トライ×ライブ! ~Rainbow Generations~ 作:がじゃまる
本編もさることながら、キャストさんや田口監督の裏話や制作の意図を聞けて滅茶苦茶楽しい時間でした。これは舞台挨拶も行きたくなる……。
「女子、会……?」
目の前の異星人から放たれた聞き慣れない言葉を範唱する。
女子会と言えばアレだ。文字通り女子だけが集まった会合。異性の介入しない場で食事やお茶会を嗜む場だと認知している。
それをどうしてこの女子とも呼称していいのかも分からない化け物から誘われているのか、そもそも彼女は何故それを開こうと思い至ったのか。
疑問は尽きないが、一先ずは二の句を待つ。オグリスのことだ。きっと聞かずとも自分で語ってくれる。
「ん? 何か間違ってたか?」
「なんもかんもですよ! なんでかすみん達が付き合わなきゃなんですか」
「強いて言うなら気分と興味だが……友を遊びに誘うのに小難しい理由もいらないだろ」
「いやまず友達になった記憶も無いんですけど……」
語ってくれたが理解には至らなかった。もうそう言うものだとして処理した方がいいのだろうか。
強引。やはりその言葉が何よりも似合う。
「いいから付き合え。お前達もしずくを追ってここまで来たんだろ? だったら目的は同じだ」
誰の返答も、了承すらも得ることなく、踵を返したオグリスはずんずんと進む。
が、何を思ったか。ふと思い出したかのように足を止めると、
「……っと、その前に。雄牙」
「あぁ?」
「お前も参加するんだ。だったら、相応しいドレスコードと言うものがあるよな?」
「……は?」
無邪気に邪悪を灯した笑顔。
三つの視線が集中するのを察知した背中が微かな悪寒を帯びるのを感じた。
「おまっ……マジでやんの!? ちょ、ちょまっ……待てってェッ!」
「なっはははッ! ここまで来て止めると思うか? 大人しく身を委ねろ」
「はは……」
布一枚を隔てた個室から聞こえる騒々しさに苦笑いする。途端に疲労が湧き出てくるのを感じた。何だかんだ気を張っていたのだろうか。
「しず子……大丈夫?」
察したのか、不安気に顔を覗いてくるかすみ。
「大丈夫だよ。色々あって、ちょっと疲れちゃっただけだから」
「いや、そうじゃなくて……」
「え?」
「しず子、なんか悩んでるでしょ」
前屈みになった体勢がかすみの顔を目前へと寄せてくる。ふわりと舞った芳香が擽ったい触りで鼻腔を撫でた。
皺を作った眉間が眼を傾けていた。見透かされている。ほんの一瞬前まで存在すらしていなかった予感が確信に変わる。
「……気のせいじゃないかな?」
「目、ちょっと腫れてる」
反射的に取った抵抗は己が零した雫の後に否定される。指先で触れた目尻は確かに微かな熱を帯びていた。
「また泣いてたんでしょ。これくらい、隠してたってわかるよ」
そもそもかすみは雄牙とのひと悶着があったのを知った上で追い駆けてきたんだ。こんな演技が通じる訳がないと遅れて理解する。
雄牙が自ら話したのか、将又かすみに看破されたのか。それはわからないけれど。
「……何か悩んでるなら話してよ。友達じゃん」
どちらにしろ余計な真似を。
更衣室でもみくちゃにされているであろう先輩に怨嗟の眼差しを向ける。
「あのお馬鹿に何か嫌なこと言われたんなら、かすみんも一緒にぶん殴るから!」
「はぁ……」
降参を表明する形で吐息を漏らす。思えばジョイポリスでの一件から既に勘付かれていたのだろう。どうであれこうなるのは時間の問題だった。
このまま貫けもしない隠し事を続けるか。それとも正直に話すか。どちらがしずくにとって望まない未来を招くかなんて考えるまでもない。
「……かすみさんは、さ。怖くなかった?」
「怖い? 何が?」
「自分を、否定されるの」
不意な問いかけにかすみは一瞬首を傾げるが、直ぐに心当たりを得たように人差し指を立てた。
「もしかして……お披露目ライブのこと?」
間もなく返したかすみに小さく頷く。
「あの時のかすみさん、すっごく、苦しそうだった。理想の自分があって、叶えたい姿があるのに、それを受け入れてもらえなくて。……わかるんだ。私も、同じだから」
語らいの決意を固めたはずの声音は、まだ震えていた。
「ううん。私なんかがわかった気になっちゃダメだよね。かすみさんと違って、私は努力もしてないもん……」
「何か、言われたの? もしかしてまたあのお馬鹿が変なこと言った!?」
「確かに指摘はされたけど……原因は私だよ。むしろ、あの人が言ってたことも正しいと思う。だから少し、ムキになっちゃって」
―――――いつもいつも気付いて欲しいんだか欲しくないんだかもわかんない曖昧な態度取っておいて主張もハッキリしないし。伝わる訳ないじゃん。
―――――そんなんだから予備予選で落っこちるんだよ。
鮮明に刻まれた言葉を反芻する。聞いたかすみは怒りこそ含んだ目をしているが、否定するまでには至らなかった。何となく、彼女にも心当たりがあったのだろう。
「……とりあえず、戻ってきたらぶん殴ろっか。言い方が悪いよそれは」
「でも元はと言えば私が……」
「そういうんじゃないの! しず子を傷付けるような言い方したんならあのお馬鹿が悪い!」
犬歯を剥いて握り拳を握る同級生。
かすみと雄牙の関係の変化というのはイマイチわからない。以前よりも親しくなったのは間違いないのだが、単純に仲が良くなったかと問われればその限りではないように思える。
憎まれ口は常のことだし、喧嘩や言い合いに関してはむしろ以前よりも増えている。何ならかすみは手さえ出ている。
けれどもそれらは両者の間にしかない信頼から来るもの。それは何かがあったであるのは、その何かを知らない者でさえ、傍から見ても明らかだ。
訳はしずくも知らない。その場所にいなかったんだ。知りもしなければ目にすらしていない事実を手繰り寄せる方法なんて持ち合わせてない。
「……質問、し直してもいいかな。お披露目ライブと、予備予選のこと。その、直前のステージであんまり評価して貰えなかったのに、何でかすみさんは自分のスタイルを貫けたの?」
だから問いかける。鮮明に焼き付いた景色に想いを馳せて。形すら見えない答えへ必死に手を伸ばして。
一度は折れかけた理想を抱え、あの輝かしいステージで歌い踊るかすみ。
それが途方もなく、今のしずくには眩しく思えたから。
「もし、また受け入れて貰えなかったらって思ったら……怖いと思わなかった?」
語末は自分でもわかるくらいに震えていた。最早しずく自身にも把握できないほどに雑多な感情が含まれている表れだ。
もう何年も
そんな自分が包み曝け出した弱さに対し、かすみは―――、
「そりゃ、怖かったよ」
「え……?」
あっけらかんと答えた。至極当然のように、ぱちくりと瞬く眼に欠片の偽りも映さないまま。
「怖いよ。あんなに頑張ったのに、こんなに可愛いのに全然褒めて貰えなかったんだよ。またそうなったらって考えたら……怖いに決まってるじゃん」
「だったら、どうして……」
「……スクールアイドルとしてのかすみんのこと、大好きだって言ってくれる人がいたから。せめてその人達の気持ちだけは、裏切りたくないなって。そう思ったからさ」
真っ直ぐだった。目線も、志も。何物にも屈しない強さを感じさせるほどに。
「そ、それにぃ、かすみんがなりたいのは世界一可愛いスクールアイドルだから! そこは曲げたくないなって!」
次第に照れ臭くなったのか、誤魔化すようにいつもの調子に戻ったかすみは人差し指を両の頬に当ててぎこちなく笑う。
「……凄いね、かすみさんは」
やっぱり、それすらも眩しかった。
「……私には出来ないよ」
擦れた音が反響を待たずに消えてゆく。
何を齎したであれ、かすみは答えてくれたんだ。
望まれた答えかはわからないけれど、今のしずくには打ち明ける義務がある。
「……私ね。小さい頃から昔の映画とか小説が好きで、その登場人物達に、憧れてたの。私もこうなりたいなって。物語の、主人公に」
「主人公……」
範唱したかすみには共鳴にも近しい含みがあった。当然だ。スクールアイドルを志した者なら、誰だって抱いたことのある願望だろう。
しずくだって、そう。演劇も、スクールアイドルも、踏み入れたきっかけは同じだった。
ステージの上で生み出す物語に観客を引き込み、一瞬でも世界の中心となる己を空想した……はずだった。
「でも周りの子はそうじゃなかったから、変な子だって思われることも少なくなくて。それが、すっごく怖かった」
誰にだって打ち明けたことのない追憶を綴った。紡ぐ声が段階的に加速する。記憶の中で瞬くのは始まりのあの日。
それは将来の夢を作文にして発表する。なんて、どこの学校でもある恒例行事。だから幼き日のしずくもただ自分なりに自分の夢を綴っただけだったあの日。
同じクラスの同級生には首を傾げられ、担任の先生すら言葉を探すような苦笑いを張り付けて空虚なありがとうを告げられたあの日。
自分が所謂、浮いている人間だと自覚したのはその時だった。
「だから、隠すようになったの。普通を演じて、皆に好かれるいい子の演技をして……そしたら、どんどん理想と遠ざかっていって……」
始めはその場凌ぎのつもりだった。けど成長するにつれて、理性はますます桜坂しずくを知覚してしまって。
いつしか、おかしな子である自分を隠すのが当たり前になってしまった。普段の生活。剰えは、舞台の上ですらも。
物語の主人公になるのは、他でもない桜坂しずく。その自己だったはずなのに。
「……それじゃいけないってわかってるのに、どうしようもなくて。全部、ダメになっちゃう……!」
受け入れて貰えないのが怖かった。誰かに離れて行って欲しくなかった。
その果てがこれだ。何もかもが中途半端で覆い隠された偶像は、終ぞ望んだはずの景色さえも打ち砕いた。
「もう何にもなれないよ……! だって、だって……!」
役者しても、スクールアイドルとしても。
「……もう誰も、桜坂しずくを求めてないの……!」
気付けば情緒は乱雲の中へと舞い戻っており、漏れ出る嘆声に乗って嗚咽が滲み出る。
誰もが己の人生という物語を生きる主人公。なんて言葉は所詮主人公になれなかった人間の言い訳だ。
この世界にはきっと主人公がいる。ヒーローとして人知れず世界を守り、沢山の人に好かれ、囲まれる。そんな主人公が。
どんなに苦しんだって自分はその誰かの物語の
だからせめて舞台の上と言う虚構で、偶像という形でも主役で在りたかったのに……それすらも自分自身が否定した。
「誰か……私を見つけてよっ……!」
絞り出した叫びにすらならない悲鳴が、行き交う雑踏に届かないまま消えてゆく。
吐き出せばスッキリするなんてことは無い。ただただ哀傷が胸を抉った。
「やれやれ……思った以上に重症だな、これは」
やがて居座った冷たい沈黙を切り裂いたのは無遠慮な呆れだった。
「黙って聞いていればウダウダウジウジと……見苦しい。醜いと言ってもいい。お前はそんなにつまらない奴じゃないだろ、しずく」
「ちょっと……何ですかその言い方! しず子の気持ちも考えて―――、」
「同情してどうこうなるなら今のコイツのようにはなっていないだろ。お前こそ状況をよく見ろ。思いやりだの共感がなんだの、小賢しく感情に格付けをするから面倒くさいんだお前等人間は」
見下ろしてくるオグリスの眼もまた冷たい。
獰猛な獣ではあるが、決して獲物を見るそれではない。歯牙にかけるまでもない存在を侮蔑する目だ。
「感情とは即ち心の欲求、何よりも正直であるべき情動だ。それに蓋をして八方美人を演じているような奴に他者が付いてくる訳もない。誤魔化すことは出来てもな」
「それは……そうかもですけど。でもしず子の怖いって気持ちも感情ってことに変わりはないじゃないですか!」
「だから歩みを止めるのか? ただ意味のない慰めを続けるのが一番大事とでも? 自分は前へと進んでおいて随分と傲慢な言い分だな」
「そういう……訳じゃ……」
彼女なりの正しさを宿した持論が剣となって切り掛かってくる。揺るぎのない鋭さは憤慨するかすみですら黙らせてしまうほどだ。
「……っと、スマンスマン。少しズレた場所で詰めてしまったな。謝るからそんな顔するなよかすかす」
「……」
「かすかす~?」
「……かすみんです」
「くくっ、それでいい」
などと思えば一転して口角を上げる。コロコロと変わる空模様はやはり理不尽の権化だ。自覚があるかわからないのがまたタチが悪い。
「タイミング的は丁度良かったな。雄牙の方も準備は済んだところだ。そろそろ女子会の開催といこうじゃないか」
「……あれ、そういえば先輩は……?」
完全に忘れていたタイミングで名前が上がり、思い出したように更衣室へ目線を向ける。
だがしかし蛻の殻。先程あそこに詰め込まれていたはずの可哀そうな人の姿は見当たらなかった。
「え、あれ……? 雄牙先輩どこやったんですか?」
「ん? どこも何も、雄牙ならそこにいるだろ」
首を傾げたオグリスが指差した先。しかし見当たらない。確認出来るのはせいぜい死んだ顔をした少し大柄な女の子くらいであり……、
「え?」
そのまま横へ流そうとしていた焦点がその少女へ固定される。どことなく感じ取った馴染みがそうさせるままに凝視を続け、やがて思考は結論を叩き出した。
「「え……?」」
結果、間抜けた声だけが漏れた。
「ここだここ! 今日はここで楽しもうじゃないか」
「いつもの場所じゃないですか……。この状態でクラスの子とかと鉢合わせたくないんですけど」
「スリルがあっていいじゃないか」
「うわ、一人だけ安全圏にいる人に言われるとすっごいムカつきますね」
暫くの時を置いてまた移動。今度の目的地は普段しずく達もよく利用している商業施設だった。入り口の前で佇む巨大なロボットの模型がいつ来ても目を引く。
かすみの言う通り、この時間ならば同級生達が放課後の戯れついでに夕食を摂っていてもおかしくはない。もしかしたら同好会の面々だって部活帰りに寄り道している可能性だってある。そう考えると気が進まないのは確かだ。
何故なら今、しずく達一向はとんでもない爆弾を抱えている状況にあるのだから。
「てか雄牙先輩もなんで受け入れちゃってるんですか。せめてもう少しくらいは抵抗しましょうよ~」
「そいつの了承なら得ているぞ。付き合う代わりにトレギアの情報を教えると言ったら首を縦に振った。何も問題はないだろ?」
「変なとこで身体張らないでくださいよ……!」
「……俺だってやりたくてやってる訳じゃない」
呆れと苛立ちを隠す気もなく目尻を吊り上げた雄牙が肩に被さった髪の毛を掻き上げる。地毛ではない。後付けの髪、所謂エクステとかいうやつだ。
長髪の雄牙と言うだけでだいぶ物珍しいが、それ以上に自分達と同様のリボンやスカートが目を引く。注視すると所々にメイクが施されており、真実を知らない者にならば疑われないレベルの仕上がりだ。
要するに、今彼は女装させられている状態にある。
「最近のメイクって凄いんですね。まさかここまで仕上がるとは……。まあ、先輩黙ってれば可愛い方のお顔してましたけど」
「嬉しくねぇ誉め言葉ありがとうな。てか、お前等こんな時間まで出歩いてて大丈夫なの?」
「私はまあ、連絡すれば一応……しず子は?」
「……私も、元々今日は夕食済ませてから帰るように言われてたから。問題はないです」
「えー!? そうならそうと早く言ってよ! かすみん全然付き合ったのに!」
「そのつもり、だったんだけど……私部活出ないで帰っちゃったから。伝えられなくて……」
「あ」
つい数時間前までの出来事を思い出したように尖らせた口を硬直させるかすみ。次の瞬間には抱えていた鞄をぶん回して雄牙の腹をぶん殴っていた。有言実行な友人だ。
「なんだ。元々お前等で遊ぶ予定だったのか。だったら好都合、今日は遊び倒すぞ!」
「全然違いますけど。てか、どっちにしろ時間も時間ですし、そんなに長くは付き合えないですよ?」
時刻で言えばもう六時半だ。親の了承を得ているとはいえ、高校生があまり遅い時間まで出歩くのは健全とは言えない。
加え、東京住みの雄牙やかすみ、住所不定のオグリスと違ってしずくの家は神奈川県の鎌倉だ。あまり遅くまで居座ってしまっては帰れなくなってしまう。
それを考慮するとオグリスに付き合える時間はそう残っていないだろう。
「ふん。だったら善は急げだ。早速くり出そうじゃないか。……さあ、しずく。まずはどこへ向かう」
「え、私ですか?」
「ん? 言ってなかったか? 今日のコースは全面的にお前に任せるぞ」
不意なカミングアウト。可愛らしい同級生と女装した不審者の目線も自然としずくに集中する。
普通に聞いていない。抗議の意を眼に秘めて睨み返すが、やはり本人はどこ吹く風で。
「お前が行きたい場所に行ってやりたいことをすればいい。付き合うぞ? 私が見たいのはそれだからな」
どこまでも軽薄な態度から伝えられたのは、限りなく芯を捉えた要求。
「今更気を遣うような面子でも無いだろ。魅せてみろ。お前自身を」
試しているのか。それともまた気まぐれか。相も変わらず彼女の考えていることは分からない。
最早考えるのも疲れた。気を遣うのも、取り繕うのも、疲れた。
「……わかりました。だったら、楽しませて貰いますね」
諦観にも近い了承の後。
飽きることなく白い歯を見せ続けるオグリスに宿った勝鬨の色に気付く者は、まだ誰もいなかった。
Q なんで女装してるんですか
A やらせたかったから
まあでも女子会に野郎がいるのはおかしいからね。仕方ないね。
しずくに関してはスクスタとアニガサキでの話を踏襲しつつ主軸はオリジナルの設定で進めている形になります。誰しも一回はなりたいって思うよね、主人公。ない?ああそう……。