トライ×ライブ! ~Rainbow Generations~ 作:がじゃまる
未だにスクスタのグランドエンドを引き摺っていますが一応生きてます。ありがとう幻ヨハ。ありがとうブレーザー。君達のおかげで今日も生きていける
それでは4ケ月もサボって申し訳ございませんでした
「かすみさん! おはようございます!」
「……おはようございます」
朝一番から浴びるには少々喧しい声量がガンガンと寝不足の頭に響く。随分なモーニングコールだった。
きっと普段のかすみなら文句や嫌味の一つや二つは零していたところだったろうが、今はそんな気も起きなかった。
「? どうかしましたか?」
「……なんでもないです」
それどころかマトモに顔が見れない。昨晩の記憶を掘り起こすだけで爆発してしまいそうなくらいに火照ってしまう。
色々とあったとはいえ、まさか高校生にもなって泣きじゃくって、喚いて、挙句泣き疲れて寝落ちするなんて……恥ずかしいことこの上ない。
むしろなんでこの人はそんな何事も無かったかのような顔が出来るんだ。
「あっ、これかすみさんの分の朝食ですよ! 乾パンなんてこんな時じゃないと食べる機会もありませんから、少しワクワクしますよね!」
……違う。この人も気丈に振舞っているだけだ。常日頃から過剰なくらいにパワフルな姿を見ていれば、その下手くそな空元気なんて見え見えだ。
気を遣っているのだろう。そんな余裕なんてない癖に。
現状は何も変わっていない。
街のこと、家族のこと、日常のこと、ラブライブのこと。せつ菜だけじゃない。皆の中にもそんな不安は渦巻いているだろうに。
「……ぅ」
「こんな時でもお腹は空きますよね。私のことは気にせずに、どうぞ」
軽く伸ばした身体を椅子へと凭れかけると、同時に腹の虫が食事を求めて鳴いた。そう言えば昨日の昼食以降何も口にしていなかったか。
恥ずかしさを恥ずかしさで上塗りしないで欲しいものだが、一先ずは勧められた通りにするとしよう。
「乾パンなんて久しぶりですね……」
「小学校の頃に避難訓練か何かで配布されてましたね。今となっては懐かしいです」
「そうですね……いただきます」
卓上に一袋だけ残されていた包みを開け、内容物を口に放り込んでみる。味は薄く、触感も硬いビスケットのようだ。おまけに口の中の水分全部持っていかれる。舌が肥えた現代っ子のかすみにはお世辞にも美味しいとは言えない。
(……今度、パン焼いてこようかな)
自分の焼いたパンの方が絶対に美味しい。なんて愚痴りつつも身体は正直なもので、空腹とあれば意外とどんなものでも喉を通る。数分もすれば備え付けの氷砂糖含め完食していた。
「……そういえば、皆さんはいないんですか?」
「ああ、今は多目的室の方でミニライブを行ってるんですよ。少しでもここにいる皆さんを元気づけられたらって、愛さんが」
腹の虫も収まった頃、思い出したように問うたかすみにせつ菜は答える。夜明け前までは同好会の面々で鮨詰めになっていた病室は今やがらんとしており、代わりにそれぞれの鞄や上着だけが散乱していた。
耳をすませば、微かにだが歌声が聞こえる。これはエマのものだろうか。透き通るような声音が静かな病院に響いていた。
「……せつ菜先輩は行かなくていいんですか? こういうの真っ先に参加しそうなのに」
「私はその……今は中川菜々としてここにいるので。残念ながら……はは……」
建前でも何でもなく本心からの惜しみを晒すようにせつ菜は零す。本当、この人は根っからのスクールアイドル人間だ。
そのひた向きさと情熱が、今は眩しくってならない。
「まあでも、応援には行こうと思ってます。……かすみさんもご一緒にどうですか?」
投げ掛けられた誘いに、直ぐに答えることは出来なかった。代わりにスカートの裾を握る。
数拍の間の後。
「……すみません。ちょっとまだ、そんな気分にはなれないです」
皆のパフォーマンスを見れば、否が応でも己と向き合うことになる。それが怖かった。
昨晩、せつ菜は何度も優しい言葉をかけてくれたけれど、やはりそれだけで全てを拭い去れるほど心というのは簡単に出来ていなくて。
深いところに突き刺さった棘が、今も静かに痛みを広げている。踏み出そうとする足を躊躇させるほどに鋭く、重く。
スクールアイドルになって初めて抱いた怯えが、今もかすみを包んでいた。
「無理強いするつもりはありません。どうするのかは、かすみさんが決めることですから」
俯いたかすみに掛かる芯の通った声。見上げればがらりと表情を変えたせつ菜が自分を見据えていた。
「けど、スクールアイドルとしてのかすみさんを好きでいてくれている人達の声だけは、知っていてあげてください。……後悔は、して欲しくないので」
若干の苦渋も交じって差し出されたのは記憶に新しい冊子だった。スクールアイドル同好会のお披露目ライブ、その感想を部員間で綴ったリーフレットだ。
「鞄、勝手に漁ってしまってすみません。どうしても見て欲しくって」
「……せつ菜先輩は、中身読んだんですか?」
「いえ。でもあの人がどんな風にかすみさんへの好きを伝えたかは、なんとなくわかるので」
熱の籠った目をしていた。信頼以外にも、何か別な機微を感じる。そんな目に突き動かされるようにかすみは手渡されたリーフレットを捲った。
ぺらり、ぺらりと。
時折傷が疼くような感覚を胸に覚えながらも、かすみはリーフレットに綴られた各メンバーからの声に目を通してゆく。こうしてみると案外、かすみのパフォーマンスを肯定的に捉えてくれている人は多いようだ。
例えば、今目の前にいるせつ菜。
『かすみさんの持つ野望に対する真剣さや本気の気持ちがこれでもかと伝わってきました! 表現面で所々惜しく感じる部分はありましたが、それもまた可愛いと思わせてしまうかすみさんの雰囲気は凄いと思います! やはり可愛さを売りにした王道スタイルはいいですね!』
興奮気味に早口で捲し立てるせつ菜の姿がありありと浮かぶ文章。心からの言葉だというのがありありと伝わってきて胸が暖かくなるようだった。
でも全員が全員そうという訳じゃない。軋轢を恐れてか無難な言葉を選んでいるなと思う部分もあるし、昂貴や耀のように喜ばしくない意見を向けてくる者だっている。
最も親しい筈の同級生の面々でもこれだというのに、本当にせつ菜の言うような好きは存在するのだろうか。そんな疑問も抱きながらもページを捲る手を勧めれば、ある意味では最も印象深い先輩の名前が目に留まった。
瀬良雄牙。
「……」
途端に過るのは昨日の苦い記憶。ただでさえ痛いこの苦しみが鋭さを増すようで思い返すのすら億劫になる。記載されているであろう内容も何となくは想像がついた。
正直読み飛ばそうとも思ったが、どうしてかそれはダメな気がして。一度深呼吸を挟んだ後に彼の言葉に目を通す。
『やりたいことに実力が伴ってないって感じ。一般的には可愛いものってイメージがあるスクールアイドルで、その「可愛さ」だけを売りにすることの難しさをもっと理解すべき』
踏み出してみれば、案の定。数段当たりの強い指摘が待ち構えていた。隠す気もない嫌悪感がじわじわと伝わってくるようで目を逸らしたくなる。
指摘自体はどれも的を射ていると言うか、具体的だ。せつ菜や果林に意見を求められるのも何となくだがわかる。
でも今かすみが求めているのはそれじゃない。
我儘なのはわかってる。ズレているのも承知の上だ。それでもただ一言、純粋に自分を好きでいてくれる声が欲しいから。
『けどその姿勢は滅茶苦茶面白いと思うし、中須の強さなんだと思う。その理想は貫いて欲しい』
「え……」
だからこそ不意を突かれた、のかもしれない。
想定外の方向から飛来した弓矢は容易くかすみの胸を射貫き、確かな熱と困惑を深奥から広げてゆく。
『単純な姿勢だけで見るなら同好会の中で一番好き。今後に期待』
訳が分からない。都合のいい夢でも見ているのだろうか。なんで、なんでこの人が。
単調で、単純で、何の飾り気もない素朴な感想。されどその一滴は波紋を呼び、やがては津波となってかすみの雑念を洗い流してゆく。
「これ、どういう……」
「本当、困った人ですね……」
顔を上げれば、同じタイミングで目を通したらしいせつ菜が眉を寄せつつも心底安堵したような笑みを作っていた。その理由がかすみにはわからない。
でも何となく。
昨日、彼があんな態度を見せた理由が。せつ菜があんなにも必死に訴えてきた理由くらいは……わかった気がした。
「先輩……今どこにいるかわかりますか?」
「多目的室にいるはずですよ。ミニライブを手伝うと言っていたので」
「私……ちょっと行ってきます!」
今動かなければ本当に終わってしまう予感がして、弾かれたように動いた身体はあれだけ躊躇っていた一歩を淀みなく踏み出した。
この場所が病院であることなどとうに忘れた。必要な想いだけを抱えて中須かすみは前へ往く。
「……行ってらっしゃい」
既に見えなくなった背中に向けてせつ菜が零す。
その真後ろ、窓枠の外に映る街並みからは……不穏な狼煙が昇っていた。
「巨大な熱源が地中を高速で移動してるっす! 未央先輩、これ……」
「まあ、ギマイラだろうね。予測より動き出すのが早い……よっぽどお腹でも空いてるのかな? 涼香、進行ルートは?」
『直線上に病院があるね……。まさかとは思うけど、捕食が目的じゃないわよね?』
「残念ながら十中八九そのまさかだよ……けど手は打ってる。ギマイラが湾岸エリアを抜けたタイミングでプランC実行……いいですよね隊長?」
『承認する。α機とβ機は奴の誘導。地上組は目標地点でのバックアップだ……必ずここで仕留めるぞ!』
「「『『了解!」」』』
「……来たな」
爆発音に続いて生じた揺れが轟く中、高速で移動する人影が傍らに着地したのを確認した昂貴は両の眼を細める。
「どうだった」
「有明のゴミの埋立地に装甲車と大きな棒状の機械が集まってました。何に使うかまではわかりませんでしたけど……」
「いや、そんだけわかりゃ十分だ。一先ずその場所までアイツを追い込むぞ」
「はい」
ギマイラが動き出したのか、それともE.G.I.S.から仕掛けたのかは不明だが、匙は投げられた。
知能の高い奴のことだ。今を逃せば討伐する機会は長く失われることになるだろう……万全の状態ではないと言え静観する選択肢はない。
「「バディ……ゴーッ!」」
互いに相方の力が宿ったキーホルダーを握り天へと掲げる。双方を包んだ光は窓枠を越えて天へと上り、二体の巨人を顕現させた。
『オオォォォォッ!』
『セエェェヤッ!』
実体化を完了させると同時に降下を開始。タイタスは拳、フーマは手刀と、落下の加速を乗せた出会い頭の強襲が第二ラウンドのゴングを鳴らした。
不意の一撃を脳天に喰らったはずのギマイラに怯む様子はない。恐ろしいまでの頑強さだが、それならば削り切るまで攻撃を仕掛ければ良いだけの話だ。
『˝光波手裏剣・斬波の型˝ァッッ!』
間髪入れずに空中で身体を翻したフーマから追撃が奔る。一度のみならず二度、三度、何度も。生成出来るありったけを放り投げた光の刃がギマイラに降り注いだ。
『星の一閃……˝アストロビーム˝ッッ!!』
着地の姿勢のまま構えたタイタスの額に集約したエネルギーが直後に放出される。
吹き上がった火花と粉塵を突っ切った熱線は着弾と共に爆炎を生み、煤と焦げ臭さに満ちた空間を作りだした。
『ヌウウゥゥンッ!』
『ッッ―――――!!』
途端に劣悪を極めた視界の中、迷わず振り抜いた賢者の拳がギマイラへ直撃。鈍い打撃音混じりに漏れた悲鳴が確かなダメージを物語っていた。
例え敵の姿が黙認出来なくとも空間を伝う振動で場所の定位は容易だ。
数歩先の道路が軋む音を探知し、その一点目掛けて再び身体を捻る。初発の勢いを利用した裏拳が奴の側頭部を殴り飛ばした。
『旦那! 砲撃が来んぞ!』
『ム……』
上空から迫る気配を悟り、タイタスが後方に飛び退く。遅れてギマイラを包んだ硝煙と起爆の雨は自らによるものではない。土煙を越えて旋回する二機の戦闘機がそれを物語っていた。
ギマイラの前方三方面を塞ぐような陣形はあからさまな誘導だった。じりじりと後退する奴の背面に存在するのは廃棄物の埋め立て場であるだだっ広い空地だ。
『やはり、ギマイラを例の地点まで誘導するのが狙いか……フーマ!』
『わかってらァ!』
援護射撃の意図は察した。有用な策があるのなら乗らない手はない。
迅雷の速度で空間を翔けたフーマの風圧が生む猛烈な気流。それは視界を占領する塵芥、霧、剰えは散乱した瓦礫さえもを宙へと運び、暴力的なまでの竜巻を生成した。
『一晩中吐き散らしてスッキリしたかよ? けど、汚した分のケジメは手前がつけねぇとなァ!』
ただ霧を払うだけだった昨日とは違う。渦巻く風は明確な攻撃の意志を秘めた鋭さを湛えている。
『ほーら、キッチリ釣りもつけてよぉ……お返しだコンニャロッ!』
飛翔するフーマの軌道に倣い、叩き込まれた飛び蹴りと共にタッチダウンした竜巻がギマイラの巨体を遥か後方へと押し流してゆく。
奴も爪や尻尾を突き立てて踏ん張りを見せるものの、台風の比にもならない暴風の前には気休め程度の誤魔化しにしかならない。
そして数百メートルに渡って舗装されたアスファルトを抉り続けた後、目標地点への突入を確認したフーマは後方のタイタスと目線を交わす。
『˝プラニウムバスター˝ッ!』
フーマがギマイラより離れ、空いた懐に吸い込まれたタイタスの光弾がダメ押しの推進力を与える。
炸裂の爆風と巨体が地面を揺らす轟音。
そして重い重い爆発音と衝撃の波がギマイラを貫くのは同時だった。
『ッッッ―――――……!』
断末魔にも等しい悲鳴が猛々しく上がる。
着弾地点と思しきギマイラの右足からは鱗が弾け飛び、体表はおろか肉が露出していた。流れ出る血潮が痛々しさを増長して映す。
『あれは……地底貫通弾を地中から打ち込んだのか?』
『エッグいことしやがる……まあ、これで死なねぇアイツも大概だが……』
地底貫通弾とはその名の通り地表や岩盤を貫き、地中の対象物を攻撃する兵器を指す。
特筆すべきはその突貫力と破壊力であり、下手に使用すれば周辺の環境に影響を及ぼし兼ねないほどだ。
それを直接、しかもほぼゼロ距離で喰らったともなればさしものギマイラと言えどタダでは済まないらしい。
「……これ、同じものが沢山埋まってるって考えていいんですよね」
「多分な。ここら一帯が地雷原ともなりゃ地中に潜るイコール自殺未遂みてーなモンだ。ここまで追い込んで逃げ場を無くすのが狙いだったんだろ」
ギマイラは知能が高い。同様の爆弾が大量に地中で眠っているともなれば昨日のように逃亡を図ることも叶わないだろう。
退路は断った。その事実を示すように対峙する目線でチェックメイトを宣言する。
『ッッッ―――――!!』
睨み合う数刻の静寂の後、劈くような咆哮がファイナルラウンドの開幕を告げた。
「わわっ……!」
一際強烈な揺れが建物を襲い、よろけたかすみは慌てて壁に寄りかかった。先刻の恐怖からか、屋外通路を通じた院内からは悲鳴が上がるのが聞こえた。
吹き抜けた爆風が頬を撫でた。焦げ付く熱さは断続的に響いては病院を揺らしている。
「……大丈夫か?」
「はい……よろめいただけなので」
差し出された手を取り、顔を上げたかすみは屋上へと呼び出した雄牙の顔を見据える。真後ろでは濛々と噴き出る黒煙が青空を黒に塗り潰さんばかりに広がっていた。
だがタイミングの悪さを呪っていても仕方がない。一度心を決めて踏み出した以上引き返す訳にはいかないのだ。
「その……こんな時に呼び出しちゃって、ごめんなさい。まさか今出てくるだなんて思ってなくて……」
「いいよ。こんなの予測する方が無理だし……それにまあ、俺も言いたいことあったから、丁度良かった」
「え?」
「……昨日は、流石に言い過ぎたなって。だから、まあ、その…………ごめん」
酷い口籠りで紡がれた不器用な謝罪がかすみの虚を突いた。ばつが悪そうに泳がせる目線が何ともまあ情けなく映る。
そんな様子に、頭の中でこねくり回していた言葉や順序はどこかへ流されていって。
自然と、綻んだ口元が笑いを吹き出していた。
「ふふっ……なんで先輩が先に言っちゃうんですか」
強張っていた身体から力が抜けていくのを感じる。変に緊張していたのが馬鹿みたいだ。
何も難しく考える必要は無い。ただ思いの丈を正直にぶつければいい……これまで何度もやってきたことじゃないか。
「もう気にしてないですよ。その分だとだいぶせつ菜先輩に絞られてそうですし……それにまあ、私の態度も悪かったので」
「……そ」
「それでもまだ先輩が気にしてるって言うなら……教えてください」
遠方の戦場が苛烈を極めてゆく一方、かすみは努めて静かな振る舞いで雄牙を見つめ返す。
「なんで、先輩は私のパフォーマンスを好きになってくれたんですか」
問い掛けに、微かに見開かれた雄牙の瞳孔が揺れる。秘める色は驚愕じゃない。何かを葛藤するような機微だ。
「……リーフレット、読んだの?」
「はい。ついさっき。今更、ではあるんですけど……」
「まあ、どうせ読んでねぇだろうなとは思ってたけどさ……」
ため息混じりの落胆は深く思えた。疼きが胸を襲う反面、予感が確信に変わる。
「……正直、瀬良先輩があんな風に思っててくれてたなんて意外でした。ずっと、嫌われてるって思ってたので」
擦れるようなかすみの声に、雄牙は眉間に作った皺を深くする。
「……嫌いってほどでも無いけど……まあ、苦手ではある……かも。可愛い子ぶっててウザいし、うるさいし、ウザいし、話聞かないし、幼稚だし。あとウザいし」
「何回も言わなくていいです! ていうか、そんな風に思ってたんですかぁ!?」
予想の遥か上を行く悪口に思わず不満と驚嘆が漏れる。お返しにコイツのダメなところも羅列してやろうかと躍起になりかけるが、直前で飲み込んだ。
喧嘩なんてこの先に進めればいくらでも出来る。今は次の句を待つ時間だ。
「中須の言う可愛いも、そんなのに拘る理由も俺にはわかんないよ。……けど」
「けど?」
語末を言い淀ませた雄牙を真っ直ぐ見つめる。初めて、本当の意味で彼と視線を重ねた気がした。
そんな瞳が、揺れる。
「それでも、そんな理想でも信じて貫き通そうとしてるお前がカッコいいって思った。……何と言うか、憧れてた……んだと思う」
「じゃあ、昨日のって……」
「お前、たった一回程度の挫折で投げ出そうとしたじゃん……それがなんか、イラっと来た」
終盤には窄んで殆ど聞き取れなかった言葉が、強く胸の戸を叩いた気がした。強い違和感と疑念がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
彼が好きになってくれた姿勢は、信念はどこから生まれたものだった?
そもそも自分は……どうしてスクールアイドルを始めたのだったか。
「は、あはははっ……!」
考えるまでもなく答えはすぐに出て、その可笑しさに思わず綻びが込み上げてくる。
単純だった。わざわざ見つめ直すこともないくらいに、始まりは中須かすみの根源に存在しているもの。
苦しいに決まってる。辛いに決まってる。だって自ら理想が遠ざかる道を選ぼうとしていたのだから。
「……悪かったなガキ臭くて」
「ああいや、別に先輩を笑ったんじゃなくて……ありがとうございます」
「あ?」
「スクールアイドルの私を好きになってくれて。あと、大事なことを思い出させてくれて」
目の前の彼と、ここにいないもう一人に向けて。
憑き物が落ちた顔で礼を綴ったかすみに、雄牙はただ首を傾げている。
「そうですよね。誰よりも魅力的で、さいっこうに可愛いスクールアイドル……それがかすみんですもんね! それ以外、ありえませんもんね!」
「いや、そこまでは言ってないんだけど……」
「いーや、言わせます。かすみんはカッコいいんじゃなくて、可愛いんです!」
「あーウゼェ。うん。やっぱお前ウザいわ」
直後に困惑が呆れに変換されたらしい雄牙が険しい面持ちで頭を掻く。吐き出されたため息は隠す気もない倦怠感を含んだものだ。
それでも、続く声を発した口元は確かに緩んでいた。
「けどまあ、その方がお前らしいよ。気に食わねぇけど」
「先輩はいっつも一言余計なんですよぅ。まあ、素直に褒められても気持ち悪いだけですけど……」
胸が熱い。
不思議な感覚だった。かつて望んだような賛美が手に入った訳ではないのに、今は満たされて思える。
僅か二つの大好きに、応えたいって思っている。
「……ねえ、先輩」
「なに」
「もし、またステージに立てたら。かすみん精一杯パフォーマンスするので……見ていてくださいね」
生まれ変わった熱を帯びて零した誓い。
希求する心は形を帯び、何物にも染まらない白を以って瞬きを始めた。
「え……」
「……げ」
ふわりと浮遊し、自らの胸元を離れた光がいつの間にか雄牙の右腕に装着されていた手甲に吸い寄せられてゆく。
あまりにも唐突過ぎる超常現象にあれだけ彩られていたはずの頭の中が真っ白に染まる。
そして数拍の沈黙の後、
「な、な……なんですかこれぇ!? なんで私の胸光って……ていうか先輩のそれってウルトラマンと……!」
「……あー、うん。後で纏めて説明するから、今はちょっと静かにしてて」
流れ込む情報を処理し切れずパンクしたかすみに対し、天を仰ぐ雄牙は心底気怠そうに額に掌底を押し当てていた。備わった手甲は何かを待つように瞬きを続けていた。
「……俺からも一つ聞いていい?」
「え?」
「お前はあの怪獣、どうしたい」
間を置かず連続で重ねられた問いがまた別の答えをかすみに与えてくれる。
振り返ることなく背後の悪魔を指し示す彼の双眸をかすみは知っていた。そんな彼がかすみから溢れ出た何かを受け取って、かすみの言葉を待っている。
だったら返す意志は一つしかあるまい。
「……倒し、たいです」
ゆっくりと己の気持ちを反芻しながら、かすみは紡ぐ。
「あの怪獣は、私の心……みたいなものなので。このままじゃ、本当の意味で進めないんじゃないかって、思うんです」
形はどうあれ、かすみの心が色々なものを傷付けてしまったのは事実だ。悔しい心のままに暴れて、皆から、自分からさえも可能性を奪おうとしている獣。
あんなものでも立派な心だ。否定は出来ない……でも乗り越えることは出来る。
「私、また歌いたいです。ステージに立ちたいです。でも、私一人じゃ辿り着けないから……だから、力を貸してください」
返答の代わりに吹き抜けた突風はかすみの決意と共に、目指すべき一点へ突き進んでいった。
『……ま、お前にしてはよくやった方じゃねぇの? 褒めてやるよ』
「うっせ。やっぱ口に出すモンじゃねぇよこんなの」
『でもかすみの奴、嬉しそうだったぞ?』
タイガのお節介に辟易としつつも、どこかスッキリした面持ちでいる己の心を雄牙は自覚している。
ああそうだ。やっぱりロクなことになんてならなかった。
不明瞭だったからこそ価値があった感覚は形を得てしまい、意味を持ってしまった。手にしてしまった余計なものは片手間に持ち運ぶには大きすぎる代物だ。
なのに、その重みを嬉しく思っている自分に嫌気が差す。
『俺もちょっと楽しみになってきたよ。それを見届けるためにも、アイツは倒さないとな』
「……わかってるよ」
それでもやることは変わらない。
着々と終幕へ向かう戦場を見据え、受け渡された光を手に、自らもまた身を投じる。
《ウルトラマンタイガ!》
『シュアァ!』
天を翔けた紅い閃光が巨人へと姿を変え、飛び蹴りの姿勢のまま黒の凶獣へ突貫を仕掛ける。
これまでの戦闘の成果か、くぐもった唸り声を散らしたギマイラはかなり消耗している。恐らくはあと一手、決定的な一撃を加えれば倒し切れる確信があった。
その一手足り得る切札は、既にこの手の中にある。
『タイガ……テメェおせーぞこの野郎! 美味しい場面で出てきやがって!』
『だがよく来てくれた。この状況に置いて最も有用な攻撃手段を持つのは君だ……頼んだぞ』
『ああ、任せとけ!』
ギマイラの表皮はウルトラマンの光線ですら弾き返してしまうほどに硬い。狙うべきは胸元に開いた大きな傷だろう。
タイタスが、フーマが、E.G.I.S.が力を結集して開いた突破口……逃す理由はない。
《オーブレット!》
《コネクトオン!》
ブレスレットとして受け取ったバトンに手甲を重ね、巡るエネルギーを循環させる。
抑え切れないくらいの情動を、突き進む破壊力に変えて。
その意志を―――貫き通せ。
『˝スプリーム……ブラスタァァァァァァ˝ッッッ!!!!』
円環を宿した白色の光芒が吹き荒ぶ。
留まることを知らない勢いはギマイラと衝突しても尚その威力を増大させ、立ち塞がる悉くを焼き尽くしてゆく。
『ッッッ――――――……!!!』
やがて注ぎ終えられた熱量は最早奴の肉体に収まり切るものではなく。
次の瞬間には膨れ上がり、悪魔を木っ端微塵に吹き飛ばすほどの大爆発が勝鬨を告げるように轟いた。
―――数週間後。
「やー! 緊張したぁ……けど楽しかったぁっ!」
光に包まれた舞台から舞い戻った愛が満ち足りた笑顔で快哉を叫んだ。額を伝い、時折散華する輝きの粒は彼女が全力を尽くした証だ。
「お疲れ様、愛。貴方らしい素敵なパフォーマンスだったわ」
「すっごく楽しそうだったよぉ。舞台裏の私達も踊り出しちゃいたいくらい!」
「完全に会場の空気が持っていかれちゃった感じがするねぇ。これは彼方ちゃん達も負けてられないんだぜ~」
「あはは! いいねいいね! 皆でワイワイ和気藹々、盛り上がってこうよ! 愛だけに!」
愛に労いの言葉を掛ける面々もまた彼女と同様、舞台で舞い踊るための衣装に身を包み、自身の出番を今か今かと待ちわびている。
ギマイラによって一時は開催が危ぶまれたラブライブだったが、迅速に事態が収束したこともあり、二週間程度日程が後ろ倒しにはなったものの無事開催される運びとなった。
今日はその予備予選。スクールアイドルの頂点を決める舞台、その最初の関門だ。
「そろそろかすみちゃんの番」
控室に残響する熱は、交わす声によって指数的に上昇してゆく。昂ってゆく周囲に押し潰されないよう、深く息を吸い直したかすみの衣装の裾を璃奈が突いた。
「かすみさん、緊張してる?」
「そりゃあしてるよぉ……こんな大きいステージで歌うの初めてだもん」
「私も。思ってたよりずっと大きな会場でびっくりしちゃった」
「予備予選で既にこの規模……緊張するけど、勝ち上がれたら、きっともっと大きなステージで皆と繋がれる。璃奈ちゃんボード˝燃えて来たぜ˝」
「あははっ! りな子~、ボード逆さまだよ~?」
着々と迫るその瞬間を前に張り詰めた糸を解すように同級生と戯れる。それぞれが見繕った衣装の中、かすみの纏うパステルイエローが揺れていた。
「それにしてもびっくりしちゃった。まさか
「ふっふん。超絶可愛いでしょ?」
元々この舞台でお披露目するはずだった装いとは違う、より中須かすみを表現するために生み出された衣装と曲。
無茶ぶりをしただけあって色々と苦労はしたが、それでもいいものが出来たと自負している。
「じゃ、行って来るね」
仲間達の激励を受け、控室の戸を開いたかすみは自らが立つべき舞台へ向かう。
サイリウムで彩られた光の海。少なくともお披露目ライブの舞台であった講堂では目にすることのなかった景色がもう数十歩進めば待っているんだ。
その一歩一歩が重く感じた。緊張も恐怖もある。この重みこそが真の意味でステージに立つということなんだ。
「かすみさん」
舞台袖の暗幕に辿り着いた頃、少し前に自身のステージを終えたらしいせつ菜が出迎えてくれる。まだ上下を続けている肩が彼女の誇ったパフォーマンスの熱量を物語っていた。
「汗すっご……早く控室戻って着替えてきてくださいよ。身体冷えちゃうじゃないですか」
「えへへ……すみません。でも、やっぱり直接伝えたくて」
屈託なく笑ったせつ菜は、突き出した握り拳をかすみに向けて言う。
「止めちゃいけませんよ。かすみさんの、大好きの気持ち。全部全部、私達に魅せつけちゃってください」
「……勿論ですよ。せつ菜先輩にだって、負けませんから!」
かすみもまた拳を重ね、誓いを交わす。
そうだ。一人なんかじゃない。
隣にいてくれる友達、競い合う仲間、応援してくれる人達。沢山の想いがあるからこそ、今かすみはここにいる。
今はただ、誰よりも魅力的で超絶可愛い自分を。かすみの目指すなりたい自分を信じて、ぶつけるんだ。
たった一人でもかすみを好きでいてくれる人がいれば。
かすみがかすみの理想を貫き続ければきっと、誰かにとっての無敵級になれる……そう、信じ抜いて。
―――――♪:無敵級*ビリーバー
長かった夜は明けた。
絶えず降り注ぐ光の中でかすみは歌い、他でもない自分自身を表現する。
苦悩も、挫折も、味わい抱いた全てを乗せて。
これから始まる世界一可愛いスクールアイドルの伝説。その始まりを見る者全てに宣言する愛嬌が、淡く染まる会場を満たしていくようだった。
狂気の11000字。気付いたら滅茶苦茶膨れ上がってしまった……
という訳で4カ月ぶりの更新でした。まだもうしばらくは忙しいんですが一応今回から投稿再開とさせて頂きます
今回のように期間は開いてものんびり続けていくつもりではあるので気長にお待ちください~