を捕まえ、基本練習に関わらない歩夢と雄牙を連れて遊びに出た……というのが事の顚末。

 

正直この手の問題は本人の中である程度噛み砕かれるまで待つのが得策だとは思うのだが、それを良しと出来ないのは侑の優しさ故か。その優しさを少しでも付き合わされる自分達にも向けて欲しいものだが。

 

「ええっと違うんだかすみちゃん……これは……」

 

「いや、気付いてないと思ってたんですか……?」

 

呆れ混じりの吐息が挟まる。

 

「ありがとうございます、侑先輩。気を遣ってくれて。でも私は大丈夫ですから」

 

「……一応、大丈夫に見えねぇからコイツも気を回した訳なんだけど」

 

「大丈夫ですって! この程度で挫ける私じゃないですよ~」

 

「……だといいけどな」

 

強がっているのも目に見えて明らかだった。本人のプライドと憂慮の入り交じった機微を前に、侑ですら言葉を探してあたふたと目線を散らしている。

 

こうなると最早励ましも逆効果だ。善意と厚意で塗り固められた言葉のナイフが血潮を滴らせながら彼女の心を抉ってゆく。二人もそれがわかっているから何も言えない。

 

「手は出せませんでしたけど、色々可愛いお洋服が見れて楽しかったです。そろそろ私も練習しなきゃなので、今日はここで失礼しますね」

 

「あ……かすみちゃ……」

 

そして、呼び留める間もなく少女は走り去ってゆく。

 

隠し切れない哀愁を醸す背中は何も為せなかった証拠だ。数拍の沈黙の後、己の不甲斐なさを呪うように侑が目を伏せた。

 

『……まあ、辛いよな』

 

(なんだよタイガまで……)

 

『こういう時に自分の話持ち出すべきじゃないんだろうけどさ……俺もそうだったから、なんかわかるんだよ。頑張っても認めて貰えないのって、辛いよな』

 

遂には体内の同居人すらにも伝播し始めた重暗さ。

 

別に、雄牙だってかすみの気持ちが全くわからないという訳ではない。これまでタイガと共に戦ってきた中で思うようにいかないことなど数多くあった。未だに覚えるやるせなさも一つや二つじゃない。

 

けど嘆いたって仕方がないんだ。結果を求められる立場にいる以上、苦しむ姿を見せたところで強くなれはしないし、周囲からの評価だって変わらない。それはスクールアイドルであるかすみだって同じ筈だ。

 

だから―――、

 

(……同情も何もないだろ。結局はアイツの気の持ちようだ)

 

『だとしても理解してくれる誰かがいるってだけで結構違うもんなんだよ。かすみにもフィリスみたいな奴がいればなぁ……』

 

(いきなり知らん奴を話題に出すな)

 

『あれ、話したことなかったっけか? フィリスはな―――、』

 

唐突に始まったタイガの友人自慢を適当に聞き流しつつ、雄牙は小さくなってゆく後輩の後ろ姿に眼を固定する。

 

雄牙はかすみと共に切磋琢磨するスクールアイドルの仲間でもなく、長い時を共有してきたような関係でもない。そんな自分が彼女の気持ちを推し測ろうなど出来る筈もないし、資格もない。出来ることなど傍観に徹するのみだ。

 

例え、彼女の下す決断が望ましい結果でなくとも。

 

「……戻ろうぜ。今なら練習間に合うだろ」

 

「……? 雄牙君、何かあるの?」

 

「あの評価フォームのせいでちょっと練習見てくれとか色々頼まれたんだよ……大会も近いし、出来るだけ早く済ませた方がいいだろ」

 

「おぉぅ……いつの間に……」

 

現在地から学校まではそう遠くない。モノレールを用いれば余裕を持って要望に応えるくらいの時間は残っているだろう。

 

実際あの評価フォームはかなり力を入れて皆のパフォーマンスに対する感想を綴ったつもりだ。

 

一部言葉を選ばなかった部分もあるため思慮に欠けているとの指摘もあったが、それも本気には本気をという雄牙なりの誠意の証だ。だから各々が各々の理想へ向けた糧にしようとしてくれているのなら応えたい気持ちはあった。

 

「……」

 

「……雄牙君?」

 

「あぁ、ゴメン。行こうぜ」

 

後ろ髪を引かれるように振り返る。

戻した目線の先に、もうかすみの姿は確認出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜道を一人ぼっちで歩く経験は何度もあった。同好会に所属し、自分の理想を叶えるべく走り続けるようになり、遅くまで練習に勤しむようになってからはその機会も増え、今ではすっかり慣れたつもりだった。

 

けど、こんなにも独りぼっちを寂しく感じる夜道は、初めてだ。

 

「はぁ……」

 

今日だけで何度繰り返したかもわからないため息。

 

逃げるように侑達と別れた後、どうにも真っ直ぐ帰る気にもなれずあれこれと寄り道を重ねてしまった。普段なら今頃練習を終え、帰路につく頃だろうか。七時前にも関わらずまだ夕闇を映したままの東京湾を望んでいると、もう夏もすぐそこなのだと実感する。

 

もう時間も時間だ。流石にそろそろ帰宅すべきかと、腰を下ろしていた砂浜から立ち上がり、近くの駅を目指した。

 

海浜公園であるこの場所は防砂林に施されたイルミネーションが名物でもある。

その光も、街頭に寄せられる虫のように隣接された商業施設から流れてくる男女カップル達の表情も、何もかもが目に痛かった。

 

キラキラしていて。キラキラし過ぎていて。ファンレターを受け取った皆の顔を思い出してしまう。だから目を逸らしたくて勇み足に進んだ。

 

「あぅっ……!」

 

殆ど前を見ずに突貫していた身体が何かと衝突して制止する。感触的に他の通行人にぶつかったのはすぐにわかった。かすみは慌てて俯けていた視線を持ち上げる。

 

「ごめんなさいっ! 前を見てなく……て……」

 

咄嗟に紡ごうとした謝罪の言葉が途中で詰まる。まるで目の前に存在する黒に押し留められてしまったようだ。

 

「いえいえ、こちらこそ注意が足りていなかった。お怪我はございませんか? お嬢さん」

 

目の前にいたのは左右を相反する二色で分割した衣服を着込む男性だった。明らかにかすみに非があるにも関わらず、責めるどころか慮って見せる振る舞いは紳士然と呼べる。

 

けどどうしてだろうか。この人はそんなものじゃないと、無礼にもかすみの心はそう告げていた。

 

「……今日の夜は深い」

 

「え?」

 

「夜は命に安らぎを齎す刻でもあるが、反面子羊を惑わせる混迷でもある。仮に道標があろうともその光を覆い隠し、目的地までの道を闇に閉ざしてしまうからね」

 

「は、はぁ……」

 

なんて予感が的中したのか、次に訪れた痛々しさすらある単語の羅列に首を傾げる。要は気を付けろということなのだろうか。おかしな言い回しをする人だ。

 

「……だが、そもそもの道標や目的地が間違っていたという可能性もあるだろう。そう考えれば、夜とはまやかしを払い、真理へ続く本当の道を示しているとも言える。言い方を変えるのなら、本質へ至るために与えられた機会でもある訳だ」

 

「あの……なにを……」

 

「……君は、この夜を意味のあるものへ変えられるかな?」

 

注意を喚起する言葉でないと理解したのはすぐのことだった。どうしてかは知らない。でもこの人は()()()()()んだ。

 

瞬間、ぞわりとした寒気が背筋を走った。全身を、頭や心の中でさえもを舐め回されているような感覚だ。

 

「な、ななな何なんですかあなたぁ……」

 

「……そうだね。君を応援する者……合わせた言い方をするのなら、ファン、とでも名乗るべきか」

 

「ファ、ン……」

 

微かに主張を増す鼓動。

そんな単語一つで心を許していいような相手で無いのは頭で理解している。

 

でも現実に挫かれた理想が齎す感情にとって、その言葉が齎す威力は大きすぎたのかもしれない。

 

「……おっとすまない。私の悪い癖でね、ついつい目にした君の苦しみを放っておくことが出来なかった。怖がらせてしまったのなら謝罪しよう……だが、私は君の味方だということだけは覚えてくれると幸いだ」

 

耳を傾けるなと理性が告げている。

 

「君の道は、他でもない君自身が選択すべきものだ。そこに私の意志が介在する余地などないが……せめて、正しい道を選べる未来を願っているよ」

 

あと少し浸っていたいと情動が訴えている。

 

意志に関わらずかすみの身体は動こうとしてくれない。どちらへ傾くにしろ重ねられた手のひらも、指に通される奇怪な指輪をも振り払う術は無かった。

 

「……良き、旅の終わりを」

 

深くなる宵闇に男性は溶けてゆく。身体を縛っていた硬直も直後には掻き消えていた。

 

奇妙な体験だった。あれこれ言っていたが完全に不審者だ。もしくはストーカーだ。

 

こんな体験は忘れるに限る。家に帰って、美味しいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、ふかふかのベッドで寝る。今回限りであるならそれで消えて終わる話である筈だ。

 

でも―――、

 

「……間違ってた、のかな……」

 

この心を掻き回す残響はもう、誤魔化せるようなものでは無くなっていた。

 




と、言う訳で中須回です。元ネタは勿論タイガ11話「星の魔法が消えた午後」

ただ一人だけファンレターを貰えず挫けかけた中須後輩が暴れ散らかす予定です。ウソです。作者は何も考えてません

そしてまたお前なのか事案おじィ……!
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