トライ×ライブ! ~Rainbow Generations~ 作:がじゃまる
現在懲役約40年の服役が始まったところです。助けてくれ。
「そういえば、ここに入るの何気初めてかも。こんな風になってたんだ」
しずくの希望、もといそれを促したオグリスの我儘で赴いたのはテレビ局を挟んで海側に向かった建物の五階。赤を基調とする中に中華風な装飾の施されたフロアだった。漂う煮汁の芳香が空きっ腹を突く。
ラーメンのテーマパークを謳うこの場所。フロア全体が一つの店という訳ではなく、複数の店舗に区画されており、客はその中から好きな店に入るシステムを取っている。どちらかと言えばフードコートに近い形式だろう。
「しず子、ラーメン好きなの?」
「特別好きって訳じゃないけど、たまに食べたくなるのがあって」
何となく、普段の自分のイメージとは結び付かないのだろうなと思いつつかすみ達を先導する。週末は多くの人でごった返すと聞いたが、平日の夜でもそれなりに賑わいを見せる様子が人気を物語っていた。
適度に人波を避けつつ、迷うことなく突き進んだ先。目的の店でしずくが足を止めるのと、かすみが垂れ下がった暖簾に記された文字に顔を顰めるのは同時だった。
「担々麺……?」
読み上げた名前が味覚に襲来する刺激を予感させたのか、少し引き攣った顔で唾を飲み込むかすみ。
食べるのは初めてなのだろうか。どちらにしろ彼女ならいい反応をしてくれそうだ。
なんて、ちょっぴり湧き出た悪戯心も引き連れて暖簾を潜った。香辛料だろうか。ピリピリとした感覚が鼻腔を撫で、しずく達を出迎えてくれる。
「ん? 席に座らんのか?」
「ここ、食券を買ってから席に着く形式みたいなので」
説明しつつ券売機の前に立つ。一通りメニューを見比べた後、最も惹かれた名前のボタンを押した。ことりと小気味の良い音を立てて食券が落ちた。
「しず子ぉ……かすみんでも食べられそうなのある?」
「うーん……これかなぁ。一応、一番レベルが低いやつみたいだけど」
「レベルとかあるの!? 余計に怖くなってきたんだけど……あ、先輩も同じの頼むんですね」
「下手な冒険はしない主義」
「あ、スマン。持ち合わせがなかった。奢ってくれ雄牙」
「水だけ飲んでろよ」
食券を店員へと手渡して席に着く。テーブル席とカウンター席の二択だったが後者を選んだ。何というかカウンター席の方が
「さあ、それではいよいよ始めるとするか! 女子会とやらを!」
着席するや否や、頼んでもいないのに音頭を取り、仕切り始めるオグリス。雄牙は完全に無視を決め込む形でグラスの水を呷っていた。
「あのぉ……そもそも、何で女子会、なんですか? 一応理由をですね……」
「んー? 特に深い理由はないぞ? 強いて言うなら興味があったからだ」
そんなので女装させられたのだろうかこの可哀そうな人は。
多少の同情に、己の中で構築されていた宇宙人の像が崩れていく音がした。
「不満か?」
そして彼女はそれすらも見抜いてくる。嫌なところでばかり人知の及ばない宇宙人らしいのがまた憎たらしい。
「いいぞ。言ってみろ。陰口や愚痴を零し合い、共感する者同士で親睦を深める……それが女子会というものなのだろう?」
「いや、そんな怖いものじゃないですからね!?」
湾曲した捉え方ではあるが、世間の抱く偏見とは大体そんなものであるため何も言わない。本人がいる前で愚痴ってしまっては親睦も何もないのではないか、とは思うが。
ただまあ、見方を変えればそうと認識した上で彼女は許可を出したのだ。
ならば遠慮することは無いだろう。
「その……オグリスさんは普段、どういったことをされているのでしょうか」
「んー……、まあ、基本的には一人で暇を潰しているが……最近は愛達が付き合ってくれることもあるぞ」
「いつの間にか仲良くなってるし……」
「いえ、その……具体的に何をしてるのかな、と」
「具体的にも何もお前の見た通りだ」
「ずっと遊んでる……ってことですか?」
「まあ、そうなるな」
「……そういうところです」
膨らませた頬で不服を示す。ガチャガチャと厨房から届く作業音が繋ぎの静寂を埋め、しずくに継ぎの句を急がせた。
「……宇宙人っていう、表面的な言葉だけで印象を決めつけるのは良くないってわかってるんです。……けど」
「けど、なんだ?」
「……」
世間一般に抱かれる宇宙人の印象というのは決していいものではない。
かつてはSFの世界に過ぎなかった存在は今や現実の層位にまで舞い降り、決して無視出来ないほどの悲劇や苦痛を、数こそ少なくとも積み上げ続けている。結果として生み出されたのは一方的な偏見と悪意。
それらが双方にとって望ましくないことくらい理解しているつもりだ。
「……少なくとも私にとって、宇宙人っていう存在は理解の及ばない未知のもので、怖いもので……それ以上に、ワクワクするものであって欲しかったんです。決めつけはいけないって、理屈では理解していても、それだけはずっと私の中に残っていて」
宇宙人の存在が当たり前のものとなる前に記された物語の数々。それらに初めて触れた日の高鳴りを思い起こす。
「つまりなんだ。お前は私に地球侵略なり現地人の誘拐なりの宇宙人らしい行動をして欲しいと?」
「そこまでは言ってません。ただ、その……あまりにも想像と違いすぎて。ちょっとガッカリした、っていうのが正直なところです」
言いつつ隣の雄牙に目線を流す。相変わらずの冷めた目がしずくを見つめ返していた。嬉々とした顔でいるのはオグリスだけだ。
「……気に障ったのなら、すみません」
「構わんよ。そんなことでいちいち目くじら立てる程みみっちい性分じゃない」
嘘はないのだろう。それどころかどこか嬉々とした色さえ伺える。
「それにまあ、厳密に言えば私は宇宙˝人˝ではないからな」
「え?」
「……どういうことだ」
不意な告白に目の色を変える雄牙。しずくとかすみも同様に姿勢を前へ傾ける。
「その内話すさ。それよりほら、メインが来たようだぞ」
突き付けた疑念の刃はタイミング悪く配膳された注文の品によって遮られる。香辛料に彩られた紅がこの上なく存在を主張していた。
くぅ。
芳香が鼻腔を撫で、遅れて腹の虫が音を上げた。こんな時でも三大欲求は正直だ。
オグリスの言葉の真意も気にはなるが……今は目の前の空腹から満たすことにしよう。
「ふん……大凡この星の人間が食しているとは思えん見た目だが……」
先陣を切ったのは言い出しっぺでもあるオグリスだった。軽い会釈で作法を問うた後、拙い箸使いで抓んだ麺を口に運んだ。
瞬間、深紅の眼が見開かれた。
「あっ……はははははははっ! いいなこれは! 特別美味いという訳じゃないがクセになる刺激だ」
笑いながらも相当な勢いで器に盛られた麺を掻っ込んでゆくオグリス。スープにまで口をつけている辺りかなりお気に召したらしい。
正直言うと期待外れな反応だ。
「……お口に合うようなら良かったです」
気を取り直す形でしずくも香辛料の海から引き揚げた麺を啜った。喉を通過した辛味が食道を焼いてゆくのがわかる。
繰り返すうちに上昇した体温が血流を加速させ、全身を巡ってゆく。次第に滲んでくる汗はその証拠だ。
特別辛い物が好きという訳ではないが、この感覚はクセになる。時折このような店に足を運んで
「あれ……? 意外と、そうでもない?」
釣られるように、しずく達の様子を眺めていたかすみが少しばかりの期待を含んで自らの器と向き直った。
「いただきま~す……」
ふーふーと可愛らしく吹きかけた息で程よく冷ましたそれを啜り上げた。
瞬間、カメリアの眼が見開かれた。
「い゛っ……から、……水っ……みじゅっ……!」
騒がしい動きで口元を抑えて藻掻き出すかすみ。一瞬のうちに目元に浮かんだ涙は他でもない忌避反応だ。
想像通りの光景に、内心で嬉々としたものが光った。本来食べ物で遊ぶような真似をすべきではないのだろうが、この反応もまた担々麺の醍醐味でもあるのだ。
「かしゅみん、これ、だめでしゅぅ……。ひぇんぱ、のこりたべへください……」
「絶対ヤダ」
「残すなら私が引き受けてやる。ほら、寄越せ寄越せ」
「ひゃひ……ありはほうこらひまひゅ……」
返答を待たずしてオグリスはかすみから奪ったどんぶりを傾け、スープごと流し込む。しかし物足りないのか、自然とその目線は苦戦を続ける者の方へと向けられた。
「雄牙もダメそうなら食ってやるぞ?」
「……」
当然のように無視する雄牙は黙々と箸を動かしていた。平気そうに見えるが全くそんなことは無い。額を伝う玉のような汗は苦悶の証だ。蒸れたウィッグの中は想像もしたくない。
「……無理しない方がいいんじゃないですか?」
「……」
一瞬手を止めてしずくを一瞥した後、彼はまた食事を再開する。大層な理由なんてきっとない。ただの意地なのだろう。
「あっ……ははっ……!」
どうしようもなく嫌いな奴とよく似ている筈なのに、どうにもそれが可笑しくて。
自然と込み上げてきた楽しさが喉元を通り、久しく感じる笑みを綻ばせた。
***
流石に一度きりでオグリスが納得する筈もなく、その後もしずくの行きたい場所に行くという我儘に付き合わされる周遊は続く。
次に訪れたのは地球を模した巨大な球体モニターが象徴的な博物館。ナイトパークと称し仄暗い照明に照らされた空間はどこか非日常を纏い、図らずも気分を舞い上がらせる。
「しず子……これ、なに」
首を傾げるかすみの眼前に構えるのは不可解な展示。チューブや電光に侵食された木々の周りを実際の標本やそれらを模して造られた蝶達が飛び回っている、という構図だ。
その他にも用途のわからない機械の上に置かれた工芸品や立体的に並んだドミノなど、一見すると意味のわからない展示が並んでいた。
「ん~……計算機が新しい自然になる、ってテーマみたいだね」
「へ? どゆこと?」
「多分、来るかもしれない未来を指してるんじゃないかな。発展した技術が元々あった自然と融合して、新しい当たり前になる。その時私達の感覚はどんなふうになってるのか、って」
「ん、ぅん~……?」
「他にもそういう展示が多いし、哲学的な問いを投げ掛けて想像を促すのが目的なんだと思うよ。そうやって新しい発想や視点を生むのが面白くーーー、」
「あ、あっー! かすみん、あのおっきいゲームみたいなのやりたいな~!」
熱を帯びる弁説を遮ったかすみが指さしたのはゲームセンターの筐体を思わせるような巨大なプロジェクターだった。
投影される映像では相反する光球とウイルスのような物体が複数漂っており、それらを回避、もしくは回収するように描かれた軌跡をなぞる形で手紙が進んでいた。
「未来に今の文化とか資源を残すためにはどうしたらいいのか……ってゲームみたいだね。テーマを一つ選んで未来に飛ばすみたい」
「はいっ! だったらぁ、かっわいい~かすみんを未来の人達にも知って貰えるやつがいい!」
「え~っと、それだとこの芸術文化になるのかなぁ……うん。これで出来るみたい」
「どうせならしず子がやってよ。こういうのはかすみんの可愛さを未来に伝えるのもファンの務めだよ?」
「もう、調子いいんだから……」
言われるままにスクリーンの前へと移動し、当該のテーマを記した手紙を選ぶ。これを無事未来にまで送り届けるというのがコンセプトらしい。
「じゃあ……これで」
ルートを選びいざ出航。中須かすみの可愛さを構成に伝えるべく発信した箱船は未来へ向けて旅立ったのだった。
そして、
「ああぁ~~ッ!」
オブジェクトの裏側から不意に姿を見せた不吉な未来に衝突し無事轟沈。中須かすみの可愛い伝説は二年という、嫌にリアルな年月を以って幕を閉じるのだった。
***
続いて室内型のアミューズメントパーク。以前同好会の面々と訪れ、オグリスとも初めて出会った、ある意味で印象深い場所だ。
「ぎゃあああっ! ちょまっ……こっちこないでくださいよぉ!」
そんな記憶を覆い隠すような絶叫が反響していた。視界に映るのは肉体が著しく腐り爛れた亡者に囲まれる女性の姿だ。
勿論現実ではない。これは所謂VR式のアクションゲーム。仮想空間の中に現れるゾンビを討伐し、そのスコアを競うものだ。
作り物の映像とわかっているとはいえ、まるで本当に命の危機に瀕したかのような臨場感を生み出すクオリティの高さには技術の進歩を感じさせる。
ちなみに先程からの騒がしい悲鳴はかすみのものであり、目の前で襲われんとしている女性は彼女のアバターだ。
「なんでかすみんのところにばっかり寄ってくるんですかぁ! あっちいってくださいよぉっ!」
単純なアクションゲームかと思えば、中々どうして興味深い。プレイ中の緊迫感は勿論のこと、短いながらも作り込まれたシナリオは没入感を確かなものにしてくれる。
『こっちだ! 必ず全員で生き残るぞ!』
例えばシナリオ内での案内役であり主人公でもあるこの男性。新任の警察官である彼は赴任先の警察署で突如としてゾンビの襲撃を受ける。
混乱しつつも自分の責務を果たすべく奔走し、そこで出会った一市民であるアバター達と町からの脱出を図る、というのが話の流れだ。
『君、は……』
そして恐らくは今この場面こそがストーリーのクライマックス。
空路からの脱出を選択しヘリコプターのある消防署へ辿り着いたその時、一行の目の前に現れたのはゾンビと化した彼の彼女だった。
それまでどんな状況でも気丈に振舞い、アバター達の士気を下げまいと奮闘していた主人公が初めて絶望の表情を見せ、戸惑う。
ヘリのある屋上へ上るには彼女も含めたゾンビの群れを倒さなければならない。
葛藤の末、彼が選んだのはーーー、
『俺がコイツ等を引き付ける。その間に行くんだ!』
「でも!」
『彼女を一人で逝かせる訳にはいかないッ!』
偶然にも零れた声と合致してしまった主人公の決意がしずくを魅了して離さない。やがてゾンビの群れへ特攻を仕掛けた彼の背中を無意識のうちに追ってしまう。
見届けたい。使命と感情の狭間に揺れ、それでも愛を選んでしまった主人公の、その最期を。
しかし所詮は定められたシナリオだ。予定調和を乱す存在を運命《脚本》が許す筈もなく。
「しず子後ろ! 後ろぉっ!」
「……へ?」
血飛沫が視界を覆い、暗転した世界に「GAME OVER」の文字が浮かんだ。
「まさかあそこまで行ってゲームオーバーになるなんて……」
「……ごめんなさい。つい。熱中しちゃって……」
生温いはずの梅雨の夜風が妙に冷ややかに感じる。よりにもよってクリア寸前でやらかすなんて。
「でも、しず子が楽しかったんならいいよ。ちょっとは元気になったじゃん」
「まあ、楽しませてもらったし……」
実際、陰鬱だった気分が軽くなったのは事実だ。悉くは転ぶ結果に終わったが、それでも心の赴くままに遊ぶというのは楽しかった。
でもそれは一時的なものだ。
「ごめんね。付き合わせて……」
自然と謝罪が零れた。一体何度呆れられたのかと思うと怖くてたまらなかったから。
「? なんで謝るの? かすみん、めっちゃ楽しかったよ?」
「え……?」
だからこそかすみの返答は虚を突いた。
「そりゃあまあ、いつもとは全然違ったけど……でも、楽しかったよ? しず子の色んなとこ見れたし。こんな顔するんだなぁって」
感慨深そうに腕を組むかすみ。嘘でないのはすぐにわかった。
故に、わからない。
だって、こんなのは皆の思う桜坂しずくじゃないから。
こういう時は、決まってーーー、
「その顔はまだわかってない顔だな」
ぐるぐると巡り廻る思考に入り込む横暴な声音。
「人はみな役者……とかなんだかだったか。さっきトレギアがほざいていたのは。お前もお前で馬鹿に真に受けたみたいだが」
シェイクスピア。その喜劇、˝お気に召すまま˝の中にある有名な台詞―――この世は舞台、人はみな役者。
舞台の上で役者が己の役を忘れ、醜くもエゴをぶつけ合う様を皮肉った一言だ。
「……だって、そうじゃないですか」
自分だって同じだ。
しずくにはしずくの桜坂しずくがあるけれど、それは周囲の思う桜坂しずくとは違う。定められた役を逸すれば、待っているのは敬遠の眼差しだ。もう何度も経験してきたからよく知っている。
「何故己の在り方を他人に委ねる。お前の人生は演劇なのか? お前という存在は誰かに与えられた役なのか?」
オグリスは強い口調でしずくの言い分を否定する。有無を言わせない圧にはどこか大嫌いな先輩の影が重なった。
「答えはNoだ。自らの存在とは自分自身が歩んできた軌跡に他ならない。それが始めから……それも他人なんぞに決められていてたまるか」
怒りがあった。しずくに対してじゃない。もっと遠い、それでいて近い者に対する怒り。
「肩書きや居場所は誰かに与えられるものじゃない。自らで掴み取るものだ。昂然と自らを誇示し、他者へと己を認めさせる! 己こそが主役であると刻み込む! 生きるとは、そういうことだろう?」
それは彼女自身の生き様だった。
我が儘に強引に、台風のような勢いで周囲を巻き込む姿。それは確かに、この上ないほどにオグリスという存在を自分達に刻み込んでいる。
「……私はこの世に生まれ落ちた……いや、生み出された瞬間、命と呼べる代物ですらなかった」
不意に訪れた先程の答え合わせとも取れる時間。
細めた瞳に静かな虚しさを宿し、彼女にしては物憂げな表情が作られる。
「ディザスト・スマッシュ。……早い話が人造生命体だな。光の国との戦争のため、とある男によりベリアル因子から生成された人造兵器の実験体。それが私だ。……失敗作だったらしいが」
「……それで、どうなったんですか」
彼女の並べる言葉が何を指して何を意味するものかを知る由はしずくにはない。それでも問わずにはいられなかった。
「どうもされなかった。あの男は私が自我を得たことにすら気が付いていなかった。私という存在に気付きもせず、有象無象の失敗作の同列として捨て置いた。……どうしようもないくらいに憤慨したな。同時に燃え上がりもした。このまま何物にも成らないまま終わってたまるか、とな」
オグリスと目線が重なる。刹那に彼女の心を悟った。
「……お前だってそうだろ、しずく」
この人も、自分と同じなんだ。同じだったんだ。
ただ一つ
「もう一度だけ言う。誰かに認めて貰おうだなんて受け身になるな。世界にこれが自分であると認めさせろ。そうすれば自ずと世界は変わる……案外、思っているほど退屈じゃないぞ」
「認め、させる……」
簡単で単純な理屈。考えたことも無かった。経験がないから畏怖も生まれる。
受け止める理由を探していればかすみと目が合った。何も言わずに、頷く。
―――――スクールアイドルとしてのかすみんのこと、大好きだって言ってくれる人がいたから。せめてその人達の気持ちだけは、裏切りたくないなって。そう思ったからさ
彼女だってそうだ。その在り方を応援してくれる人を得たのは、紛れもない彼女自身が中須かすみというスクールアイドルを
教えて貰ったばかりだから、やり方は知っている。
必要なのは一歩を踏み出す勇気だけだ。
「……いいの、かな」
「いいよ。むしろ、そうして。かすみん達もホントのしず子でいて欲しいもん」
「でもっ、今日みたいにまた独り歩きしちゃうかもしれなくて……!」
「まあ、たまには困っちゃうかもだけど……でも大丈夫」
俯くしずくの手を取り、少し照れ臭そうに、されど真っ直ぐに、かすみは言った。
「どんな桜坂しずくでも、私は大好きだから」
「っ……!」
時間にすれば半日にも満たない、夜の戯れが思い出としてせり上がってくる。
「っ……ぅう…………ッ!」
引き寄せられた胸元で堪え切れなくなった感情を押し出した。温かさがじんわりと広がってゆく。
今なら、どんな場所にだって踏み出せる気がした。
「……今日は、私の好きにしていいんですよね?」
溜め込んでいたものを流し切った時、新しい情動が生まれていた。
「ああ」
「だったら、最後に聞いてください。私の我儘……」
突き動かされるままに走り出した。階段を駆け上り、中腹の踊り場に登壇する。
朧げな電光だけが照らす仄暗い舞台。今はまだ微かなスポットライトを浴び、しずくは幕引きを宣言した。
「……今の私が歌える、ありのままの桜坂しずくを!」
―――――♪:オードリー
仮面を脱ぎ去った少女は感じたままに歌い、踊る。
万人に受け入れられる者なんて存在しない。この先も同じような思いをすることは何度もあるだろう。
でも、だったらその度に刻み込んでやればいい。認めさせてやればいい。
これは偽ることをやめた大女優の刻む……彼女自身の、物語。
「……なんで俺まで連れてきた」
しずく達を送り終えた頃、時刻は正子を回ろうとしていた。
バスも電車も既に寝静まっている。暗い夜道で奏でられるのは自分達の足音だけだ。
「わからないか?」
横断歩道の手前で立ち止まったオグリスが上体を屈め、雄牙の顔を覗き込んでくる。
無邪気に口角を吊り上げるものは好奇心と、同族への嫌悪。見透かした上での行動だからコイツはタチが悪い。
「……余計なお世話だよ」
「……ま、わかってるなら今は良しとしてやる」
信号が切り替わり、歩を進めるオグリス。渡り切る寸前で振り返ると、わざとらしく指を立てた。
「っと、忘れてた。トレギアのことだったな」
遅れて今現在の装いとここに至るまでの経緯を思い出す。そう言えばそんな条件で承諾したのだったか。
せめて晒した生き恥に見合う情報であることを願う。
「奴の狙いはお前だ」
「……は?」
色は再び移ろい、青は赤に変わる。疾るヘッドライトの流星が言の真意を覆い隠した。
「どういーーー、」
届くことのない動揺が虚空に消える。
過ぎ去った車体の向こうにはもう、彼女の姿はなかった。
何だかんだ1年以上かかったしずく関連の話、終☆了。調子に乗って風呂敷広げすぎて畳むの大変でした。僕が悪いですね、ハイ。
そんでもってちゃっかり明かされるオグリスの出自ですよ出自。ディザスト・スマッシュ……どっかで聞いた単語だねぃ……(大賀美沙智)
余談ですがしずく達が足を運んだ施設はラーメン国技館、科学未来館、ジョイポリスと全てお台場に存在する場所を参考にしてます。どこもいい味してますので機会があればぜひ足を運んでみてください。
時間は消滅しましたがモチベだけは高いので頑張って今月中にもう1話……!